新渡戸稲造

過去の歴史を繙けば国際聯盟のようなものを案出したことは少くなかったのである。各国間の戦争を防止せんとする計画は百年前に学者がこれを説いたことあり、また前記ウィリアム・ペンの案の如きもその一である。しかし戦争防止を実行せんとした最も有名なものは前世紀の初頭に於ける神聖同盟である。各国の国王や総理大臣が出席して、列国の君主は互に同胞のように交り、永く相親睦して争わぬことを誓った。しかもその誓約は日本でいえば弓矢八幡、八百万の神々というが如く天に在します神の御名に於て厳格に約束したのである。然るに会議して帰国すれば直ちに軍備を修めて戦争の用意をしていた。従来列国の間に戦争を防止し平和を保つために相集まって議論を交え約束に調印しても、散会すれば忘れてしまう、記憶していても、進んで約束を履行しようとしない。列国会議の成功しなかったのはただ決議または約束するだけで、これを督促し実行せんとするものがなかったからである。再度集まることは面倒であるから、結局決議のしばなしということになった。故に国際聯盟が出来た時も、世人の多数は従来と同じく失敗するものと信じていたのであるが、しかし聯盟には事務局というものがある。総会でも理事会でも一定の時に開会するだけであるが、事務局は常置の局で、ある決議を総会が行ったとすれば、局からその実行を督促する。あの決議は何時から実行するか、あの仕事の成績はどうであったかと、局は常に各加盟国の政府に督促している。例えば国際司法裁判所を構成する時の如き批准の催促状を各国政府に出すことが局の重要な仕事であったことがある。局が催促するから加盟国政府も実行せざるを得なくなる。要するに事務局は国際聯盟を成立せしめ、その効果を発揮せしむる重要機関の一である。昔の国際会議はこれを欠いた故に失敗し、今の国際聯盟はこれを有するために成績を挙げている。事務局を常設したことは国際問題を解決する上に最も大なる発明の一である。

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