中庸

『ニコマコス倫理学』のなかに「μεσοτης」という徳が出てくる
行き過ぎの「蛮勇」と足らなさ過ぎの「臆病」の間の「勇気」とか
名誉についての行き過ぎと足らなさ過ぎの間の「矜持」とか
怒りについての行き過ぎと足らなさ過ぎの間の「温和」とか
名誉についての行き過ぎと足らなさ過ぎの間の「矜持」とか
行き過ぎと足らなさ過ぎの間にあるのが「μεσοτης」という徳だ
アリストテレスは「μεσοτης」を守ることが大事だと説いた
「μεσοτης」は 孔子の『論語』のなかに出てくる「中庸」に似ている
孔子の孫の子思が完成させた『中庸』で説明されていることのそれぞれは
どれも「μεσοτης」のようだ

「μεσοτης」はいい
「中庸」もいい
極端でないのがいい
思慮深いところもいい

極端は面白い
だから信じる人は多いけれど
真実から遠いことが多い
逆に中庸は面白くない
だから人気はないけれど
真実に近いことは多い

中庸であるには
一方で努力し
他方で諦めるということを
しなければならない
相反することのバランスを保つのが
中庸なのだ

中庸を身につけた人は少ない
でも 中庸を身につけた人がいたら
どんなにいいだろうと思う

身につけることのできない中庸に
憧れている
その憧れは
君への憧れに似ている
ずっと憧れている

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程々

多すぎず少なすぎず
程良く
自分にとってちょうどいい
丁寧な暮らし そして
穏やかな毎日

常識に捉われず
便利なことに縛られず
小さなことに目を向けて
無駄を大事にする

好き嫌いを信じて
感性を信じて
自分の判断を信じて
おおらかな そして
平らかな気持ち

極端にならず
自然と離れず
人とも離れず
のびのびと生きる

程々の家に住んで
季節を感じ
程々の椅子に座って
君を感じる

控えめに 慎ましく
そんな夢を見ている

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見せかけの幸せ

幸せは芸術の敵だという

いい作品を残した人に
幸せだった人はいない
幸せのなにがそんなに素晴らしいのか
なんの芸術も生み出さないというのに
そんなことを言う人がいる

まわりを見れば
幸せは至る所に広がっている
明るい面だけを見れば幸せになれる
未来を信じれば幸せになれる
ブータンの人たちは幸せだ
いや UAEの人たちのほうが幸せだ
感謝すれば幸せ
お金があれば幸せ
健康なら幸せ
愛があれば幸せ
そんなプロパガンダが街に溢れている

不幸せの悲惨さは言い尽くせないが
まあ それはそれとして
プロパガンダの幸せの悲惨さは
見かけだけの幸せの悲惨さだから
深いところにじわじわと
情け容赦なく効いてくる

そう
容赦ない幸せの悲惨さは
人を
人でないなにかにしてしまう

いいところに住んで
いいくるまに乗って
健康な生活をして
困ったことがなく
どんな病気も治ってしまうという悲惨さは
想像するに余りある

見かけだけの幸せを追えば
幸せからどんどん遠くなる

大都会では
汚い水と汚い空気と汚い言葉のせいで
芸術は汚くなり
そして
人間への無関心から
芸術は人工的になる

コンピュータグラフィックスとかいって
合理性と機能性を追求しているうちに
自然を忘れ
感性を忘れ
芸術は芸術でなくなる

芸術の敵は幸せではなく
見せかけの幸せが芸術の敵なのだ

悲しみを知らない芸術はない
でも
悲しみのなかでの芸術より
悲しみから立ち直ったあとの芸術のほうがいい

立ち直る
そして
取り戻す

暮しの中に自然を取り戻し
感性を取り戻せば
幸せと共に
芸術が戻ってくる

ひかりを描く絵も
愛を刻んだ彫刻も
きっと戻ってくる

芸術の敵は幸せではなく
歪んでしまった社会
そして汚れた心
違うか?

でもそうはいっても
僕は
芸術よりも君がいい
君のほうがずっといい

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大きな嘘

世界には神を感じる人がたくさんいて
木に神を感じ 山に神を感じ 太陽に神を感じた
木を畏れ 山を畏れ 太陽を畏れ
神を信じ 神を祀り 神を敬った

生きるために生き物を殺しても
生き物を敬い 厳かな気持ちで神に感謝し
生きるために人を殺しても
神に祈り こころから人を愛した

ユダヤ教が生まれ キリスト教が生まれ イスラム教が生まれ
世界中に作りごとを信じる人が増えていって
自分たちの作りごとだけが正しいといい
それ以外は認めないと言い出した

自分たちの神だけを信じろといい
信じなければ救いはないと脅した
信じないことを罪だといい
信じない人を罰しろといった

自分たちの神だけを信じろという人たちと
違う神だけを信じろという人たちが
自分たちが正しいのだと言いながら
戦争を始め殺戮を繰り返した

神以外の権力は認めないといいながら
たくさんの権力を生み出し
カネを集めるのはよくないといいながら
たくさんのカネを集めた

人は罪などという決まりを作り出し
その決まりに背いた者は罪を犯したとされた
人が人を罰するようになり
罰せられる人は 犯した罪に怯える

神という作りごとや罪という決まりは
所詮 人が作ったものでしかない
そんなものに縛られてしまったら
作った人たちの思う壺だ

なくしたものには こだわらないで
これからなくすことも恐れないで
自由に生きてゆく
そうすれば景色は美しい

そうすれば君は美しい

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本当の嘘

その写真を撮った時には
確かに誰かがそこにいて
みんなのなかで笑っていた
ところが残された写真からは
その人が切り取られていて
それが誰だったのかも
そこがどこだったのかも
まったく思い出すことができない
確かなのはそこに誰かがいて
笑っていたということ
記憶では誰かと一緒で
写真のなかにはその人がいない
そう
僕が覚えていることと写真とが違う

行ったことのない街を
僕がひとりで歩いている
実際としか思えない映像には
日付と時刻がしるされていて
一昨日の午後1時すぎに
花屋を覗いている僕がいる
そんな街には行っていないと
言っても誰も信じない
そこにいるのは間違いなく僕で
一昨日に履いていた靴を履き
一昨日に着ていた服を着ている
映像のなかに映っている街を
僕はほんとうに知らない
そう
僕がしていないことが映像になっている

写真も映像も事実とは違う
いくらでも編集できることを
忘れてはならない
写真も映像もからだに直接訴える
だから事実でないことも
事実と思われてしまう
信頼性があるとされ
記憶や証言よりも
重要だとされる

人に刷り込みたいメッセージを
見えない1コマの画像にしたり
聞こえない小さな音にして
映像のなかに混ぜ込んで
人に影響を与えることを
サブリミナル効果といって
使ってはいけないとされてきた
でも映像は編集され
サブリミナルよりもっと直接的に
人を騙すよりもっと悪辣に
私たちに影響を与える

普通では絶対に気づかれない編集で
何が本当で何が嘘なのかわからなくなった映像が
私たちのまわりに溢れている
ある時はドキュメンタリーという本当として嘘が
ある時はゲームという嘘として本当が
私たちを惑わせる
何も信じることができないなかで
君にとっての本当と 僕にとっての本当が混じって
嘘の本当になり
君にとっての嘘と 僕にとっての嘘とが混じって
本当の嘘になる
そして
僕は君だけを信じる

それでいい

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単純なこと

私は
読書の喜びを
知っている
でも
私は
あまり本を読まない

本は
読む人を
夢に導く
でも
夢と交わることができれば
本は必要ない

私は
音楽の魅力を
知っている
でも
私は
あまり音を奏でない

音は
奏でる人を
虜にする
でも
生きるのに熱中していれば
音を奏でることはない

でも
というか
じつは
というか
私は
何も知らない

知は
無知な人を
興奮させる
でも
私は
知より君を選ぶ

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変わる

社会が変わるのは
なにも今に限ったことではない
人が変わる 社会が変わる
景色が変わる 自然が変わる

川の流れが変わる
山の形が変わる
海岸線が変わる
すべてが変わる

大正の頃には
江戸趣味を知っている人がたくさんいたのに
いま江戸趣味といえば 遠い遠い過去のこと
いま
大日本帝国を知っている人がたくさんいるけれど
近い将来 戦前は誰も知らないという時がくる
もうすでに
メイドインジャパンが世界中に溢れていたことも
忘れられている

時代はいつも大きく変わる
生活が変わり 価値が変わり
そして すべては忘れさられる
いまの変化もすぐに過去になる

いま言われているのが
Physical から Intangible への変化
目に見えるものから 目に見えないものへ
有形から 無形への変化だ

有形のものは なかなか消えないけれど
無形のものは すぐに消える
無形資産が 有形資産を上回り
無形経済のなかで 知も消費される

新しいゲームはいつも難しい
変わったことに気づいた頃には
ゲームはもう終わっている

見えないものは見えない という
でも
見えないはずの人の気持ちも
寄りそい続けれは見えてくる
愛もきっと見えてくる

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思い出のかけら

遠い記憶の闇のなかに
そこだけが照らされて
その前後は暗いままの
短い記録映画のような
いつまでも残っている
思い出のかけらがある

夢か幻のような人物は
自分のようでもあるし
ここに現にいる自分は
他人のようにも見える
自分はここにいるのか
幻影すらもいないのか

自分と関係があるのは
確かなような気もする
でもそんなつながりは
暗い闇のなかに消えて
灯りを灯そうとしても
頼りの理性は働かない

自分の意識的な生活が
夢か幻のようなもので
そういう記憶の断片が
実際に起こったことか
記憶を投影したものか
何もわからず佇立する

見上げると君が見えて
優しい微笑みを感じて
思い出は思い出でなく
記憶はどこにもないと
そんな思いさえ持てば
なにも起きてはいない

なにも起きていないと
君の幻に語りかけたら
嬉しそうな顔が浮かび
あっという間に消えた
明日の空は青いのだと
言っている君を感じた

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笑い

微笑みは人の心を和ませるが
含み笑いは人を不快な気持ちにさせ
薄ら笑いは時に不気味で
せせら笑いは人を見下したようだし
作り笑いは不自然なのですぐわかる
苦笑いはバレてしまったというような感じだし
思い出し笑いは気をつけないと困ったことになる
独り笑いはあまり気持ちのいいものではないし
高笑いは漫画やアニメのようだし
馬鹿笑いからは知性は感じられない
追従笑いは卑屈さの現れだし
貰い笑いは他人に合わせるようで嫌だ
そう
よく考えてみると
いい笑いばかりなんてことはない
よくない笑いもたくさんあるのだ
嘲笑 苦笑 失笑 照れ笑い
冷笑 空笑 憫笑 愛想笑い
どんな笑いだっていいけれど
笑いながら泣いたり
泣きながら笑ったり
笑いながら怒ったり
怒りながら笑ったりは
あんまり見たくない

君が心から笑ったり
自然に微笑んだりすると
世界が明るくなる
黒い雲に覆われた街が
輝いて見える
理屈でなく 君の笑顔が好き
暖かい微笑みが好きだ

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言葉

忘れようと思っても思い出せない
という赤塚不二夫の言葉を
超える言葉が出てこない

思い出そうと思っても忘れられない
と逆にしても
いまひとつ

進もうと思っても戻れない
とか
戻ろうと思っても進めない
とか
好きになろうと思っても嫌いになれない
とか
嫌いになろうと思っても好きになれない
とか
そんなことを考えていたら
アタマがクラクラしてきた

I try to forget, but I can’t remember
という美術館に飾られた作品も
もとの言葉を超えてはいない

なにを書いても
なにを作っても
追いつくことはない

こんなことをしても
時間がすぎるだけ

でも君がいて
心地よくて
だから
これでいいのだ

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気持ちいい

満足しているか
自分に満足しているか
ポジティブか
ネガティブか
どれだけポジティブでいられるか
ネガティブにならずにいられるか
そんなことを自分に問いかける
自分は幸せか
幸せを感じているか

幸せをどう感じるかは生まれつきだという
遺伝的な要素はそんなに大きくないともいう
幸せは環境に依存するという
思っているほど環境に依存しないともいう
幸せは外的要因に依存するという
外的要因にはまったく依存しないともいう
どれだけ稼いでいるか
どんなところに住んでいるのか
どんな仕事をしているのか
どんな人と暮らしているのか
そんなことで幸せは決まるのか
稼ぎが多くなれば幸せになるか
いいところに移り住めば幸せになるのか
いい仕事をすれば幸せになるかか
いい人と暮らせれば幸せになるのか

ひとりでは幸せになれないという
周りに感謝すれば幸せになれるともいう
自分より周りの人たちを大切にすれば
自分も幸せになれるというのだろうか
悲しみを受け入れれば幸せになれるとか
怒りを受け入れれば幸せになれるとか
泣けば幸せになれるとか
そんなことを信じろというのか
悲しみも孤独も
感じてもいいと思えれば消えてゆく
ネガティブな感情を恥ずかしく思ったりすれば
幸せにはなれない

持ちすぎない
捨てすぎない
心を落ち着かせる
体を喜ばせる
ちょうどいい
心地いい
気持ちいい

それでいい

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真珠

水中の小さな生物や砂などの異物が
貝殻と体を覆う膜との間に入り込み
異物に刺激されて膜の表面が破れて
膜の欠片と異物が膜の中に入り込む

膜の欠片が広がって異物を包み込み
内側に貝殻を作るものがにじみ出て
貝殻と同じ感じの丸いものができて
ある日開かれ取り出されたのが真珠

真珠の中に涙という異物を閉じ込め
誰にも真珠の中身は見せないと決め
貝殻の内側の独特の光沢をまとって
七色の輝きで人を惹きつけ惑わせる

真珠は貝の中で数年でできてしまう
数百万年かけて固まるオパールとか
何十億年もかかるダイヤモンドとは
同じ宝石とはいってもすべてが違う

それでも人は真珠の輝きに惹かれる
イミテーションの真珠の首飾りから
グレン・ミラーの真珠の首飾りまで
真珠をめぐる物語はすべてが美しい

真珠のブローチは喜びの音楽を奏で
真珠の指輪はエレガントで愛らしく
真珠のイヤリングは知性を引き出し
真珠の首飾りは上品さを感じさせる

細工をしていない一粒の真珠を選び
眠った君のうえにそっと置いてみる
真珠は濡れた美しさを披露したあと
暗闇のなかで控えめな輝きを放った

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普通の日

素敵な一日があれば
それでいい
その日のことをずっと思うことができたら
もうそれで十分

完璧な一日? パーフェクト・デイ?
いや違う
完璧な一日である必要はない
特別なものではない
平凡な
普通の日
たとえば並んで歩くとか
一緒に海を眺めるとか
そんなことができたら
それでいい

公園でサングリアを飲むとか
暗くなったら家に帰ってとか
そんなのもいいけれど
その日に何をするかは
あまり問題じゃない

どこに行くか
何を見るかなんて
どうでもいい
素敵な一日って感じられればいい
心で感じれば
それでいい

今日をその素敵な一日にすればいい
向日葵が咲いていて
陽の光が暖かく感じられて
それだけでいい

向日葵は綺麗だ
戸惑いも躊躇もなく一斉に太陽のほうを向く
まるで神を見上げる人の群れのように
ただひたすら太陽を見る

なにかを見るときも同じ
ただひたすら見る
目をそらさずに
じっと見つめる
まるで向日葵みたいに

目の中を見つめられても
視線を合わせられずに
遠くを見るしかなくなる
空を見るしかなくなる

空も眩しい
きれいで
ずっとは見ていられない

近くを見る
ほら
草が
波を打ってる
まるで海の波みたいだ
風に揺れて
ほら
波の音がする

あっ
目が合った
目をそらさないで
笑って

ふっ
ちゃんと笑う
いい顔で笑う

草の波でなくて
本当の波を見よう
海の波を

海は近い
その路地を抜けていけば
すぐだ
ほら
海の感じがする

海が見えてきた
海だ
わあ
海だ

ずいぶん歩いたから
方向感覚も失くしてしまったけれど
そうか
海に向かってたのか

あっ と言って
影を見る
こっちが南
方向感覚は失くしようがない

海岸線だ
どこまでも続いてる
すごい すごい
気持ちいい

海は何度も見たけれど
なんだか新鮮な感じだ
すべてが違って見える
白い雲のかたちも
空の青さも
前に見たのとは違う
ぜんぶ違う
僕も違う

隣にきみがいて
海が広がっていて
ここに僕がいて

なにもかもが変わり続けている世界では
なにもかもが時と共に変わる
同じものなどなにもなく
同じことなど二度と起きない

誰もが生まれてから死ぬまでずっと変わり続け
なにもが永遠に新しい
太陽が暖かい。
そう
太陽は誰にも優しい
空は青い

君といて
僕には素敵な一日
十分な一日

そんな日がたくさんあって
たくさんが あたりまえになって
何年も 何十年ものあいだ
あたりまえがたくさんあったら いい
陽のひかりを感じられたら
暖かさを感じ合えたら いい
普通の一日が集まって
素敵な年月になる

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テクノロジーの変革

ビッグデータと ブロックチェーンと AI が
今までのビジネスモデルを時代遅れにし
組織の中での人間の役割を変えていく

ビッグデータで
明確な戦略を立てたり
変化し続ける環境を
よりよく理解することができ

ブロックチェーンで
データソースが統合され
矛盾への対処や
エラーや誤報告の特定が
容易にできるようになり

AI で
特定地域の状況の監視や予測が
現地に行かないでもできるようになる

ビッグデータ 人工衛星からのデータ ブロックチェーン AI などを
複合的にそして積極的に利用することで
開発の分野でも人道援助の分野でも
大きな貢献を続けることができる

COVID-19 の流行は
ビッグデータと ブロックチェーンと AI の利用の各国の実力の差を
世界中の人たちにまざまざと見せつけることになってしまった

二つの大国の優位性が明らかになり
二つの大国のやり方の違いも明らかになった
テクノロジーの応用の仕方や運用の仕方が違うのはもちろん
その裏にある価値観の違いがお互いの不信感を増幅している

人権とかプライバシーといった価値に重きを置く大国と
最大多数の最大幸福を追求する大国は
お互いの非難を繰り返している

ビッグデータと ブロックチェーンと AI の利用についての
不平等は広がるばかり
各国がますます内向きになるなかで
それぞれの国から不平等の解消についての議論は出てこない

ブロックチェーンのおかげで
ペーパーレスが進んだ国と
そういうことが考えられない国との
事務量の差は広がるばかり

オンライン決済が浸透し
キャッシュレスが浸透した国と
浸透していない国との
利便性の違い大きくなり
恩恵の差は広がるばかり

感染症の脅威があるかないかを
知ることのできるシステムのある社会と
それらしいシステムしかない社会との差は
驚くほど大きい

行方不明になった人が簡単に見つかる社会と
見つからない社会とでは
間違いなく何かが違う

ビッグデータと ブロックチェーンと AI の
利用についての不平等を解消していかなければ
現在の経済的な貧富の差は
現在とは違った形で
現在よりはるかに大きなものになってあらわれる

ビッグデータと ブロックチェーンと AI の
競争に参加している人の数は
びっくりするほど少ない

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支離滅裂

韻を踏むなんて
めったに気にしない

隣り合った木に違いがあるなんて
思わない

詩人の単純さを持ち合わせていないので
うまく表現することができない

咲く花の色は確かでも
水の色は確かでない

自分の外見に
興味がないふりをする

手を水に浸すと
水がよく見える

水のように書いてみる
風のようには書けない

雲が出て来た
雨かなって思った時にはもう降っている

君は何を見ている
僕は何を見ている

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赤いクレヨン

戦して赤いクレヨンもなくなりぬ
という
石牟礼道子さんの575があって
そうか
紙が白かったから
日の丸の旗を描くのに
白いクレヨンは要らなかったんだって
赤いクレヨンがあれば良かったんだって
そんな基本的なことに気がついた

もしも
紙っていう紙がみんな黒かったら
インクはやっぱり白かなとか
そして
白いクレヨンがたくさん要るなって

ところで
新聞紙の色は厳密にいえば白ではない
っていうことにはじめて気づいた
そんなこと
気にしたことがなかった
白色度が低い用紙という言い方をするらしい
真っ白でなくても
新聞の紙面に日の丸を印刷しようとしたら
やっぱり赤いインクがたくさん要る

いや まて
「国旗及び国歌に関する法律」によれば
日章は紅色とされていて
赤ではない
紅は「くれない」なのか「べに」なのか
そんなことさえわからないけれど
とにかく赤色ではない
日の丸を印刷しようとしたら
紅色のインクがたくさん要る

色というのは不思議なもので
紅色といっても同じ色は出せない
色を載せるのが紙か布かで違ってくるし
紙の質や布の種類によっても違ってくる
使うコンピュータやプリンターによっても違う
頼む会社によっても違うし
人によっても違う

石牟礼道子さんが代用教員をしていて
子どもたちに日の丸を描かせたとき
紙が白いかどうかとか
クレヨンが赤いかどうかなんて
考えなかったに違いない
白い紙は白
赤いクレヨンは赤
そのことに疑問を持つ人はいなかったに違いない

白い紙は白 ダーティーホワイトも白
赤いクレヨンは赤 紅色も赤
それでいい

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人間の違い

ユークリッド・アヴェニューには
6番のバスと9番のバスが走っていて
6番のバスが来ると黒人が乗り込み
9番のバスが来ると白人が乗り込んだ

黒人でも白人でもない僕は
どちらが来ても乗ることにしていた

6番の混んだバスの乗客たちは
なんで乗ってくるのだと 怪訝な顔で僕を見た
9番の空いたバスの乗客たちは
静かに座っている僕に 目を向けなかった

必ずしも黒いとはいえない人たちを黒人と呼んで
必ずしも白いとはいえない人たちを白人と呼んで
黒人と白人という2つの括りのなかに
すべての人間を閉じ込める

黒人の括りに入れられた人たちと
白人の括りに入れられた人たちが
お互いを理解できないといって
不信感を持ち合って対立する

でもちょっと深く考えてみると
同じ括りに入れられた人たちにしたって
似たような人たち同士だって
わかり合えるわけではない

似ている人たちだって一人一人違う
黒人と一括りにされたって
白人と一括りにされたって
一人一人違う

それなのに一括りにされ
違う括りとの違いは強調され
同じ括りとの違いは同調圧力もあって
ないことにされてしまう

同じ括りのなかだって 違うのは悪くない
違うのが間違っているなんていうのが悪いのだ
あたりまえのことが あたりまえと思われない社会で
あたりまえのことを話すのは難しい

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遺伝子組み換え

遺伝子組み換え技術を持つ優秀な企業が
農作物も雑草も無差別に枯らす除草剤を作り
同時に その除草剤に耐性のある種子を作って
除草剤と種子とを併せて売って大儲けする

除草剤があらゆる場所に撒かれると
雑草は除草剤に負けないようにと
進化して耐性を持つようになり
除草剤は次第に効かなくなる

優秀な企業はさらに強力な除草剤を作り
新しい種子と併せて売って また大儲けする
農家は農家でその除草剤に飽き足らず
他の除草剤も併せて使ってあらゆる雑草を殺す

雑草が消えた農地には
虫も寄り付かず
土は痩せ
作物が育たない土地が増えてゆく

農業ができないはずの酷い土地の小さな国が
遺伝子組み換えや人工知能のおかげで農業国になり
農産物の輸出で世界一になったものだから
いろんな国がそれを真似る

気がついてみれば
農業は農地から工場に移り
働いているのはロボットで
土もなければ虫もいない

工場でできた作物が
世界中の食糧不足を解消し
増えすぎた80億もの人間は
土を知らない食べ物を食べる

植物の遺伝子を組み換えるのがいいのならばと
動物の遺伝子を組み換えるのに抵抗はなくなり
遺伝子を組み換えての動物の品種改良を
悪いという人は もうどこにもいない

遺伝子の組み換えのおかげで美味しくなった牛肉も
遺伝子の組み換えのおかげで速く走る馬も
遺伝子の組み換えのおかげで人の言葉を話す鳥も
すべて自然の恵みだということになる

動物でしていいことなら人間にもしていだろうと
人間の遺伝子を組み換えるのに抵抗はなくなり
遺伝子を組み換えての人間の改良は
病気の治療という名目で始まってしまう

遺伝子の組み換えのおかげで頭がいいという人間や
遺伝子の組み換えのおかげで速く走る人間や
遺伝子の組み換えのおかげで美しいといわれる人間が
遺伝子を組み換えていない人間を下に見たりする

遺伝子を組み替えることが普通になって
みんながロボットみたいになって
誰も間違いを犯さなくなったら
まともな人間には耐えられない

でも心配はない
その頃には
まともな人間など
きっと ひとりもいない

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ポエマー

ポエマーという言葉をはじめて目にしたので少し調べてみたら
ニコニコ大百科に

「およそ人には見せられないようなこっ恥ずかしい厨二病的『詩』と称するものを自己サイトにアップロードする者。こうした人物は対外的行動を行わない傾向にあるため、一般に叩かれる要因は少ない」

と書いてあった

ポエマーは和製英語で
英語の poet とは違う

「いわゆる『二次創作』とは違い、完全に自分の主観やら希望やらがない交ぜになっており、非常に痛い」

とも書いてあり

「ある状況や話題に即し、詩の形態で心情を現そうと試みる者」

という説明もあった

「厨二病同様『はしか』のようなもので、かかると深みにはまる一方年をとると完治してしまうことが多い。しかし厨二病同様に免疫ができずに大人になる者も少なくない」

なんだか嫌だ

で 言えるのは

ポエマーって言われるのは嫌だ

ということ
 
今まで自分は 何者でもない 詩人ではない と言ってきたけれど
急に 自分のことが

詩人

に思えてきた

僕は詩人だ
ポエマーではない

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優しさ

ずっと一緒にいられたらいい
一緒にいたあとで
優しさが情熱を包み込む
そんなふうになれたらいい

情熱は過ぎると危険だから
優しさで包まないといけない
なんにもしないで
自然にそうなったらいい

大事にして 大事にされて
それが続いて 優しさが広がって
なんにもしないでいても
情熱を包み込んでしまえばいい

時が経てばきっと
情熱的ではなくなる
その代わりに
優しさでいっぱいになる

優しくなれるかとか なれないとか
そういうことじゃなくて
優しくなる
そうなればいい

一緒にいて お互いに正直でいて
嘘が必要なくて 信頼し合っていて
疑うことがなくて 思いやりがあれば
辺りは優しさでいっぱいになる

正直さなんてどこにもない
だからこそ正直さに惹かれる
お互いに正直でいられたらって
そうなれたらいいって 心から思う

正直でないといけないっていうんじゃない
こうでないといけないっていうのでもない
そんな感じでは 優しさには包まれない
思い合っていなければ 優しさは生まれない

お互いが好きだというのは大事だが
それだけではなくて
相手がなにをしたいのかって考えたり
体調を気遣ったり 気遣われたり
そういうことも含めて 思い合う
いつもじゃなくていいから お互いのことを思う
そういうことも大事ではないか

二人が今より良くなって
美しいものを心で感じるようになって
なんでも許せるようになって
暖かいところで優しくなる

そうなればいいんじゃないかって
そう思う

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新型コロナウイルス

日本では
新型コロナウイルスの人口100万人あたりの感染者数は214人
確率にすると「4673分の1」
アメリカやヨーロッパと違って 確率はとても低い

人口100万人あたりの死者数は7.8人
確率にすると「12万8200分の1」
確率はとんでもなく低い

競馬場で買った馬券が万馬券になる確率は「2666分の1」
新型コロナウイルスに感染する確率の 1.75倍
万馬券を当てるより新型コロナウイルスに感染するほうが難しい

交通事故で負傷する確率は「125分の1」
新型コロナウイルスに感染する確率の 37.38倍
交通事故で死亡する確率は「1万5000分の1」
新型コロナウイルスで死亡する確率の 8.55倍
感染を恐れるより交通事故を恐れたほうがいい

火災で罹災する確率は「1579分の1」
新型コロナウイルスに感染する確率の 2.96倍
火災で死傷する確率は「1万2500分の1」
新型コロナウイルスで死亡する確率の 10.26倍
感染を恐れるより火災を恐れたほうがいい

空き巣ねらいに遭う確率は「882分の1」
新型コロナウイルスに感染する確率の 5.30倍
感染の心配をするよりも 空き巣の心配をしたほうがいい

ひったくりに遭う確率は「2500 分の1」
新型コロナウイルスに感染する確率の 1.87倍
感染の心配をするよりも ひったくりの心配をしたほうがいい

ウイルスより恐いのは風呂場 そして玄関
風呂場でどれだけの人が死ぬか 知っているか?
玄関でどれだけの人が死ぬか 知っているか?

殺人事件の被害者となる確率は「10万分の1」
新型コロナウイルスで死亡する確率の 1.28倍
ウイルスを恐れるよりも 人を恐れたほうがいい

新型コロナウイルスのことで 人を非難する人がこわい
新型コロナウイルスのことで 人を恐れさせる人がこわい
新型コロナウイルスのことで 人を恐れる人がこわい
新型コロナウイルスのことで 人を利用する人がこわい
新型コロナウイルスのことで 人と同調する人がこわい

ウイルスより 人が恐い

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ロマンティックな恋

ロマンティックな恋がいいという人がいる
でも ロマンティックな恋が
そんなにいいのだろうか

リアリスティックな愛より
ロマンティックな恋のほうが夢があっていい
そう思うのだという

ロマンティックな恋って どんな恋なのか
どきどきがあって 仲の良さもあって でも 将来の約束はない
そんなものなのだろうか

ロマンティックな恋に 約束は似合わないという
どこに住むとか 家事の分担はどうするとかは 確かに似合わない
でも 現実の話は 大事ではないのか

どこまでも現実離れしているロマンティックなだけの恋は
それ以上ないくらい甘く その時だけ ありえないほど美しい
そして 毎日の暮らしとは 遠くかけ離れている

でも ロマンティックなだけの恋は
ほとんどが あまり素敵に終わらない
気持ちが強すぎて 手に負えなくなってしまうことも多いのだ

情熱的に見える恋は のめり込むと病気のようになる
嫉妬深いのや 相手を確かめたりする恋は 愛とはいえない
相手をちゃんと見ないで 気持ちを考えなければ 愛は育たない

情熱的になりすぎた人の恋は 失恋で終わる
失恋を美しいと思ってしまうと
何度も同じことを繰り返す

大人になるという言葉があるけれど
大人になって 恋と上手に付き合えるのなら
ロマンティックなだけの恋をするのもいい

子どもっぽい人には重すぎる恋も 大人には そうは重くない
だから
ロマンティックな恋も きっとそんなに悪くないのだろう

ロマンティックな恋に憧れる人は多い
でもその人たちは
刹那の恋から得るものは少ないと知っているのだろうか
恋と遊べば 代償は大きいと わかっているのだろうか

恋が愛に変わるのが理想だという
でもそれは
見合いで始まった関係が愛に変わるのよりも難しい

ロマンティックな恋がそんなにいいと思うのなら
一生 ロマンティックな恋を夢見ているといい
自分に酔っている自分を 夢見ていればいい

ロマンティックな恋で始まり 思い合う愛で終わる
そんな 小説や映画のなかのことを 夢見ていると
続くものも終わってしまう

思い合って 助け合って 見つめ合う愛のほうが
ロマンティックな恋よりも ずっといい
人は死ぬから 愛にも終わりは来るけれど でもずっといい

ロマンティックな恋よりも 愛を選びたい
暖かい愛 慈しみに満ちた愛 許し合える愛 死んでも終わらない愛
君への愛

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歴史

イザナギは黄泉国にまで行き
大国主は根の国という異界に行き
山幸は海神宮に行き
浦島太郎は海中の龍宮に行き
舌切り雀のお爺さんは雀たちのお宿まで行った

神話や物語のなかでは
時間にも場所にも限りがない
登場人物は何年でも生きることができ
どこにでも行くことができる
主人公は人であって 人でない

伝承を歴史と言いかえて
作りごとを事実にすり替えて
国の歴史が出来上がり
みんながそれを信じ込む

歴史を作りごとと思えればいいのだけれど
記録があって遺跡があったりするから
歴史はまるで本当のことのような顔をする

記録と称するものが後から書かれ
遺跡と称するものが後から作られ
それが真実の歴史になる

事実は真実とは違う
記録は事実を伝えるものではない
遺跡も事実を伝えない

伝承が伝わっていた頃は
伝承を信じる者たちは
それが伝承だと知って信じていた

それが今では
伝承は歴史と名前を変えて
まるで事実のように伝えられる
恐ろしい時代が来たものだ

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誰の歴史

残存する本のなかに書かれているのは
歴史ではない
記録されているのは
権力者たちが書き残したかったことばかり
自分たちに正義があるとするために
敵対する人たちを悪く書く
書かれたことを信じるのは勝手だが
書かれたことは事実とは違う

権力者たちが作った歴史は
権力者たちに都合のいい歴史
やましいことをしていなければ
歴史など作る必要はない
残存する本を残した人たちは
どれだけ後ろめたいことをしていたのか

歴史に出てくる偉人は犯罪者ばかり
褒めることも称えることも 必要はない

みんなの歴史はない
みんなに都合のいい歴史はない
みんなに都合の悪い歴史もない

ノンフィクションが使う史実や記録が
すべて事実だったことなどない

伝承の持つ曖昧さは魅力的ではあるけれど
事実からは遠い

ある意味
歴史はすべてフィクションだ

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すべてが変わる

鉱山関係がいいからといって就職しても
退職する頃には鉱山は廃れ
繊維関係がいいからといって就職しても
退職する頃には繊維は廃れ
海運関係がいいからといって就職しても
退職する頃には海運は廃れ
造船関係がいいからといって就職しても
退職する頃には造船は廃れ
電気関係がいいからといって就職しても
退職する頃には電気は廃れる

どんな変化のなかにいても
誠実でいればいい
そう教えてくれた人も
もういない

変化のスピードは驚くほど速くなり
1年前に将来性があると言われた分野が
もう廃れている

どの分野も変わっていないように見えて
数年前とは様変わりしている

すべてが変わる
なにもが変わる
人が変わり
あたりまえも変わる

人の心が変わり
信じていいものも変わる

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昔の家には
縁側とか濡れ縁とかいわれる場所があって
無駄なことばかり
思い出の中に浮かんでくる家は
匂いが留まらない
空気が通り抜ける
隙間だらけの家
でも
土が上がり込む家はとても暖かい
雨や風から守ってくれる家が
思い出の風景のなかにひっそりと建っている

今の家には
床面積1坪当たりの単価というものがあって
無駄なことはなにもない
散歩をして目に入ってくる家々は
経済性だけを考え
機能性を追い求め
効率性を突き詰めた家
そう
どの家も自然を遮断している
自然を感じることのない家が
電車やバスを乗り継いで行った先に建っている

不思議なことに
ビルディング インフォメーション モデリング で作られる家には
無駄がたくさん組み込まれている
人がいるのを感じる美しい家
家の中に調和があって
平和が家を包み込む
自然を運んでくる家が
君と僕を繋ぐ

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できること

大事な人が手術を受ける時に
たとえそれが短いものでも
15分とかそんな手術だとしても
手術は医師に任せるしかない
できることといえば
手術が無事に終わるように祈る
それだけ
他に何もできない

何かがこうあってほしいと願う時に
たとえそれが小さなことでも
誰も気にかけないことでも
社の前で神に祈る
でも神は曖昧で
いるか いないかも わからなくて
それでも
手をあわせて祈る

明日の手術が無事に済みますように

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孤立

日本語は
いつも日本人に寄りそってきた
そして
日本人は
ずっと日本語を話し続けてきた

日本語は
系統関係の不明な孤立した言語だという
だったら
日本人は
系統関係の不明な孤立した人たちだといえないか

80億の人たちのなかで孤立している 1億2千万の日本人は
他の人たちには理解できそうにない言葉を話し
他の人たちが入り込めない同一性を作り上げてきた

日本を覆う同一性は
外から見れば特異なもので
みんなが連帯しているように見えるけれど
内から見ればひとりひとりが分断されていて
世界の中で孤立している日本のなかで
ひとりひとりが孤立している

繋がりを強調し
連帯を口にしても
絶望は深く
自殺は後をたたない

孤立している集団のなかで 孤立している個人というのは
いったいどれだけ孤立しているんだろう

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昔話

時の流れにまつろうのは いやだ
時の中に閉じ込まれるのは もっといやだ

そんなことを思って昔の天皇の話を読んだでいたら
これが結構面白い

その中でも20代天皇から26代天皇までの話は特に面白く
20代安康天皇と弟の21代雄略天皇とその子の22代清寧天皇や
23代顕宗天皇と兄の24代仁賢天皇とその子の25代武烈天皇
そして20代から25代天皇までとは無縁の26代継体天皇と
想像の翼は限りなく拡がる

安康天皇は皇后の連れ子の眉輪王に暗殺され
その後継者と目された安康天皇の従兄の市辺押磐皇子は
後に雄略天皇となる安康天皇の弟に殺され
雄略天皇の子の清寧天皇に後嗣がなかったからといって
殺された市辺押磐皇子の子供たちが連れてこられて
その子供たちが顕宗天皇と仁賢天皇になり
武烈天皇に後嗣がなかったためといって
武烈天皇の高祖父の弟の玄孫が連れてこられて
継体天皇になる

結婚も望んでとか望まれてとかではなく
家が誅された後に決められたものが多く
征伐して統合した皇族や豪族の残党を
納得させるために妃を取るなんてこともあり
誰々の娘が天皇の妃になったといっても
現実は私たちの想像とはかけ離れたもの
雄略天皇の皇女は仁賢天皇の皇后でとか
仁賢天皇の皇女は継体天皇の皇后でとかいっても
その意味合いは想像を絶する

雄略天皇はとんでもない暴君だったとか
武烈天皇が悪逆非道の異常な行動をとったとか
継体天皇は新王朝の始祖であるとか
歴史学者の言うことのすべてが
今に残る書物を読み解いての想像でしかなく
想像は果てしなく広がり
楽しい

話が現実離れしていると話にはいりこめないし
出てくる人たちが立派すぎるのも面白くない
ぜんぶが正確に記録されていたら想像は働かず
二つ以上の書物に矛盾がないなんて つまらない

わからない時代のわからない人たちは
今に生きる私たちと そうは変わらず
展開される話はまるで 隣国のテレビドラマのよう
主人公がいて敵役がいて 援助者がいて理解者がいる
そして 不思議なことに
見え隠れする端役だけが 真実を知っている

今という時代を生きる君は
そして僕は
その頃に生きていた人たちより 幸せか?
その答えは 誰も知らない
君も知らない
僕も知らない

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自分

自分は尊い
ひとりの人間として尊い
他人より自分のほうが尊いというのでなく
もちろん自分より他人のほうが尊いというのでもない
自分は他にいない唯ひとりの人間として尊い

財産や地位があるからとか
能力や学歴があるからとか
障害者だからとか健常者だからとか
他人と比べて立派だとか そういうことではなく
唯ひとりの人間として尊い

だから自分を大切にする
自分を大切にできれば 他人を大切にできる
そして自分に優しくする
自分に優しくできれば 他人に優しくできる
他人に優しくできれば 自分に優しくできる

そんなふうに考えてみて
やっぱり自分らしくないと思った
自分らしいのは
 自分は尊い
ではなく
 自分は尊くなんかない

 
自分は尊くなんかない
自分は何人でもない

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安らぎ

好きな人と共に時を過ごして
好きな人と共に安らいだ時に
いったい何を願うのだろうか
すべて忘れて安らいでいると
愛することも愛し合うことも
望むこと全てが要らなくなる

すべての感覚を研ぎ澄まして
すべての感覚を動員した時に
いったい何を思うというのか
美しい物も美しいと思う物も
その姿も香りも感触さえもが
安らぎのなかで静かに消える

あなたがくれるこの安らぎと
あなたがくれるこのひと時は
まるで好きなパン屋のパンや
好きなしらすと大根おろしや
好きな野菜の入ったカレーが
与えてくれる幸せに似ている

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夢のようなもの

恋も愛も 誤解と錯覚と思い込みと変な期待の集合体だという
言葉を間違って理解する誤解
実際とは異なる認識による錯覚
相手を好きになったという思い込み
相手がこちらのことも好きになったという期待

都合のいい誤解と錯覚が絡み合って広がり
都合のいい思い込みと変な期待が膨らんで
大きくなる必要のない恋や愛が大きくなる
いろいろなことが集まって恋や愛になる
だから恋も愛も ぼんやりとしか見えてこない

恋も愛も 誤解と錯覚と思い込みと変な期待だなんて
そんなことを聞いて嬉しい人はあまりいない
そんなのはイヤだなっていうことになる
恋も愛も もっといいものじゃなきゃ イヤだ
ほんとうのものじゃなきゃ イヤだ

だったら もっといい恋をすればいい
ほんとうの愛をつかめばいい
もっといい恋 ほんとうの愛
それならみんな喜ぶのだろうか
でも いい恋も ほんとうの愛も 誤解と錯覚だ

そんなに素敵でない人が とても素敵に見えたり
その人のためにすべてを失ってもかまわないと思ったり
その人と二人だけでいられれば あとはなにもいらない
そんなのは 幸せだけれど やっぱり みんな 誤解と錯覚
日々の暮らしの確かさとは やっぱりなにか違う

それが恋だし 愛なのだから
誤解や錯覚があるから魅力的なんだって思って
思い込みと変な期待があるから夢みたいなんだって思って
だから恋したいって思えないか
だから愛を手に入れたいって思えないか

時や所が違えば 恋とか愛とかの意味も違ってくる
男が やりたい というのを
愛してる という場合もある
女が 結婚したいというのを
愛してるっていう場合もある

昔は かなし という話し言葉に
愛 という文字を当てた
かなし は いとしい いとおしい かわいい
そして 守りたいという思いを抱くこと
愛 にはそんな意味があった

そこに ヨーロッパから
ラブとかアムールとかいった
訳の分からない概念が持ち込まれて
それに恋とか愛とかいった文字を当てたから
変になってしまった

恋とか愛とか口にしていても
みんなが同じことを意味してはいない
みんなが自分に都合よく理解している
だから 誤解や錯覚でいい
どうせ実態はないのだから

そう 恋も愛も
はじめから実態がない
迷路の庭園に迷い込んだみたいに
万華鏡のなかに入ったみたいに
夢のようなものなのかもしれない

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コーヒー

朝がひかりを取りもどして
地平線が明るく輝くと
仕事に向かう人たちが
ここで温かいコーヒーを飲む
ミルクと砂糖をたくさん入れて
バターをつけたパンを片手に
一日が始まるんだと
笑顔を交わす
今日もいいことが
ありますように
みんなにいいことが
ありますように

夕方の日差しが弱まって
ひかりを失いはじめると
一日の仕事に疲れた人たちが
ここで苦いコーヒーを飲む
ミルクも砂糖も入れないで
今日一日の嫌なことと
思うようにならない虚しさで
無口になってしまう
まわりを見ようにも
下しか見れず
食べることも忘れて
コーヒーを口にする

朝のコーヒーと夕方のコーヒーは
まったくの別物で
違う空気と違う音のなかで
希望と絶望が交錯する

コーヒーの香りも味も
同じなはずなのに
違うと感じるのは
なぜだろう

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模倣

昔は
 日本企業は模倣が上手い
と言われた
今は
 中国企業は模倣が上手い
と言われる

なにかが変わったように見えるけれど
国の名前が変わっただけで
実はなんにも変わっていない
模倣する側が強くなり
模倣される側が弱くなる

トヨタは Ford の真似をして
富士通が IBM を模倣したように
美団点評は Groupon の真似をして
校内網が Facebook を模倣する

もしも模倣が簡単ならば
みんなとっくにしているはずだけど
SNS でテキストをコピーするのと違って
じつは模倣は大変で
そんな簡単にできるわけではない

模倣して成功するのは至難の業で
製品の模倣だけではダメだとばかり
プロセスや考え方まで模倣して
やっと成功しても賞賛はなく非難ばかり

模倣は確かにズルいけれど
模倣なしで成長した企業はひとつもない
修破離の修が 模倣から始まるように
どんな事も 真似や模倣が基本になる

真似や模倣という基本の上に
情報収集 と 分析 と 意思決定 と 資源の投入 と
そして タイミング と 運 とがあって
やっと 模倣が成功する
ただ模倣したものを量産しただけでは
オリジナルに比べて劣ったままで終わる

ジェネリック医薬品のように
先発医薬品と有効成分を同じにするという
ただそれだけの模倣をしていたら
いつまでも先発医薬品には追い付けず
追い越す日が来ることはない

模倣が成功したその日から
模倣した側は模倣される側にまわる
その循環で製品が良くなり
付随したサービスも向上する

模倣をするにも覚悟が必要で
オリジナルへの尊敬と尊重も必要で
模倣されることへの準備も必要で
だから模倣も大変なのだ

模倣は模倣でしかない
模倣は越えなければ意味がない
模倣の殻を破った先にあるものは
きっと 素晴らしいに違いない

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働き方

勤め先への忠誠が一番だと思う人が
大事な仕事を任されたならば
運がいいと思って大喜び
仕事はなにより優先で
家族のことなど二の次になる
プライベートなことはキャンセルし
体調を崩しても出勤し
趣味も持たずに仕事して
無駄口をたたかず仕事して
上司をおだて 客先を持ち上げ
自分のためより勤め先のためと
がんばり続けるのがあたりまえ
アウトプットが出せれば幸せだなんて
そんなスタイルで働くのは勝手だけれど
それを押し付けられたらたまらない

勤め先のことなんてどうでもいい人に
大変な仕事がまわってきたならば
やらなければならないなんて思わずに
ムキになったり悩んだりせずに
いい加減な仕事をすればいいと考える
ズルをしたって 誤魔化したって
そんなに悪くはない
仕事と関係ないことを話したり
たわいもない噂話をしたり
少しだけサボったりだなんて
誰でもやっているではないか
自分のスタイルで働くのは勝手だけれど
それをいいとは認めたくない

10人いれば10通りの働き方がある
一人一人に合ったやり方がある
これこそが働き方だなんていうものがあったら
そんなのは無視すればいい
それなのに
働き方改革なんていうものができて
働き方改革を推進するための法律までできて
こうしなきゃいけないとか
ああしなきゃいけないとか
うるさいこと限りない

誰も見ていないところで静かに目を閉じて
考えをまとめたい人もいれば
みんなで集まって会議をしなければ
なにも浮かんでこない人もいる

先生だって ズルぐらいするけれど
ズルのできない先生もいる
社長は社員のことを考えるものだけれど
社員のことを考えない社長もいる

犯罪者を追っている警察官だって
休みたい時は休むだろうし
追われている犯罪者だって
走り続けてるわけじゃない

『1984年』に描かれた社会になったって
どんなに監視されたって
サボりたい人はサボり
遊びたい人は遊ぶ

それがその人のやり方だ
なにも変えなくていいじゃないか
そう言いたいところだけれど
そんな資格は僕にはない

すべてが僕には関係ない
うらやましいのか
うらやましくないのか
僕はもう 働いてはいない

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暗黒社会

監視社会は暗黒で
監視される人々は不幸だと
そう思わされてきた
ところが
監視社会がやってきた国で
監視されている人々は幸せで
豊かで
暗黒とは程遠い暮らしを
楽しんでいる

見張られている人たちは
監視カメラやスマホによって行動履歴を国に握られ
ネット通販やオンライン決済の利用履歴を企業に握られ
膨大な個人データをもとに格付けまでされて
それでも見張られることを嫌がってはいない

監視のためのテクノロジーが
キャッシュを持たない暮らしをくれて
犯罪者がすぐに見つかる安心をくれて
書類の作成や記入から解放してくれて
医療データや健康を管理してくれていて
だから
見張られるなんていうことは
テクノロジーの恩恵に比べたら
なんでもない

民主主義の社会には多少の自由があるけれど
銃を持つ自由もあって暴力はなくならず
訴える自由もあるから訴訟ばかりが増え
悪人ばかりがプライバシーの侵害を叫び
犯罪者の人権ばかりが尊重される
そして
見張られていないという建前を
信じている人なんか
どこにもいない

監視社会がやってきても
人々が幸せになれば
豊かになれば
満足になれば
いいではないか

人々が幸せになって
豊かになって
満足になって
それが暗黒だなんて
誰にも言えない

たとえどんな社会になっても
君が幸せなら
それでいい
たとえそれが管理社会だとしても

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映像編集

サッカーの微妙な判定に使われるビデオは
ビデオ・アシスタント・レフェリーが見る前に
AIによって瞬時に編集され
手に触れなかったボールが
なぜか手に触れたことになる

犯罪場所周辺にある防犯カメラの映像は
捜査関係者が見る前に
どれも 注意深く編集され
現場近くを通ったはずの車や人が
なぜか通らなかったことになる

政治家が映った映像はもちろんのこと
軍事演習の映像も 戦争の映像も
そのほとんどが編集され
まるで文字の編集のように
編集しないのが悪いことになる

文字を編集するのがいいことで
それが仕事になっていて
画像の編集もいいことで
それが職種になり
映像の編集が悪いことでなくなり
それが高収入につながり
技術は とめどなく進歩して
編集したかどうかは もう誰にもわからない

事実はどこにもなく
編集された映像が真実として流される

それは事実ではないと言ったらば
でもそれは真実だという答えが返ってくる

宗教とか科学とかといった
真実という名のまやかしに
慣らされてきた私たちを
待っているのは
事実とは遠い真実が横行する社会
真実にノーと言える人がひとりもいない社会
事実が見えない社会
人も情報も信じることができない社会

そんな社会でも
映像は信じられなくても
情報は信じられなくても
君だけは信じる

君を信じる

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文章

 正月前から早春にかけて
 果物屋さん 八百屋さんの店先に
 可愛らしい金柑がいつ買われるともなく置かれてあります
そんな なにげない文章が書けるようになりたい

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別の空間

時は水の流れのように進み続け
止まったり戻ったりすることはない
春夏秋冬は繰り返すけれど
同じ春は二度と来ない
時が繰り返すことはない
 
目に見える空間はどこまでも広がっていて
際限のない空間は無限なのか有限なのか
ある空間が永遠に変わらないことはなく
ここはここ そこはそこと
言い切ることはできない

目を閉じて ふーっと息をして
耳を澄ませて 地面に触れて
風を受け入れて 別の空間のなかに落ちてゆく
 
見慣れた景色なのに 慣れない風が吹いていて
その場所に似合わない人たちが ゆったりとした時のなかで
聞いたことのない言葉を話している
 
ここはどこだ
という言葉の意味を わかる人はいない
みんなまるで
ここだけが大事みたいにしている
過去のことは水の流れに乗せ
未来のことは時の風に任せて
みんなまるで
だけが大事みたいにしている
 
過去とも未来とも関係のない

他のどことも関係のない
ここ
周りの場所と流れる時から孤立して
見えない何かを守り 怯えている人たちがいる
 
時間と空間を入れ替えてみれば 心は穏やかになるようで
暦や時計は空間のもの 地図や磁石は時間のもの
その場所で起こることは すべて一回かぎり
その時間に起こることは 他の時間にも起こりうる
 
始まりと終わりのない時間は
まるで円の上を回っているようで 同じことが何度も繰り返す
終わりに向かうその場所は
まるで戻ることがないかのように 同じ景色を二度は見せない

そんな空間にはいられないと思って
もう一度 目を閉じて ふーっと息をして
耳を澄ませて 地面に触れて
風を受け入れて 元の空間に戻る
 
この空間にある まるで円みたいな愛は
始まりと終わりがなくて いつまでも続く
愛だけではなく人生も 永遠に繰り返す
 
この時間にある 終わりに向かう愛は
始まりがあって終わりがあって いつまでも終わりに向かう
愛だけではなく人生も いつも終わりに向かう
 
終わらない愛や人生が 永遠の繰り返しだと知れば
終わりに向かう愛や人生が 輝きに満ちた瞬間の集まりに思えてくる
 
終わりに向かう愛は きっと いいものなのだ
終わりはきっと とてもいい時間で そこはきっと とてもいい場所なのだ
いつか終わりにたどり着く
誰も彼も 君も僕も

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儀式

男の人が店の入口で アルコールの消毒液を手に吹きかけながら
 これは儀式のようなもので
と言った

 気休めよ
と女将が奥から言った

 気休めの儀式か
と僕は思った

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使い捨て

自衛隊は憲法違反だといいながら
大雨がくれば自衛隊を要請し
危険な任務を強いる
人を救ってあたりまえといい
お前たちの給料は誰が払るのだなどと
酷い言葉を向ける
誰も自衛隊員のことを
本気で考えてあげない
自衛隊員は便利に使われる
そして捨てられる
自衛隊員に対する感謝が見えない

各都道府県の暴力団排除条例により
暴力団員は銀行口座を開設できないし
住むところを借りることもできない
すべての国民は個人として尊重される
といいながら 暴力団員は尊重されない
すべての国民は社会的身分で差別されない
といいながら 暴力団員は差別される
誰もこのことを おかしいと言わない
暴力団員は便利に使われる
そして捨てられる
暴力団員に人権はない

プラスチックは何百年も分解されずに残る
それを知りつつ 使い捨てにする
環境負荷を減らすのがいいことだと知っているのに
誰も環境負荷を減らそうとしない
生活習慣を変えることが大事だと知っているのに
誰も生活習慣を変えようとしない
プラスチックを使い捨てにしないためには
無関心をなくさなければならない
プラスチックは便利に使われる
そして捨てられる
プラスチックはなくならない

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呪文

水俣はいい
紫尾山に降る雨が地下深く滲み亘ってできる伏流水
湯の児温泉の廃墟を埋める夏草
地下に溜っているメチル水銀を汲み上げるポンプ
水俣は工場という名の城を囲む町だ

私は水俣を訪ね
紫尾山の麓で石を拾い
廃墟で遊び呆け
細い水路のある住宅地域で魚を食べて午睡をとる

水俣湾に浮かぶ漁船を眺めたせいで
海中の龍神の呪文にかけられ
いつか私は
天草の漁村に伝わる物語のなかにいる

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古い街

この古い街は
埃だらけで ゴミが散らばっていて
人が多くて 忙しくて うるさくて
でも
朝早くに目に映る街は
くっきりとした輪郭を持っていて
輝いていて
夕暮れのなかに浮かぶ街は
なにもかも包み込んで
優しくて
はじめて来たというのに
懐かしい

僕の生まれた街は
いつのまにか ゴミのない街になっていて
整っていて
でも
直線ばかりでできた街は
鈍く光る境目のない面でできていて
ぼんやりしていて
冷たくて
コンピュータが作った街では
曲線も四角に取り込まれ
不自由で
はじめて来たみたいに
よそよそしい

考えてみれば古い街には
人が住んでいて
交わりがあって
会話があって
心があった

新しい街では
人はインターフォンの後ろに隠れ
顔を合わせることもなく
ネット上で会話し
心をかよわすことがない

世界中の古い街は
近くで見ると汚いけれど
少し離れて振り返ると輝いている

新しい街はどこも同じで
近くで見るときれいだけれど
少し離れて振り返るとなにも見えない

街だけではない
古いもののなかに宿る美は
計算しても作ることができず
解析しても理解できない

人間も同じ
見かけのきれいな人が
心を打つことは少ない

その人なりに生きていれば
その人なりに美しい
好きなことをして生きていれば
美しさは弾んでいて
必死で生きていれば
美しさは輝く
見るところをしっかり見れば
人は美しい

なにも見えなくても
君は美しい

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名前

クロワッサンの中にチョコレートが入ってているパンを
フランスの南西部では chocolatine と呼び
残りの地方では pain au chocolat と呼ぶ

パンの切れ端のことを
フランスの南半分では quignon と言い
北半分では croûton と言う

そんなどうでもいいことで
時間が過ぎていく

名前がどうでも なにも変わらない
そんなことは知っている
名前なんて 言葉が違えば違うのだ
それも わかっている
それなのに僕は 名前にこだわる
名前なんか どうでもいいのに
なぜか名前が気になる

違う場所では違う名前で呼ばれる草
まったく同じ草なのに
違う地方に行けば違う名前で呼ばれ
違う草だと思われている

違う場所では違う名前で呼ばれる花
全然違う花なのに
似たような名前が付けられて
同種だと間違われたりする

違う場所では違う名前で呼ばれる木
まったく違う木なのに
同じ名前で呼ばれているので
同じ木だと勘違いされている

中国から日本に漢字がやって来た時に
もうすでに 木には名前があって
その木の漢字を知った当時の日本人は
前からあった読みをその漢字に当てた
だからこんがらがるのは当たり前で
間違えるのも当然で
橡はトチノキだと栃とも書いて
橡がクヌギだと櫟とか椚とも書き
橡はツルバミだったり
櫟はイチイだったり
紛らわしいこと この上ない
科はシナで榀とも書くが
榀という字は漢字ではなくて
日本でできた国字だという
なにがなんだかわからないから
ぜんぶカタカナで書けばいい
トチノキ クヌギ ツルバミ イチイ シナ で
いいではないか
そんなことを呑気に言っていたら
あっという間に世界中が近くなり
知らないところから知らない木が
人に運ばれてやってきた
名前はみんなカタカナで
どの木が 日本のどの木だと
専門家は忙しくしたけれど
お互いの連絡もつかぬまま
たくさんの勘違いと間違いが生まれ
でも
 まあいいや
という人たちのおかげで
ゆるやかな気分で木の名前を呼ぶことができる

遠い国の植物園で
名前の札を食い入るように見ても
草も花も木も
なんて呼ぶのか わからない
知っているはずの草や花や木まで
名前を失ってゆく

隣の国の植物園で
名前の札に書かれた漢字をずっと見ていたとしても
草も花も木も
呼び方が違いすぎて 混乱してしまう
知っているはずの草や花や木の名前が
違っているのではないかと疑い出す

草や花や木は
名前はどうでも生きていて
その美しさは
名前で変わる わけではない

君の名前がどんなでも
君をなんと呼ぼうとも
君は君
美しい

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好きになれない詩

詩があった
 黄金の太刀が太陽を直視する ああ 恒星面を通過する梨の花!
という書き出しで
好きになれない と感じ
僕には関係のない詩だ と思った
そうしたら
その詩を書いた人は高見順賞を受賞していて
藤村記念歴程賞も現代詩花椿賞も詩歌文学館賞も
芸術選奨文部大臣賞も毎日芸術賞も市民栄誉賞も
日本芸術院賞恩賜賞も受賞していて
紫綬褒章も旭日小綬章も受賞していて
文化功労者で日本藝術院会員で文学会の理事長で
要するに大御所で
現代日本を代表する先鋭的な詩人なのだそうで
高い評価を受けていると書いてあって
正直理解できないけれどなんか凄い なんていう感想が載っていて
疾走感あふれる詩といわれてるみたいだけれど 疾走感なんか感じられず
ふーんと思ってもう一度 詩を感じようとしたけれど
やっぱり 好きになれない詩だと思った

僕はやっぱり
 海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手を広げ
のほうが好きだ
うん? それは詩ではないって? 歌だって?

では やり直して
僕はやっぱり
 空の雲が厚くたれ下ってきて、雨粒が一滴二滴と頬や頭に落ち始めるときの、
 一種恍惚とでもいってよい安堵感を、何にたとえようか。
 まさしく天の慈雨である。
のほうが好きだ

あっ ちょっと待てよ
海を知らぬ少女の前に の詩人も
空の雲が厚くたれ下ってきて の詩人も
勲章なんか貰っていなかったじゃないか
文化功労者なんかじゃなかったじゃないか
だから好きなんだ

官製の権威に認められるような詩人が作った詩を
好きになれないと思った自分のことが
少しだけ好きになった

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身近なこと 遠いこと

開発とか支援とかいう言葉を聞くと
いくつかの国際機関が浮かんでくる
人道とか人権という言葉も浮かぶ

国際機関で人道を仕事にしている人が
人道に興味がない人に
 あなたは利己的だ
と言ったのを思い出す
 無関心と想像力のなさと認識不足が
 人道に対する罪なのだ
とも言った

国際機関で人権を仕事にしている人が
人権に興味がない人に
 あなたには思いやりがない
と言ったのを思い出す
 見て見ぬふりと自己保身と差別意識が
 世界中の人権状況を悪くしている
とも言った

キリスト教を信じていた人たちが
人道と人権を尊重しないのはいけないと言い出し
人道や人権はいつのまにか正義になった
人道と人権を軽視するのは悪いことだという
新しいあたりまえが生まれたのだ

裏の畑の作物と 日がなすごしている婆さまは
人道援助じの字も知らないが
畑でできたものをお地蔵様に供え
うまいものは近所に分けていた

裏山の杉の木と 取っくみ合ってる爺さまは
人権のじの字も知らないが
伐採した木の切り株に酒をふりかけ
森にも人にも優しくしていた

遠い国の諍いの 巻き添えを食った人たちは
確かに可哀想かもしれないけれど
だからといって私たちが憐れんで
事情も知らずに助けに行けるとでもいうのだろうか

織田信長に殲滅された人たちを
誰も助けに来なかったじゃないか
独裁者に抑圧されている隣国の人々を
誰も助けに行かないじゃないか

マリとブルキナファソで
戦闘に巻き込まれた人たちが
過激派組織のせいで可哀想な目にあっている
家を失った子どもたちを救うといって集めたカネで
過激派組織を壊滅させるための武器を買う
それが人道援助だと 独裁者が笑ってが胸を張る

人道援助はいつも どちらかの側につき
人権活動もいつも どちらかの側のため
人道も人権もそれを考え出して
自分たちのために使ってきた人たちのためにある

人道も人権も よく考えて見極めなくてはいけない
無条件降伏ではあるまいに
無条件に受け入れればいいというものではない
いつも いいものではない

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まやかし

AIには
いくつかの人間の能力が
ない

気付くことができない
意識的な能力や意識的に気付く能力がない

自由意志がない
自分で考えたり行動するこができない

自主性がなく
自分を律することができない

だからAIは
道徳的な責任を負うことが
できない

AIがわかるのは
目に見えるもの
存在するもの

目に見えないものや
存在しないものは
AIにはわからない

石や木や水はわかっても
自由とか平和とか愛はわからない

AIにわからないものは
価値とか善悪とか
まやかしのものが多い

人が便宜上あることにしているもの
人が都合よく使っているもの
そんなことがAIにはわからない

幸福も民主主義も人権もわからない
忠誠や孝行や献身を理解できるわけがない
なぜなら
そういったことは人にも理解できないから
まやかしだからだ

人は騙される
でもAIは騙されない

騙されないAIを前にして
人が困っている

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百年に一度の

百年に一度の危機だという
実際 私たちはたくさんの 百年に一度 に遭遇する

百年に一度のパンデミックが到来した
百年に一度の大雨が降った
百年に一度の山崩れが起きた
百年に一度の洪水に見舞われた
百年に一度の台風が来た
百年に一度の地震が発生した
百年に一度の津波が起きた
百年に一度の経済危機だ
百年に一度の恐慌だ
百年に一度の大変革期が始まっている
ニュースからは たくさんの 百年に一度 が溢れ出る

百年に一度の災害が日常的に起きる時代だという

毎年いくつもの 百年に一度 がやって来て
百年に一度の後には
新しい状況が 新しいあたりまえになる

なにかちょっとしたことがあると
百年に一度の脅威だといって騒ぐ
本当にそうだろうか

ほとんどの人は100年も生きないので
百年に一度は 一生に一度という意味なのだろう
遺伝子に危機が記憶されている とはいっても
自分が経験したかどうかは やはり大きい
だから 百年に一度は
自分が経験したことのないほどの
ということなのかもしれない

なにが起きても 生まれてからはじめてのことだから
みんな 百年に一度 になる

被害者に寄りそう
被災者の心に寄りそう
罹災者の気持ちを考える
そんなことを言う人に限って 隣国の危機には冷たい

人は 地球の反対側で起きたことまで 心配していられない
海外で起きたことまで 心配していられない
他県で起きたことまで 心配していられない
他の町で起きたことまで 心配していられない
誰にも日々の暮らしがあって 生活を続けなければならないから
他人のことまで 心配していられない

でも日本という括りのなかでなにかが起きると
ニュースは容赦なく情報の洪水を起こし
百年に一度を連呼する

百年に一度に慣れきってしまった私たちは
大変な時代だなと考えることにも慣れきっている

なにごとにも慣れ切った私たちは
怯えることにも慣れ切って
自分にも慣れ切って
生きている

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もう十分

遺伝情報を赤ん坊の細胞の核に埋め込んで
赤ん坊の存在そのものを変えてしまう
遺伝情報を埋め込まれた人は
人といえるのか

誰かを好きになっても遺伝情報のせい
過ちを犯しても遺伝情報のせい

知的な活動をしても遺伝情報のなせるわざ
人生を築いたとしても遺伝情報がなせるわざ
いったい誰なのか
遺伝情報なのか 人なのか

遺伝情報を埋め込まれた人に 私は誰なのかと聞かれたら
なんて答えるのだろうか

優生学 異種移植 エンハンスメント 体外受精
デザイナーベビー 遺伝子組み換え ゲノム編集
遺伝子治療 着床前遺伝子診断 クローンES細胞
ips細胞 遺伝子ターゲティング 絶滅動物再生
知らないことを書き並べてみて
何がいいのか 何が悪いのか
何がいったい問題なのか
誰がやってもいいと やってはいけないと決めるのか
ほんとうに なんにも わからない

もうこれ以上 前に進まなくてもいいじゃないか
もう十分ではないか
もういいじゃないか

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吾唯足知

はんこを買った
 吾唯足知
と書いてあった
とはいっても実際には
口を真ん中にして
 五隹止矢
と書いてあったのだが
あれれ これ
どこかで見たことがある
と思って考えを巡らせたら
そうだ
龍安寺の茶室の裏にあった石の鉢だ
と情景が蘇ってきた

その言葉が龍安寺の手水鉢に彫られていて
それを僕が覚えている
その四文字がはんこに彫ってあり
それを僕が買う

吾唯足知は
欲を戒める言葉として
禅寺でよく使われる

金持ちでも満足しない人がいる
貧しくても感謝する人がいる

ただ十分だということを知る
何が十分なのかを知る
ただ満足することを学ぶ
満足を知る
そう
あるものに満足しよう
あるものに感謝しよう
欲望には限りがない

君がそこにいる
それだけでいい
吾唯足知は
そういうことなのだろう

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マクロとミクロ

マクロで考える人がいる
大きなことや広い範囲のことが得意で
国や世界や地球のことを考え
未来を憂う

ミクロで考える人がいる
身近なことや狭い範囲のことが得意で
家庭や町や地域のことを考え
現状を嘆く

マクロで ものを考えると
細部には目が行き届かない
違った考えをすくい上げることができないし
そもそも
ひとりひとりの心がわからないふりをして
マクロで ものを考えている

ミクロで ものを考えると
全体には目が行かない
総意に合意して それに従うことができないし
そもそも
全体のことはわからないという顔をして
ミクロで ものを考えている

マクロで考える
大きく考える
長期的な最適化と長期的な方策で
短期的な可能性を放棄する
壮大なスケールで考えることができるから
地球の環境や国の経済が落ち着いてゆく
でも
やりたい事が大きすぎて 人を忘れ
何にも手が届かずに 現実から離れる
そうはいっても もしかしたら
世界を大きく変えられるかもしれない
長期的なことや不可能にみえることを変えられるかもしれない
たとえそれが理想にすぎなくても

ミクロで考える
小さく考える
短期的な最適化と短期的な方策で
長期的な可能性を放棄する
それぞれのことを丁寧に分析するから
ひとつひとつのことは見事に進む
でも
なにをしてもそのことにしか適用できず
汎用性も応用性もない
そうはいっても もしかしたら
自分のまわりを大きく変えられるかもしれない
今日のことや明日のことを変えられるかもしれない
たとえそれが幻想だとしても

マクロでものを考えて
みんなが地球の環境のことばかり考えていたら
街角のゴミやビルの汚れは忘れられて
街はどんどん汚くなってしまう
地球がきれいになるのだから
それでいいのだと思っていても
身近な景観が損なわれ 安らぎが失われるのはつらい

ミクロでものを考えて
みんなが身近な環境をきれいにしていたら
どこか遠くにゴミの山ができて
とんでもない汚染が拡がってしまう
自分の身近がきれいだから
それでいいのだと思っていたら
汚染が自分のところにまで拡がってきてしまう

マクロでものを考えて
世界が良くなるようにとばかり考えていたら
自分の地域が貧しくなって
貧しさによる不安定が地域を覆ってしまう
世界が良くなったのだから
それでいいのだと思っていても
不安定が自分のところに拡がるのはつらい

ミクロでものを考えて
自分の地域だけを良くしようとしていたら
遠くの国にひずみが出てきて
貧しさによる不安定が拡がってしまう
自分の地域が良くなったのだから
それでいいのだと思っていたら
不安定が自分たちのところまで 押し寄せてきてしまう

マクロでものを考える人は
ミクロの人が作る里山を
本当の自然ではないといって批判する

ミクロでものを考える人は
マクロの人が言う気候変動を
ありもしないでっち上げだといって批判する

マクロでものを考える人は
ミクロの人の経済活動を
理論に合わないといって批判する
マクロでものを考える人が ミクロのことをしようとすると
小さなことに分厚い提案書を書くなんていう
トンチンカンなことをする

ミクロでものを考える人は
マクロの人の経済理論を
後付けの説明でしかないといって批判する
ミクロでものを考える人が マクロのことをしようとすると
貧しい国の可哀想な子どもの里親になるなんていう
トンチンカンなことをする

東アジアの人々は
マクロでは豊かでもミクロでは貧しく
地中海の人々は
ミクロでは豊かでもマクロでは貧しい

マクロとミクロは
どこまでいっても交わることがない
まるで 豊かな人と貧しい人 みたいに
まるで 女と男 みたいに

日々の暮らしは
マクロもミクロも関係なしに
続いてゆく

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本当の色

人はいろいろな色を出す
 正直な色
 真心の色
 素直な色
 裏のない色
 真面目な色
 ひたむきな色
 偽りのない色
 誠意のある色
 嘘をつかない色

僕はどんな色を出しているのか
そんなことを
しばらく黙って考えた

僕の出す色は
僕の本来の色は
本当の自分は
なんなのか

君はたくさんの色を重ねながら
君らしく生きている

僕はどんな色を出して
どうやって生きているのだろうか
 他人を傷つけてしまう色
 濁った色
 嘘の色
そんなのは色じゃない

僕もまともな色を出したい
きれいな色を奏でたい

 

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寓言

寓言という言葉には 他のことに仮託してなにかを言う という意味があって
私たちが知っている昔の物語は その多くが作り事で 寓言なのだという

寓言のなかには 神や国のことを書いた明らかな失敗作から
好色や文化のことを書いた面白いものまで いろいろあって
そのどれもが 私たちにとって 何かしらの意味を持つ

正当化したい気持ちが強すぎて すぐに作り事とわかってしまうもの
心の機微が見事に描かれていて 読む者を飽きさせないもの
作り事だということが明白で 騙されないぞと身構えてしまうもの
作り事だとわかっているのに 登場人物の境遇に涙してしまうもの
いろいろな寓言があるが 内容とスタイルは大きく違う

政治的な意味合いが大きく メッセージ性が強く 仮託が効果的でない 日本書紀
政治的には意味がなく メッセージ性もないのに 仮託が効果的な 源氏物語
消えることなく読み継がれてきた寓言は 私たちを想像の世界に誘う

作り事を分析しても意味はないし
作り事に役割を持たせても詮ない
書かれた時点で想像でしかなかったものが
後の世で事実として扱われる滑稽さを
どう笑ったらいいのだろう

寓言は寓言
それ以上でもそれ以下でもない

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良い夢

ベッドの上でこれを書いていて
ふっと横を見たら
君がすやすや眠っている

これが夢だとしたら
とってもいい夢だ

これがうつつだとしたら
とってもいい夢だ

幻はどこにもない
みんな夢
うつつも夢

ピアノの音が 微かに聞こえる

それにしても
なんていい夢なんだろう

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悪い夢

高いところに上って街を眺めていたら
なにもかもが おかしく思えてきて
うつつがこんななら
いっそのこと夢に行ってしまおう とか
うつつと夢を入れ替えてしまおう とか
ろくでもないことを考え始めてしまった

うつつと夢を行き来している夢を見て
夢のなかで見た夢のことを思い出す

求められもしないで見た夢と
求めもしないで見た夢のなかの夢は
交わることがなさそうで
でも同じ夢なのかもしれないと思って
それで 何がおかしいのかを少し整理してみた

海や川や運河と陸との間には堤防があって
水のところと そうでないところとが
あまりにもきっちりと分けられていて
整然としていて 窮屈で 直線ばっかりで
道路も 直線ばっかりで
建物の敷地は 四角くて
見ていて うんざりしてきた

山や丘や崖や海や川や湖や池が
森や林や木や葉や根や草や花と
一緒になって作ってきた景色には
直線はなかったから
直線ばかりの街を見ていると おかしくて
この直線がなくなってしまったらいいのにと
思ってしまったのだ

墓石のようなビルが 整然と並ぶ街は
まるで巨大な霊園のようだ
人が作るものはどうしていつも
こんなにも醜いのだろう
機能美とかなんとか 言いつくろってみても
優しさが消えたのは 隠すことができない

動きが消えてしまった街を
車だけがゆっくりと動いてゆく
土を耕す人が見えるわけもなく
種を蒔く人も見えるわけがない
見えるわけのない たき火の煙が
なぜか なつかしい

下に見える景色は
うつつなのか夢なのか
夢のなかのうつつなのか
夢のなかの悪い夢なのか

これはうつつではないよね と言う
うつつの君が微笑む
やっぱりこれはみんな
夢なのかもしれない

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アルヴォ・ペルト

子守唄を聴きながら眠る
昼なのに眠る

音がないみたいなのに
静かな音が聞こえてきて

鈴の音はしないのに
鈴が鳴り続けているように感じる

飾らない音符と簡素な和音が
簡素な音と飾らない声を生む

リズムはいつまでも単純だけれど
飽きることはない

まるで昔の音楽が
よみがえったみたいだ

懐かしい君を
抱いているみたいだ

子守唄がいつまでも聞こえる
ずっと聞こえる

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やめられない

偉いお坊さんは
悪性さらにやめがたし と言い
昭和のヒーローは
わかっちゃいるけどやめられない と言った
考えてみれば やめられないことばかり
なにが悲しいって やめるなんて 考えることもできない

飲む打つ買うがやめられないなんて 一昔前のはなし
宵越しの銭は持たないなんて 今はもう流行らない
マトモなやつらは偉そうに そんなことを言うけれど
まわりを見渡してみれば マトモでないやつばかり
時代は変わったと言いながら みんなリアルなことを続け
やめられない止まらない と口ずさんでいる

飲みさえしなければいいやつなんだけどなあ とか
ギャンブルとなると人が変わっちゃうんだよな とか
女のことさえなければ悪い人ではないんだけど とか
そんなことで世の中はまわっていく

すごくもないのにすごいと言われ やればできるとおだてられ
それが手だとは露ほども知らず 騙されたのにも気付かずに
気がついてみれば やめられないことばかり
どうしたらやめられるのか わからないことばかり

飲む打つ買うまでバーチャルの バカどもよりはマシだよと
今日もリアルな飲む打つ買うで 少ないカネがゼロになる
作り話に涙を流し 騙されることを喜びながら
詐欺に騙される老人を バカじゃないかとバカにする

あなたの国のために何ができるのか なんていう国に騙され
幸せはあなたの心の中にある という宗教に騙され
あなただけが生きがいなの という甘い言葉に騙されて
信じる者は救われると 騙されることを肯定する

信じることができないなんて
なんて可哀想な人なんでしょう
そう言われるのは僕が 異邦人だからだろうか
それとも一緒に騙されないからだろうか

騙されるのが嫌だといっても
やめられないことがないわけではない
やめられないことがいくつもあって
それで人を傷つける

悪性さらにやめがたし という言葉が胸に刺さる
わかっちゃいるけどやめられない も心に沁みる
やめられないものはやめられない
今日もやっぱりやめられない

やめられないものをやめてしまえば
それはもう自分でない
そんなふうに開き直って
なにもやめない自分が見える

やめられないために塀の中に行く人や
病院のベッドに繋がれる人がいるけれど
僕はひとりで のたれ死ぬ
それが卑怯でも のたれ死ぬ

やっぱり やめられない
どうにも やめられない
君も やめられない
君は やめたくない

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そのまま言う

考えたことをそのまま言ってしまうことがある
 見たものや感じたことを素直に表現できる
といえば聞こえはいいけれど
それでは物事はうまくまわっていかない

供された料理がどんなに美味しくなくても
美味しいと言わなければ感謝は伝わらない
どんなに口に合わなくても たとえ嫌いでも
 おいしかった
の一言が作ってくれた人への感謝になる

借りたものが古くて使うのが大変だったとしても
 貸してくれて ありがとう
という気持ちがあれば
 ボロで使うのに苦労した
とは言えないはずだ

他人の評価はしないにこしたことはない
 あなたは中の下ですね
なんていうのはもちろんのこと
 あなたはトップテンに入りますね
なんていうのも言わないほうがいい

なにかに感動して素直にそれを表現しても
その感動を共有していない人からは
 何言ってるの?
という反応しか返ってこない

それでも人は 考えたことを言いたい とか
感じたことを共有したい とか思っていて
それで
考えたことをそのまま言ってしまったり
感じたことをそのまま表現したりして
孤独を感じ
やりきれない気持ちになったりする

考えたことをそのまま言うのは
君にだけにしよう
君も僕にだけは
何を言ってもいい
心を許していい
信じてくれていい

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川に沿って歩いていたら
突然雨が降り出してきて
さっきまで見えていた山が見えなくなり
川の両脇の街も灰色に霞んでしまった

足元にはあっという間に水溜りができて
ここは水が流れるはずの河原なのかな とか
ここは堤防の内側だから河川敷かな とか
人が決めた どうでもいい定義 を思い出そうとする

目の前の大きな橋を渡れば駅に出るのだと
てのひらのなかの画面が教えてくれるけど
橋に上がれる道がなかなか見つからないので
仕方なく橋の下で雨宿りをする

生い茂る雑草のなか
小さな花が咲いている
大雨が降れば川になってしまうのだろうに
どうしてここで咲いているのか

ふと見回すと
花の周りは灰色の塊ばかり
鉄にアスファルトにコンクリート

あの鉄の橋を取っ払って
アスファルトの道路を取っ払って
コンクリートを取っ払ってあげたい

堤防の外の住宅もぜんぶどけて
川を自由にしてあげたい

思うように流れを変えて
好きなように流れたらいい

小さな流れもたくさん作って
たくさんの生き物に水を与えたらいい

川を川に戻してあげたい

川は何も言わず
戻ることなく
流れて行く

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宝くじのような社会

宝くじは買わなければ当たらない
という
でも
宝くじは買っても当たらない

宝くじの売り上げのうち
当選者に支払われるのは 46.5% だから
確率論からいえば 5億円当てるためには
10億7500万円以上の宝くじを買わなければならない
でも実際には
1等と前後賞との5億円を当てるには
10億7500万円では十分でない

宝くじの番号は組と番号でできていて
組は01~100組までの100通りで
番号は100000~199999番までの10万通りで
01組100000番から100組199999番までの1ユニットは1000万枚
1枚300円だからもし全部の番号を買ったら30億円かかる

1等と前後賞との5億円を当てるのに
23組130916番と23組130915番と23組130917番の3枚の宝くじを買うために
30億円も用意しなければならないのだ

こんなに割の悪い話なのに
街中の宝くじ売り場に行列ができて
みんなが一攫千金を夢見る
当たらないのに当たると信じて
宝くじは買わなければ当たらないと言いながら
宝くじを買う

考えてみれば 私たちの社会も似たようなもので
働きに出て行った人の一年間の売上高は2000万円
そのうち給与やボーナスで貰えるのが500万円
こんなに割の悪い話なのに
学校を卒業した人たちは先を争って就職し
仕事を失えばハローワークに列を作る

働かなければ生きていけないという社会で
仕事はどんどん AI に奪われて
働きたくても仕事はなくて
仕事がないと生きていけなくて
2000万円売り上げて貰えるのは
500万円から400万円になって
400万円から300万円になって
それでも私たちは生きていく

宝くじには
買わないという選択もあるけれど
就職は
しないという選択はなかった

これからはきっと
かすめ取られるために働くことはなくなって
就職をしないのも変でなくなって
宝くじのような社会はなくなって

とここまで書いて
そんなことは起きないだろうなあと思っている私がいる

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ハマる

ぴったりした大きさの穴に入ってしまい
なかなか抜け出せない

気づきもしなかった溝に落ちて
抜けようにも抜けられない

何かに夢中になって
どうやっても抜け出せない
そもそも 抜け出したいかどうか 定かでない

はまる 嵌る 填る ハマる
いろいろな人が いろいろなものに
そして いろいろなことに ハマる

家系図にハマる 紙飛行機にハマる
裁判傍聴にハマる Googleストリートビューにハマる
マイナーな趣味に夢中になって やめられなくなる

豆かんにハマる パンケーキにハマる
コーヒーにハマる ワインにハマる
食べ物や飲み物にのめり込んで やめられなくなる

誰かにハマる 君にハマる
誰かに夢中になる 君に夢中になる
誰かでない君のことを思う

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炒飯

そこの店の炒飯は
エビ炒飯でもカニ炒飯でもなく
叉焼入り炒飯でもほうれん草炒飯でもなく
広東生菜炒飯とか揚州炒飯とかでもなく
五目炒飯でも特製炒飯でもない
ただの炒飯だった

カタカナのチャーハンではない
前になんにも付かない
ただの炒飯
なんの変哲もない炒飯
それなのに
心が揺さぶられるほどおいしくて
他の皿がぜんぶ翳んでしまうほどおいしくて
普通のものがおいしいと
贅沢なものがおいしいのとは違った感激がある

普通のことやあたりまえのことで心を動かされると
なんとも言えないくらい 嬉しい

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五感

静かな場所は好きだけれども 音のない世界は いやだ
母の耳が老いてから聞こえなくなったせいもあるけれど
水の音も風の音も聞こえないのを想像すると つらい

落ち着いた照明の場所は好きだけれども 光のない世界は いやだ
真っ暗な闇の中に閉じ込められた夢を見たせいもあるけれど
君の目も君の唇も見えないのを想像すると つらすぎる

五感がなんだったかは すぐには思い出せないけれど
君の声を聞いて 君の顔を見て 君の匂いを嗅いで
君とのキスを味わって 君の肌に触れるのを想像してたら
五感だけでなく 他の感覚も欲しくなってきた

五感以上の感覚を持って森に入って 木や石とわかり合えたら
五感以上の感覚を持って山に登って 鳥や水とわかり合えたら
五感以上の感覚を持って君を抱きしめて 君とわかり合えたら
どんなにいいだろう

五感以上の感覚がきっとある
想像するのよりずっとたくさんの感覚がある
そんな感覚を研ぎ澄まして眠れば
きっといい夢を見ることができる

でも今夜は五感だけでいい
五感をぜんぶ使って君と眠ろう
きっといい夢を見ることができる
そう思う

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なんにもできない

認められたいとか、好かれたいとか、愛されたいとか思うのは、変なことじゃない。嫌われたくないというのも、不安になるのも、自然のことじゃないかしら。
うん。僕にはそういうところがあるかもしれない。
いい男だと思われたい、いい女だと思われたい、いい子だと思われたい、いい親だと思われたい、いい部下だと思われたい、いい上司だと思われたい、いい友達だと思われたい、いい同僚だと思われたい… 
それは、いけないことだろうか?
いけなくはないけど、でも、そんなことばかり考えていたら、なんにもできなくなってしまう。
なんにもできない?
子どものために自分のしたいこともしないで生きる。子どもが大きくなって、またその子どものために生きる。そんなことが繰り返されて、いったい誰が自分のために生きるのかって。よく、そう思うの。
人のために生きるのって、大切なことだと思うけど。
余計なことは考えないでいいんじゃない?
余計なこと?
まずは、自分のために生きる。自分を大事にする。自分の気持ちに素直になる。そうすれば、不安はなくなるわ。
そういうものかな?
ええ。人は必ず死ぬでしょ。生きているあいだは、認められたいとか、愛されたいとか、いろいろなことを思うけれど、そしていろいろなことをするけれど、最後にはみんな死ぬ。だから、なにをしてもいいの。どうせ死ぬのだから。
どうせ死ぬ?
違う?
なにをしてもいい?
そう。好きな人には好きだって言えばいい。好きな人に思いが通じなかったら、泣けばいいじゃない。好き合った人の気持ちが変わったら、悲しめばいい。それでいいじゃないの?
それでいい?
ええ。いいこともあれば、悪いこともある。それでいいじゃない?

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蜃気楼

蜃気楼は
見に行って見られるものでない

 何月頃に
 どこで
 どんなものが見えるのか

なんていう情報がインターネット上にたくさんあるけれど
行ったからといって 見られるとは限らない

虹も
オーロラも
見に行って 見られるとは 限らない

蝶を探して山の奥深く踏み入っても
虫を探して森の奥深く分け入っても
痕跡すら見つからないことが多いという

景色だって
天気ひとつで大きく変わる
見たいものが見られるとは限らない

ある日
どこまでも伸びる道をドライブしていたら
森が見えてきて

あの森は本当の森なのか
それとも蜃気楼の森なのかと考えていたら
あっというまに森が湖に変わった

森は蜃気楼だったのだろうか
湖は蜃気楼なのだろうか
そんなことを考えていたら
湖は砂漠に変わった

砂漠が蜃気楼なわけはないと考えていたら
水をたっぷり湛えた湖に着いた

なにが実際に見えたのか
なにが蜃気楼だったのか
わからなくなった僕は
自分のいるところが
実際にあるのかどうかさえわからなくなって
あたりを見回した

君がこっちを向いている
あっ やっぱりここは夢の中だ
そう思った瞬間に 君は消えた

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英雄か犯罪者か

信長は城を焼いたり捕虜を処刑したりして何万人もの人々を殺害したとか
秀吉は女や子供を串刺しにしたり磔にしたりして残虐の限りを尽くしたとか
首を城の周りを取り囲むように並べさせた信玄のほうが残虐だったとか
いやいや利家のほうが残虐だったとか 実のところ光秀のほうが残虐だったとか
まったく状況が違う今になって みんないろいろ言うけれど
そんなことはすべて想像でしかない

ヒットラーやポルポトは虐殺者として記憶されているが
毛沢東やスターリンは虐殺者ではなかったのか
トルーマンやルーズベルトを虐殺者と呼んではいけないのか
エンヴェル・パシャやレオポルト2世を忘れてもいいのか
コロンバスやコルテスは残虐だったではないか
ジンギスカンやティムールや洪武帝はどうなのか
そしてアレクサンドロス大王は英雄なのか

歴史には数多くのリーダーが登場するが
今の価値観からはその多くが残虐で
その多くが人道に反する命令を下したということになる
でもその人たちが生きている時には
その人たちは支持され 英雄と見なされていたのだ
英雄は敵から見れば犯罪者で
結局は 勝ったもののが英雄で 負けたものが犯罪者ということになる

とんでもない数の人たちが
英雄と呼ばれ 犯罪者と呼ばれ 死んでいった
歴史に登場するのはほんの一握りで
ほとんどは歴史に名を残すことなく消えてゆく
その人たちをどう呼ぶのかは残った人たちのすることで
当人たちには関係のないこと
名誉のために死んだとしても 誰も名誉を理解しない

死んだら消える
それだけのことだ
文字にして残しても 映像にしてとっておいても
それだけのこと
私たちには判断のつかないこと

だから見えることだけを信じて
自分が信じられることだけを信じて
君を思って生きる
それでいい

すべてのことが宇宙のなかの
小さな小さな点なのだ
そして長い長い時間のなかでの
ほんの一瞬のことなのだ

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空には
  空(く)
  空(くう)
  空(こう)
  空(そら)
  空(から)
  空(うろ)
  空(あな)
  空(こぉん)
  空く(あく)
  空く(すく)
  空ろ(うつろ)
  空ける(あける)
  空しい(むなしい)
  空ける(うつける)
などの読み方があって
どれもが大事な意味を持つ

見上げると 空(そら)は いつもそこにある
朝が日の出とともに光を取り戻すと 空(そら)は刻々と色を変え
日の入りとともに光を失うと 空(そら)は暗闇に包まれる

空(くう)は 幻みたいで 焔みたいで 水中の月みたいで
虚空みたいで 響きみたいで 蜃気楼みたいで 夢みたいで
影みたいで 変化みたいで 鏡中の像みたいだという

空(そら)と 空(くう)は 同じようでいて 同じでない
空(そら)は 誰にとっても空(そら)で 広くて 大きい
空(くう)は 何もなく 空(から)で 広さも大きさもない

森のなかには神がいて
私たちは畏れを持って接してきた
石も木も水も神で 丘も山も海も神で
社だって空(から)にして 清らかにしておけば
神がやって来てくれる
自分自身も空(から)にしておけば
神がやって来てくれる
やって来た神に しばらくのあいだ いてもらうには
神に幸せでいてもらわなければならず
神に幸せでいてもらうには
自分が幸せでなければならない
自分が幸せでいれば
空(から)は神で満たされて
森のなかの神々にも出会えて
空(くう)は零でなくなり
空(くう)は無でもなくなる

もしかしたら君は
神なのかもしれない
だって僕は 移ろいゆくなかで
こんなにも満たされている

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進歩

進歩が望ましい方向へ進んでいくことだとしたら
私たちがしているのは進歩ではないのかもしれない
そんな疑問を持ったとしても
私たちには何も変えられない

病気を治すことができるようになれば
それは進歩
脅威から身を守ることができれば
それは進歩
エネルギーを使えるようになれば
それは進歩
食糧の生産を増やすことができれば
それは進歩

そういうことが進歩だと思うしかなくなっていて
新しいことを考えるのは進歩のため
新しいことを見つけるのも進歩のためと
勉強したり働いたりを続けてきた

進歩はいいことだと信じていたら
進歩に加速度がついてしまい
もう誰にも
進歩を止めることができない

進歩して私たちの役割が変わって
神を演じるようになったときに
いったいどんな神を演じたらいいのか
わからずに戸惑っている

越えてはいけない一線を越えた
相変わらず哀れな動物は
神になってはいけないのに神になり
生命を弄ぶことを覚えてしまった

植物の品種を改良し
動物の品種を改良し
微生物の品種を改良し
挙句の果て
遺伝子を組み替え
ゲノムを編集する

それらはどれもいいこととされ
誰も悪いことだとは言わない
このまま行けば
人に手を付けるのも時間の問題だ

父の心臓が止まりかけたとき
病院の先生のすすめに従って
ペースメーカーの埋め込み手術の申請書類に署名して
おかげで父は長生きした

父の心臓は止まりかけていた
それなのに私は神の代理になって
自分がなにをしているのかわからないままに
父の心臓を動かし続けることに同意した

神になるなんてことに加担はしていないと
何度も自分に言い聞かせ
父の穏やかな日々を眺めながら
鈍感な自分に安堵する

時間とともにすべてを忘れ
何か問題が起きれば反省はする
でも
進歩はいけないっていう話とは
少し違うと思う

進歩するのは仕方がない
進歩しちゃうんだから
そんなことを言いながら
進歩についていけない私たちは
なんだかおかしいと思ったりもする

進歩を生み出している私たちが
進歩についていけない
それはおかしくはないか

私たちが作り出すものはどんどん複雑化して
間違いの少ないものになっていく
それなのに
作り出している私たちはいつまでも変わらず
間違いだらけのまま
どうしたらいいのか
誰にも答えはない

私たちは競争の中に投げ込まれたようなもの
何をしても競争相手は世界中にいて
何かで上手くやったとしても
すぐに追い付かれ追い越されてしまう
選手が元選手になるのは一瞬のこと
右を見ても左を見ても
いるのは元選手ばかり
昔の栄光はどれも素晴らしい

通信技術の発達で
好むと好まざるとにかかわらず
世界中の多様な情報にさらされる
でもひとりの人間にとって
意味を持つことの情報の量は限られていて
それを超えれば情報の意味はなくなり
単なるノイズになってしまう
でもノイズはお構いなしにやってきて
感知の機能は消耗させられ
感知能力は麻痺していって
大切な情報にが来ても反応できなくなる

自分の生きる世界が拡がって
拡がった分だけ自分は不安定になって
店に並ぶ食べものも道具さえも
遥か遠くの国から運ばれて来ていることに
愕然とする

自分を支える世界が拡がった分だけ
自分が生まれ育った場所がかすみ
もう故郷という言葉には
何の意味もない

なじみのないものはあたりまえで
毎日が新しい遭遇で
会ったことのない人
見たことのない物
知らない技術
信じられない情報
理解できない状況

なじみのないものへの恐れから
人は誰も疲れ果て
気づかずに溺れかけている

誰だって人を好きになる
とても深く愛してるって思うこともある
でもいつもそれを疑って
少し悲しい気持ちになって
進歩がなければいいのになって
そんなふうに思ってしまう

進歩がなければおごることもなくて
無理したり努力したりもなくて
ストレスもなくて
君を心から愛していると思えて
深く愛していると思えるんじゃないか
進歩さえなければ
進歩を信じなければ
君だけを見ていれば
いいんだけれど

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君を感じながら

人は死ぬ

どうして死ななければならないんだ
とか
どうしても今死ぬわけにはいかない
とか
延命できないことが理解できない
とか
いろいろ言ってみたところで
人は死ぬ

死を受け入れられても
受け入れられなくても
抵抗しても
しなくても
治療を受けても
受けられなくても
戦争があっても
なくても
パンデミックが来ても
来なくても
災害に遭っても
遭わなくても
医者の言うことを聞いても
聞かなくても
人は死ぬ

だから
いい景色を見ながら
好きな音楽を聴きながら
君を感じながら
死にたい

いや
いい景色を見ながら
好きな音楽を聴きながら
君を感じながら
残りの時間を
生きたい

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現実のモデル

DNAモデルに細胞モデル
太陽系モデルに原子モデル
いつのまにか科学は
モデルのデパートになっていた

モデルは
時に
本質を捉えるためといって現実から遠く離れ
限りなく単純化されて
ひとり歩きする

現実とモデルの類似性を表すだとか
わかりやすく簡潔にするのだとか
いろいろなことを言いながら
見た目だけがきれいになってゆく

現実はこみ入っているからと見向きもされなくなり
いつのまにかモデルだけが
現実になる

人はモデルに慣れすぎて
現実を見ると間違っていると思い
現実が現実だと言う人を
モデルに合わないことを言うといって批判する

モデルはいつも不正確で
現実からかけ離れているというのに
現実を想像するのに役立つからと
もてはやされ使われ続ける

不正確なモデルは
現実を表す象徴となり
より正確なモデルは
不正確なものとして疎んじられる

現実のある側面にあらゆる記述を与えることでモデルは現実を超えたのだ
なんて言う人も現れて
モデルだけに陽が当たり
現実に目を向ける人はもういない

勝ち残ったモデルが
現象の理解を目指すことはない
本質の追求は忘れられ
現実から生まれた影だけが
ゆらゆらとあたりを漂う

モデルは
抽象的な概念をより具体的に表現しているだとか
コンピュータグラフィックスのおかげで別次元に突入したとかいって
わけのわからないものになり
現実を知るものは
もうどこにもいない

モデルは結局はまやかしで
モデルが通用する科学は思いのほか少ない
モデルばかりを使っていれば本質を忘れ
迷路に迷い込んだ人たちに明日はない

そうは言っても

現実を見ようとしても
なにも見えてこない
まるで
はじめから
現実がなかったかのようだ

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風のにおい

春の風のにおいは 春を感じるにおい
気持ちのいい 若葉や花のにおい

生き物が身近に感じられる春に
土の上を歩くのが気持ちいい

春の真ん中で二人で目を閉じて
鮮やかで爽やか

春なのに秋を感じる日に
なにも終わらないでと願う

夏の風のにおいは 夏を感じるにおい
むわっとした 暑く湿ったにおい

空の高さと深さを感じる夏に
暑い砂の上を裸足で走る

夏の夜に砂浜の上で二人だけになって
とても嬉しい

夏なのに冬を感じる日に
風の冷たさが気持ちいい

秋の風のにおいは 秋を感じるにおい
爽やかな土の香りと 枯葉のにおい

木の肌触りがとてもいとしい秋に
落ち葉を踏んで音を楽しむ

枯葉にかくれた穴に落ちた二人は
とても運がよくて

秋なのに春を感じる日に
与えられた時が有難い

冬の風のにおいは 冬を感じるにおい
透き通っていて 冷たく乾いたにおい

流れる水がどこまでも清らかな冬に
霜柱を踏んで感触を楽しむ

冬の寒さのなかでからだを寄せ合って
とても近くて

冬なのに夏を感じる日に
陽の暖かさが気持ちいい

君がいる四季の風は
たくさんの香りを運んでくる
たくさんの違ったにおいがする
たくさんの君がいる

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あるはずのないもの

山道で気づく水の音
山頂で聞く風の音
そして
沈黙の音

夜道を照らす月の光
夜闇に見るマッチの光
そして
ブラックホールの光

終わりのない円の無限
永遠の愛という無限
そして
有限の淵にある無限

聞こえるはずのない音
見えるはずのない光
そして
あるはずのない永遠
いるはずのない君
でも
いつまでもきれいな君が
そこにいる

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美のいろいろ

飲水思源の美がある
水を飲むときに水源のことを思う美 基本を忘れない美
なんでも想像できるやさしい思いやり
流れる水の源の まだずっと先

インパーフェクトな美がある
完璧でないな美 欠点のある美 傷のある美
傷を見て美しいと思う心
パーフェクトな インパーフェクト

インコンプリートな美がある
完成していない美 不十分の美 中途半端な美
完成したら終わってしまうということへの理解
コンプリートな インコンプリート

インパーマネントな美がある
永遠でない美 無常の美 永続しない美
いつかは終わってしまうということへの覚悟
パーマネントな インパーマネント

インエレガントな美がある
執着のない美 柔らかな考えという美 持たないことの美
不便とか不確実性を受け入れる優雅さ
エレガントな インエレガント

無の淵にある美がある
かすかな美 繊細な美 見過ごされがちな美
取るに足らないと誤解されても構わない心持ち
無の淵からこぼれ落ちる しずく

アグノスティックの美がある
知らないことを知らないと言える美 認めることの美
他人と違うことを怖れない勇気
どんなに知っても 満ちることのない知

美しいものを美しいと言うことができれば
美は近い

君は美しい
君は近い

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記録

心に残った記憶は
物語になり
紙の上に残った記録は
歴史になる

物語には
想像が混じり
歴史には
嘘が混じる

記憶のなかで
存在していなかった化学兵器が
記録のなかでは
存在していたことになる

物語のなかの収容所の景色は
どこまでも透き通っているのに
歴史のなかの収容所の景色は
ただただ冷たい

記憶のなかで
みんなに慕われていた人が
記録のなかでは
嫌われていた人になる

記憶はあやふやで
記録は間違いだらけ
物語は脚色され
歴史は書かれる

誰もほんとうのことを知らない
どこにもほんとうのことはない

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雨の滴

雪の結晶が
天からの手紙
なら
雨の滴
天からの語らい

雪の結晶が
地の装い
なら
雨の滴
地の沐浴

雪の結晶が
木々の宝石
なら
雨の滴
木々のささやき

雪の結晶が
君の夢
なら
雨の滴
君の涙
じゃなくて
君の愛

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記憶の奥底

初めて会ったのは
いつのことだろう
もうずいぶん前のことのようだし
つい昨日のことのようでもあるし

その時に 初めて会った時に
君に心を揺り動かされたのは
記憶の奥底に眠っていた懐かしい感情が
目覚めたからに違いない

心が静かになった時に
記憶の奥底に分け入ってみたら
そこには君に似た人が いや 君がいて
僕に向かって微笑んだ

僕の記憶の奥底に
なぜ君がいたのか
なぜ いたのか

時間が経って 僕が消えた後で
君も消えた後で
僕のような人が 君のような人を見て
記憶の奥底に眠っていた懐かしい感情が目覚め
心を揺り動かされたら
その時
僕のような人は 君のような人に
なにをするのだろう
僕が君にしたようなことを するのだろうか
それとも 懐かしさに負けて
なにもせずにいるのだろうか

君の記憶の奥底にも
僕がいるのだろうか
それとも いないのか

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初恋

初恋って、いいものじゃないの? つらいとかじゃなくて、病気とか傷とかじゃなくて、もっと暖かくて、もっと大きくて、ずっといいものだと思うけど。
いいもの?
そう、いいもの。初恋って、不思議なのよね。相手はどこにいても、どんなときにも浮かんでくる。林檎の皮をむいているとき、お湯が沸くのを待っているとき、停留所でバスを待っているとき、お茶を飲んでいるとき。そんなときに、ふって浮かんでくる。
そして消える。
ううん、消えない。お茶を飲んでいるときに浮かんで来たら、お茶を前にゆっくりと目を閉じるの。すると、瞼の裏に涙を感じて、あの人の顔がぼやけてきて、ああ幸せだなあって。
顔がぼやけてきて、幸せ?
ええ、そう。
初恋っていうと、不安しか思い出せないのだけれど。初恋のとき、不安ってなかったの?
不安?
うん。
この幸せがなくなったらどうしようって、そういうの?
そう、そういう不安。
そうね、あの人がいなくなったらって、私を残して行ってしまったらって、そういう不安はあったかも。
ねえ、それって、つらくなかった?
あの頃は、恋がいつかは終わるものだって、そんなことも知らなかったから。恋はいつまでも続くものだって思っていたから、不安はそんなには大きくならなかった。あなたは?
不安? 大きかったよ。もっとも僕の初恋ってぜんぶ僕の妄想かもしれなくて。だからそこに恋があったかどうかは定かではないんだけれど、でもなくなるのはとっても不安だったんだ。はじめからないものが、なくなるというのも変な話だけどね。でも、いつも不安だった。
ふーん。幸せっていう感じはなかったの?
不安ばかりだったかな。なくなるかもっていう不安。そしてなくしてからのつらさ。いずれにしても、幸せからはほど遠い感じがする。
そうなの? 私はね、うーん、不安とかつらさとかがあったとしても、それを含めての幸せだったから。それも含めて初恋っていいなって思ってたから。

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過去 未来 現在

過去を思い出しても 懐かしさは何もない
あの時ああすればよかったと考えても 何も変わらない
あると思っていた可能性は ひとつひとつ消えていったし
思い描いていた生活が 手に入ることはなかった

未来を思ったとしても 希望は湧いてこない
これからのことを考えたとしても その通りにはならない
誰かを見てそうなりたいと思っても その人になれるわけもなく
自分を変えようと思っても 自分は変わらない

現在を思っても考えても 何にもなりはしない
現在に住む 現在に生きる ただそれだけを繰り返す
後ろを振り返らず すべての痕跡を消し
前を見ることなく 無益な願望は持たない

 **

そんなことを書いた人がいて
そんなことを読んでいる僕がいて
その人にはその人の現在があって
僕には僕の現在がある

現実を見るのが下手だから ありえないことを夢に見る
住みたい家を描いては そこで暮らす君を思う
旅程を紙切れに書きつけて 旅する君に憧れる
過去も未来も現在も ありえない夢にはかなわない

僕はこりずに夢を見て 何もしないで生きている
時を無駄にして生きている
君は静かに微笑んで 今を上手に生きている
毎日を豊かに生きている

失敗ばかりの過去の先には
失敗ばかりの未来があって
笑ってしまうような現在だけど
君の隣で笑ってみる
君の隣でわらってしまう

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そこにいるから

窓辺に座り
暗い木々の上に降る雨を見ながら
熱いコーヒーに砂糖を入れて飲む

立ち上がり窓を開け
暖房で火照った顔に
心地よい風を感じる

壁にもたれて座り
アルヴォ・ペルトの子守唄を
目を閉じて聴く

本棚の前に立ち
まだ読んでいない本を見つけ
手に取って読み始める

君は手を休めず働いている
僕は椅子で うとうとする
本が手からこぼれ落ちる

狭い部屋のなかに
静かな時間が
流れる

DNAのせいで幸せなのではなく
起きたことのせいで幸せなのでもなく
考え方のせいで幸せなのでもない

ただ君がいるから
君がそこにいるから
この静かな時間がある

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新しい社会の仕組み

中国では QRコード決済システムの健康コードを使って
すべての人の接触履歴が簡単に掌握されてしまった

QRコード決済システムのビッグデータと
移動や健康に関する行政のビッグデータが組み合わされ
スマートフォンに緑黄赤のいずれかの色が表示される
緑が表示されれば安全な人物
黄なら要注意人物として7日間の隔離
赤ならば濃厚接触者として14日間の隔離
という仕組みがあっという間に導入されたのだ
自分で確認できるだけでなく
検問所でも健康コードがチェックされている

行動の自由や移動の自由は保障されているものの
個人の行動や移動はすべてシステムから見えてしまう
スマートフォンを持たなければいいというものの
持たなければ買い物もできず社会生活が営めない
行動や移動がすべてわかってしまう社会
それは驚くべきことではないか

テクノロジーの利用には目を見張るものがあって
個人の情報やプライバシーのことは問題にならず
オンラインでの買物が生活インフラの一部となり
オンラインとオフラインの融合が現実になってしまった

新型コロナウイルスのことがあって
人間が長いあいだかかって獲得してきたはずの
移動の自由とか 人に会うことの自由とかが
あっという間に取り上げられ
自由とか民主主義とか人権とかが
一瞬にして意味を失ってしまった

残念とか悲しいとか言ってもなにも始まらない
新しい状況のなかでも大事なことには声を上げ
いい景色のなかで君の横顔を見る
社会がどんなに変わっても 君はきっと微笑んでいる
そう信じている

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考えないということ

ソ連が崩壊した時にロシア人の同僚は
壁に飾ってあったレーニンの像を外し
代わりにイエスキリストの像を飾った

フランス革命の時に人々は王政を倒し
カトリック教会の権威を否定したけれど
作り出したのはなんと理性の祭壇だった

自由が責任と組み合わされて規範になった後に
じゃあ自由は人間の譲れない原則かと聞いても
まともに答えられるる人はどこにもいない

人権が普遍的だって言っていた人たちは
その根拠を問われると答えに窮して
自然権などといってごまかそうとした

真理として機能している自由や人権が
真理かどうか問われることはなく
自明の理としてみんなが受け入れる

民主主義とか人道主義と言ってみても
受け入れる人がひとりもいなければ
ただの理想論でしかなくなってしまう

AIの限界を知る人がいなかったことで
論理のすべてが失われることになり
多くの生物の命が救われることになった

AIが神に取って代わろうとする時に
人間が作り上げたシステムは緑に覆われ
高層ビルや鉄道網は砂のなかに埋まる

鳥は飛び 魚は泳ぎ 獣は走る
ウイルスや細菌やカビが悪者でなくなり
空も海も陸もそして君も 明るく輝いている

誰も余計なことを考えなくなったら
地球の寿命は少しだけ延びた
そんなまぼろしがぼんやり見える

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並べ替え

字が並んでいたら
はじめの一字を読み
次に二字目を読み
そして三字目を読む

道可道非常道と並んでいたら
道 可 道 非 常 道 というふうに読めばいい
それなのに
道 可 道 非 常 道
道 道 可 常 道 非 という順番に並べ替え
道の道とす可きは常の道に非ず と読むなんて
簡単なものを難しくしているだけのこと

Life is a tragedy when seen in closeup, but a comedy in long-shot.
Life closeup in seen when a tragedy is but in long-shot a comedy . と並べ替え
人生はクロースアップで見ると悲劇だが、ロングショットで見ると喜劇だ。と読むのは
簡単なものを難しくしていて まさに喜劇であり 悲劇だ

ただの言葉を学問にするから わからなくなる
だれでも話している言葉を
並び替え こねくり回しているうちに
なにがなんだかわからなくなってしまうのだ

道可道非常道と読めばいい
Life is a tragedy when seen in closeup, but a comedy in long-shot. と読めばいい

そして
君を見るときに

君を見るときに 並べ替えたりしてしまうと
ほんとうの君が 見えなくなってしまう
君は君のまま 見ればいい
君らしい君を 見ればいい

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根は地中に広がり
植物を土に固定し
地上の部分を支え
水や養分を吸収する

どんなものにも根があって
どこかに行ってしまうものを固定し
目に見えている部分を陰から支え
成長の基になるものを吸収する

文化の地下の根は
あらゆるところに広がり
消えるものを繋ぎ留め
花開くのを陰から支える

文化の地下の根は
人の心のなかにも広がり
ばらばらになるのを防ぎ
言葉や歴史を吸収する

文化の地下の根は
見ることも触ることもできないが
心を澄ませて触れてみれば
形をなぞることができる

この街の根も あの街の根も
同じ文化の地下の根に繋がっていて
同じ言葉と同じ歴史が
街を文化の色に染める

文化特有の色の嗜好や
生活習慣や考え方が
私のなかにも根づき
私を私の文化でいっぱいにする

文化は見ることができず
触ることもできないけれど
街を満たし
人々を満たす

根を絶やしてはいけない
根を育てなければならない

そして
そう
君を支える根を
忘れないでほしい
君を支える根は
ずっとここにいるから

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77年間

1483年(文明15年)から1560年(永禄3年)までの77年間
東山殿の造営から桶狭間の戦いまで
足利義政から織田信長まで
敷きつめられた畳、障子、床の間など、 現在に至る和のすべてがこの時に始まった

1560年(永禄3年)から1637年(寛永14年)までの77年間
桶狭間の戦いから島原の乱まで
織田信長から徳川家光まで
情報戦、神仏を恐れない振舞い、安土城の築城、楽市楽座令など、近代が始まった

1637年(寛永14年)から1714年(正徳4年)までの77年間
島原の乱から江島生島事件まで
徳川家光から徳川家継まで
キリスト教の弾圧、鎖国体制の確立、参勤交代など、江戸幕府の体制が確立された

1714年(正徳4年)から1791年(寛政3年)までの77年間
江島生島事件から寛政の改革まで
徳川家継から松平定信まで
家継の死で吉宗が将軍になり、増税、新田開発、目安箱など、江戸幕府が再興された

1791年(寛政3年)から1868年(慶応4年)までの77年間
寛政の改革から明治維新まで
松平定信から明治天皇まで
緊縮財政、学問・風俗の取り締まり、備荒政策など、江戸幕府の終わりが始まった

1868年(明治元年)から1945年(昭和20年)までの77年間
明治維新から大東亜戦争終結まで
明治天皇から昭和天皇まで
強引な近代化を行い、軍事大国になっていったが、敗戦ですべてが水泡に帰した

1945年(昭和20年)から2022年(令和4年)までの77年間
大東亜戦争終結から今日まで
昭和天皇から今上天皇まで
敗戦から立ち上がり、経済大国になったが、その後、ゆっくりと衰退していった

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恋愛

*--
「親しみ」という言葉で表されるのは異性の仲の良い友達
 友達ではなくても精神的な繋がりが強い

-*-
「ときめき」という言葉で表されるのは恋人
 恋人ではなくても肉体的な繋がりが強い

--*
「ちぎり」という言葉で表されるのは結婚の相手
 結婚はしてなくても誓い合った繋がりが強い

✕✕✕ 林檎 無実(むなしさ)
「親しみ」と「ときめき」と「ちぎり」のどれもがないと
 片想いの初恋だったり 終わりかけた恋への不実だったりで
 どうにも こうにも つらい

〇✕✕ 檸檬 純心(とまどい)
「親しみ」だけがあって「ときめき」も「ちぎり」もないと
 仲良くて 純真で 近くて 親密で 身近で 親しくて 気やすくて
 なにか どこか せつない

✕〇✕ 木苺 情熱(ときめき)
「ときめき」だけがあって「親しみ」も「ちぎり」もないと
 ときめいていて どきどきして 期待して 思って 狂おしくて
 喜びと不安が 入り混じる

✕✕〇 柘榴 不信(やくそく)
「ちぎり」だけがあって「親しみ」も「ときめき」もないと
 誓い合っていて 信頼していて 約束があって 心配がないけれど
 なにか もの足りない

✕〇〇 葡萄 熱愛(それだけ)
「ときめき」と「ちぎり」があって「親しみ」だけがないと
 望まない愛に魅せられ抱き合って ふたりで見ている短い夢は
 もう帰れない悲しみのよう

〇✕〇 蜜柑 慈愛(やさしさ)
「親しみ」と「ちぎり」があって「ときめき」だけがないと
 穏やかな愛がいいと言いながら 激しい気持ちは内に抑えて
 静かな愛を貫こうとする

〇〇✕ 苺  純愛(ゆめかも)
「親しみ」と「ときめき」があって「ちぎり」だけがないと
 いつまでも子どもみたいじゃダメだと涙ぐみながら
 純愛の奇跡に感謝する

〇〇〇 桃  流転(そのあと)
「親しみ」と「ときめき」と「ちぎり」が全部揃っていると
 変わらぬ愛を願っても 昨日の水は もう遠く川下に流れゆき
 永遠はないと知る

君はこれらのうちのどれだろうと考えてみたら
ぜんぶだって気がついた
ぜんぶって万華鏡みたいで
いいね

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外来種

人間の健康を守ることは 自然の環境を守ることと
多くの場合 相反する
人間の健康のためにゴミを人から遠ざければ
自然は少なからず汚染される
人間のため 健康のためというのは
自然のため 環境のためというのと 違う
人がいると生態系は崩れる
でも人がいなくても生態系は変わり続ける

外来種が外国からやってくるというが
なにが外来種かは人間が決める
外来種という名前からして変で
生き物は自分を外来種とは思っていない
動物が外国からやってくると
外来種といって問題にされるのに
野菜や果物がやって来ても
誰も問題にしない

生物の世界には
人間が引いた国境の線はない
外来種などどこにもいない
生存競争はどこにでもあって
バランスが崩れるのは
特別なことではない

人間が外来種の動物を捕獲して駆除する
自然のためとか環境のためとかいうけれど
自分たちが嫌いな種を殺戮しているだけ
人間はいつでも
自分たちのためだけを思う
人間の言うことは
いつもおかしい

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人権

1948年12月10日の第3回国際連合総会で
Universal Declaration of Human Rights (世界人権宣言)
が採択された

「Universal」は「世界」と訳されているが
「普遍的」と訳したほうが
人権宣言の持つ意味が正確に伝わるように思う

この宣言が人類にとって普遍的だというのだ

人権という言葉は
フランス革命の頃からよく使われてきてはいたが
頻繁に使われるようになったのは
第二次世界大戦後のこと
それも国連での宣言の採択以降のことと言っていいだろう

第二次世界大戦後の人権の台頭は
戦争直前のキリスト教会での「人間の尊厳の擁護」の議論に始まる
カトリック教会とプロテスタントサークルは
キリスト教の信仰にとって最後の黄金時代となりうる議論に熱中した
そして人間の尊厳がキリスト教の政治的言説の中心になっていった
戦時中にローマ法王は
世界の原則としての普遍的人権の基本的な考え方が発表し
第二次世界大戦後の西欧の政府やキリスト教民主党の勢力は
信心深い信仰の公の表現に真剣に向き合って
人権は 冷戦の初期に 西側にとっての強力な武器となっていった

キリスト教の流れをくむ政党が統治する戦後の民主主義のなかでは
人権は最大限に利用され 個人に道徳的制約を課す役割も負った
イスラム教徒の移民はキリスト教の人権という考えに同化させられ
人権はじわじわと世界中の普遍的な価値へと変貌していった

日本では人権は独自の発展をとげ
部落解放をはじめとした役割を果たしてきたが
グローバル化が進むなかで
世界中の人権が日本になだれ込み
いつのまにか人権が普通に話されるようになった

人権は日本には馴染まないなどと言っていた人たちも
海外の人と同じように人権を口にする
いいか悪いかは別として
日本だけが特別だという時代は終わった
これからは世界のみんなと同じ人権が
日本の隅々にまで入り込む

でも
権利を主張するのが不得意な私たちには
少しばかりの思いやりとか気遣いのほうが似合っている
自分のことを考えるよりも
他人のことを考えたほうがいい

外から来た人権に頼るよりも
もとからある情を大切にして
おもんばかって暮らした方が
私たちには似合っている

もっとも
やられたらやり返すという気質とか
武士という殺人集団の思考とかが
私たちの核なのだとしたら
人権など必要ないけれど

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統計データ

統計データのなかには
   Not Available (利用できない)

   Not Applicable (該当なし)
がある

   Not Available (利用できない)
は例えば
   まだデータが届いていないとかで手に入らない
なんていう感じで
   Not Applicable (該当なし)
は例えば
   日本から日本への輸出
のようにあるわけがないという感じだ

その他にも
   Less than half of the unit (単位の半分未満)

   Absolute zero (ゼロ)
がある

   Less than half of the unit (単位の半分未満)
は例えば
   単位が「1」で実際のデータが「0.1」
だと 表の上では「0」ということになってしまうのだけれど
その「0」は なにもない「0」とはちがうので
わざわざ
   Less than half of the unit (単位の半分未満)
なんていう表記をする
それに対し 本当の「0」 つまりなにもない「0」は
   Absolute zero (ゼロ)
と表記する

データが揃って 統計表を印刷するときには
   Null (無)

   Space (空)
の違いに悩まされる

   Null (無)

   なにもない
そして
   Space (空)

   スペースがある
ということなので明らかに違うのだが
わかったつもりでいてもたまに間違える

Null と Space の違いは
無と空の違いに似ている

無は
   Nothing
空は
   Empty

老子とか道元とかが
統計表のなかに顔を出す

なかなか興味深い

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変わらないこと

今から2500年くらい前に古代ギリシャの哲学者プラトンが
 普通の人は国家という船をどうやって操縦したらいいのか知らない
 だから多数決による民主主義は成り立たない
というようなことを書き残した

驚いたことに 書いてあることの殆どが
今になっても何も変わらずに続いている
他の何もかもが大きく変わったというのに
人も仕組みも変わらないのだ

普通の人は誰も
戦略とか経済とか軍事とか法律とか倫理とか外国のことに
つまりは わかりにくい複雑な問題に
精通してはいない
そういった知識を得たいとも思っていない
努力とか自制とかいったものにも興味を示すこともない
無知のせいで 外見や弁舌で騙すような政治家を選び
なにが起きているかもわからないままに
見えないトリックに騙され続ける
注意深い分析もせずに不合理な感情に揺り動かされ
言葉だけの冒険的な方向に突き進み
抜け出せない泥沼に足を踏み入れる

誰もがが異常に忙しく 考える時間すら持つことができない
情報は溢れ どの情報が信頼できるものなのかも定かでない
いい加減なことを信じ もっともらしく見える単純さを選ぶ
すべての変化が正しく見えて 変わらないことは軽く扱われ
隣国とわかり合い仲良くするよりは 仲違いするほうを選び
あらゆる判断が危ういものになっても 誰にも変えられない

それでいいのかと自問しても いい方法ななにもない
民主主義がそんなに素晴らしいのかと言っても
民主主義に代わるものはなんなのかと言われる
代わるものがなければ 変えることもできない

自由 平和 愛 人権 人道 博愛
そんな言葉に惑わされて
隠れたものを見ないでいると
いつのまにか暗闇に突き落とされる

権力の周りに群がっている人たちは
自分たちにカネがまわるようにと
ありとあらゆる手段を尽くす
自分たちの策略がうまくいかずに
他の人たちにカネがまわりだすと
その人たちを陥れ
賄賂に使った以上のものを必ず手に入れる

複雑な問題に精通する人たちは
邪魔だと言って遠ざけられ
長期的な目を持っている人たちは
危険なので口を封じられる

やがてひとつの時代が終わり
新しい時代には新しい人が現れて
新しい仕組みと新しい言葉が
人々に希望を抱かせる

でも 人のやることは
なにからなにまで繰り返し
ペテン師はいつになってもペテン師で
人の好い人たちはいつも割を食う

みんなの意見が反映されるとされる社会と
みんなの意見が反映されないと批判される社会とで
いったい何が違うのか
何も違わないじゃないか

違いを生むのはそこにいる人
人ひとりひとりが違いを生む
制度もなにも関係ない
大事なのは人なのだ

王様は 人々が王様だと敬うから王様で
偉い人も 人々が偉い人と思うから偉いわけで
もし人々が敬わず 人々が偉い人だと思わなければ
王様も偉い人もただの人でしかない

民主主義も人々がいいと思うからいいのであって
いいと思わなければ なんの価値もない
大事なのは仕組みではなくて
人が大事なのだ

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観測

約30億年前に
太陽の30倍と19倍の質量をもつ2つのブラックホールが
衝突したという
衝撃は大きく巨大なエネルギーが放出されたが
約30億年後に地球に到達した重力波は
かろうじて知覚できるほどの弱さにまで減衰していた

何千人もの科学者が
観測し 討論し 論文を書いて
その物語が正しいことを証明する
でもだからといって
そんなことを素直に信じるわけにはいかない

科学の作った物語は
宗教が作ってきた物語に似て
信じることがその基本にある

科学者は科学と宗教の違いを口にする
科学は道徳的な判断も美学的な判断もしない
知識の使い方を示さないし 超自然的な説明もしない
だから科学は正しいのだと

でも
科学の信奉者が科学が正しいと言うのと
宗教の信奉者が宗教が正しいと言うのとで
なにが違うというのか

想像もできないような昔に
想像もできないようなことが起きて
想像もできないような長い時間のあと
想像もできないような小さなエネルギーが観測される

そんな物語を素直に信じている人たちのことを
にわかには信じられない

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夢とうつつ

うつつと夢
夢とうつつ
うつつの夢
ゆめうつつ

うつつと夢の境目は
はっきりしていれば 迷うこともないけれど
あいまいになると 本当かどうか不確かになり

うつつが夢と思えてきたり
夢がうつつを飲み込んでしまったり
すべての存在が うつつか夢かわからなくなる

あるものはないように思え
ないものがあるように思える
でもいずれにしても すべてがいつかはなくなる

なくなるものは 初めから
なかったのかもしれないと
そう思って君を見たら 君が目の前から消えた

君はうつつ 君は夢
でも 君はいる
確かにそこにいる

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忘れる

忘れたいことは
忘れられず
忘れたくないことは
忘れてしまう

思い出さないようにしても
よみがえってくるし
思い出そうとしても
なにも浮かんでこない

忘れたと思っていても
夢のなかで見て
覚えていると思っていても
記憶はどこにもない

君は 僕のしたことを 忘れようとしない
忘れてしまえば 穏やかな日が来るのに
君はまるで 忘れたくないのかのように
いやな記憶の 上塗りをする

なぜそんなことをしたのか
なぜあんなことが起きたのか
なぜ なぜ なぜ
どうして どうして どうして

でも いや でも
忘れたいことは
忘れてしまおう
忘れたくないことも
忘れてしまおう

そして一緒に海を見に行こう
潮風に吹かれて歩こう
もう見た海はすべて忘れて
まだ見ぬ海に出かけよう

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恨という感情は
なかなか理解できない
そもそも感情を
感じることなしに
言葉で理解しようというのが
間違っているのだろう

だいたい憎むとか恨むなどという感情は
ネガティブなだけでなく個人的なもので
言葉にすると
どの説明も間違っているように思えてしまう
ましてや違う文化の人の感情って
わからないのがあたりまえではないか

憎むと攻撃する
恨むと呪う
憎むって嫌い
恨むって許さない
憎むというのは争いからくる
恨むというのはずっと心に留めてという感じ
わかったような わからないような

恨は他人に向かうのではなく 自分に向かい
望んでいるようにならないので 心に積もってゆく
そんなことを言われても わかるわけはない

恨という感情を理解しようと思ったけれど
それを理解することなく
感じることもなく
生きていけたらと思う
そう
恨とはずっと無縁でいたい

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負ける

戦争に負ける 戦闘に負ける 競争に負ける 喧嘩に負ける 勝負に負ける 賭けに負ける 試合に負ける 圧力に負ける 脅迫に負ける 情熱に負ける 権威に負ける 裁判に負ける 人情に負ける

自分に負ける 感情に負ける 弱さに負ける 誘惑に負ける 恐怖に負ける 不安に負ける 弱点に負ける 好奇心に負ける 困難に負ける 病気に負ける 生活に負ける 才能に負ける 貧困に負ける

他人に負ける 坊主に負ける 酒に負ける 色に負ける 陰謀に負ける 気持に負ける 執拗さに負ける 誰にも負ける わざと負ける 必ず負ける きっと負ける なんにでも負ける 誰にだって負ける

トーナメントの決勝で負けた人は決勝の負けを忘れない
準決勝で負けた人は準決勝の負けを忘れない
準々決勝で負けた人は準々決勝の負けを忘れない
決勝で勝った人以外はみんな負ける

決勝で勝った人も もしかしたら次は負けるかもしれない
その次は たぶん負ける
その次は きっと負ける
勝ち続けても いつかは負ける

競争は勝者と敗者が生む
生存競争は敗者の存在を認めない
敗者は殺され食べられてしまう
戦国時代の覇者は少なく
見渡せば敗者ばかり
資本主義も敗者を生み
勝者は少なく 敗者は驚くほど多い

勝者が敗者を思いやることはなく
敗者が勝者を称えることもない

人は死ぬ
死ぬのは一度だけ
人は死ぬまで生きる
死ぬまで負け続ける

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原因と結果

どんなことにも原因がある
原因があれば結果がある

自分に起きたことの原因は
もちろん自分にある
人のせいにはできない

幸せの原因も不幸せの原因も
自分の考え方にある

自分の考え方が
自分の人生を素晴らしいものにしたり
自分の人生を破壊したりする

でも あまり自分自分と言っていると
何も動かない
自分が自分以上になれるわけはないから
自分は自分でいたほうがいい
なにものかになれるなんていう幻想は
はやく捨てたほうがいい

他の人のことを考えて
自分を忘れるのがいい
たいしたことのない自分のことは忘れ
すべてを大きな流れに任せてみる

その結果は人のせいではない
大きな流れのせいでもない
自分のせいでもない
誰のせいでもない

自分はそんなに大したものではない

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流れる水の音

私たちは 水がなければ生きてはいけない
水は 私たちの暮しに欠かせない
でも 目に見える水だけが水ではない
雲になって空に浮かび
雪になって山を白く飾り
木に覆われた山の地下深くを流れ
崖の下から湧き出てくる水

その水が ここを流れていたはずなのに
水の流れは どこに行ったのか
水の音は まるで人の声のように
耳元で私に 待てと囁きかけた
何を 私は待てばいいのか
水の流れが戻るのを 待てばいいのか
流れは戻ってくるのか

アスファルトの下に
流れていた水が戻ろうとしている
音が聞こえる
戻ろうとしている水の音が

コンクリートをすり抜けて
消えていた水が帰ってこようとしている
音が聞こえる
帰ろうとしている水の音が

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民族

近代になってから民族は国家に取り込まれ
人々は国家の枠組みにはめ込まれていった
国家は国歌や国旗や物語や法律を作り
人々に忠誠心を求めた
戦争で敵の正義を信じるものはなく
スポーツで敵を応援しようとする人はいない
連帯の感情で出来上がった国民は
かきたてられた愛国心を疑ったりしない
連帯にはなんの根拠もなく
愛国心も郷土愛の延長にはない

どの枠組みからもこぼれ落ちた人たちは
民族にも国家にも属することができず
流浪する民を演ずるしかなかったが
流浪の果ての無国籍の不自由は
時間と共に消えてゆき
気づけば自由人になっていた
国家にはめ込まれた人たちは
心から自由人を憐れんで
自由人の自由に気づくことはなかった

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面倒な遺伝子

こちらの人々のほうがあちらの人々より走るのが速いと言うのは差別だろうか
短距離走の優勝者は国籍はともかく祖先を辿れば西アフリカの出身だ
そう言ったら僕は人種種別主義者ということになってしまうのだろうか

こちらの人々のほうがあちらの人々より高地に慣れていると言うのは差別だろうか
高地ではチベットの人やアンデスの人のほうが断然有利じゃないか
そういう僕は間違っているのだろうか

こちらの人々のほうがあちらの人々より知能指数が高いと言うのは差別だろうか
知能検査が万能なわけではなくひとつの目安でしかないのだから
高かろうが低かろうが構わないじゃないか

こちらの人々のほうがあちらの人々より金持ちだと言うのは差別だろうか
貧富の差が生まれた原因には差別もあるけれど
金持ちだというのは事実だから 言ったっていいんじゃないか

こちらの人々のほうがあちらの人々より社会的に成功していると言うのは差別だろうか
社会的な成功は生まれや育ちに影響されるのかもしれないけれど
あくまで個人の違いだと言わなければならないのだろうか

こちらの人々のほうがあちらの人々より学歴が高いと言うのは差別だろうか
地域で学歴が違ってくるのは たくさんの地域格差のせいだ
事実を言うのが悪いとは思わないけれど 差別があるのは認めなければならない

こちらの人々のほうがあちらの人々より道徳的に優れていると言うのは差別だろうか
こちらの道徳で優れていてもあちらの道徳では劣っているかもしれないのだから
道徳的に優れているなんて言う人のことは無視していればいい

こちらの人々のほうがあちらの人々より美しいと言うのは差別だろうか
こちらでは美しくてもあちらでは美しくないというのはよくあることで
美しいというのは主観だから美しくないと言われても気にしなければいい

こちらの人々のほうがあちらの人々より優れていると言うのは差別だろうか
誰かは優れているから他の人たちを支配する権利を持っているなんて
そんな考えは絶対に間違いだと思いたい

ポリティカル・コレクトネスばかり気にして
言いたいことを言わなかったり
心にもないことを言ってしまったりしたら
とても残念だ

本質は言葉とは他のところにある
言葉を変えたからといって本質は変わらない

人は平等に生まれてこない
 同じ遺伝子を持ってうまれてはこない
人は平等に育ってこない
 恵まれた環境とそうでない環境とがある
人は平等に扱われない
 差別や偏見はいつになってもなくならない

でも人が平等に扱われる社会がくると信じたい
人は平等だと信じたい

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死なない

学者や役人やジャーナリストは
正確な資料や統計をもとに発言しているという
だから正しいと
だから耳を傾けろと

でも私の唇は
そんな専門家による議論はほとんど当てにならないと
その通りにしていたらろくなことはないと
そうささやく

だから 自分の実感を信じ 自分の判断を信じ
自分の行動は自分で決める
そして
自分で決めたことは自分で責任を持つ

もしそれでシベリアに送られてしまったら
塀のなかに閉じ込められてしまったら
そこでの生活を楽しみ 死なない
少なくとも心は死なせない

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からだ

情とか心とかは 頭の中だけでなく 腹にも胸にも指先にも存在し
それぞれ勝手なことをする

頭に来て 頭が真っ白になり 頭が切れ 頭に入れ 頭を痛め 頭を悩ませ 頭を抱え 頭を冷やす
胸にこたえ 胸を痛め 胸に響き 胸に穴が空き 胸を衝き 胸に刻み 胸に浮かび 胸に納める
腹にこたえ 腹が立ち 腹ができ 腹が居て 腹が据わり 腹が癒え 腹を抱えて笑い 腹が決まる
指を指し 指を噛み 指を折り 指を弾き 指がふるえ 指を出し 指を立て 指をあて 指で示す
背を追い 背を向け 背にして 背伸びして 背が見えず 背に眼はなく 背に腹はかえられない
尻に火が付き 尻に帆を掛け 尻を落ち着け 尻を拭い 尻が重く 尻が軽く 尻を叩き 尻に敷く
手が離せず 手が出て 手を切り 手が空き 手が焼け 手が塞がり 手が出ず 手が後ろに回る
足を引っ張り 足を運び 足を延ばし 足を棒にし 足を掬い 足を洗い 足を向けて寝られない
口を開き 口を封じられ 口を挟み 口を慎み 口を出し 口を閉ざし 口を滑らす 口を結ぶ
耳にし 耳を塞ぎ 耳を澄まし 耳に挟み 耳に残り 耳に障り 耳に入れ 耳を疑い 耳を傾ける
唇を噛み 唇を尖らせ 唇を押さえ 唇を翻し 唇を封じ 唇を寄せ 唇を噛み 唇を噛みしめる
首を傾げ 首を横に振り 首を賭け 首を縦に振り 首を刎ね 首が据わり 首が飛び 首になる

情や心も負けじとばかり
それぞれ勝手なことをする

情に触れて 情を知り 情が湧き 情を増し 情を通じ 情に燃え 情にすがって 情に打たれる
心を交わして 心を許し 心を寄せて 心を開き 心は震え 心に染みて 心を動かし 心は痛い

足を引っ張られても 歩くことはできるし
手を切っても 手は切れていない

頭のなかが死んだとしても
耳は耳を澄ませて聞いている
たとえ脳が働かなくなっても
耳を傾け聞いている

胸のなかが死んだとしても
心は震えて痛がっている
たとえ心臓が止まっても
張り裂けそうにしている

脳死といっても人が死んだわけではない
人が死んでも細胞が死んだわけではない

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