石牟礼道子

わが洞のくらき虚空をかそかなるひかりとなりて舞ふ雪の花

狂へばかの祖母の如くに縁先よりけり落さるるならむかわれも

雪の辻ふけてぼうぼうともりくる老婆とわれといれかはるなり

ひとりごと数なき紙にいひあまりまたとぢるらむ白き手帖を

この秋にいよよ死ぬべしと思ふとき十九の命いとしくてならぬ

おどおどと物いはぬ人達が目を離さぬ自殺未遂のわたしを囲んで

ばばさまと呼べばけげんの面ざしを寄せ来たまへり雪の中より

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3 Responses to 石牟礼道子

  1. shinichi says:

    石牟礼道子全歌集 海と空の間に

    by 石牟礼道子

    石牟礼文学の出発点ともいえる短歌の、 1943年~2015年の未発表のものを含む670余首を収録。 『苦海浄土』(1969)刊行以前に詠まれた初期短歌と『アニマの鳥』 (1999、のち『春の城』)刊行前後から詠まれた短歌を中心に集成。 石牟礼道子は『苦海浄土』『椿の海の記』『天湖』『春の城』等々、たくさんのすぐれた作品を書きのこした。長い作品もあれば短編も書いたし、味わい深いエッセイの類も非常に多い。さらに詩を書き、俳句・短歌も詠んだ。能の台本もある。石牟礼道子の作家活動は多面的だった、と言って良い。 さて、その文学的出発点に何があったかと考えると、短歌は無視できない。

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     表現の方法もわからないまま、それなりに七五調にたどりつこうとしているのは、日常語で表現するには、日々の実質があまりに生々しかったからではないか。日記を書かず、歌の形にしていたのは、ただただ日常を脱却したいばかりだったと思われる。
     
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     日常の生々しさから一歩距離を置き、捉えなおそうとする時、五七五七七の定型と文語使用は頼りがいある手立てとなっていた。このように、作者にとって定型短歌は必要不可欠のものだったわけである。

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  2. shinichi says:

    石牟礼道子全歌集 海と空のあいだに

    ◆草花に思想をみる悶え神

    [評]齋藤愼爾

    https://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019120102000180.html

     作家・石牟礼道子の文学的出発点に短歌があったことは知っていたが、その全容がこれほどにも豊饒(ほうじょう)かつ絢爛(けんらん)であることに驚く。十六、七歳の頃から詠みはじめた歌は、未発表歌も含めれば六百七十二首にもなる。「短歌は私の初恋。常に滅び、常に蘇(よみが)えるもの。短歌はあと一枚残った私の着物。(以下略)」。歌誌『南風』(一九五三年四月号)に発表された「短歌への慕情」での箴言(しんげん)は、方法論をも示唆し、象徴的である。

     ちなみに同年、歌壇は斎藤茂吉(もきち)・釈迢空(しゃくちょうくう)を喪(うしな)っている。その空白を綺羅星(きらぼし)の如(ごと)き新人の発掘で充填(じゅうてん)したのが、<前衛短歌の父>中井英夫であった。伯楽(はくらく)は虚空から薔薇(ばら)を掴(つか)みとるように、中城(なかじょう)ふみ子、寺山修司、塚本邦雄、葛原(くずはら)妙子、春日井建を捉えたのだ。

     中井が『短歌研究』で編集長を担当したのは一九四九年から五五年までだった。石牟礼の『短歌研究』への投稿が一年早かったなら、短歌史はどんな軌跡を描くことになっただろうか。

     一九八九年刊の歌集『海と空のあいだに』の巻末で、短歌に執着するのは「日々の実質があまりに生々しかったからではないか。日記を書かず、歌の形にしていたのは、ただただ日常を脱却したいばかりだったと思われる」と表白し、<わが洞(うろ)のくらき虚空をかそかなるひかりとなりて舞ふ雪の花>の一首で擱筆(かくひつ)する。

     石牟礼文学お馴染(なじ)みの祖母やタデ子らも登場。<狂へばかの祖母の如くに縁先よりけり落さるるならむかわれも><雪の辻ふけてぼうぼうともりくる老婆とわれといれかはるなり>に呼応する、「その夜を頂点に、ばばしゃまは私の中に這入り(中略)そこから先はあてどなく累々とつづく妣(はは)の国でした」の衝撃。

     水俣では、人が困っている時にそれを心配し、悶(もだ)え苦しんでくれる人のことを「悶え神」と呼ぶ。悶える人に入れかわる。悶え神である石牟礼道子は、知識人の頭骸の中に思想などみない。近所の夏祭や路地の草花の中に思想をみる。天は稀(まれ)にこういう人を地上におくる。だからこそ奇蹟(きせき)は存在するのではないか。

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