Category Archives: human being

下條信輔

私たちの生きる環境は次のように変化している。
 1)監視の輪は狭まり、追跡から逃れられない
 2)しかも私たちは自分から痕跡を差し出している
 3)世の中から、謎やスリルなどの感興が丸ごと減っていく

COVID-19でリモート入試が問題になった。つまり不正監視が難しい。リモートになりデジタルになって、かえって隠れられる、という逆の側面を示している。ネット上の犯罪も、トラックダウンするのが難しく、イタチごっこの様相を呈している。またちょっと次元がちがうが、デジタル技術で時間オーダーが変わり、別の種類のスリリングな局面を作り出している。たとえば証券市場の「時間高速機」は、ナノセカンドで株価の変化に対応し、億の単位の利潤を奪い合っている。ただこうしたナノセカンドの競争(ついでに言えばギガレベルの瞬時の検索も)は、私たちの預かり知らない所で行われ、生活感覚としてはむしろ、管理され平穏で無知なままだ。
「何が可視化され、何がブラックボックスに隠れるか」その構造自体が、変動を起こしている。全貌はまだ見えない。情報自体が実体化して振り回される反面、中身や原因はブラックボックス化する(たとえば銀行のシステム障害など)。このパラドクシカルな両面があって、共に新しい。そういう監視・追跡社会に、私たちの脳と体はついていけるのか?

人類は、個人の幸福のために進化してきたわけではない。
(ユアル・ノヴァル・ハラリ 『サピエンス全史』)

Yuval Noah Harari

Money, social status, plastic surgery, beautiful houses, powerful positions – none of these will bring you happiness. Lasting happiness comes only from serotonin, dopamine and oxytocin.

The romantic contrast between modern industry that “destroys nature” and our ancestors who “lived in harmony with nature” is groundless.

As far as we can tell from a purely scientific viewpoint, human life has absolutely no meaning. Humans are the outcome of blind evolutionary processes that operate without goal or purpose. Our actions are not part of some divine cosmic plan, and if planet earth were to blow up tomorrow morning, the universe would probably keep going about its business as usual. As far as we can tell at this point, human subjectivity would not be missed. Hence any meaning that people inscribe to their lives is just a delusion.

細胞

27兆8千億の細胞からなる血液と
2兆5千億の細胞からなる血管と
2兆の細胞からなる皮膚と
3兆1千億の神経細胞と
18億の細胞からなる骨と
7千5百億の細胞からなる骨髄と ・・・
そんなのをぜんぶ足すと
37兆2千億の細胞からなる体になる

細胞のひとつひとつが
DNAを鋳型にしてRNAを合成し
RNAをもとにタンパク質を作る

時にDNAは損傷し
損傷は細胞の機能不全を起こし
発癌などの疾患の要因になる

いくつの細胞が機能不全になれば
癌になったというのだろう
いくつの細胞がウイルスに冒されれば
感染したというのだろう

細胞が持っているメカニズムは
損傷を修復することができるって
本に そう書いてあるけれど
大事な人も そうでない人も
損傷が原因で死んでゆく

ワクチンを接種すれば
ウイルスに感染しないというけれど
今日も大勢の人が
ウイルスに感染して死んでゆく

医学が探り出したことは多いけれど
体についてたくさんのことを
知っていても
知らなくても
人は生き
人は死ぬ

作れるからといって
死なない人を作ってはいけない
人は生きて死んだほうがいい

Aldous Huxley

“But I don’t want comfort. I want God, I want poetry, I want real danger, I want freedom, I want goodness. I want sin.”
“In fact,” said Mustapha Mond, “you’re claiming the right to be unhappy.”
“All right then,” said the Savage defiantly, “I’m claiming the right to be unhappy.”
“Not to mention the right to grow old and ugly and impotent; the right to have syphilis and cancer; the right to have too little to eat; the right to be lousy; the right to live in constant apprehension of what may happen tomorrow; the right to catch typhoid; the right to be tortured by unspeakable pains of every kind.” There was a long silence.
“I claim them all,” said the Savage at last.
Mustapha Mond shrugged his shoulders. “You’re welcome,” he said.

島薗進

 再生医療の技術がより発展し、また誰もが気軽に受けられるものになったとしたら、この技術は病気の治療を超えて用いられることもあるのではないでしょうか。歳をとって機能・能力が衰えてきたら、その部分「だけ」を取り替える、というように。 …
このような状況に加えて、人間の“遺伝子”のレベルにまで到達して治療を施すような医療、というものも見えてきます。いわゆる「遺伝子工学」と呼ばれる技術を医療の現場に応用するものです。 … もし、今は限定的になされている人間の遺伝子治療がより広範囲に拡大していったとすれば、これまでの人間がもっていなかったような特殊な性質や能力をもつ人間が誕生するかもしれない、ということは十分に考えられることです。 …
今まさに、私たちはこうした問題に直面しつつあり、それを真正面から考えていく必要が生じてきているのではないかと思います。そこで用いられるようになった言葉・概念が「エンハンスメント」です。エンハンスメントは、「より強い、より有能な、より幸せな」人間を求める科学技術と言えるでしょう。

Fritz Allhoff, Patrick Lin, James Moor, and John Weckert

We have heard much about the “digital divide”, but one day there may well be a “nano divide”: the gap between those who can access and benefit from nanotechnology and those without. If there is also an “enhancement divide”, it could prove to be an even greater disadvantage for those on the wrong side. They would not be as physically or mentally capable as others. What policies, if any, should be developed to either avoid or cope with this situation?
The rise of information and communications technology (ICT) led to the so-called “digital divide”: those who did not have adequate access to the technology were disadvantaged relative to those who did. While this divide reflected, by and large, the existing divide between haves and have-nots, ICT exaggerated that divide. Not long ago, the less advantaged within developed societies could listen to the radio, go to the free public library, and read inexpensive newspapers. As information and communication increasingly moved to the Internet, their access to both information and communication decreased relative to that by the more advantaged. It is feared by some that nanotechnology will also sharpen and widen divisions both within societies and between nations: a nano divide will be created. Whether or not this happens depends partly on how nanotechnology develops. If its applications are primarily in enhancing existing materials, cosmetics, electronics and medicine and if these are relatively inexpensive, then there may be no increase in inequalities. However, if they are expensive and particularly useful and desirable, then they probably will.

Francis Crick

The Central Dogma. This states that once “information” has passed into protein it cannot get out again. In more detail, the transfer of information from nucleic acid to nucleic acid, or from nucleic acid to protein may be possible, but transfer from protein to protein, or from protein to nucleic acid is impossible. Information means here the precise determination of sequence, either of bases in the nucleic acid or of amino acid residues in the protein.

人間が作り出したシステム

自然が作り出したシステムと
人間が作り出したシステムを
冷静に論理的に比べてみたら
どう考えても
自然が作り出したシステムのほうが優れている

人間が作り出したシステムは
時に自然の観察から生まれ
その観察は
自然科学などと呼ばれてきたけれど
なんのことはない
どのシステムも
自然の真似でしかない

人間が作り出したシステムは
時に自然の模倣から生まれ
その模倣は
発明だ発見だといわれてきたけれど
なんのことはない
どのシステムも
自然の破壊でしかない

人間がなにを考えても
人間がなにを作っても
人間がなにをしても
自然の摂理には敵わない

自然に逆らうのは
止めにしたらどうか
自然に沿うのが
人間らしいと知ったらどうか

人間が作り出したシステムは
人間を監視し
人間から自由を奪い
人間を滅亡に追い込む

自然が作り出したシステムが
人類を滅ぼすことはない
人間が作り出したシステムだけが
人類を滅ぼす

従う遺伝子

言うことを聞く遺伝子のせいで
無能な天皇が即位しても
残酷な将軍が権力を握っても
抵抗もせずに どんなことにも従う

明治維新があれば 新政府に従い
戦争が起これば 軍に従い
戦争に負ければ 占領軍に従い
従うことに 疑問は持たない

武家社会のしがらみのなかで
理不尽なことに耐え続け
時には死を選ぶという作り話に
遺伝子が反応し 涙する

政府がどんなに悪くても従う
上官が非道を尽くしても従う
上司が犯罪を犯しても従う
従う遺伝子は どこまでも悲しい

従う遺伝子が変異して
理不尽に抵抗し
自分の考えを通す
そんなことは起きないのだろうか

特別な存在

私たちは特別な存在ではない
地球は宇宙の中心ではない
人は動物でしかない

私たちの生命は特別なものではない
人がしていることは
宇宙で起きていることの ほんの一部でしかない

それなのに
いや それでも
君は特別だ

人間がしてきたこと

人間は 麦や 稲や トウモロコシや 芋に
依存して生きて来た
栽培し 育て 収穫し 食べる
そんなことが いつの間にか
あたりまえになった
森林を伐採して畑にしても
野原を拓いて田んぼにしても
自然破壊と言われることはなかった

人間はまた 牛や 豚や 鶏や 馬や 羊に
依存して生きて来た
飼育し 屠殺し 食べる
そんなことが いつの間にか
あたりまえになった
動物たちを劣悪な環境に押し込んでも
薬漬けにして不自然に育てても
動物虐待と言われることはなかった

品種改良も寒冷地の開拓も
工業のような農業や牧畜も
いいことだと思ってやってきた人間が
遺伝子の組み換えまでするようになり
終いには自分たちを飼いならし始めた
不自然に飼いならされた人間は
奴隷であることに気づかずに
システムの中に組み込まれる

システムに組み込まれた人間は
自分たちを組み込んだ人間を知らない
人間が人間を利用するなかでは
利用された人間が 自分を知ることはない
自分を憐れむことはなく 他人を憐れむ
哀れな人たちは なにも気付かない
不幸せな人たちが 幸せを感じ
システムのなかで暮らす

君に システムの外にいてほしい
君に 君でいてほしい

オスとメス

オス同士が争ってメスを奪い合う
そんな単純さはどこかに消えてしまった
動物だったはずの人間は
モラルとか社会のルールとかで
動物さを なくしてしまった

たくさんの交尾相手を見つけて
たくさんの交尾をするのがオスの原点で
何年もかかって子供を産み育て
子供に多くの投資をするのがメスの原点だとしたら
原点はとっくに見えなくなってしまった

それでも生まれてくる子供たちの
半分はオスで半分はメスという
動物としての合理性は
失なわれてはいない

風俗産業が栄えているのを見ると
オスは原点を 完全に失ってはいない
教育産業が栄えているのを見ると
メスも原点を 完全に失ってはいない

交尾や出産や養育という
人間の原点に興味を持たない人たちが
立派な仕事をして
多くの収入を得て
動物的なことを見下す

同性が好きなホモセクシュアルが市民権を得て
両性が好きなバイセクシュアルも市民権を得て
性に興味のないアセクシュアルは高潔と言われる

それでも多数のヘテロセクシャルは
人間の暗部を包み込み
オスやメスとして
しぶとく生きていく
みんな
思われているより
はるかに逞しい

あさましさ

抗がん剤は時代遅れ?アメリカは抗がん剤を使わない治療にシフトしている
というウェブページを見つける

アメリカなどでは、3大治療から免疫や遺伝子医療などの代替療法などにシフトしつつあり、がんの死亡者数が過去20年間で22%以上も減少しています。逆に、3大標準治療に頼りきりの日本では年々がんの死亡者数が増えてきているがん大国になってしまっています。
保険診療を行っている大病院の医師に「最後まで諦めないでなんとかお願いします」と頼むことは、寿命を縮める結果になってしまっているかも知れません。
世の中には、保険診療外ではありますが、副作用がなく、高い効果の見込める治療がいくつも存在しています。今おこなっている治療に疑問を感じたら、患者様を苦しめる結果になる前に一度他の治療を選択肢に入れることをお勧めします。

と書いてある

医学の一部は もう長いあいだ
信じるか 信じないかという
宗教のようになっている
いや 正確に言えば
儲かるか 儲からないかが大事な
宗教ビジネスになっている

研究に没頭する多くの医師たちの脇に
他人の命を弄ぶ医師たちがいて
腕には高級時計が光り
胸ポケットには高級ボールペンが何本も刺さり
ガレージには高級外車が何台か駐車し
豪華マンションには高級家具が置かれ
医学の進歩が それらを支えている

命を弄ぶ医師たちを垣間見て
人間のあさましさを感じる

国立がん研究センター

2008年にがんと診断された患者の10年生存率

  • 胃がん:66.0%(ステージ I:90.9%、II:59.3%、III:34.6%、IV:6.9%)
  • 大腸がん:67.2%(ステージ I:93.6%、II:83.9%、III:69.4%、IV:11.6%)
  • 肝細胞がん:21.8%(ステージ I:33.4%、II:18.9%、III:9.2%、IV:2.2%)
  • 肝内胆管がん:10.9%(ステージ I:32.1%、II:29.5%、III:8.1%、IV:0.0%)
  • 小細胞肺がん:9.1%(ステージ I:35.7%、II:18.9%、III:11.6%、IV:1.8%)
  • 非小細胞肺がん:34.5%(ステージ I:72.4%、II:35.2%、III:13.5%、IV:2.0%)
  • 乳がん(女性):87.5%(ステージ I:99.1%、II:90.4%、III:68.3%、IV:16.0%)

全がんで見ると、3年生存率は73.6%、5年生存率は67.3%、10生存率は59.4%

Peter Ward

People commonly assume that our species has evolved very little since prehistoric times. Yet new studies using genetic information from populations around the globe suggest that the pace of human evolution increased with the advent of agriculture and cities.
If we are still evolving, what might our species look like in a millennium should we survive whatever environmental and social surprises are in store for us? Speculation ranges from the hopeful to the dystopian.

進化

人の進化は終わったのだという学者がいる
人はこれからも進化し続けるという学者もいる
何かから進化して人になったように
人が進化して何かになってもおかしくない

口腔と咽頭腔を直角にし 咽頭を下に移動させることで
人は話し言葉を獲得し その後 文字を使うようになり
人は 人となった

次の進化が 言葉なしのコミュニケーションだとして
からだのどの部分を どのように変えたなら
言葉なしでコミュニケートできるようになるのだろう

次の進化が 瞬間移動だとして
からだのどの部分が どのように変わったら
瞬間移動ができるようになるのだろう

でも次の進化は
言葉なしのコミュニケーションだとか瞬間移動とかの
想像できるものではなくて
きっと 僕なんかが想像もつかないような進化なのだろう

進化による人の誕生が 人に似た動物たちを滅亡に導いたように
進化をとげた新しい動物が 人を一人残らず滅ぼす
それは いいことなのか
悲しいことなのか

滅ぼされる直前に
進化論は正しかったとか間違っていたとか言っても
それは何の意味も持たない

人という種が生まれた時から
人という種は滅びる運命にあった
そう
永遠なんて どこにもない

野生

農耕や牧畜を始める前の
野生の人間のように生きる
ありのままの自然を享受し
飼いならされたりしない

人懐っこくなったりしない

無条件で人を信用したり
知らない人に優しくしたり
物わかりがよかったり
そんな子供っぽさは 持たない

ひとりで戦う

無駄なことは 話さない
あたりまえのことは 口にしない
遊牧民のメンタリティーはもちろん
農民のメンタリティーも持たない

野生の人間にはなれないけれど
意識だけでも近づく

人のすごいところ

美味しいケーキが食べられる店があって
そこのオーナーが有名になったりする
でも ちょっと考えてみれば
すごいのは ケーキを作っている人で
オーナーではないことに気づく

すごく素敵な服を売っている店があって
そこの社長がもてはやされたりする
でも ちょっと冷静に観察してみると
すごいのは 布を切ったり縫ったりしている人で
社長ではないことがわかる

働いていた人が辞めると
ケーキがまずくなったり
服が素敵でなくなったりする
そして 辞めた人が移った先の
ケーキがおいしくなったり
服が素敵になったりする

そういうことが ないようにと
オーナーは AI にケーキを作らせ
社長は AI に服を作らせる
でも なぜか
AI の作ったケーキはまずく
AI の作った服はサエない

人がすることには揺らぎがあって
計算や予測ができない
人の論理的でないところが
美味しいケーキを作り
素敵な服を作る

いい知能が
美味しいケーキを作ったり
素敵な服を作るわけじゃない

今日食べたあの店のケーキは
いつもより甘かったけれど
おいしかったし
飾ってあったあの店の服は
あの店の服にしては地味な色をしていたけれど
とても素敵だった

計算できないところが
予測できないところが
論理的でないところが
人のよさなのかもしれない

人は
保守だとか リベラルだとか
ニューリベラルだとか ネオリベラルだとか
右翼だとか 左翼だとか
自由主義だとか 社会主義だとか
資本主義だとか 共産主義だとか
全体主義だとか ファシズムだとか
いろんな対立軸を作ってきた

社会よりも個人のほうを大事にする
北欧の国々のような例外はあるけれど
冷静に考えてみれば
みんな 同じ
個人よりも社会のほうが大事で
小さな政府より大きな政府のほうがよくて
変化はゆっくりのほうがいいという

どれも同じペテンなのに
まるで違いがあるかのように
自分たちのシステムを誇り
他のシステムの欠点をあげつらう
政府は個人を跪かせ
軍は個人に銃を向け
司法は個人を罰し
メディアは政府を代弁し
格差は自然に拡がる

個人を取り締まり
個人から奪うために
政府はどんどん大きくなる
政府のための変化は速く
個人のための変化はゆるやかになる
どの政府も犯罪集団なのに
世界中を政府が支配する

政府を構成しているのは人で
どの人も
無垢で無辜だ
システムを考え出したのも人で
どの人も
無垢で無辜だ

無垢で無辜な個人が
無垢で無辜な個人に牙をむく
なにかが変だ

こうしているあいだにも
ありとあらゆる政府が
個人を追い詰めている
声を上げようと声を上げまいと
個人は追い詰められる

極北の人たち

極北の人たちの体温は低い
それだけでなく脈拍も遅い
日本人なら徐脈といわれるほど遅いのだ

極北の人たちはアルコールに弱い
やってきた白人に酒を飲まされて
からだを壊して死んでいった

極北の人たちにはアスピリンがよく効くという
熱は下がり
どんな痛みもたちどころに消えてしまう

極北の人たちには心筋梗塞や脳梗塞が少ない
サバやイワシやアザラシなどの海の恵みを
たくさん食べてるおかげだという

そんなことはみんな嘘なのかもしれない
でも極北の人たちのDNAを持つと言われた僕には
それがみんな本当に思える

僕は生肉を食べないし 暖かいところが大好きだ
でも体温は低いし 脈拍は遅いし
アルコールに弱いし アスピリンが効く

だからきっと
心筋梗塞や脳梗塞で死ぬことはない
僕には極北の人たちの血が流れている

数値

インターネットで見つけた論文に
人の平熱は 36.86℃±0.23℃
つまり 36.63℃~37.09℃
と書いてあった
そんなに高いのかと思って他の論文を見たら
人の平熱の平均は 36.6℃
と書いてあって
95% の人が 35.7℃~37.3℃の範囲に入り
99% の人が 35.3℃~37.7℃の範囲に入る
という但し書きがある
中間値より平均値が高いのは
少数のアジア人の平熱が低いからだ
 とここまで読んで
 あっ これはアメリカのことなのだと気づいた
37℃に近い黒人の平均や
それよりほんの少し少ない白人平均に比べ
アジア人の平熱はずっと低い
気になって 論文の著者を見てみたら
案の定 アメリカ人だった

アメリカでは少数のアジア人も
世界では多数を占めるから
世界の平熱の平均はもっとずっと低いのではないか
36.3℃~36.4℃ ぐらいなのではないか
そう思ってインターネットで検索したら
日本人の平熱は 36.0℃ と書いてあるページもあって
36.86℃ とは比べものにならないくらい低い
その上に個人差があるのだから
37℃以上の人がたくさんいても
なんの不思議もない
日本でオリンピックがあって
会場の入口で
37℃以上の人は入れません
なんてやっていると
白人や黒人の半分以上入れなかったりして
混乱したりしないのだろうか

僕の平熱が 35℃台の下のほうでも
おかしなことはない
僕が熱をだして 37℃以上になったら
それは白人や黒人が 39℃ になるのと同じ
正常ではない

個人差を認めない数値だけの医療は
標準の数値でない人を病気だという
僕が他人とは違っても
変ではないし
病気でもない
 と言いながら数値を気にしている僕がいる
 なんとも情けない

想像の欠如

人は捕食者だという
動物や魚を過剰に殺し
自然のバランスを乱しているのだという
でも
僕は牛を殺したことがない
豚を殺したこともない
鶏を殺したことすらない
それなのに
僕は ステーキを食べ
生姜焼きを食べ
唐揚げを食べて来た

人は長いあいだ
狩猟や採集で生きて来た
でも
僕は狩猟も採集も したことがない
狩猟のための道具を作ったこともないし
採集のために山に分け入ったこともない
それなのに
僕は 魚や貝を食べ
木の実やイモを食べ
キノコを食べて来た

人が農耕を始めて
もうずいぶんの時間が経つ
でも
僕は田畑を耕したことがない
種を蒔いたことも苗を植えたこともない
それなのに
僕は ごはんを食べ
パンを食べ
野菜を食べて来た

僕は食べるだけ
動物がどう殺されるのかを考えることもなく
食べものがどうやって目の前に並ぶのかを想像することもなく
おいしいと言って 腹を満たす
感謝もせずに 食べる

僕に足りないのは
想像すること
いや
それだけではない
感謝することも足りてはいない

なんの努力もなく
動物と対峙することもなく
天候の変化に一喜一憂することなく
何も感じることなく
食べものを口に運ぶ

僕は何もわかっていない

破滅

情報の洪水が過ちを生み
知識の超過が美を殺す
知能の創造が傲慢を生み
知性の欠如が人を殺す
結局は自然が残る
静かな自然は
なにも語らない
誰もいない世界で
君が微笑む
あれっ
君がいる
誰もいないのに
君がいる

創造

機械を作った
精巧で複雑な
その機械は
水を与えないと動かない
水がないとすぐに干からびてしまう

その機械は欲張りで
水だけでは不満なようだったので
仕方なく
その機械に与えようと
他の機械を作った

その機械も欲張りで
我慢を知らないので
仕方なく
その機械に与えようと
また他の機械を作った

そんなことを繰り返していたら
機械ばかりが増えすぎて
なんだか面倒になったので
最後に作った機械に
最初に作った機械を与えることにした

最後に作った機械は
とてもとても欲張りで
最初に作った機械だけでなく
いろいろな機械が必要だと言って
だだをこねた

仕方がないので情報を与え
知識を与え
知能を与え
最後には
知性を与えた

機械のひとつが変なことを言う
僕は 君じゃなければダメだと
他の機械も変なことを言う
私も あなたじゃなきゃダメだと
ふたつ並んでだだをこねる

なんて勝手なと思った途端
ひとりだと気づいた
これだけたくさんの機械を作ったのに
ひとり
なんて理不尽な

寄生

がん細胞は
宿主に寄生する以外に
生き残ることはできない
でも
がん細胞は自分勝手で
宿主の都合など
考えたりしない
そして
がん細胞は
宿主の免疫機能を凌駕する
でもなにか変だ
がん細胞は
宿主を破壊すれば
己も消滅する
それなのに
がん細胞は
共存の道を探ろうともせず
ひたすら増殖を続ける
自分のしていることが
自分の破滅になることを
知ろうとはしない

人間は
地球の上以外に
生きる場所を持たない
でも
人間は自分勝手で
地球の都合など
考えたりしない
そして
人間は
地球の免疫機能を凌駕する
でもなにか変だ
人間は
地球を破壊すれば
己も消滅する
それなのに
人間は
共存の道を探ろうともせず
ひたすら環境の破壊を続ける
自分のしていることが
自分の破滅になることを
知ろうとはしない

何千年も前には15年くらいしか生きられなかった私たちが
何百年か前には30年も生きられるようになり
何十年か前には60年を超え
何十年か先には120年以上生きる人が多く出てくるという

私たちは昔も今もそれほど違わない
それなのに 生きる年数は長くなるばかり
生物学的にも生理学的にも進化はないから
一人ひとりの体は悲鳴を上げる

私たちの歴史を俯瞰して見てみれば
苦難や困難や悲しみといった荒波の連続で
荒波を乗り越えるために宗教が発明され
科学技術がそれに続いた

科学技術が進歩したといっても
一人ひとりが強くなったわけではない
病気が治るものになり生活が快適になると
人間は限りなく もろくなってしまった

ひたすら進歩してきた科学技術が
私たちに刃を向けている
思惑を超えてしまった科学技術は
もう私たちの味方ではない

私たちの味方は私たちだけ
私たちの敵も私たちだけ
森の中で暮らしていた頃と
そんな事情は変わっていない

人間の違い

ユークリッド・アヴェニューには
6番のバスと9番のバスが走っていて
6番のバスが来ると黒人が乗り込み
9番のバスが来ると白人が乗り込んだ

黒人でも白人でもない僕は
どちらが来ても乗ることにしていた

6番の混んだバスの乗客たちは
なんで乗ってくるのだと 怪訝な顔で僕を見た
9番の空いたバスの乗客たちは
静かに座っている僕に 目を向けなかった

必ずしも黒いとはいえない人たちを黒人と呼んで
必ずしも白いとはいえない人たちを白人と呼んで
黒人と白人という2つの括りのなかに
すべての人間を閉じ込める

黒人の括りに入れられた人たちと
白人の括りに入れられた人たちが
お互いを理解できないといって
不信感を持ち合って対立する

でもちょっと深く考えてみると
同じ括りに入れられた人たちにしたって
似たような人たち同士だって
わかり合えるわけではない

似ている人たちだって一人一人違う
黒人と一括りにされたって
白人と一括りにされたって
一人一人違う

それなのに一括りにされ
違う括りとの違いは強調され
同じ括りとの違いは同調圧力もあって
ないことにされてしまう

同じ括りのなかだって 違うのは悪くない
違うのが間違っているなんていうのが悪いのだ
あたりまえのことが あたりまえと思われない社会で
あたりまえのことを話すのは難しい

遺伝子組み換え

遺伝子組み換え技術を持つ優秀な企業が
農作物も雑草も無差別に枯らす除草剤を作り
同時に その除草剤に耐性のある種子を作って
除草剤と種子とを併せて売って大儲けする

除草剤があらゆる場所に撒かれると
雑草は除草剤に負けないようにと
進化して耐性を持つようになり
除草剤は次第に効かなくなる

優秀な企業はさらに強力な除草剤を作り
新しい種子と併せて売って また大儲けする
農家は農家でその除草剤に飽き足らず
他の除草剤も併せて使ってあらゆる雑草を殺す

雑草が消えた農地には
虫も寄り付かず
土は痩せ
作物が育たない土地が増えてゆく

農業ができないはずの酷い土地の小さな国が
遺伝子組み換えや人工知能のおかげで農業国になり
農産物の輸出で世界一になったものだから
いろんな国がそれを真似る

気がついてみれば
農業は農地から工場に移り
働いているのはロボットで
土もなければ虫もいない

工場でできた作物が
世界中の食糧不足を解消し
増えすぎた80億もの人間は
土を知らない食べ物を食べる

植物の遺伝子を組み換えるのがいいのならばと
動物の遺伝子を組み換えるのに抵抗はなくなり
遺伝子を組み換えての動物の品種改良を
悪いという人は もうどこにもいない

遺伝子の組み換えのおかげで美味しくなった牛肉も
遺伝子の組み換えのおかげで速く走る馬も
遺伝子の組み換えのおかげで人の言葉を話す鳥も
すべて自然の恵みだということになる

動物でしていいことなら人間にもしていだろうと
人間の遺伝子を組み換えるのに抵抗はなくなり
遺伝子を組み換えての人間の改良は
病気の治療という名目で始まってしまう

遺伝子の組み換えのおかげで頭がいいという人間や
遺伝子の組み換えのおかげで速く走る人間や
遺伝子の組み換えのおかげで美しいといわれる人間が
遺伝子を組み換えていない人間を下に見たりする

遺伝子を組み替えることが普通になって
みんながロボットみたいになって
誰も間違いを犯さなくなったら
まともな人間には耐えられない

でも心配はない
その頃には
まともな人間など
きっと ひとりもいない

新型コロナウイルス

日本では
新型コロナウイルスの人口100万人あたりの感染者数は214人
確率にすると「4673分の1」
アメリカやヨーロッパと違って 確率はとても低い

人口100万人あたりの死者数は7.8人
確率にすると「12万8200分の1」
確率はとんでもなく低い

競馬場で買った馬券が万馬券になる確率は「2666分の1」
新型コロナウイルスに感染する確率の 1.75倍
万馬券を当てるより新型コロナウイルスに感染するほうが難しい

交通事故で負傷する確率は「125分の1」
新型コロナウイルスに感染する確率の 37.38倍
交通事故で死亡する確率は「1万5000分の1」
新型コロナウイルスで死亡する確率の 8.55倍
感染を恐れるより交通事故を恐れたほうがいい

火災で罹災する確率は「1579分の1」
新型コロナウイルスに感染する確率の 2.96倍
火災で死傷する確率は「1万2500分の1」
新型コロナウイルスで死亡する確率の 10.26倍
感染を恐れるより火災を恐れたほうがいい

空き巣ねらいに遭う確率は「882分の1」
新型コロナウイルスに感染する確率の 5.30倍
感染の心配をするよりも 空き巣の心配をしたほうがいい

ひったくりに遭う確率は「2500 分の1」
新型コロナウイルスに感染する確率の 1.87倍
感染の心配をするよりも ひったくりの心配をしたほうがいい

ウイルスより恐いのは風呂場 そして玄関
風呂場でどれだけの人が死ぬか 知っているか?
玄関でどれだけの人が死ぬか 知っているか?

殺人事件の被害者となる確率は「10万分の1」
新型コロナウイルスで死亡する確率の 1.28倍
ウイルスを恐れるよりも 人を恐れたほうがいい

新型コロナウイルスのことで 人を非難する人がこわい
新型コロナウイルスのことで 人を恐れさせる人がこわい
新型コロナウイルスのことで 人を恐れる人がこわい
新型コロナウイルスのことで 人を利用する人がこわい
新型コロナウイルスのことで 人と同調する人がこわい

ウイルスより 人が恐い

からだ

情とか心とかは 頭の中だけでなく 腹にも胸にも指先にも存在し
それぞれ勝手なことをする

頭に来て 頭が真っ白になり 頭が切れ 頭に入れ 頭を痛め 頭を悩ませ 頭を抱え 頭を冷やす
胸にこたえ 胸を痛め 胸に響き 胸に穴が空き 胸を衝き 胸に刻み 胸に浮かび 胸に納める
腹にこたえ 腹が立ち 腹ができ 腹が居て 腹が据わり 腹が癒え 腹を抱えて笑い 腹が決まる
指を指し 指を噛み 指を折り 指を弾き 指がふるえ 指を出し 指を立て 指をあて 指で示す
背を追い 背を向け 背にして 背伸びして 背が見えず 背に眼はなく 背に腹はかえられない
尻に火が付き 尻に帆を掛け 尻を落ち着け 尻を拭い 尻が重く 尻が軽く 尻を叩き 尻に敷く
手が離せず 手が出て 手を切り 手が空き 手が焼け 手が塞がり 手が出ず 手が後ろに回る
足を引っ張り 足を運び 足を延ばし 足を棒にし 足を掬い 足を洗い 足を向けて寝られない
口を開き 口を封じられ 口を挟み 口を慎み 口を出し 口を閉ざし 口を滑らす 口を結ぶ
耳にし 耳を塞ぎ 耳を澄まし 耳に挟み 耳に残り 耳に障り 耳に入れ 耳を疑い 耳を傾ける
唇を噛み 唇を尖らせ 唇を押さえ 唇を翻し 唇を封じ 唇を寄せ 唇を噛み 唇を噛みしめる
首を傾げ 首を横に振り 首を賭け 首を縦に振り 首を刎ね 首が据わり 首が飛び 首になる

情や心も負けじとばかり
それぞれ勝手なことをする

情に触れて 情を知り 情が湧き 情を増し 情を通じ 情に燃え 情にすがって 情に打たれる
心を交わして 心を許し 心を寄せて 心を開き 心は震え 心に染みて 心を動かし 心は痛い

足を引っ張られても 歩くことはできるし
手を切っても 手は切れていない

頭のなかが死んだとしても
耳は耳を澄ませて聞いている
たとえ脳が働かなくなっても
耳を傾け聞いている

胸のなかが死んだとしても
心は震えて痛がっている
たとえ心臓が止まっても
張り裂けそうにしている

脳死といっても人が死んだわけではない
人が死んでも細胞が死んだわけではない

人がいる場所

真理とか正義とかが必要な前時代的な人たちが
真理とか正義とかから抜け出せずに悩んで
人は意識の根源を直視していないといい
不安や焦躁や倦怠が不幸の根源なのだという

不幸を感じることができるのは高貴な証だとか
人でない生き物は不安や焦躁や倦怠を感じないだとか
わかったようなわからないようなことを言いつのって
人は動物とは違う高尚な存在なのだという

人は考えることができるから
自分が死ねると知ることができるし
宇宙が優れていると知ることもできる
でも宇宙は考えられないから何も知らない

人の尊厳を空間や時間に求めてはいけない
多くの土地を所有したところで優れていることにならないし
長い時間を生きたところで偉大なわけではない
尊厳は考えることにしかない

そんないい加減な論理が語り継がれ
哲学とか知恵とかいって残ってきたが
気が付けば周りには真理も正義もなく
人が特別な存在だと考える人も もうあまりいない

人だけが特別だという宗教のせいで
人は地球の主だと勘違いし
地球とそこに住む生き物をないがしろにし
人のおごりが人を滅ぼそうとしている

人は地球に住まわせてもらっていて
他の生き物と一緒に生かされていて
地球とそこに住む生き物がなければ
存在すらできないのだと知るべきだ

人はじつは考えることができない
人はなんにも知らない
そうでなければ私たちが
こんなふうに生きているわけはない

致命的な暴力

日本人だという理由だけで嫌な目にあったり
朝鮮人だという理由だけで強制的に連行されたり
中国人だという理由だけで嫌われたり
ユダヤ人だという理由だけで殺害されたり
クルド人だという理由だけで弾圧されたり
アフリカ系アメリカ人だという理由だけで差別されたり
日系アメリカ人だという理由だけで収容所に入れられたり
そんなことがあまりにもたくさんあって
私たちは鈍感になってしまった

ユダヤ人だという理由だけで子供達を虐殺するのは
戦闘に参加している編集者たちを虐殺するよりも卑劣だとか
日本人だという理由だけで住んでいる人みんなを原爆で殺すのは
戦闘に参加している医療従事者たちを殺すより道義に反するというように
ああして殺すのはこうして殺すより悪いというのは絶対におかしい
殺しは殺しだ

戦場で人を殺すのは戦争だからといって許される
それだけでなく英雄になったりもする
立て籠もり犯を殺すのは人質を守るためだといって正当化される
そればかりか人質の生命を守ったといって褒められる
死刑を執行するのは法律に従って出された判決に従っただけだという
法務大臣はよく署名したと称えられる
どの場合にも 殺人はいけないという声は消される

殺人は人の本能だという人もいる
でも人が群れを作るようになる前は 私たちはそんなに殺人をしなかった
人間は群れになり 村を築き 部族で暮らし 国という人為的な集団を作った
そういう変化によって殺人率は大きく上昇し 人は殺人をする種に変貌した
人が多くなりすぎて 殺さなければ生きていけなくなってしまった

同類を殺し同種を殺し同族を殺す
人が人を殺す
殺す種
それが現代の人間だ
暴力をむき出しにしてしまった人間が集まり
攻撃的な人を指導者として殺し合う
それを悲しいと思ってはいけないのだろうか
殺しは殺しだ
そして
差別は差別だ

細胞は生きている

一つ一つの細胞には限りある命があり
寿命が来て死ぬと新しい細胞に置き換わる
人の体には50兆から75兆の細胞があるのだけれど
細胞は約260種類に分けられ
種類ごとに違った寿命を持つ

胃や腸の表面にある上皮細胞は1日
精子細胞は約3日、皮膚細胞は約2〜3週間
血液中の赤血球は約4か月、白血球は1年以上
骨の細胞は約10年
脳細胞は人が死ぬまで
心臓の心筋細胞や神経細胞も一生かわらない

人体は1日で1兆個もの細胞を入れ替える
不要になった細胞は死んで
そばの細胞を分裂させてふたつにして
そのひとつを死んだ細胞と入れ替える

人間が死ぬと体内の細胞も死ぬ
でもすべての細胞が死ぬまでに
数時間はかかる
時には1日かかることもある

細胞がいくら入れ替わっても
変わらないものがある
決して入れ替わらない細胞もあるけれど
それよりも
その人のまごころ、慈しみ、誠実さ
それらは絶対に変わらない
そして
その人の魂、本性、正体
そんなものもたぶん変わらない

悪の華

生物学にキャリングキャパシティという概念があって
動物としてのヒトの密度の上限は
1 km2 あたり 1.2~1.4人だという
世界での人口密度は 1 km2 あたり 50人なので
上限を40倍も超えてしまったことになる
ヒトはどう考えても多すぎるのだ

ヒトは農耕や牧畜で食糧を確保し
行動圏を拡げることで人口を増やしてきた
400年前には5億にまで膨らんだ世界の人口が
100年前には19億 そして今では77億

自然災害、飢饉、戦争、疫病
どんな災難が降りかかっても
ヒトが減ることはなく
あたりまえのように増え続けた

生産技術の発達、品種の改良、化学肥料
石油エネルギー、公衆衛生、医学
物流の発達、IT、AI
それで食糧が増え ヒトが増えた

ヒトが増えたツケは重く
食糧の増加は頭打ちになり
エネルギーは枯渇して
食料不足がやってくる

ヒトは少なくならなければならない
それなのにヒトは増え続ける

ヒューマニズムという考えのせいで
生きられるはずのない場所で
生きられるはずのない人々が
上限を超えて大量に生まれる

援助という名の下に
ヒトが増えるのを助け
その結果どうなるのかは
想像できないでいる

助けられた人たちは
食ベものさえ作れない場所で
収入を得るすべもなく
援助や保護をたよりに生きていく

援助や保護で暮らすことが
幸せにつながるわけもなく
汗水たらして働くあてもなく
援助や保護が永遠に続くわけもない

ヒトは少なくなったほうがいい
増え続けるだけではいけない

ヒトは意識しないで環境を壊し
生態系を壊して生物の生存を脅かす
森林を伐採して都合のよい植物を植え
機械を作り毒をまき散らす

美徳でヒトを救うのが
結果としてヒトを増やすなら悪徳で
意識して環境を守ろうとしても
無意識で環境を破壊する

ヒトの数が
100年かかって10倍に増えてしまったのなら
同じように
100年かかって10分の1 になってもいいのではないか

10倍に増えたのが嬉しくなかったように
10分の1 になるのも悲しくないかもしれない
減るのもそんなには悪くない

2種類の人間たち

女だから 男だからと 性別で分けられ
10代だから 60代だからと 年齢で分けられ
長髪だから 身なりが悪いからと 外見で分けられ
アフリカ系だから アジア系だからと 人種や肌の色で分けられ
日本人だから 韓国人だからと 国籍で分けられ
介護士だから プログラマーだからと 職業で分けられ
共産主義者だから イスラム教徒だからと 思想や宗教で分けられ
婚外子だから 母子家庭だからと 生まれや育ちで分けられ
障がい者だから 太っているからと 立場や状態で分けられ
うつ病だから HIV感染者だからと 病気で分けられと
私たちはなんだかんだで分けられる

でも人間には
まともな人間と
まともではない人間の
2種類しかない

どんなに私たちを分けようと
分けられたグループの両方に
まともな人間とまともではない人間が
入り込む

日本人のなかにも
まともな人間とまともではない人間がいる
日本人はみんなまともだとか
日本人はみんなまともでないとか
そんなことは絶対にない

イスラム教徒はみんなまともではないと言う人は
自分がまともでないのを知らない
黒人はみんなまともでないという白人は
自分が狂っているのがわからない

どういうふうに分けられてもいいし
どんなレッテルを貼られても構わないけれど
私は私
レッテルは私ではない

どんなグループにもまともでない人がいる
そして
どんなグループにもまともな人もいる

してもいいこと

品種改良のおかげで
寒冷地でも稲作ができるようになった

病気に強い種苗ができた
作物はおいしくなった
見ばえがよくなった
生産量が増えた

異なる品種のいちごを交配し
いちごの新しい品種を作る

品種改良はいいこと
そのことに疑問はこれっぽっちもなかった

どうしたらもっと良くなるか

作物の遺伝子を切り取って
別の作物に組み込んでみた

切り取った遺伝子を並び替えて
もとの作物に戻してみた

もっとおいしくなった
病気の心配のない種ができた
思うとおりの色や形になった
収益が上がった

品種改良は限りなく進む

除草剤に強い細菌の遺伝子を
作物の遺伝子に入れてやったら
除草剤に強い作物が生まれた

植物と細菌という
まったく違う生物が
ひとつになった気がした

植物でできたのなら動物でもできるはず
そう考える人たちがいて
動物の改良も進む

この種とあの種をかけ合わせれば
どの馬より速く走る馬が出来上がる
生まれた馬は美しく
走る姿は人々を興奮させた

種は改良され
優秀な動物が創り出された
出産がコントロールされ
動物の質は保証された
病気は減り
動物の苦しみは軽減した

動物の遺伝子は複雑で
植物ほどにはうまくいかない
それでも科学の進歩はすさまじく

動物の遺伝子を切り取って
別の動物に組み込んでみた

切り取った遺伝子を並び替えて
もとの動物に戻してみた

優秀な動物があっという間に創り出され
動物の質は完璧に保証され
病気はなくなり動物は長生きになった

動物でできたのなら人でもできるはず
そう考えて
人の改良が始まる

この人とあの人をかけ合わせれば
誰より優秀な人が出来上がる
生まれた人はすばらしく
その能力は人々を興奮させる

人の改良は続き
人は人以上の存在になっていく
出産はコントロールされ
創られた人の質は保証された
病気は減り
苦しみは減っていく

人の遺伝子は複雑で
動物ほどにはうまくいかない
それでも科学の進歩はすごく

人の遺伝子を切り取って
別の人に組み込んでみた

切り取った遺伝子を並び替えて
もとの人に戻してみた

想像以上の優秀な人があっという間に創り出され
その質は完璧に保証され
病気はなくなり創られた人は信じられないくらい長生きになった

選ばれる人間がいて
選ばれない人間がいて
選ぶ人間がいる
誰が選ばれて
誰が選ばれない
そして誰が選ぶのか

質の高い人が子孫を多く残す
質の低い人が子孫を残さない
そんなことが実施されようとしたとき
質の高い人というのが誰で
質の低い人というのが誰なのか
そんなことを誰が決めるのか
誰も答えられなくなった

才能ある人々同士の結婚出産が奨励され
病気を抱える人々の出産は抑制される
そんなことを決める人間もいて
悪の園が拡がった
アングロサクソンが優秀だとか
ゲルマン民族が優秀だとか
あれとあれをかけ合わせなければとか
あれはみんな殺さなければとか

勝つのが優秀で
負けるのがぼんくらで
でも勝つ人は
負ける人がいなければ
勝つことはできない

いい音楽を作るのも優秀で
いい音楽を聴いているのはぼんくらで
でも聴く人がいなければ
音楽に意味はない

品種改良を始めた時に
こうなってしまうのはわかっていたのだ
人間が進歩を愛した時から
この悲劇は始まっていたのだ

思い上がった人間は
ビールスがやってくると
それが人をおびやかすと思い込む
ヒトゲノムの約半分は
ウイルスとウイルスもどきの遺伝子配列なのに
人にとって大切なものだというのが基本なのに
まるでいらないもののように扱い
退治することしか考えない
人とビールスがひとつのものだということを
忘れている

私たちは地球の持ち主ではない
神でもない
他の生き物をかけ合わせたり作り変えたりするのは
私たちの役割ではない
私たちは私たちを生きればいいのだ

四本裕子

駒場の1年生の心理学の講義で、最初にやるんですよ。血液型性格判断がいかに正しくないか、科学的じゃないか。でも、結構な数の子があれでショックを受けちゃうんですよね。今まで信じてましたって。でも、サイエンスとしての心理学の講義をとる以上、そこのところはちゃんとしてほしいです。血液型性格判断は、もう100パーセント非科学的なんですけど、ただ、血液型性格判断を信じてしまう人の心理っていうのは、おもしろい研究対象ではありますね。

黒川伊保子

男性と女性では異性に関して、「感じる能力」に大きな差があり、大抵の場合、女性のほうが高くなっています。それもそのはず。女性は、子どもを産むのに命がけです。種によっては1回の生殖に2~3年もかかるのです。
一般的に女子の方が「恋の確信が深く」、「相手に厳しい」のはこのためです。厳選した遺伝子の相手に一時期はしっかりほれるけども、恋の興奮が去った後に相手の「あら探し」をはじめるのは種の戦略なのです。
一方男性は、生殖に関して命を失うことはほとんどなく、時間でいえば、30分もあれば済むので、「異性のあら探し」をしないのです。とくにプライベートエリア内(手の届く範囲)に入ってきた異性に関して、とてもとても観察力が低いです。バストやヒップが豊かでウェストがくびれている、などという「女性ホルモン分泌の証し」となるポイントには刺激を受けるものの、彼女の表情や髪型になんて、とんと意識が行きません。細かいあら探しはせずに、目の前の異性が発情すれば、これに応えて、鷹揚に発情してやる、という感じです。
女性からしたらそんな簡単に…・・・とビックリする話ですが、男性脳の観察力の低さは、生殖能力の高さの証しなんです。

M. Cem Özmen

Since AI applications do not have conscious abilities, free will, and autonomy as in the same sense of the ones seen in the human beings, they cannot be held morally responsible.

Walter Veit

As many economists have pointed out, there are measures, largely through institutional design, that human populations can take to prevent a cultural spread of cheating. But what can non-human groups of organisms do against the spread of cheaters: that is, individuals that —unlike cooperators within the group— do not contribute to the collective good? Indeed, how is it possible at all that multicellular organisms such as ourselves evolved, if we are nothing but a highly integrated and cooperative group of individual cells? It turns out that the answer may force us to see cheats not as the doom, but rather as the savior of cooperation!

丘の上のお医者さん

精子は、運動能力のある生殖細胞です。頭部、中片部、尾部で構成されています。精子は、精巣で作られて精管を通って尿道まで運ばれます。精子の大きさは、およそ0.06mm。射精され膣に入った精子は、卵子と出会うために卵管をめざして子宮内を進んでいきます。子宮内腔が約7cm、卵管の長さが約10cmですから、精子にとっては長い旅のようなものです。
しかも、かなり過酷な旅です。一度に射精される精子の数は、2~3億個と言われていますが、女性の膣内は細菌やウイルスが侵入しないように酸性度の高い状態に保たれているので、酸から精子を守るアルカリ性の液体(精漿/せいしょう)に守られながらも精子の99.9999%~99.99999%は子宮に到達する前に死滅。卵子の目前までたどり着ける精子はおよそ数十~数百個と言われています。

筆洗

人間は善と悪の心を併せ持っていて絶対的な善人も悪人もいないというのが一般的な見方だろう。そう信じたくもある。
精神医学者のフランクルは第二次世界大戦中のユダヤ人強制収容所での過酷の日々から異なる考えに行き着いた。「この世にはふたつの人間の種族しかいない。まともな人間とまともではない人間」(『夜と霧』)
ナチスの人間の中にもユダヤ人のために自腹を切って薬を買い与える者もいる。ユダヤ人の中にも同じ境遇に苦しむユダヤ人をさいなむ者もいる。極限の状況下、追い詰められた人間は善か悪かのいずれかを選ぶようになると書いている。
信じたくないが、フランクルの考えに傾きたくなる。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、その困難に便乗した詐欺電話が相次いでいるという。いつだって詐欺は許せないが、人が助け合うべきときである。邪なたくらみに腹が立ってしかたがない。
電話をかけてきて、助成金や見舞金が出ると偽り、現金をだまし取ろうとする手口。「マスクを送付します」と、人の弱みにつけこんだ言葉で気を引くケースもあるという。
一カ月半ほど前、何人かの読者から使ってとマスクが小欄宛てに郵送されてきた。世の中にはこんなことができる人がいる。胸がいっぱいになる。残念だが、別の「種族」もいる。妙な電話にはくれぐれもお気をつけいただきたい。

Richard A. Kaslow

CMV Cytomegalovirus
EBV Epstein-Barr virus
HAV Hepatitis A virus
HBV Hepatitis B virus
HCV Hepatitis C virus
HDV Hepatitis D virus
HEV Hepatitis E virus
HIV Human Immunodeficiency Virus
HPV Human papillomavirus
HTLV-1 Human T-cell leukemia virus type 1
HTLV-2 Human T-cell leukemia virus type 2
RSV Respiratory Syncytial virus

森内昌子, 森内浩幸

ヒトの平均寿命が50 歳を過ぎたのは先進工業国においてすら、つい一世紀前のことである。長い進化の歴史の中では、50 歳を越す例外的に長命の人のさらに20人に一人がかかる病気である。病原性は限りなくゼロに近かった。長寿の今だからこそ、無視できない意味合いを持つのである。現代医学を以てしても非常に予後不良の疾患の発症を予防するために最も効果的な方法は、キャリア母体からの母乳哺育を止め、児のキャリア化を防ぐことである。
ところで、両者の関係はウイルス側からみても悪い方向に行っている。実はこのウイルスは自然減の途上にあるみたいなのだ。元々ヒトは 2 歳くらいまでは完全母乳哺育を行い、4 ∼ 5 歳くらいまでは母乳を飲んでいた。・・・今では5ヵ月頃から離乳食を開始し、平均 10 カ月頃までには卒乳するので、ウイルスにとって伝播のチャンスが少なくなってしまった。長崎県のデータは授乳期間の長さが母子感染率に大きくかかわることを示した(感染率は長期母乳>短期母乳>完全人工栄養の順)が、実はこのウイルスは私たちの生活の変化に伴う自然発生的な「短期母乳」効果で、キャリア率は年々減ってきているのだ。
・・・生物学的な進化の歩みに比べて、私たち社会の変化は著しく、共進化してきたはずの微生物との間にすれ違いや軋みが生じている現状は、今後どのように展開していくのだろうか?次の世代に思いを馳せると嘆息が絶えない。

母子感染するウイルス:共生か矯正か(PDF ファイル)

中屋敷均

ウイルスは、意思を持って行動しているわけではないので、仲間を作ろうとか、他のウイルスと仲良くやろうとか、言ってしまえば、自分を増やしていこうとも思っていない。
ウイルスの全てが病気の元になっているわけではない。ウイルスがあることによって何かしらの役に立っているものもある。

  • 子宮の胎盤形成に必須の遺伝子の一つがウイルス由来。その遺伝子がなければ胎盤は正常には作れない。
  • ヘルペスがいることで他の菌に感染しにくくなっているというように、あるウイルスのおかげで他のウイルスや菌に対して強くなっていることがある。

ウイルスは基本的にエネルギーを作ったりはしない。自身では設計図を持っているだけで、それを誰かに渡して遺伝子産物や子孫を作ってもらっている。自分の製品をより多く作ってくれるところへ潜んでいき、そこで設計図を渡す。だからウイルス自身が何か生産的なことをしているというより、宿主の細胞に働きかけて上手にそのシステムを利用しているイメージだ。
自身を増やす過程で、自分を排除しようとするものから巧妙に逃れる性質がある。この活動があるからこそ、ウイルスは増えていき、その結果、病気を引き起こすことにもつながっている。
自分では動けない、しかし自身を増やすことはできる。何をもって“生きている”と定義するかによるのですが、進化をして、子孫を残すという性質を重視すれば、生きていると考えることもできる。

近衛忠輝

人類は,農耕,牧畜等によって自ら食糧を確保する手段を身に付けるにつれて,次第に行動圏を拡げ人口を増やしてきた。それでも,食糧の絶対量の制約や.戦争,疫病による死亡率が高かったために,人口の白然増加は中世まではなだらかなものであった。西暦元年の2.5億人は,ようやく1600年かかって倍の5億人になっている。そのころヨーロッパでは,新大陸からもたらされたトウモロコシや馬鈴薯が急速に広まり,食糧不足はやがて解消して1830年には人口は10億に倍増した。その後の環境衛生,医学の進歩と生活水準の向上は,今世紀に入っての人口の爆発的な増加をもたらした。そして人類による大規模な環境や生態系の破壊は,今や地球上の全ての生物の生存を脅かすに至っている。
途上国では伐採された樹木の10分の1から20分の1しか植林されず,その結果2000年までに毎日100種類の動植物が死滅するという。人類が自ら招いた災難に苦しむのは自業自得であるが,とばっちりで死滅した動植物からみれば,これは明らかに人災である。それを“天災”と偽って,責任を天になすり付けるようなことがあれば,抹殺された生物は浮かばれないだろうし,それこそ天罰だって下りかねない。

Benjamin Radford

It is true that individual cells have a finite life span, and when they die off they are replaced with new cells. There are between 50 and 75 trillion cells in the body. Each type of cell has its own life span, and when a human dies it may take hours or day before all the cells in the body die.
Red blood cells live for about four months, while white blood cells live on average more than a year. Skin cells live about two or three weeks. Colon cells have it rough: They die off after about four days. Sperm cells have a life span of only about three days, while brain cells typically last an entire lifetime (neurons in the cerebral cortex, for example, are not replaced when they die).

David Brooks

Pandemics Kill Compassion, Too
You may not like who you’re about to become.

Some disasters, like hurricanes and earthquakes, can bring people together, but if history is any judge, pandemics generally drive them apart. These are crises in which social distancing is a virtue. Dread overwhelms the normal bonds of human affection.

The 1918 flu pandemic contributed to a kind of spiritual torpor afterward. People emerged from it physically and spiritually fatigued. The flu had a sobering and disillusioning effect on the national spirit.
There is one exception to this sad litany: health care workers. In every pandemic there are doctors and nurses who respond with unbelievable heroism and compassion. That’s happening today

平林たい子

われわれは、親ゆずりの物質的財産で威張るやつを軽蔑するのに、親から貰った美貌で威張ったり得をしたりする人間をどうして軽蔑してはいけないのか。

Audrey Hepburn

For beautiful eyes, look for the good in others; for beautiful lips, speak only words of kindness; and for poise, walk with the knowledge that you are never alone.

Mary Beard

You cannot easily fit women into a structure that is already coded as male; you have to change the structure. That means thinking about power differently. It means decoupling it from public prestige. It means thinking collaboratively, about the power of followers not just of leaders. It means, above all, thinking about power as an attribute or even a verb (‘to power’), not as a possession.

木村荘八

 俳優の「顔」には「地顔」と云われたものがあって、今云う素顔ですが、昔の女形は、小屋へ入っても舞台へ立つ迄は相手の立役と顔を合せないようにしたものだと云います。色気が醒めては舞台の情合いがうつらないから、「楽屋」つまり地顔は、見せないようにしたと云う。名優柏筵の言葉として伝えられるものにも「地顔は悪ければ見せず、舞台にて日本全国人に見すべし」というのがあります。これは見識もさることながら、昔はこの「地顔」と「舞台顔」を分けること、それが却って「役者渡世」の定法だったものでしょう。
 云うことをすぐ手前事の仕事へ引いて来るのはいけないかもしれませんが、絵の方で、仕事に習作・制作の区別を立てます。習作が先ず概して云う自然写生のもの、制作がそれから離れた画室仕事のわけで「習作は悪ければ見せず、制作にて日本全国人に見すべし」、云わばこの柏筵の信条とも見まがう言葉は、フランスのドラクロアの日記などに同じ意味を再三散見します。習作は決して手離してはいけない、手離すには、制作に代えてからでなければいけない、と云うなど。
 更にこれも絵の方で云いなぞらえると、明治・大正からかけてこっちは、展覧会などに、習作つまり仕事の「地顔」をそのまま出陳する風が不思議でなくなって、「制作」の方は、特別のよそ行きのような感じになった傾向が、少なくないかもしれません。
 絵の方は、それでも立ったかも知れませんが、俳優の地顔・舞台顔の混合にいたって、これには、どこ迄も確然と区別ありたきものです。地顔の、高がいわゆる「イイオトコ」位のことで、そのまま舞台に立たれた日には、劇は持ちません。映画の人がこれでよく「実演」というものを見せますが、実演という言葉からしていけない。劇は実は「実演」であってはいけないでしょう。ウソを演じて実以上に美化するものでなければ「芸」でないことは、申すまでもない。

高村光太郎

顔は誰でもごまかせない。顔ほど正直な看板はない。顔をまる出しにして往来を歩いている事であるから、人は一切のごまかしを観念してしまうより外ない。いくら化けたつもりでも化ければ化けるほど、うまく化けたという事が見えるだけである。一切合切投げ出してしまうのが一番だ。それが一番美しい。顔ほど微妙に其人の内面を語るものはない。性情から、人格から、生活から、精神の高低から、叡智の明暗から、何から何まで顔に書かれる。閻羅大王の処に行くと見る眼かぐ鼻が居たり浄玻璃の鏡があって、人間の魂を皆映し出すという。しかしそんな遠い処まで行かずとも、めいめいの顔がその浄玻璃の鏡である。寸分の相違もなく自分の持つあらゆるものを映し出しているのは、考えてみると当然の事であるが、又考えてみるとよくも出来ているものだと感嘆する。仙人じみた風貌をしていて内心俗っぽい者は、やはり仙人じみていて内心俗っぽい顔をしている。がりがりな慾張でいながら案外人情の厚い者は、やはりがりがりでいて人情の厚い顔をしている。まじめな熱誠なようでいて感情に無理のあるものは、やはり無理のある顔をしている。お山の大将はお山の大将、卑屈は卑屈。争われない。だから孔子や釈迦や基督の顔がどんなに美しいものであったかという事だけは想像が出来る。言う迄もなく顔の美しさは容色の美しさではない。容色だけ一寸美しく見える事もあるが、真に内から美しいのか、偶然目鼻立が好いのかはすぐ露れる。世間並に言って醜悪な顔立に何とも言えない美しさが出て居たり、弁天様のような顔に卑しいものが出て居たり、万人万様で、結局「思無邪」の顔が一番ありがたい。自分なども自画像を描く度にまだだなあと思う。顔の事を考えると神様の前へ立つようで恐ろしくもあり又一切自分を投出してしまうより為方のない心安さも感じられる。

伊丹万作

私の顔も私の死ぬる前になれば、これはこれなりにもう少ししつくりと落ちつき、今よりはずつと安定感を得てくるに相違ない。
だから私は鏡を見て自分の顔の未完成さを悟るごとに、自分の死期はまだまだ遠いと思つて安心するのである。

Mike Adams

Life on Earth in its rawest natural form is fraught with countless dangers and immediate threats to your existence. Numerous toxic metals and compounds are found almost everywhere on this planet in some concentration. However, potentially poisonous forms of mercury, lead, cadmium, arsenic, aluminum, copper, tin, tungsten, chromium, beryllium and other elements are increasingly found in our post-industrial environment.
As elements, they are not destroyed in mundane Earthly environments (although they can be transmuted through nuclear fusion in exploding stars), but until the industrial revolution accelerated mining and pollution operations across the planet, most toxic heavy metals were buried deep underground, far from the concerns of simple human civilizations. As human industry expanded in the 19th and 20th centuries, toxic heavy metals were mined, smelted and added to any number of products that released those metals directly into the environment. Leaded gasoline, for example, released lead directly into the air with every stroke of the combustion engine. Mercury fillings resulted in thousands of tons of mercury being expelled into the atmosphere as the bodies of those who passed away were cremated. Lead arsenate was also widely used as a pesticide on orchards and food crops across North America for much of the 19th century.

ウィキペディア

「絶滅」の原因として考えられているものは、自然現象によるものと、人類自身の活動の結果によるものの二つに分けられる。自然現象としては隕石衝突やスーパーボルケーノによるものなどが考えられるが、これらが発生して人類が滅亡に追い込まれる事態が起きる確率は極めて低いと考えられている。
人為的なものとしては、核によるホロコーストや生物兵器戦争、パンデミック、人口過多、生態系の崩壊、地球温暖化などの仮説シナリオが提唱されている。

Michael J. Dougherty

From a biological perspective, there is no such thing as devolution. All changes in the gene frequencies of populations–and quite often in the traits those genes influence–are by definition evolutionary changes. The notion that humans might regress or “devolve” presumes that there is a preferred hierarchy of structure and function–say, that legs with feet are better than legs with hooves or that breathing with lungs is better than breathing with gills. But for the organisms possessing those structures, each is a useful adaptation.
Nonetheless, many people evaluate nonhuman organisms according to human anatomy and physiology and mistakenly conclude that humans are the ultimate product, even goal, of evolution. That attitude probably stems from the tendency of humans to think anthropocentrically, but the scholarship of natural theology, which was prominent in 18th-and 19th-century England, codified it even before Lamarck defined biology in the modern sense. Unfortunately, anthropocentric thinking is at the root of many common misconceptions in biology.

Steven Pinker

Nor is intellectual culture equipped to treat the Negativity bias. Indeed, our vigilance for bad things around us opens up a market for professional curmudgeons who call our attention to bad things we may have missed. Experiments have shown that a critic who pans a book is perceived as more competent than a critic who praises it, and the same may be true of critics of society. “Always predict the worst, and you’ll be hailed as a prophet,” the musical humorist Tom Lehrer once advised. At least since the time of the Hebrew prophets, who blended their social criticism with forewarnings of disaster, pessimism has been equated with moral seriousness. Journalists believe that by accentuating the negative they are discharging their duty as watchdogs, muckrakers, whistleblowers, and afflicters of the comfortable. And intellectuals know they can attain instant gravitas by pointing to an unsolved problem and theorizing that it is a symptom of a sick society.

Ernst Mayr

Darwin developed a new view of humanity and, in turn, a new anthropocentrism. Of all of Darwin’s proposals, the one his contemporaries found most difficult to accept was that the theory of common descent applied to Man. For theologians and philosophers alike, Man was a creature above and apart from other living beings. Aristotle, Descartes and Kant agreed on this sentiment, no matter how else their thinking diverged. But biologists Thomas Huxley and Ernst Haeckel revealed through rigorous comparative anatomical study that humans and living apes clearly had common ancestry, an assessment that has never again been seriously questioned in science. The application of the theory of common descent to Man deprived man of his former unique position.

為末大学

皆すごいものを見たいと思うが、すごいものは飽きるのも一瞬だ。もはやAI囲碁の「Alpha Go(アルファー碁)」に注目する人は少なくなった。人が飽きずに夢中になるのは、人間同士の競争であり、その競争に夢中になるのは共感があるからだ。共感を生むには、どこかしら自分自身を投影したものである必要がある。あまりに距離ができるとすごいとは思うけれども、何度も見たいとは思わなくなってしまい、そうなればスポーツの商業的価値も、もしかしたら根源的価値も失われてしまうかもしれない。
以前、私たちは人類はどこまで行けるのだろうとワクワクしながらスポーツを見ていた。ところが科学技術が発展すると、能力開発のためにさまざまなことが可能になった。現在のドーピングはまだかわいいもので、将来的には遺伝子ドーピング、デザイナーベイビーの誕生にどう対処するかが議論されている。
人類はどこまで行けるだろうという問いから、人類はどこまで行ってもいいのだろうかという問いに変わりつつある。人為的なものと、自然なものをどう捉えるのかが重要になってくると私は考えている。

Marty Nemko

Here are some dangerous thoughts clients have revealed to me.

  • Deep down, I care mainly about myself.
  • My family gives me more pain than pleasure.
  • The liabilities of getting married outweigh the benefits.
  • I’m terrified of the physical pain of having a baby and then the enormous sacrifice it takes to be a parent—Your life is no longer your own. And it costs a fortune.
  • I’m tempted to cheat on my spouse.
  • Deep down, my failures aren’t caused by all those externalities I cite. Fact is, I am not very competent nor motivated. Plus, I’m a handful. If I were my boss, I’d replace me.
  • I’m tempted to commit a crime.
  • I claim to be an artist but really that’s just a socially acceptable excuse for not getting a real job.
  • I say I can stop abusing substances but I always seem to fall off the wagon.
  • I spend too much.
  • I’m a hypocrite. For example, I say I believe in mass transit but avoid it as much as possible. I love my car.
  • I’m nice but I’m not sure how good I am.
  • I try to believe in God but deep down I know there is no God.
  • I hate men.
  • I hate women.
  • I tell my kids to work hard at school but much of what they’re taught really isn’t important.
  • I’m not as honest as I appear.
  • I talk too much even it bothers people. I like to talk.
  • Sex has become boring.
  • I wish I never married that person.
  • I regret having children.
  • I wouldn’t sacrifice as much for my spouse as s/he would for me.
  • Therapy has given me insight but my life is no better.
  • I waste too much time.
  • I sound surer of myself than I really am. It’s kind of an act.
  • I wear weird clothes and tattoos because I think it’s the only way I can stand out.
  • I claim to celebrate diversity but I disdain or at least avoid people and media with political views I disagree with.
  • I like my dog better than I like most people.
  • It’s easier to get along with people of my own background..
  • Society’s focus on race and gender seems to be polarizing us more.
  • Providing health coverage for everyone will reduce my access to health care. That’s scary and I resent that.
  • I’m afraid of a painful dying process.

Dave Grossman

Indeed, the study of killing by military scientists, historians, and psychologists gives us good reason to feel optimistic about human nature, for it reveals that almost all of us are overwhelmingly reluctant to kill a member of our own species, under just about any circumstance. Yet this understanding has also propelled armies to develop sophisticated methods for overcoming our innate aversion to killing, and, as a result, we have seen a sharp increase in the magnitude and frequency of post-traumatic response among combat veterans. Because human beings are astonishingly resilient, most soldiers who return from war will be fine. But some will need help coping with memories of violence.

Dave Grossman(デーブ・グロスマン)

殺される恐怖より、むしろ殺すことへの抵抗感です。殺せば、その重い体験を引きずって生きていかねばならない。でも殺さなければ、そいつが戦友を殺し、部隊を滅ぼすかもしれない。殺しても殺さなくても大変なことになる。
この抵抗感をデータで裏付けたのが米陸軍のマーシャル准将でした。第2次大戦中、日本やドイツで接近戦を体験した米兵に『いつ』『何を』撃ったのかと聞いて回った。驚いたことに、わざと当て損なったり、敵のいない方角に撃ったりした兵士が大勢いて、姿の見える敵に発砲していた小銃手は、わずか15~20%でした。いざという瞬間、事実上の良心的兵役拒否者が続出していたのです。
  (なぜでしょう。)
同種殺しへの抵抗感からです。それが人間の本能なのです。多くは至近距離で人を殺せるようには生まれついていない。それに文明社会では幼いころから、命を奪うことは恐ろしいことだと教わって育ちますから。
発砲率の低さは軍にとって衝撃的で、訓練を見直す転機となりました。まず射撃で狙う標的を、従来の丸型から人型のリアルなものに換えた。それが目の前に飛び出し、弾が当たれば倒れる。成績がいいと休暇が3日もらえたりする。条件付けです。刺激―反応、刺激―反応と何百回も射撃を繰り返すうちに、意識的な思考を伴わずに撃てるようになる。発砲率は朝鮮戦争で50~55%、ベトナム戦争で95%前後に上がりました。

Siddhartha Mukherjee

Every genetic “illness” is a mismatch between an organism’s genome and its environment. In some cases, the appropriate medical intervention to mitigate a disease might be to alter the environment to make it “fit” an organismal form (building alternative architectural realms for those with dwarfism; imagining alternative educational landscapes for children with autism). In other cases, conversely, it might mean changing genes to fit environments. In yet other cases, the match may be impossible to achieve: the severest forms of genetic illnesses, such as those caused by nonfunction of essential genes, are incompatible with all environments. It is a peculiar modern fallacy to imagine that the definitive solution to illness is to change nature—i.e., genes—when the environment is often more malleable.

Daniel E. Lieberman

By comparing genetic variation among humans from around the globe, geneticists can calculate a family tree of everyone’s relationships to one another, and by calibrating that tree, estimate when everyone last shared a common ancestor. Hundreds of such studies using data from thousands of people concur that all living humans can trace their roots to a common ancestral population that lived in Africa about 300,000 to 200,000 years ago, and that a subset of humans dispersed out of Africa starting about 100,000 to 80,000 years ago. In other words, until very recently, all human beings were Africans. These studies also reveal that all living humans are descended from an alarmingly small number of ancestors. According to one calculation, everyone alive today descends from a population of fewer than 14,000 breeding individuals from sub-Saharan Africa, and the initial population that gave rise to all non-Africans was probably fewer than 3,000 people. Our recent divergence from a small population explains another important fact, one that every human ought to know: we are a genetically homogenous species.

GU


ツイード中綿ブルゾン
秋冬スタイルをクラスアップさせるツイード素材のブルゾン。保温性のある中綿入りなので、寒い季節に活躍してくれます。

表地:ポリエステル58%・アクリル21%・
 毛7%・レーヨン5%・綿5%・ナイロン4%
中綿:ポリエステル100%
裏地:ポリエステル100%

山木聖

1998年にブームを巻き起こした
ユニクロのフリースは
ポリエステル100%。
ユニクロのヒートテック素材は
ポリエステル、アクリル、
レーヨン、ポリウレタンの混紡。

プラなし生活

  • 化学合成繊維 ー 合成繊維は,ファイバー状(繊維状)のプラスチック。衣服、カーペット、毛布、カーテンなど。合成繊維の世界生産は天然繊維の生産を超えている。
  • 1回の洗濯で70万本のマイクロファイバー ー ポリエステル製の毛布,フリース,シャツを洗濯したところ,フリースがもっともマイクロプラスチックファイバーを放出し,1回の洗濯で1点の衣服から最大1900本以上のファイバーが放出された。
  • 下水処理場をすり抜けるマイクロファイバー ー ポリエステル(67%),アクリル(17%),ナイロン(16%)
  • 世界中の海から見つかるマイクロプラスチックファイバー ー ポリエステル,アクリル,ナイロン。。。

植木創太

普段何げなく行っている洗濯。その都度、衣服からはがれた糸くずが、マイクロプラスチックとなって川や海に流れ出ている。。。
マイクロプラスチックは、直径五ミリメートル以下の微小なプラスチックごみ。海洋汚染の原因としてペットボトルやレジ袋の破片などが知られているが、実は石油由来の合成繊維も少なくない。フリースは合成繊維のポリエステル製。洗濯ネットの糸くずはすべてマイクロプラスチックだった。 。。。
ポリエステルやナイロン、アクリルなどの合成繊維は綿やウールなどの天然繊維と違い、自然界で分解されない。燃えにくくしたり、耐久性を上げたりするためにさまざまな化学物質も添加される。これらを魚などが食べている。。。
このままの量を海へ排出し続ければ、生態系への影響も考えられる。

Daniel E. Lieberman (ダニエル・E・リーバーマン)

We didn’t evolve to be healthy, but instead we were selected to have as many offspring as possible under diverse, challenging conditions. As a consequence, we never evolved to make rational choices about what to eat or how to exercise in conditions of abundance and comfort. What’s more, interactions between the bodies we inherited, the environments we create, and the decisions we sometimes make have set in motion an insidious feedback loop. We get sick from chronic diseases by doing what we evolved to do but under conditions for which our bodies are poorly adapted, and we then pass on those same conditions to our children, who also then get sick. If we wish to halt this vicious circle then we need to figure out how to respectfully and sensibly nudge, push, and sometimes oblige ourselves to eat foods that promote health and to be more physically active. That, too, is what we evolved to do.

私たち人間は、健康になるように進化したのではない。困難の多い多様な条件のもとでできるだけ多くの子を持てるようにと自然選択の作用を受けたのである。結果として、私たちは何不自由のない快適な条件のもとで何を食べ、どれだけ運動するかについて、合理的な選択ができるようには進化していない。そしてさらに重要なことに、私たちが受け継いだ身体と、私たちが築いている環境と、私たちがときに選んでしまう判断との相互作用によって、いつのまにか危険なフィードバックループが動きだしてきた。私たちが慢性病にかかるのは、人間が進化の過程でしてきた行動を、身体があまりよく適応していない条件のもとでやってしまうからであり、しかも私たちがそれらの条件をそのまま子供たちに受け渡すので、子供もまた同じ病にかかってしまうのだ。この悪循環を断ち切りたいなら、どうにかして丁寧かつ賢明に、軽い後押しや強い推奨、あるいは強制的な義務化も駆使したりして、人々にもっと健康を増進する食物を食べること、もっと活発に身体を動かすことをやらせなければならない。それもまた、まぎれもなく人間が進化の過程でしてきた行動なのである。

ダニエル・E・リーバーマン

そうした進化論的な視点から見ると、現在のダイエットやフィットネスのプログラムが成功しないのは想定内で、事実、ほとんどが失敗している。それもそのはず、私たちがドーナツを食べたがるのもエレベーターを使いたがるのも原始的な衝動から来ることで、かつて適応的だったそれらの衝動にどう対抗していいかを、私たちはいまだに知らないからである。しかも、身体のなかにはいくつもの適応がごちゃごちゃに詰め込まれていて、そのすべてにプラス面とマイナス面があり、いくつかは互いに衝突もするから、完璧で最適な単一のダイエットプログラムやフィットネスプログラムなんてものは存在しない。私たちの身体は、いわば妥協の集積なのである。

Daniel E. Lieberman

An evolutionary perspective predicts that most diets and fitness programs will fail, as they do, because we still don’t know how to counter once-adaptive primal instincts to eat donuts and take the elevator. Further, because the body is a complex jumble of adaptations, all of which have costs and benefits, and some of which conflict with one another, there is no such thing as a perfect, optimal diet or fitness program. Our bodies are full of compromises.

Jean-Paul Sartre

Atheistic existentialism, of which I am a representative, declares with greater consistency that if God does not exist there is at least one being whose existence comes before its essence, a being which exists before it can be defined by any conception of it. That being is man or, as Heidegger has it, the human reality. What do we mean by saying that existence precedes essence? We mean that man first of all exists, encounters himself, surges up in the world – and defines himself afterwards. If man as the existentialist sees him is not definable, it is because to begin with he is nothing. He will not be anything until later, and then he will be what he makes of himself. Thus, there is no human nature, because there is no God to have a conception of it. Man simply is. Not that he is simply what he conceives himself to be, but he is what he wills, and as he conceives himself after already existing – as he wills to be after that leap towards existence. Man is nothing else but that which he makes of himself.

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Dostoevsky once wrote: “If God did not exist, everything would be permitted”; and that, for existentialism, is the starting point. Everything is indeed permitted if God does not exist, and man is in consequence forlorn, for he cannot find anything to depend upon either within or outside himself. He discovers forthwith, that he is without excuse. For if indeed existence precedes essence, one will never be able to explain one’s action by reference to a given and specific human nature; in other words, there is no determinism – man is free, man is freedom. Nor, on the other hand, if God does not exist, are we provided with any values or commands that could legitimise our behaviour. Thus we have neither behind us, nor before us in a luminous realm of values, any means of justification or excuse. – We are left alone, without excuse.

Stephen Hawking

We are each free to believe what we want and it is my view that the simplest explanation is there is no God. No one created the universe and no one directs our fate. This leads me to a profound realisation. There is probably no heaven, and no afterlife either. We have this one life to appreciate the grand design of the universe, and for that, I am extremely grateful.

Richard Dawkins

This book should be read almost as though it were science fiction. It is designed to appeal to the imagination. But it is not science fiction: it is science. Cliche or not, ‘stranger than fiction’ expresses exactly how I feel about the truth. We are survival machines – robot vehicles blindly programmed to preserve the selfish molecules known as genes. This is a truth which still fills me with astonishment. Though I have known it for years, I never seem to get fully used to it. One of my hopes is that I may have some success in astonishing others.

Nessa Carey

Audrey Hepburn was one of the 20th century’s greatest movie stars. Stylish, elegant and with a delicately lovely, almost fragile bone structure, her role as Holly Golightly in Breakfast at Tiffany’s has made her an icon, even to those who have never seen the movie. It’s startling to think that this wonderful beauty was created by terrible hardship. Audrey Hepburn was a survivor of an event in the Second World War known as the Dutch Hunger Winter. This ended when she was sixteen years old but the after-effects of this period, including poor physical health, stayed with her for the rest of her life.

井上宗典

DNA型鑑定は1985年に英国で開発され、日本では89年に警察庁の科学警察研究所が初めて導入した。
当初は塩基配列の一部だけを調べる「MCT118型検査法」が採用されたが、当時の識別率は「1000人に1.2人」。2003年に「STR型検査法」が導入され、精度が向上した。
今年4月、全国の警察に米国製の新たな検査薬が一斉導入され、染色体の検査部位が15か所から21か所に増えた。識別率は「4兆7000億人に1人」から「565京人に1人」に飛躍的に高まり、「万人不同」と言われる指紋とも遜色がないレベルになった。
警察による1年間のDNA型鑑定件数は、1992年は22件だったが、昨年は29万715件。凶悪事件だけでなく、空き巣などの窃盗でも活用されている。
警察庁は、容疑者や遺留物から採取したDNA型をデータベース化しており、これまでに照会で一致した容疑者は6万3118人に上る。
15年4月からは、身元確認のためのDNA型のデータベースの運用を始め、事件や事故に巻き込まれた恐れがある「特異行方不明者」などのDNA型が登録されている。

Nicholas Wade

In the first place, opposition to racism is now well entrenched, at least in the Western world. It is hard to conceive of any circumstance that would reverse or weaken this judgment, particularly any scientific evidence. Racism and discrimination are wrong as a matter of principle, not of science. Science is about what is, not what ought to be. Its shifting sands do not support values, so it is foolish to place them there.
Academics, who are obsessed with intelligence, fear the discovery of a gene that will prove one major race is more intelligent than another. But that is unlikely to happen anytime soon. Although intelligence has a genetic basis, no genetic variants that enhance intelligence have yet been found. The reason, almost certainly, is that there are a great many such genes, each of which has too small an effect to be detectable with present methods. If researchers should one day find a gene that enhances intelligence in East Asians, say, they can hardly argue on that basis that East Asians are more intelligent than other races, because hundreds of similar genes remain to be discovered in Europeans and Africans.
Even if all the intelligence-enhancing variants in each race had been identified, no one would try to compute intelligence on the basis of genetic information: it would be far easier just to apply an intelligence test. But IQ tests already exist, for what they may be worth.
Even if it were proved that one race were genetically more intelligent than another, what consequence would follow? In fact, not much of one. East Asians score around 105 on intelligence tests, an average above that of Europeans, whose score is 100. A higher IQ score doesn’t make East Asians morally superior to other races. East Asian societies have many virtues but are not necessarily more successful than European societies in meeting their members’ needs.
The notion that any race has the right to dominate others or is superior in any absolute sense can be firmly rejected as a matter of principle and, being rooted in principle, is unassailable by science. Nonetheless, races being different, it is inevitable that science will establish relative advantages in some traits. Because of genetic variants, Tibetans and Andean highlanders are better than others at living at high altitudes. At every Olympic games since 1980, every finalist in the men’s 100-meter race has had West African ancestry. It would be no surprise if some genetic factor were found to contribute to such athleticism.

Helen Fisher

Since the beginning of formal diagnostics more than fifty years ago, the compulsive pursuit of gambling, food, and sex (known as non-substance rewards) have not been regarded as addictions. Only abuse of alcohol, opioids, cocaine, amphetamines, cannabis, heroin, and nicotine have been formally regarded as addictions. This categorization rests largely on the fact that substances activate basic “reward pathways” in the brain associated with craving and obsession and produce pathological behaviors. Psychiatrists work within this world of psychopathology—that which is abnormal and makes you ill.
As an anthropologist, I think they’re limited by this view. Scientists have now shown that food, sex, and gambling compulsions employ many of the same brain pathways activated by substance abuse. Indeed, the 2013 edition of the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (the DSM) has finally acknowledged that at least one form of non-substance abuse—gambling—can be regarded as an addiction. The abuse of sex and food have not yet been included. Neither has romantic love.
I shall propose that love addiction is just as real as any other addiction, in terms of its behavior patterns and brain mechanisms. Moreover, it’s often a positive addiction.
This Idea Must Die, edited by John Brockman. Used with permission.

Helen Fisher

I have come to believe that romantic love is an addiction — a perfectly wonderful addiction when it’s going well and a perfectly horrible addiction when it’s going poorly. And indeed it has all the characteristics of addiction: You focus on the person, you obsessively think about them, you crave them, you distort reality.

Michael Stebbins

Most of us know what love is (or at least we know what it feels like), but what makes us love and bond to one person is a mystery. There has been a lot of bile regurgitated over the issue of defining marriage and love, specifically on the issue surrounding whether marriage should be defined as a union between a man and a woman or whether gay couples should be afforded the same rights as heterosexual couples. Besides the pile of civil rights issues that drive the debate, there are some significant biological issues that have been raised about monogamy, and whether there is a biological reason why so many marriages fail. The divorce rate would seem to imply that there is at least the possibility that not all humans are biologically designed to be monogamous for life. Many blame this increasing trend of serial monogamy on immoral values being accepted by society. But it would appear as though a lot of what is being seen is not a case of immoral pursuits or a lack of value on the family unit, but an acceptance that things go wrong in marriages and people grow apart. Is this a reflection of biology?

Robert Plomin

Now, polygenic scores are transforming clinical psychology and psychological research because DNA differences across the genome can be used to predict psychological traits for each and every one of us.
No doubt some of these findings and their interpretation will be controversial. People worry about change, and polygenic scores will bring some of the biggest changes ever, as the DNA revolution sweeps over psychology in waves of polygenic scores. Although we touched on some of the concerns about the applications and implications of this new frontier, I am excited about these changes because they are full of potential for good, and we can avoid the hazards if we are alert to them.

Unconsciousness

Unconsciousness is a state which occurs when the ability to maintain an awareness of self and environment is lost. It involves a complete or near-complete lack of responsiveness to people and other environmental stimuli.
Loss of consciousness should not be confused with the notion of the psychoanalytic unconscious or cognitive processes (e.g., implicit cognition) that take place outside awareness, and with altered states of consciousness, such as delirium (when the person is confused and only partially responsive to the environment), normal sleep, hypnosis, and other altered states in which the person responds to stimuli.
Unconsciousness may occur as the result of traumatic brain injury, brain hypoxia (e.g., due to a brain infarction or cardiac arrest), severe poisoning with drugs that depress the activity of the central nervous system (e.g., alcohol and other hypnotic or sedative drugs), severe fatigue, anaesthesia, and other causes.

Unconscious mind (Wikipedia)

The unconscious mind (or the unconscious) consists of the processes in the mind which occur automatically and are not available to introspection, and include thought processes, memories, interests, and motivations.
Even though these processes exist well under the surface of conscious awareness, they are theorized to exert an impact on behavior. The term was coined by the 18th-century German Romantic philosopher Friedrich Schelling and later introduced into English by the poet and essayist Samuel Taylor Coleridge.
Empirical evidence suggests that unconscious phenomena include repressed feelings, automatic skills, subliminal perceptions, and automatic reactions, and possibly also complexes, hidden phobias, and desires.
The concept was popularized by the Austrian neurologist and psychoanalyst Sigmund Freud. In psychoanalytic theory, unconscious processes are understood to be directly represented in dreams, as well as in slips of the tongue and jokes.
Thus the unconscious mind can be seen as the source of dreams and automatic thoughts (those that appear without any apparent cause), the repository of forgotten memories (that may still be accessible to consciousness at some later time), and the locus of implicit knowledge (the things that we have learned so well that we do them without thinking).
It has been argued that consciousness is influenced by other parts of the mind. These include unconsciousness as a personal habit, being unaware, and intuition. Phenomena related to semi-consciousness include awakening, implicit memory, subliminal messages, trances, hypnagogia, and hypnosis. While sleep, sleepwalking, dreaming, delirium, and comas may signal the presence of unconscious processes, these processes are seen as symptoms rather than the unconscious mind itself.
Some critics have doubted the existence of the unconscious.

Sam Dresser

Though often charged to be prophets, not least by their own followers, neither Freud nor Jung founded new religions. They were not cult leaders, but imperious pioneers of the unconscious. There were both political and intellectual reasons that they needed one another in the early, heady days of discovery. For what they were seeking to illuminate was deeply strange, even if today it is an idea that has the worn familiarity of a cliché. The implication of the theory of the unconscious, as Richard Rorty once noted, is that there is something in us like another person that has just as good a claim to be ‘us’ as our conscious minds. Perhaps the intense oddness of the friendship between the two men reflects just how startling this idea was, and remains.

ウィキペディア

扁桃体(Amygdala)は、側頭葉内側の奥に存在するアーモンド形の神経細胞の集まり。情動反応の処理と記憶において主要な役割を持つことが示されており、大脳辺縁系の一部であると考えられている。
扁桃体と呼ばれる領域は、異なる機能的特徴を持った複数の神経核を含んでいる。このような神経核の中に、基底外側複合体、内側核、中心核、皮質核がある。
扁桃体から、視床下部に対しては交感神経系の重要な活性化信号を、視床網様体核に対しては反射亢進の信号を、三叉神経と顔面神経には恐怖の表情表現の信号を、腹側被蓋野、青斑核と外背側被蓋核にはドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンの放出の信号が出されている。
皮質核は嗅覚とフェロモンの処理に関わっている。皮質核は嗅球と嗅皮質から入力を受けている。

a&o buero, NHK

「愛」はただの感情ではなく、脳にも身体にも大きな変化を引き起こす。キスはアレルギーを緩和し、免疫システムを強化する。結婚は男性の寿命を長くしたりする。
「オキシトシン」という幸せホルモンは、スキンシップやセックスによって脳内で分泌されるが、親子の愛情や、母乳の量、乳児の発育にも影響を与える。

Denis Diderot

Diderot’s scarlet robe was beautiful. So beautiful, in fact, that he immediately noticed how out of place it seemed when surrounded by the rest of his common possessions. In his words, there was “no more coordination, no more unity, no more beauty” between his robe and the rest of his items. The philosopher soon felt the urge to buy some new things to match the beauty of his robe.
He replaced his old rug with a new one from Damascus. He decorated his home with beautiful sculptures and a better kitchen table. He bought a new mirror to place above the mantle and his “straw chair was relegated to the antechamber by a leather chair.”
These reactive purchases have become known as the Diderot Effect.
The Diderot Effect states that obtaining a new possession often creates a spiral of consumption which leads you to acquire more new things. As a result, we end up buying things that our previous selves never needed to feel happy or fulfilled.