進歩

進歩が望ましい方向へ進んでいくことだとしたら
私たちがしているのは進歩ではないのかもしれない
そんな疑問を持ったとしても
私たちには何も変えられない

病気を治すことができるようになれば
それは進歩
脅威から身を守ることができれば
それは進歩
エネルギーを使えるようになれば
それは進歩
食糧の生産を増やすことができれば
それは進歩

そういうことが進歩だと思うしかなくなっていて
新しいことを考えるのは進歩のため
新しいことを見つけるのも進歩のためと
勉強したり働いたりを続けてきた

進歩はいいことだと信じていたら
進歩に加速度がついてしまい
もう誰にも
進歩を止めることができない

進歩して私たちの役割が変わって
神を演じるようになったときに
いったいどんな神を演じたらいいのか
わからずに戸惑っている

越えてはいけない一線を越えた
相変わらず哀れな動物は
神になってはいけないのに神になり
生命を弄ぶことを覚えてしまった

植物の品種を改良し
動物の品種を改良し
微生物の品種を改良し
挙句の果て
遺伝子を組み替え
ゲノムを編集する

それらはどれもいいこととされ
誰も悪いことだとは言わない
このまま行けば
人に手を付けるのも時間の問題だ

父の心臓が止まりかけたとき
病院の先生のすすめに従って
ペースメーカーの埋め込み手術の申請書類に署名して
おかげで父は長生きした

父の心臓は止まりかけていた
それなのに私は神の代理になって
自分がなにをしているのかわからないままに
父の心臓を動かし続けることに同意した

神になるなんてことに加担はしていないと
何度も自分に言い聞かせ
父の穏やかな日々を眺めながら
鈍感な自分に安堵する

時間とともにすべてを忘れ
何か問題が起きれば反省はする
でも
進歩はいけないっていう話とは
少し違うと思う

進歩するのは仕方がない
進歩しちゃうんだから
そんなことを言いながら
進歩についていけない私たちは
なんだかおかしいと思ったりもする

進歩を生み出している私たちが
進歩についていけない
それはおかしくはないか

私たちが作り出すものはどんどん複雑化して
間違いの少ないものになっていく
それなのに
作り出している私たちはいつまでも変わらず
間違いだらけのまま
どうしたらいいのか
誰にも答えはない

私たちは競争の中に投げ込まれたようなもの
何をしても競争相手は世界中にいて
何かで上手くやったとしても
すぐに追い付かれ追い越されてしまう
選手が元選手になるのは一瞬のこと
右を見ても左を見ても
いるのは元選手ばかり
昔の栄光はどれも素晴らしい

通信技術の発達で
好むと好まざるとにかかわらず
世界中の多様な情報にさらされる
でもひとりの人間にとって
意味を持つことの情報の量は限られていて
それを超えれば情報の意味はなくなり
単なるノイズになってしまう
でもノイズはお構いなしにやってきて
感知の機能は消耗させられ
感知能力は麻痺していって
大切な情報にが来ても反応できなくなる

自分の生きる世界が拡がって
拡がった分だけ自分は不安定になって
店に並ぶ食べものも道具さえも
遥か遠くの国から運ばれて来ていることに
愕然とする

自分を支える世界が拡がった分だけ
自分が生まれ育った場所がかすみ
もう故郷という言葉には
何の意味もない

なじみのないものはあたりまえで
毎日が新しい遭遇で
会ったことのない人
見たことのない物
知らない技術
信じられない情報
理解できない状況

なじみのないものへの恐れから
人は誰も疲れ果て
気づかずに溺れかけている

誰だって人を好きになる
とても深く愛してるって思うこともある
でもいつもそれを疑って
少し悲しい気持ちになって
進歩がなければいいのになって
そんなふうに思ってしまう

進歩がなければおごることもなくて
無理したり努力したりもなくて
ストレスもなくて
君を心から愛していると思えて
深く愛していると思えるんじゃないか
進歩さえなければ
進歩を信じなければ
君だけを見ていれば
いいんだけれど

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