事実を伝えること

記憶も記録もあてにはならない
記憶だからあてにならないとか
記録だからあてになるとか
そういうものではない

記憶は
何が起こったのかでも
何が起こらなかったのかでもなく
そうだったかもしれないという
そして
そうでなかったかもしれないという
可能性なのだ

記録は
何か起こったことについて
記録する人がこうであったらいいなということを
期待を込めて書いたもので
不完全で間違いだらけの
人が記したものなのだ

起きたことを起きたこととしないで
起きなかったことを起きたことにして
起きたことと起きなかったことの
境界をあいまいにしてしまう

不完全な記憶
未完成な記録
永続しない記憶
永久に残らない記録

記憶や記録でできあがった歴史とか
記憶や記録に頼った判断が
正しいわけはない
記憶も記録も事実ではない

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3 Responses to 事実を伝えること

  1. shinichi says:

    (sk)

    第55作
    Sweet, Sweet Memory

  2. shinichi says:

    Potentialities: Collected Essays in Philosophy

    by Giorgio Agamben

    Remembrance restores possibility to the past, making what happened incomplete and completing what never was. Remembrance is neither what happened nor what did not happen but, rather, their potentialization, their becoming possible once again.

  3. shinichi says:

    State of Exception

    by Giorgio Agamben

    One day humanity will play with law just as children play with disused objects, not in order to restore them to their canonical use but to free them from it for good.

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