(立ち読み)6.2 偽書


第6章 ある、ない、リアル、バーチャル
6.2 リアルへの不信
6.2.7 偽書   (p. 491)


偽書といって思い出すのが、博多の立花家に千利休の秘伝書として伝わった古伝書『南方録』だ。南坊宗啓が書いたとされるこの書は、千利休の秘伝書とはいっても、同時代に書かれたものとしては内容や用語等に矛盾点が多数指摘され、現在、研究者の間では元禄時代に成立した偽書として認知されている。かつては「わび茶」の概念の形成に大きな影響を与えたと考えられてきたが、現在では実際の成立年代である江戸期の茶道における利休回帰を裏付ける資料として捉えられている。

南方録では、新古今集の藤原家隆の歌「花をのみ 待つらん人に 山里の 雪間の草の 春をみせばや」を利休の茶の心髄としており、表面的な華やかさを否定した質実な美として描かれている。しかしこのような描き方には疑問が残り、同時代の茶の湯を知るには、利休の高弟である山上宗二による『山上宗二記』を参考にしたほうがよさそうだ。

「和敬清寂」とか、「利休七則」というような現代の茶道がその拠り所にしているものも、実は利休の頃にはなかったものだという。

すべてが偽りや事実とは言えないものの上に成り立っているからといって、現代の茶道の価値が下がるわけではない。松原正樹の言うように「伝統というものはすべて作られるものだ」とすれば、四規七則をはじめとする利休まわりのもろもろは、事実ではないが、真実なのだといえるだろう。