友田明美 2 Replies 高解像度MRI画像(Voxel-based morphometry)による、小児期に両親間の家庭内暴力(DV)を目撃した若年成人群(23名)と健常対照群(22名)との脳皮質容積の比較検討。DV目撃群では右舌状回の容積が6.1%も有意に減少していた。(カラーバーはT値を示す。)
shinichi Post author11/11/2018 at 5:03 pm 児童虐待と“癒やされない傷” by 友田明美 https://scienceportal.jst.go.jp/columns/opinion/20130701_01.html 子どもたちへの深刻な影響 児童虐待は日本の少子化社会の中で、近年増加の一途をたどっている。実に年間5万9千件以上(平成23年度)も発生しており、とどまるところを知らない。児童虐待には殴る、蹴るといった身体的虐待や性的虐待、不適切な養育環境におくことやネグレクトだけでなく、暴言による虐待、両親間の家庭内暴力(ドメスティクバイオレンス:DV)を目撃させる行為など心理的虐待も含まれる。 児童虐待によって子どもたちが受けるトラウマの大きさは、計り知れないものがある。そしてそれは、彼らの発達を障害するように働き、従来の「発達障害」の基準に類似した症状を呈する場合がある。さらに児童虐待と成人になってからの精神的トラブルの間には強い関連があることがこれまでの研究で分かってきた。生命の危機に至らないケースでも、小児期に虐待を受けた影響は、思春期・青年期・壮年期など、人生のあらゆる時期においてさまざまな形をとって現れる。抑うつ状態に陥ったり、ささいなことでひどく不安になったり、自殺をたびたび考えるようになる場合もある。外に向かう場合には、攻撃的・衝動的になって反社会的行動に出たり、一時もじっとしていられない多動症や薬物濫用となって現れ、衝動的な子どもや薬物依存の増加といった社会問題とも関係している。既報告では、子ども虐待による薬物濫用、うつ病、アルコール依存、自殺企図への進展は50-78%の人口寄与リスクがあると言われている。 近年まで心理学者たちは、小児期に受けた虐待の被害者は社会・心理学的発達を抑制し、精神防御システムを肥大させて、大人になってからも自己敗北感を感じやすくなると考えていた。つまり精神的・社会的な発達が抑えられて、大人になっても“傷ついた子ども”のままになってしまうと考えられ、虐待によるダメージは基本的には“ソフトウエア”の問題とされてきた。治療すれば再プログラムが可能で、つらい体験に打ち克つよう患者を支えれば“治せる傷”と捉えられてきた。 見えてきた“脳の傷” 一方、ヒトのこころの機能に関する研究は、生きたまま脳形態や脳活動を可視化できる非侵襲脳機能計測の発展と普及に伴い、世界的にみればこの20年ほどの間に、急速に学際的な研究へと様変わりした。すなわち生きたヒトの脳を傷つけることなく、その形態と機能を可視化する技術が大きく発展して、これまで検討することの難しかった問題が次々と取り扱われるようになってきた。「児童虐待によって子どもの脳は変化するのか」という“ハードウエア”の問いも、その一つである。小児期に激しい虐待を受けると、脳の一部がうまく発達できなくなってしまう。そういった脳に傷を負ってしまった子どもたちは、成人になってからも精神的なトラブルで悲惨な人生を背負うことになる。 著者らは米国ハーバード大と共同で、性的虐待や暴言虐待、厳格体罰、両親間のDV曝露がヒトの脳に与える影響を調べ、脳の容積や髄鞘化が変容する現象を報告してきた。被性的虐待者の脳では、健常対照者に比べて左の一次視覚野(ブロードマン17-18野)の有意な容積減少を認めた(図1)。また、被暴言虐待者の脳では健常対照者に比べて、聴覚野の一部である左上側頭回(ブロードマン22野)灰白質の容積が14.1%も有意に増加していた(図2)。さらに、小児期に長期間かつ継続的に過度な体罰(頬への平手打ちやベルト、杖などで尻をたたくなどの行為)を経験してきた、被厳格体罰経験者の脳では健常対照者に比べて、感情や理性などをつかさどる右前頭前野内側部(ブロードマン10野)の容積が、平均19.1%減少していた(図3)。すなわち、小児期の虐待で受けた身体的な傷がたとえ治癒したとしても、発達過程の“こころ”に負った傷は簡単には癒されないことが分かってきた。 ** 図1 高解像度MRI画像(Voxel-based morphometry)による、小児期に性的虐待を受けた若年成人女性群(23名)と健常対照女性群(14名)との脳皮質容積の比較検討。被性的虐待群では両側一次視覚野(17~18野)に有意な容積減少を認めた。(カラーバーはT値を示す。) ** 図2 高解像度MRI画像(Voxel-based morphometry)による、小児期に暴言虐待を受けた若年成人群(21名)と健常対照者群(19名)との脳皮質容積の比較検討。被暴言虐待群では左聴覚野(22野)に有意な容積増加を認めた。(カラーバーはT値を示す。) ** 図3 高解像度MRI画像(Voxel-based morphometry)による、小児期に厳格体罰を受けた若年成人群(23名)と健常対照群(22名)との脳皮質容積の比較検討。被厳格体罰群では右前頭前野内側部(10野)、右前帯状回(24野)、左前頭前野背外側部(9野)に有意な容積減少を認めた。(カラーバーはT値を示す。) ** 最近明らかになってきたのは、両親間のDV曝露による脳への影響だ。2004年に国内でも児童虐待防止法が改正されて、「DVを目撃させることも心理的虐待にあたる」と認識された。両親間のDVに曝された子どもがさまざまな精神症状を呈し、DV以外の被虐待児に比べてトラウマ反応が生じやすいことがこれまで報告されている。しかしながら、DVに曝されて育った子どもたちの脳への影響に関する報告はわずかである。著者らの検討から、健常群に比べ、小児期に継続的に両親間のDVを長期間(平均4.1年間)目撃経験したDV曝露者の脳では、右の視覚野(ブロードマン18野:舌状回)の容積や皮質の厚さが顕著に減少していた(図4)。 ** 図4 高解像度MRI画像(Voxel-based morphometry)による、小児期に両親間の家庭内暴力(DV)を目撃した若年成人群(23名)と健常対照群(22名)との脳皮質容積の比較検討。DV目撃群では右舌状回の容積が6.1%も有意に減少していた。(カラーバーはT値を示す。) ** これまでの先行研究では、単独の虐待よりも複数のタイプの虐待を受けた被虐待者のほうが精神病性の症状への進展リスクがより大きい、とされている。著者らの検討でも、単独の被虐待経験は一次的に感覚野の障害を引き起こすが、より多くのタイプの虐待を一度に受けると大脳皮質辺縁系に障害を引き起こすことが示唆された。先行研究では、可視化された脳の異常が認知行動療法などの心理カウンセリング治療によって改善された例もあることから、彼らの脳の異常も多様な治療で改善される可能性があると考えられる。 手厚い養育環境を 被虐待児たちが「脳」と「こころ」に受けた傷は、決して見過ごしてよいものではないし、むしろ現代においては、成人になってからの「不適応」やさまざまな人格障害の原因となりうることを忘れてはならない。彼らへの愛着の形成とその援助やフラッシュバックへの対応とコントロール、解離に対する心理的治療などが必要となってくる。そういった子どもたちに適切な世話をし、激しいストレスを与えないことがいちばん大切である。そうすれば左右両半球の統合もうまくいき、子どもは攻撃的にならずに情緒的に安定していき、他人に同情・共感する社会的な能力も備わった大人になるだろう。この過程が、ヒトという社会的動物である私たちに複雑な対人関係を可能にするだけでなく、創造的能力を開花させるものだと信じたい。 著者らは、このような「脳の傷」が決して“治らない傷”ではなく、癒やされうることを強調したい。例えば、母子分離によってストレス耐性が低くなった仔ラットでも、その後に十分な養育環境に変えてやることでストレス耐性は回復する。人間においても、可能な限り早期に虐待状況から救出し、手厚い養育環境を整えてやることが、子どもの「こころ」の発達には重要であろう。 ヒトの脳は、経験によって再構築されるように進化してきた。虐待によって生じる脳の変化はいかなるものなのか、という問いに近年の脳画像診断法の進歩が貢献している。それによると、子ども虐待は発達するヒトの脳機能や神経構造にダメージを与えることが分かってきた。しかしこれは、幼いころに激しい情動ストレスを経験したがために、脳に分子的・神経生物学的な変化が生じ、「非適応的な」ダメージが与えられてしまったと考えるべきではない。むしろ、虐待状況という特殊な環境に対して「神経の発達を“より適応的な方向”に導いたため」とは考えられないだろうか? 危険に満ちた過酷な世界の中で生き残り、かつ、子孫をたくさん残せるように、脳を適応させていったのではないだろうか? 「虐待の連鎖」を絶つために しかしながら、小児期に受ける虐待は脳の正常な発達を遅らせ、取り返しのつかない傷を残しかねない。簡単に確かめられる傷跡ではないだけに見逃されがちであるが、身体の表面についた傷よりも根は深く、子どもたちの将来に大きな影響を与えてしまう可能性がある。極端で長期的な被虐待ストレスは、子どもの脳をつくり変え、さまざまな反社会的な行動を起こすように導いていく。少子化が叫ばれる現代社会で、大切な未来への芽を間違った方法で育めば、社会は自分たちの育てた子どもによって報いを受けなくてはならないだろう。この一連の出来事を通して、暴力や虐待は世代を超え、社会を超えて受け継がれていく。虐待は連鎖する。すなわち虐待を受けた子どもは成長して、自らの子どもを虐待し、世代や社会を超えて悲惨な病が受け継がれていく。数え切れないほどの幼い犠牲者たちが“癒やされない傷”を負う前に、何としてもこの流れを断ち切らねばならない。そのための一歩として今後も、臨床現場で得られたデータのつぶさな集積と、脳科学的研究のさらなる推進により、児童虐待に関する明確な医学的な根拠を打ち出さなければならない。 Reply ↓
shinichi Post author11/11/2018 at 7:17 pm (sk) 福井大学の子どものこころの発達研究センターで臨床をしているときには、「癒えない傷は、ない」と言って子どもや親を励まし、治療に当たる。 実際には、癒えない傷ばかり。薬物で壊れた脳もアルコール依存症で萎縮した脳も、なにをしても戻らない。 同じように、被性的虐待者の脳の左の一次視覚野の容積減少も、被暴言虐待者の脳の聴覚野の灰白質の容積増加も、小児期に体罰を経験してきた被厳格体罰経験者の脳の容積減少も、小児期に両親間のDVを目撃した人の脳皮質容積の減少も、絶対に元には戻らない。そういう論文をたくさん出している友田さんが、それでも「癒えない傷は、ない」と言い続けるのがすごい。 身体的な傷も(パラリンピックの選手だけでなく)残るが、切り傷とか骨折とか治ることも多い。でも(身体の傷が治っても)、脳の(つまり、こころの)傷は簡単には治らない。なかなか癒されない。だからこそ、「癒えない傷は、ない」という言葉が大事なのだろう。 そしてまた、実際、臨床でたくさんの事例を見て、こころの傷は癒されると思ったのに違いない。 批判する人は多い。でも実践する人は強い。 Reply ↓
児童虐待と“癒やされない傷”
by 友田明美
https://scienceportal.jst.go.jp/columns/opinion/20130701_01.html
子どもたちへの深刻な影響
児童虐待は日本の少子化社会の中で、近年増加の一途をたどっている。実に年間5万9千件以上(平成23年度)も発生しており、とどまるところを知らない。児童虐待には殴る、蹴るといった身体的虐待や性的虐待、不適切な養育環境におくことやネグレクトだけでなく、暴言による虐待、両親間の家庭内暴力(ドメスティクバイオレンス:DV)を目撃させる行為など心理的虐待も含まれる。
児童虐待によって子どもたちが受けるトラウマの大きさは、計り知れないものがある。そしてそれは、彼らの発達を障害するように働き、従来の「発達障害」の基準に類似した症状を呈する場合がある。さらに児童虐待と成人になってからの精神的トラブルの間には強い関連があることがこれまでの研究で分かってきた。生命の危機に至らないケースでも、小児期に虐待を受けた影響は、思春期・青年期・壮年期など、人生のあらゆる時期においてさまざまな形をとって現れる。抑うつ状態に陥ったり、ささいなことでひどく不安になったり、自殺をたびたび考えるようになる場合もある。外に向かう場合には、攻撃的・衝動的になって反社会的行動に出たり、一時もじっとしていられない多動症や薬物濫用となって現れ、衝動的な子どもや薬物依存の増加といった社会問題とも関係している。既報告では、子ども虐待による薬物濫用、うつ病、アルコール依存、自殺企図への進展は50-78%の人口寄与リスクがあると言われている。
近年まで心理学者たちは、小児期に受けた虐待の被害者は社会・心理学的発達を抑制し、精神防御システムを肥大させて、大人になってからも自己敗北感を感じやすくなると考えていた。つまり精神的・社会的な発達が抑えられて、大人になっても“傷ついた子ども”のままになってしまうと考えられ、虐待によるダメージは基本的には“ソフトウエア”の問題とされてきた。治療すれば再プログラムが可能で、つらい体験に打ち克つよう患者を支えれば“治せる傷”と捉えられてきた。
見えてきた“脳の傷”
一方、ヒトのこころの機能に関する研究は、生きたまま脳形態や脳活動を可視化できる非侵襲脳機能計測の発展と普及に伴い、世界的にみればこの20年ほどの間に、急速に学際的な研究へと様変わりした。すなわち生きたヒトの脳を傷つけることなく、その形態と機能を可視化する技術が大きく発展して、これまで検討することの難しかった問題が次々と取り扱われるようになってきた。「児童虐待によって子どもの脳は変化するのか」という“ハードウエア”の問いも、その一つである。小児期に激しい虐待を受けると、脳の一部がうまく発達できなくなってしまう。そういった脳に傷を負ってしまった子どもたちは、成人になってからも精神的なトラブルで悲惨な人生を背負うことになる。
著者らは米国ハーバード大と共同で、性的虐待や暴言虐待、厳格体罰、両親間のDV曝露がヒトの脳に与える影響を調べ、脳の容積や髄鞘化が変容する現象を報告してきた。被性的虐待者の脳では、健常対照者に比べて左の一次視覚野(ブロードマン17-18野)の有意な容積減少を認めた(図1)。また、被暴言虐待者の脳では健常対照者に比べて、聴覚野の一部である左上側頭回(ブロードマン22野)灰白質の容積が14.1%も有意に増加していた(図2)。さらに、小児期に長期間かつ継続的に過度な体罰(頬への平手打ちやベルト、杖などで尻をたたくなどの行為)を経験してきた、被厳格体罰経験者の脳では健常対照者に比べて、感情や理性などをつかさどる右前頭前野内側部(ブロードマン10野)の容積が、平均19.1%減少していた(図3)。すなわち、小児期の虐待で受けた身体的な傷がたとえ治癒したとしても、発達過程の“こころ”に負った傷は簡単には癒されないことが分かってきた。
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図1
高解像度MRI画像(Voxel-based morphometry)による、小児期に性的虐待を受けた若年成人女性群(23名)と健常対照女性群(14名)との脳皮質容積の比較検討。被性的虐待群では両側一次視覚野(17~18野)に有意な容積減少を認めた。(カラーバーはT値を示す。)
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図2
高解像度MRI画像(Voxel-based morphometry)による、小児期に暴言虐待を受けた若年成人群(21名)と健常対照者群(19名)との脳皮質容積の比較検討。被暴言虐待群では左聴覚野(22野)に有意な容積増加を認めた。(カラーバーはT値を示す。)
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図3
高解像度MRI画像(Voxel-based morphometry)による、小児期に厳格体罰を受けた若年成人群(23名)と健常対照群(22名)との脳皮質容積の比較検討。被厳格体罰群では右前頭前野内側部(10野)、右前帯状回(24野)、左前頭前野背外側部(9野)に有意な容積減少を認めた。(カラーバーはT値を示す。)
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最近明らかになってきたのは、両親間のDV曝露による脳への影響だ。2004年に国内でも児童虐待防止法が改正されて、「DVを目撃させることも心理的虐待にあたる」と認識された。両親間のDVに曝された子どもがさまざまな精神症状を呈し、DV以外の被虐待児に比べてトラウマ反応が生じやすいことがこれまで報告されている。しかしながら、DVに曝されて育った子どもたちの脳への影響に関する報告はわずかである。著者らの検討から、健常群に比べ、小児期に継続的に両親間のDVを長期間(平均4.1年間)目撃経験したDV曝露者の脳では、右の視覚野(ブロードマン18野:舌状回)の容積や皮質の厚さが顕著に減少していた(図4)。
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図4
高解像度MRI画像(Voxel-based morphometry)による、小児期に両親間の家庭内暴力(DV)を目撃した若年成人群(23名)と健常対照群(22名)との脳皮質容積の比較検討。DV目撃群では右舌状回の容積が6.1%も有意に減少していた。(カラーバーはT値を示す。)
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これまでの先行研究では、単独の虐待よりも複数のタイプの虐待を受けた被虐待者のほうが精神病性の症状への進展リスクがより大きい、とされている。著者らの検討でも、単独の被虐待経験は一次的に感覚野の障害を引き起こすが、より多くのタイプの虐待を一度に受けると大脳皮質辺縁系に障害を引き起こすことが示唆された。先行研究では、可視化された脳の異常が認知行動療法などの心理カウンセリング治療によって改善された例もあることから、彼らの脳の異常も多様な治療で改善される可能性があると考えられる。
手厚い養育環境を
被虐待児たちが「脳」と「こころ」に受けた傷は、決して見過ごしてよいものではないし、むしろ現代においては、成人になってからの「不適応」やさまざまな人格障害の原因となりうることを忘れてはならない。彼らへの愛着の形成とその援助やフラッシュバックへの対応とコントロール、解離に対する心理的治療などが必要となってくる。そういった子どもたちに適切な世話をし、激しいストレスを与えないことがいちばん大切である。そうすれば左右両半球の統合もうまくいき、子どもは攻撃的にならずに情緒的に安定していき、他人に同情・共感する社会的な能力も備わった大人になるだろう。この過程が、ヒトという社会的動物である私たちに複雑な対人関係を可能にするだけでなく、創造的能力を開花させるものだと信じたい。
著者らは、このような「脳の傷」が決して“治らない傷”ではなく、癒やされうることを強調したい。例えば、母子分離によってストレス耐性が低くなった仔ラットでも、その後に十分な養育環境に変えてやることでストレス耐性は回復する。人間においても、可能な限り早期に虐待状況から救出し、手厚い養育環境を整えてやることが、子どもの「こころ」の発達には重要であろう。
ヒトの脳は、経験によって再構築されるように進化してきた。虐待によって生じる脳の変化はいかなるものなのか、という問いに近年の脳画像診断法の進歩が貢献している。それによると、子ども虐待は発達するヒトの脳機能や神経構造にダメージを与えることが分かってきた。しかしこれは、幼いころに激しい情動ストレスを経験したがために、脳に分子的・神経生物学的な変化が生じ、「非適応的な」ダメージが与えられてしまったと考えるべきではない。むしろ、虐待状況という特殊な環境に対して「神経の発達を“より適応的な方向”に導いたため」とは考えられないだろうか? 危険に満ちた過酷な世界の中で生き残り、かつ、子孫をたくさん残せるように、脳を適応させていったのではないだろうか?
「虐待の連鎖」を絶つために
しかしながら、小児期に受ける虐待は脳の正常な発達を遅らせ、取り返しのつかない傷を残しかねない。簡単に確かめられる傷跡ではないだけに見逃されがちであるが、身体の表面についた傷よりも根は深く、子どもたちの将来に大きな影響を与えてしまう可能性がある。極端で長期的な被虐待ストレスは、子どもの脳をつくり変え、さまざまな反社会的な行動を起こすように導いていく。少子化が叫ばれる現代社会で、大切な未来への芽を間違った方法で育めば、社会は自分たちの育てた子どもによって報いを受けなくてはならないだろう。この一連の出来事を通して、暴力や虐待は世代を超え、社会を超えて受け継がれていく。虐待は連鎖する。すなわち虐待を受けた子どもは成長して、自らの子どもを虐待し、世代や社会を超えて悲惨な病が受け継がれていく。数え切れないほどの幼い犠牲者たちが“癒やされない傷”を負う前に、何としてもこの流れを断ち切らねばならない。そのための一歩として今後も、臨床現場で得られたデータのつぶさな集積と、脳科学的研究のさらなる推進により、児童虐待に関する明確な医学的な根拠を打ち出さなければならない。
(sk)
福井大学の子どものこころの発達研究センターで臨床をしているときには、「癒えない傷は、ない」と言って子どもや親を励まし、治療に当たる。
実際には、癒えない傷ばかり。薬物で壊れた脳もアルコール依存症で萎縮した脳も、なにをしても戻らない。
同じように、被性的虐待者の脳の左の一次視覚野の容積減少も、被暴言虐待者の脳の聴覚野の灰白質の容積増加も、小児期に体罰を経験してきた被厳格体罰経験者の脳の容積減少も、小児期に両親間のDVを目撃した人の脳皮質容積の減少も、絶対に元には戻らない。そういう論文をたくさん出している友田さんが、それでも「癒えない傷は、ない」と言い続けるのがすごい。
身体的な傷も(パラリンピックの選手だけでなく)残るが、切り傷とか骨折とか治ることも多い。でも(身体の傷が治っても)、脳の(つまり、こころの)傷は簡単には治らない。なかなか癒されない。だからこそ、「癒えない傷は、ない」という言葉が大事なのだろう。
そしてまた、実際、臨床でたくさんの事例を見て、こころの傷は癒されると思ったのに違いない。
批判する人は多い。でも実践する人は強い。