志條みよ子

なにかといえばすぐに原爆々々といまだにいわれている。原爆を書かない小説や原爆を取上げない絵画は広島の人間に限り、真の作品ではないごとくいわれている。七年も経った今日、もう昔のことと忘れ去ってしまえというのではないけれど、しかし、もうそろそろ地獄の絵を描いたり、地獄の文章ばかりをひねり上げることからは卒業してもいいのではないか。科学や政治の世界にまで、芸術の神髄が真実の文学が、低迷して行ってはならないと思う。
原爆は、科学であり、政治であり、なに物かへの一つの道具ではあるが、芸術ではない。

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