Author Archives: shinichi

見えない景色

知っていること 知らないこと 知っているつもりのこと 知っているかどうかわからないこと 知っていると思っていても 本当に知っているのかどうかと聞かれれば わからないと答えるしかない 見ているもの 見ていないもの 見えるもの 見えないもの 見えないものが あるのかどうか 見えないものが あったとしても あるかどうかは わからない 見えないもの 触れることのできないもの 目の前を通り過ぎるもの 空からやってくるもの からだを通り過ぎてゆくもの どこからくるのか わからないもの 地中を通り過ぎるもの 目の前の景色は もしかしたら 見ているものとは だいぶ違うのかもしれない 見ていない景色は なんなのか 思い込みが なくなれば 見ることができるのか 見たら なにかが変わるのか 見たいような 見たくないような 開けてはいけないものを 開けてしまったり 見てはいけないものを 見てしまったら なにかが起きる なにが起きるかは わからないけれど きっと なにかが起きる

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四季

春 山笑う 夏 山滴る 秋 山粧う 冬 山眠る 春 水湧く 夏 水轟く 秋 水行く 冬 水凍る 春 君歌う 夏 君弾む 秋 君感じる 冬 君安らぐ 春 遥う 夏 逍う 秋 漂う 冬 無に帰する

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行きたいところ

行きたいところに 行くために 灯りを探し 進路を決める 灯りがなければ 進路はみつからない 灯りが多すぎても 進路は決められない どの灯りを頼るのか どの灯りを信じるのか 胸に手を当て 自分に問いかける どこに向かっているのか 誰も知らない 僕がどこに行き着くのか 気にする人はいない 胸に手を当て 自分だけを拠り所にするしかない 多くの灯りのなかから 自分に合った灯りをみつけ 無理をせず かといって怠惰にもならず ゆっくりと 自分らしく進む 自分を通すわけでもなく 相手に合わせるわけでもない 男らしいとか 女らしいとかでなく 誰かのようにでなく 自分らしく そう 自分らしい進路を 君と進む

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変わった人

ガリレオも ニュートンも ラヴォアジエも 変わった人だったようだし ダーウィンも アインシュタインも ハイゼンベルクも 変わった人だった 釈迦も キリストも モハメッドも 変わった人だったに違いないし 文鮮明も 李洪志も 麻原彰晃も 変わった人だった トルストイも ディキンソンも 森鴎外も 変わった人だったというし 谷崎潤一郎も 太宰治も サリンジャーも 変わった人だった 変わった人がいなければ なにも生まれないのかもしれない でも 普通の人がいなければ すべてが成り立たない 変わった人は 人に影響を与え 時に騙し 偉大だといわれる 普通の人は 変わった人に影響され 時に騙され 目立つことなく生きる 変わった人がどんなに偉大でも 普通の人の偉大さには かなわない 普通の人のほうが ずっとずっといい

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フェードアウト

だんたんとぼやけてゆく はっきりしなくなる だんだんと見えなくなる いつしか消えてゆく 記憶はいつも曖昧で 実際より綺麗になったり 実際より汚くなったり それでもひとつだけ はっきりしているのは 実際とは違うということ 悲しい記憶はとどまらず 忘れるから生きていける つらい記憶もとどまらず なにからなにまで忘れてしまう 楽しい記憶もとどまらず うまいということだけが残る 味の記憶のように 情景だけが残る 匂いの記憶のように よかったということだけが残る 触れた記憶のように 覚えていたくても 覚えていることはできない 記憶が現実と混じって 別の記憶を作り出しているんじゃないか そう思って 記憶をたどっていったら どの記憶にも現実味がない 現実は ほんとうにあったのだろうか 過去の現実はすべてフェードアウトして 記憶のなかから消えてゆく 今という現実もやがてフェードアウトして 記憶のなかから消えてゆくのだろう 記憶から消えた現実は どこにもない 消えた現実は 現実ではない

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反ニュートリノ

粒子があると反粒子があるという 粒子と反粒子は 質量や寿命などの性質が同じで 電荷のプラスとマイナスだけが反対 そんなことを信じろという 粒子が反粒子と衝突して 質量がエネルギーに変換され 粒子と反粒子が消えるが対消滅 逆に エネルギーが質量に変換され 粒子と反粒子が生成まれるのが対生成 そんなことらしい 粒子から作られるのが物質で 反粒子から作られるのが反物質 エレクトロンの反粒子はポジトロン プロトンの反粒子はアンチプロトン 水素はプロトンとエレクトロンからできていて 反水素はポジトロンとアンチプロトンからできている そんなことを鵜呑みにすれば いい生徒といわれ なんだかなあと思えば ろくでなしといわれる 宇宙は138億年前のビッグバンで誕生したという 宇宙には始まりも終わりもないという人もいる 愛に始まりと終わりがあるように 生命に始まりと終わりがあるように 宇宙にはきっと始まりと終わりがあって すべては たくさんの愛の始まりと終わりからできていて そして すべては たくさんの生命の始まりと終わりからできていて だから すべては たくさんの宇宙の始まりと終わりからできている そう 宇宙はきっとひとつではない 私たちが知っている宇宙は 138億年前に生まれた そして 私たちが知らない宇宙が 今日生まれていてもおかしくはない 私たちの想像は限られていて 宇宙のどこかに 人のような生命体がいると期待する そんな確率は限りなくゼロに近いのに 多くの人たちが同じことを期待している そして 多くの人たちが同じことを信じている 宇宙が138億年前に生まれたと信じている 反物質なんていうものを信じている 科学を信じている人のなかには 宗教を否定する人が多いが 知ることができないことを 信じているということでは 科学も宗教も同じだ ニュートリノが何なのかわからないのに ニュートリノと反ニュートリノのことを まじめな顔で話す人は 神のことを どれだけ知っているのだろう 僕は神を信じない 僕は科学も信じない 愛も信じない 永遠も信じない そして正直なところ なんにもわからないけれど でも僕は 君が好き とってもとっても 君が好き

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企業城下町

紫の山から湧き出た水が 川になって流れてきて 沖に島に向かうようにして 海に流れ出ていった 山にも川にも海にも 神が宿っていたという でもそれは あまりにも昔のことなので ほんとうことは 誰にもわからない 川の水と広がる野に惹かれ 化学企業がやってきた 企業が工場を作ったおかげで 村は町になる 企業の発展が町の発展だったから 企業がなにをしても 誰も企業を悪く言わない そして 経済的にも社会的にも 企業が町の中心になっていった 企業のなかの偉そうなヤツのせいで 海は水銀に汚染され 海で泳ぐ魚が壊れ その魚を食べた人たちが壊れてしまった 偉そうなヤツは市長になり 企業は過去を消し 立派な公園や駅を作った 僕はそんな町に 山の方からバスで入った 空気は重く 町は変な臭いに包まれていた 工場の前の道は場違いなくらいきれいで 工場のカメラが通行人を監視している 海まで歩いて行く 道は普通の道になり 海岸の傾斜地にへばりついている漁師の家と 沖に浮かぶ小さな漁船が なにも終わっていないと言っている 僕はここに来たことを心から悔やみ 神社に寄った 早く出て行けと 神社は言った

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一緒

絵の前で立ち止まり からだを向ける 絵を見ているのか 絵ではない何かを見ているのか わからない 声を聞いていたのだろうか もしかしたら ただ そこにいたかっただけ なのかもしれない 山が見える丘の上で 遠くを見る 山を見ているのか 山ではない何かを見ているのか 身動きひとつしない 匂いを嗅いでいたのだろうか もしかしたら ただ そこにいたかっただけ なのかもしれない 隣に君がいる 君を感じる もしかしたら ただ 一緒にいたかっただけ なのかもしれない

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僕は無を知らない 見たこともないし 感じたこともない ゼロは無ではない マイナスからプラスへの通過点は ゼロではあっても無ではない 瞬間も無ではない それがどんなに短い時間でも 瞬間は無とはいえない 真空も無ではない 真空という空間の広がりは 無とは違う 時間も空間もないところに 無があるという でも僕は 無を想像できない ないものは見えない 感じることもない でも君はいる 見える 感じる 君がいると きっと無は見えない 君がいるから たぶん無は感じない そう 君がいるところに 無はない

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生命

針の切っ先に立っていたジミー・ペイジは いつのまにかベンチに腰かけている あれほど気難しかったジェフ・ベックは 笑顔を振りまくショーマンになっている カッコよかった人たちが カッコ悪くなったのではない ただ年をとっただけ 時間が経っただけなのだ いったいどれだけの生き物が この地球上にいるのだろう 想像もつかない数の生命のなかの たったひとつの生命に いったいどんな意味があるのだろう 何億年に亘る生き物の営みのなかで 何十年しか存在しないひとつの生命など ないも同然ではないか 戦争に駆り出されて失う生命も 安逸をむさぼって生き延びる生命も 短い生命には変わりない 一人の生命は 地球よりも重いとかいうけれど 一人の生命は 地球の生命に比べるべくもない ベンチで休んでいるジミー・ペイジも 指が動かなくなったジェフ・ベックも 走れなくなったヨハン・クライフのように カッコいい 私たちは誰もが ノーボディー 何者でもないし 誰の記憶にも残らない ジンギス・カンが何を考えていたのか 誰にもわからない ジンギス・カンの墓がどこにあるのか 誰も知らない 膨大な数の生命のなかで 一つの生命の存在は とても小さい それなのに たったひとつの君の生命は とても大きい びっくりするくらい 大きい

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その布は 得も言えない色をしている 近くで見ても 遠くから見ても 同じ色をしていて 純粋で 誇り高い 明るいところでも その色は光に負けず 暗いところでも その色は影に負けない ところが布の持ち主が現れて ここに違う色がついている あそこにも違う色がついていると 言う たとえ染みがついていたとしても その布が 美しいことには変わりがない その布の色が 染みに侵されることはない 全体を見ずに染みがついていると言われても 布はいつものように 今日も同じ色をして 純粋に 誇り高く 輝いている

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北欧

アイスランド には セッタ レダスト(Þetta reddast)という言葉がある 大丈夫 なんとかなる たぶん うまくいく そんな感じ 計画したところで 火山が爆発すればそれまで 細かいことを考えすぎずに なんとかなると信じる ノルウェー には クーシェリ(koselig)という言葉がある 心地よい 幸せな気分になる そんな瞬間のすべて 暖炉の前でホットワインを飲みながら 好きな人と談笑する ふわふわのクッションに身を任せ うつらうつらする デンマーク には ヒュッゲ(Hygge)という言葉がある 温かで心地よい空気 温かで心地よい天気 うららかな春の日に 草の上に寝転んだり 小春日和の秋の日に 落ち葉の上を歩いたり スウェーデン には ラーゴム(Lagom)という言葉がある 多すぎず少なすぎず ちょうどいい感じ 程々に働き 程々に稼ぎ 程々の家に住み 程々に楽しむ フィンランド には シス(SISU)という言葉がある 困難に立ち向かう勇敢さ 逆境を乗り越える力 静寂のなかで 謙虚に考える 失敗を受け入れ チャンスと捉える 日本 には なるようになる という言葉がある なるようになるし なるようにしかならない 時の流れに身をまかせ 君とすごす 考えすぎることなく 君を想う

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分断

社会はいつも2つに分かれる 都市に住む人たちと 地方に住む人たち 富裕層と 貧困層 老人と 若者 保守と リベラル 2つのグループは 違うところに住み 違うものを食べ 違う情報に触れ 交うことなど 考えられない 境界には 線が引かれ つながりは 断ち切られ 格差が大きくても 見て見ないふり 忙しい人々は 優しくなく 信じることのできる人は いない 助ける人は鈍感で 助けられる人を傷つける 理不尽さは 説明されず 思考は停まったまま 僕はどこにいるのか あちらなのか こちらなのか 内なのか 外なのか いや 僕は どこにもいない 部外者よりも 部外者で 外人よりも 外人の 孤立している 僕がいる

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雲の上の風呂

山の上で 朝の冷たい空気のなか 湯に浸かる 見上げると月がうっすらと見え その下を雲が流れている 声を出そうとする 声にならない 考えようとする 考えられない 君のことを思う 君は隣にいる

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色名

ひとつの色の色域は広い 他の色の色域も広いだから色域は重なり合う 書物に材料や薪の数まで記されていたからといって 色が一定になるわけではない 深紫や浅紫という色は 紫草の根を何度も繰り返し染めることで得られる 『延喜式』には   深紫を染め出すのに 織物二反に 紫草 18kg を使い   浅紫を染め出すのに 織物二反に 紫草 3kg を使う そう書いてある   媒染剤には 赤みを出すため椿の灰を使い   染液は 青みを抑えるために 60℃ に加熱しながら染める そうも書いてある だからといって その通りにやれば 同じ色が出るわけではない 深紫を出そうとして滅紫が出てしまったり 浅紫を出すはずが半色が出てしまったりなどということが よくあったに違いない 媒染剤として 椿の灰の代わりに明礬を使えば 色合いは違うものになるだろうし 時が経てば色の標準は変わるだろうし 絶対的な色は なかったに違いない ある本には 深紫は黒紫と同じ色だと書いてあり 別の本には 黒紫は深紫に比べてより黒いと書いてある 深紫と黒紫が同じかどうか もう誰にもわからない 色名は自由に使われ その割には皆が色名から同じような色を想像してきた そうはいっても 色名が使われるなかで 色は変わり続け 時には違う色になってしまった 人もまた時とともに変わる 変わるのは色だけではない

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「共感」と「つながり」

メディアから「共感」とか「つながり」といった言葉が溢れ出し 安っぽい「共感」と嘘っぽい「つながり」が僕たちを覆う みんなが同じことを感じているという気持ちの悪さに息をつめ 知らない人同士がつながっているという不気味さにおののく 「共感」や「つながり」が嫌だという声は雑音として無視され 異質さをまとうことが まるで悪いことのように感じられる アルゴリズムが支配する人工的な社会になってしまったら リストから抜け落ちている価値には意味がなくなってしまった 広告代理店が企業とともに演出した「共感」を持つことなく テレビ局が政府とともに作り出した「つながり」を拒んだとしても 「共感」と「つながり」は音も立てずに忍び寄って来て すぐ隣から「共感しよう」「つながろう」と私たちを誘う 「共感するのは嫌だ」と立ち上がって言う 「そんなことを言うお前は 仲間ではない」と 暗闇が僕を見つめる 「つながるのは嫌だ」と大きな声で叫ぶ 「つながらない者は 敵とみなす」といって 銃口が僕に向く 非協力的で共感しない糸が縦横の模様を織りなし つながりたくないという罪が深い海の底に広がる どんな罰が与えられるのだろうと怯えて君に聞いたら 「罰なんて こないでしょ」と君が言った

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至福の時間

人に言えば笑われてしまいそうな企てがある 知らない国をあてもなく旅する 草と木のなかに程々の家を建てる 世界でいちばん美しい本を作る たぶん僕はそんな企てをどれも実行しない あてもなく旅したりはしない 程々の家を建てたりはしない 美しい本を作ったりはしない あてもなく旅したりはしないのに 僕は旅の始まりをどこにしようか思いあぐねている 行きもしないのに ビザの心配をしている 程々の家を建てたりはしないのに 僕は程々の家を建てる場所を探している 建てもしないのに 電気や水道の心配をしている 美しい本を作ったりはしないのに 僕は本のなかに散りばめる素材を集めている 作りもしないのに インクの色の心配をしている そんな企てのために どれだけの時間を費やしたことだろう 旅の始まりにぴったりだと思える場所は数百は下らない 家を建てるのにいいだろうなと思った場所は数千は下らない 本のなかに散りばめるために集めた素材は数万は下らない 僕はそんなことで無駄な時間をすごす でもそれは眠りたくない時間で 至福の時間で 横にはいつも君がいる

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寄生

がん細胞は 宿主に寄生する以外に 生き残ることはできない でも がん細胞は自分勝手で 宿主の都合など 考えたりしない そして がん細胞は 宿主の免疫機能を凌駕する でもなにか変だ がん細胞は 宿主を破壊すれば 己も消滅する それなのに がん細胞は 共存の道を探ろうともせず ひたすら増殖を続ける 自分のしていることが 自分の破滅になることを 知ろうとはしない 人間は 地球の上以外に 生きる場所を持たない でも 人間は自分勝手で 地球の都合など 考えたりしない そして 人間は 地球の免疫機能を凌駕する でもなにか変だ 人間は 地球を破壊すれば 己も消滅する それなのに 人間は 共存の道を探ろうともせず ひたすら環境の破壊を続ける 自分のしていることが 自分の破滅になることを 知ろうとはしない

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運命

人が増えれば死ぬ そういうふうにできている 人口が急激に増えれば  地震が発生したり  川が氾濫したり  山が噴火したり  感染症にかかる人が増えたり  地域紛争が起こったりして 人が多く死ぬ そんなものだと考えればいい 悲しいけれど人は死ぬ 個体としての人は死ぬ それは間違いのないことだ 人間は増え続け 食糧需要が増え続け 草原や森林が減り続け 耕作地が増え続け 農業生産は増え続け 飽食によりゴミの山が増え続けた 必要とするエネルギーも増え続け 土壌は劣化し続け 自然環境は破壊され続け 自然環境の恩恵は失われ続け 自然の関わり方を抜本的に変えなければと言われ続け 自然環境を良くできないのが常態化してしまった 人間の活動のせいで 100万種の動植物が 絶滅危機に追いやられていて 最後には いつか きっと 人間という種も絶滅する 地球もいつかなくなる でもそれよりずっと早く 人間はいなくなる

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細菌

微生物にある種の薬剤を添加すれば 薬剤に抵抗する微生物が現れてくる 抗菌薬の不適切な使用や乱用により 耐性菌が生き残り選択され出現する 同じように 消毒薬を間違って使っているうちに それまでなかった耐性菌が出現する 細菌は生きにくい環境に置かれると そばの物の表面に付着して増殖する そして 凝集してバイオフィルムを作り出し 消毒薬に抵抗する細菌になってゆく 消毒薬はコロナウイルスに効かない 水及び石鹸よる洗浄のほうが有効だ それなのに 食堂やスーパーマーケットの入口で ジャバジャバと消毒薬を振りかける 鶏の成長のために抗生物質を乱用し 抗生物質の効かない細菌を創り出す 知らないうちに そういう細菌が人に入り込むことで 多くの人が食中毒に感染してしまう 細菌は人の思惑を超えて生きている 人がしたことは必ず人に返ってくる

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奴隷

ハリエット・ジェイコブズの 『ある奴隷少女に起こった出来事』を読んで アメリカの奴隷制度は酷いとか アメリカの白人の黒人への差別はは酷いとか ブラック・ライヴズ・マターとか いろんなことが言えるのだけれど そして確かに酷いことではあるのだけれど 19世紀の半ばといえば日本はまだ江戸時代で 罪人の妻子は上がり者という奴婢になって 希望する者に引き取られたなんていうことを読むと あれっアメリカも日本も変わりないじゃないかって そんなふうに思えてしまう 庄屋喜兵衛が租税を免れるため隠田をして 磔で家財没収で家族は上がり者になったとか 庄屋文五左衛門は悪政に憤り騒動を煽動して 獄門で家財没収で家族は上がり者になったとか そうでなくても奴という身分刑があって 人別帳から除き個人に下げ渡し奴婢にして 新吉原などで娼婦として働かせただとか 幕府は人身売買を禁じていたのだが 年貢上納のための娘の身売りは認めていて 遊女奉公をさせられた少女は多かったとか 借金の前借りをして年季奉公に出され 丁稚や女中や芸娼妓としてこき使われたとか その苛酷さはアメリカの黒人奴隷と変わらない 奴隷制度が廃止されたあとのアメリカで 黒人への差別がずっと続いていたように 明治になっても人身売買は続いていて 児童を中国人に売ることが禁止されたり 娼妓解放のお触れが何度も出されたりしたが 古い慣行はなくなることなく続けられていた 製糸工場では何も知らない少女たちが わずかの借金の前借りで奴隷状態に置かれ 牢獄のような寄宿舎での生活を強制され 逃げれば残虐なリンチが加えられた 戦争に負けて人身売買は廃止されたが 売春関連のビジネスは今でも続いている アメリカの黒人差別が今でも続いているように 日本の人身売買は今でも続いているのだ 韓国で徴用工や慰安婦のことが問題になるけれど 酷い目にあったのは朝鮮の人たちばかりではない 徴用工も慰安婦も その大半も日本人だったのだ みんなで忘れるために目を瞑っているうちに 黒い歴史は白い歴史になり 黒い企業は白い企業になり 悪い人たちは良い人たちになる 歴史はすべて変えられて 日本には人身売買はなかったことになる Harriet Jacobs の Incidents in the Life of a Slave Girl のような本が出て 日本人が日本人にしてきたことをみんなが読んで これからは酷いことをなくそうと思わない限り 悪いことはまたやってくる 経済はきっと悪くなる それでも人身売買のようなことが はびこるるようにしてはならない 風俗嬢は いなくならなければいけない 人材派遣事業は なくならなければならない

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何千年も前には15年くらいしか生きられなかった私たちが 何百年か前には30年も生きられるようになり 何十年か前には60年を超え 何十年か先には120年以上生きる人が多く出てくるという 私たちは昔も今もそれほど違わない それなのに 生きる年数は長くなるばかり 生物学的にも生理学的にも進化はないから 一人ひとりの体は悲鳴を上げる 私たちの歴史を俯瞰して見てみれば 苦難や困難や悲しみといった荒波の連続で 荒波を乗り越えるために宗教が発明され 科学技術がそれに続いた 科学技術が進歩したといっても 一人ひとりが強くなったわけではない 病気が治るものになり生活が快適になると 人間は限りなく もろくなってしまった ひたすら進歩してきた科学技術が 私たちに刃を向けている 思惑を超えてしまった科学技術は もう私たちの味方ではない 私たちの味方は私たちだけ 私たちの敵も私たちだけ 森の中で暮らしていた頃と そんな事情は変わっていない

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しない

手術で臓器をとってしまえば やり直しがきかない 日常生活のなかでも 取り返しのつかないことがある だから 多くの場合 しないという選択が とても大事になってくる する しない の判断はむずかしい 真珠湾攻撃をしなかったら とか 日英同盟を守っていれば とか そんなたらればには なんの意味もない 仕上げに余計なものを入れて 料理を台無しにしたりとか 最後に余計な色を加えて 絵を壊してしまうとか やり過ぎてしまうことは多い できるけれど しないほうがいいとか やったことがないから できないとか なにかが足らないから しないとか やり方を知らないから できないとか 状況が整っていないから しないとか その時その時で理由はいろいろあるけれど しないと決めたほうがいいという状況は 意外と多くやってくる しないのは 決して悪いことではない しないことの良さが わかれば 程々に 丁度良く やっていくことができる 原子力発電所を作らない 原爆を落とさない しないのがいいということは多い はじめにしたほうがいいと思ったことでも 途中で しないほうがいいと思ったら ためらわずに意見を変える 意見を変えるのは悪いことではない 一度の人生のなかで ありとあらゆる過ちを犯し 何をしないかを知ってゆく 悪いことをしない 悪いことをしたいと思わない そんなことを知ってゆく 何をするかを知るのも大事だが 何をしないかを知るのはもっと大事だ そんなことを思い知る

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文字にできない

あたりまえのように なんでもかんでも文字にするのは よくない 時の流れが速く 変化が激しいから 文字にしても なにもかもが変わってしまって あっという間に 意味がなくなってしまう 文字にしたことに縛られていたら 変化に付いていけない だから 大事なことは文字にしない そのかわりに 文字にできないことを 大事にする 人の気持ちとか 希望とか 美しさとか 愛とか 夢とかを 大事にする そう なんでもかんでも文字にすればいいと思ったら 大間違いだ たとえば愛は 文字にした途端に 嘘になる たとえば夢は 文字にした途端に 消えてしまう そして なんでもかんでも文字にできると思っては いけない 誰かのために言葉にできないことを 文字にしてはならない 文字は残ってしまうことがある だから 文字にしないという選択肢を いつもとっておかなければならない

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孤独ではない

人に会うのが面倒くさい 人との関係が煩わしい 周りに合わせるなんていやだ だから ひとりがいい 周りに興味がない 他人に興味がない 人間に興味がない だから ひとりですごす 振り回されたくない 流されたくない 自分に正直でいたい だから ひとりで考える 好きなように暮らす プライベートのことは話したくない 自分のペースを守りたい だから ひとりを大事にする 干渉されたくない 優しい気持ちでいたい 傷つけられるのも傷つけるのもいやだ だから ひとりは嫌じゃない 自分ひとりで遊ぶ 自分だけで楽しむ 夢や幻を見る だから ひとりは嫌じゃない 自由に 思いつきで 好きなように 感じるままに そんなことを考えていたら 孤独という言葉が浮かんできた でも僕は孤独ではない 君はいま 眠っているけれど そばに君を感じるから ひとりでも ひとりではない

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恋愛と結婚

まず恋愛してから 恋人と結婚するというのが いいというのなら まず見合いしてから 見合い相手と恋愛をするというのも いいではないか まず結婚してから 結婚相手と恋愛をするというのも いいかもしれない なんといっても昔は まず結婚してから 結婚以外で恋愛をするしかなかたのだから 恋愛は自分のため 結婚も自分のため というけれど 相手のために結婚する人がいて 家族のために結婚する人もいて 他人のために結婚するなんていう人もいた 恋愛は今の幸せのため 結婚は将来の幸せのため というけれど 将来の幸せのための恋愛もあるし 今の幸せのための結婚もある 恋愛で 嫌な事があったら 別れればいいというけれど 結婚していたって 嫌な事があったら 別れればいい 結婚したら 嫌な事があっても 乗り越えなければならないというけれど 恋愛中だって 嫌な事があっても 乗り越えなければならないのは一緒だ 恋愛だろうと結婚だろうと うまく行くときはうまく行き うまく行かないときはうまく行かない お互いがお互いを好きで お互いがお互いを尊重して 一緒にいれば それでいい 君がいれば それでいい

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知る

知ることなしに幸せはないという でも知るのが不幸せなときもある たとえば幸せを知るのは不幸せで だから幸せは知らないほうがいいという 幸せなのだと知ることは 幸せでなくなるのを知ることではないか 幸せはいつまでも続かないから 今日の幸せは明日の不幸せなのではないか 知るというのはダメになることだという たとえば 幸せを知れば幸せはダメになる 知るというのは消えてしまうことともいう たとえば 幸せを知れば幸せは消えてしまう 幸せだけではない 知ればすべてがダメになり 知ればすべてが消えてしまう だから 何も知らないほうがいい だったら 知らなければいいじゃないか いやいや 知らないわけにはいかない 知るのがダメになることだとしても 知るのが消えてしまうことだとしても やっぱり知るほうがいい 知らないより知るほうがいい

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違う

日本は福祉国家だから 人々の生活は安定しているという でも実際には 不安定な生活が普通にある 立場の弱い人たちは 誰にも頼れず孤立して 自助という言葉をあてがわれ なにもできず つらい気持ちでいる 自分にできることは 自分でするのが自助だ 自分の責任なんだから なんとかするのが あたりまえ そんなことを言われても 仕事さえ見つからず 自分とは関係ない株価の上昇を ぼうっと見ている 近くに住んでいる人たちや 血の繋がっている人たちは 共助という言葉をあてがわれ なにもわからず とまどっている 地域の責任を感じて 共倒れするまで支え合えというのか 家族を大事にして 死ぬまで助け合えというのか 溢れるチャンスの泥沼のなかで 自助は言うほど簡単ではない 昔ながらのしがらみの外にいれば 共助はあてにならない ほんとうに困った人のためには 公助があるから安心というが 責任を口にしてもカネのない国に なにを期待すればいいというのか   日本は法治国家だから 人々は法の支配のもとにあるという でも実際にあるのは世間国家で 世間のために 法は軽視される 世間が納得しているのなら 違法であっても罰することはなく 世間が納得しなければ どんなことをしてでも罰してしまう なぜそんなことを考えるのか なぜそんなことを言うのか そんなことを聞かれても 答えることはできない なぜそんなことをするのか なぜ大切なものを大切にしないのか そんなふうに問い詰められても 説明はできない どうすることもできないのは しないだけじゃないか しないのも する気がないからじゃないか そう 私は なにもできないでいる 卑怯なくらい なにもせずにいる 法律の詳細を知ったところで 弱い人は救われない 法律を信じていれば ひどい目にあってしまう 決まりごとの大半は 理不尽なものだけれど それに従わなければ 面倒なことが起きる 法律についての考え方は 人によって違う 決まりごとへの向き合い方も 人によって違う 法律を守るかどうかは 自分で決める 決まりごとに従うかどうかも 自分で決める 恋愛や結婚もいろいろで 人の数ほどの かたちがあって どのかたちがいいのかなんて 誰にも言えはしない 恋愛も別離も いい悪いの問題ではないし 結婚も離婚も いい悪いで片付いたりしない こうあるべきとか こういうものとか 言う人がいたら 言わせておこう それは その人にとってのこと 私にとっては そうではない 大事なことはたくさんあるのかもしれない でも 私にとっては 君だ

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影 陰 蔭 翳

虚子の  もの置けばそこに生れぬ秋の蔭 という句がやたら気になる 影 陰 蔭 翳 のなかから なぜお蔭様の蔭を使ったのだろう なにか意味があるのだろうか 陰翳礼讃 が 陰影礼讃 だと 印象はずいぶん変わる 日蔭茶屋 が 日陰茶屋 だと 客の入りに影響しそうだ 影を慕いて が 翳を慕いて だと なんだか慕いたくない気分だし 青春の光と影 が 青春の光と陰 だと ちょっと違うんじゃないかと思う  もの置けばそこに生れぬ秋の蔭 でなくて  箸置けばそこに生れぬ秋の蔭  ペン置けばそこに生れぬ秋の蔭 だったらどうだろう それでも蔭を使っただろうか そしてなによりも なぜ  もの置けばそこに生れる秋の蔭 でなくて  もの置けばそこに生れぬ秋の蔭 なのか  生れる でいいじゃないか 陽の光が いや 日のひかりが長くなり 柔らかくなってきたせいで この句が気にかかる それだけのことなのだけれど でも やっぱり気になる 秋の日ざしから生まれた感じの蔭が とても気になる

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錯覚

なにかを集中して考えていると それだけが重要に思えて 間違いを犯してしまったり 大切なものを失ったりする 大切な人が歪み 大事なものが歪み 感覚が歪み 錯覚に落ちる 現実と非現実の境界線がぼやけると 鮮やかな赤が 侘び寂びの色に溶け 真っ白な磁器が 土色の陶器になり 長い時間の変化が 未来を過去にする 朽ち果てた神社を修繕し赤く塗って 建てられた頃の神社に戻してしまおう 焼き色の残る陶器を箱にしまって 透き通るような白い磁器を飾ってみよう 教科書のなかにはない美しさのなかに 木と草と水の美しさのなかに いつか住む 程々の家という錯覚のなかに住む

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誰の知識

インターネットで検索をすると アルゴリズムだかなにかに誘導されて 偶然なのか必然なのか 誰かが載せた情報にたどり着く なぜそこにたどり着いたのかもわからずに 目に入った情報を信じてしまえば 誘導する情報に騙され 金儲けの情報に足をすくわれる 文字や数字は編集されていて 画像や映像は加工されていて どの情報も手垢とシミだらけ どこかに無垢な情報はないものか 検索を続けていたら もっともらしい情報が嘲笑う 人間だって手垢とシミだらけじゃないか 無垢な人なんてどこにもいないじゃないか 正しいか間違っているかもわからない 不完全な情報や不確かな情報から どんな判断をしたとしても それが正しいわけがない 自分ひとりの知識だと思っていても その知識はじつは誰かの知識で 理解した気になってはいても 理解がなにかも理解していない 本を買えば本を読んだつもり 映画館に入れば映画を見たつもり 旅行に行けば景色を眺めたつもり つもりがないのは つもりじゃない 他人から得た考えと自分の経験が重なって 自分の考えができあがったというけれど 自分の経験のほとんどは他人との経験で 自分の考えは結局は他人の考えでしかない 自分のものと思っている知識も 他人の知識の断片のコピーばかり この人の知識もあの人の知識も 他人の知識の断片のコピーばかり 自分の知識は自分の知識 他人の知識も自分の知識 本のなかの知識も自分の知識 社会の知識も自分の知識 他人の知識がなくて 本のなかの知識もなくて 社会の知識もなかったら 自分だけの知識はとても小さい 知的所有権とかいいながら 知を自分のものにして 社会の知を独り占めして カネを稼いでいる人がいる 自分 自分と言わないで 自分だけを頼りにしないで 自分は全体の一部なのだと 謙虚になってみよう そんなことを考えていたら 人間が植物に見えてきた 人間が種として生き延びるためには ひとりひとりはどうでもいいのだ そう思った途端 自分 自分と言いたくなった 人間の種なんかどうでもいい 僕は僕でやっていく 人間全部のために生きたりしない 自分のためだけに生きる 人間全部のことなんか思わない 君のことだけを思う

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なにもわかっていない

わかっていると  わかっている わかっていないと わかっている わかっていないと わかっていない わかっていると  わかっていない 知っていることを 知っている 知らないことを  知っている 知らないことを  知らない 知っていることを 知らない 知らないのに   知ってるつもりの無知 知らないことを  知らないままでいる無知 知ったことを   知らないという無知 知ったことから  生じる無知 知っているのに  がっかりしてしまう 知らないのに   知ったかぶりをする 知らないのに   知っていると信じる 知っているのに  知らないふりをする わかっていると  君が言う わかっていないと 僕が言う わかっていないと 君が言う わかっていると  僕が言う

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願い

私たちには願いがある 願いはいつも優しく 美しい でも 願いは時に 思い込みと組み合わさって 危険なものになり 悲劇を生む 清らかな 願いはなぜか 不確かさと結びついて あいまいなものになり 汚れてしまう 願いは いつも届くとは限らない いつも叶うとは限らない いつも通じるとは限らない でも それでも 私たちは願う 心をこめて 命をかけて

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痛いのは嫌だ

法律・法令・規則・決まりなどに従い 守るのが遵守・順守で 公用文や教科書では遵守と表記し 新聞やテレビでは順守と表記する 法律・法令・規則などに従わず 守らないのを違反といって 規律違反 服務違反 交通違反 守秘義務違反 どんな違反も 侵せば代償を払うことになる 法律や法規に適っていて 反していないのを適法といい 一方 法律や法規に背いたり 反したりするのを違法という その他にも 合法 非合法 不法 とか よくわからない 不当 順当 正当 妥当 とか 法律をかいくぐって悪事を働く脱法とか いろいろな言葉があって使い分けられている モルヒネ や オキシコドン フェンタニル や タペンタドール メサドン や ペチジン といった オピオイドは 医療用麻薬なので合法とされ ヘロイン や コカイン MDMA や LSD といった麻薬や 覚せい剤 大麻 向精神薬は 不正薬物なので違法とされる 同じ麻薬なのに 医療用麻薬だと合法で 不正薬物だと違法という 変なことになっている まあそれはいいとして 法律による規制のない薬物は合法ドラッグと呼ばれ 合成カンナビノイドが入っている合法ハーブとともに 規制の網にかからない 合法ドラッグが脱法ドラッグと呼ばれても 合法ハーブが危険ハーブと呼ばれても 法に触れないものはいくらでもあって お香だバスソルトだといって売っている 注意しろとか自粛しろとか言われても 買いたい人は なにをしても買う 禁止薬物とは違う構造や作用を持っている薬物は 簡単に作られ身近で売られる セックスを止めろと言われても 止める人がいないのと同じで 合法ドラッグが危険だと言われても 止める人は ほとんどいない 痛みに耐えられなければ買うだろうし 気持ちが良くなるのなら買うだろう アルコールが違法でも 飲む人は飲む タバコが違法でも 吸う人は吸う 個人が決めることにまで 国が決めることはない 痛みに耐えきれない人にまで 楽になるなとは言えないだろう 遵守 違反 適法 違法 不当 不法 合法 非合法 順当 正当 妥当 脱法 なにがなんだか わからない 医療用麻薬でも 不正薬物でも 脱法ドラッグでも なんでもいいから 病気になったら とにかく痛みを止めてほしい 痛いのは嫌だ

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樹木の 根から上の方に伸びて枝を出す太い部分を 幹という 幹は 大きく広がった枝とその先の葉を支えていて どっしりしている 風が どんなに葉を揺らし 枝を揺らしたとしても しっかり立っている 人が そばに来て寄りかかっても 文句ひとつ言わない 僕は 幹のようになりたい なれないのは わかっているけれど

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聡明さは 愛の最大の敵 聡明な人に 愛は似合わない はたしてそうだろうか 聡明さは 愛の味方ではないのか 不完全なのは いけないことか 不完全だから 成長する もし完全なら 生きてはいない そう 不完全だから 愛する 不完全さを 喜ぶ 宇宙は不完全 僕も不完全 だから 不完全さを 愛する 花を摘んではいけない 花を摘めば 花は死ぬ 愛も消える 愛しているなら 摘んではいけない 愛は感謝するもの 所有するものではない 生きるのは 愛するため 愛するのは 生きるため 木の葉が風にそよぐ 枝が揺れる 幹は揺れない 樹皮も揺れない 根は揺れを感じているのか 根を包む土は 愛を知っている いろいろな葉がある 健康な葉 病気で弱っている葉 美しい葉 美しくない葉 大きな葉 小さな葉 どの葉も 風を感じる どの葉も 悩む どの葉も 喜ぶ どの葉も 愛する そして 死ぬ

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科学と技術

18世紀から19世紀にかけての産業の変革は 人々の生活や考え方を大きく変えた  綿織物の生産過程が変わり  機械工業や製鉄業が変わり  蒸気機関よって動力源が変わり  蒸気船や鉄道で交通が変わった それに伴う社会構造の変革をまとめて 産業革命と呼んでいる 20世紀になると科学と技術がもっと近づき 技術のための科学と 科学を応用した技術とが 社会を豊かにしていった 人々の生活は向上したが 戦争はどんどん悲惨になってゆき 第一次世界大戦では 化学が大きな役割を果たし 毒ガス兵器が登場し 第二次世界大戦では 物理が大きな役割を果たし レーダーや原爆が登場した 化学や物理が 多くの人の命を奪っても 科学や技術への信仰は止まず 電化製品や自動車やコンピュータによって 科学の信者は世界中で増えていった 科学や技術が医療に入り込み 人の寿命はどんどん伸びる 科学や技術は農業にも入り込み 品種改良は限りなく続く 21世紀になると科学と技術は離れていって 科学ではないデータサイエンスと 科学の要らないAIと 科学の見えないブロックチェーンが 社会を大きく変えている 科学を知らない人たちに 遺伝子が弄ばれ 科学を無視する人たちに 地球環境が破壊される 自分の専門分野にしか 興味を持たない専門家は 他の専門分野のことを なにも知らない なにもコントロールできない政府と 儲からないことはなにもしない企業と カネがないために遅れていく大学と 収入のことが頭から離れない個人には なにも変えることができない 科学でも技術でもないものが 社会を変えていく 不気味としか 言いようがない

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専門分化

女性と男性という二つの性がある そして当然のように 女性と男性を巡る競争がある 女性が女性と 男性が男性と 女性が男性と 競い 時に争い 勝ったり負けたりする 勝った女性も 勝った男性も いつかは負ける 争わない人が勝つこともない 二つの性を巡る勝者は どこにもいない それなのに 多くの人たちが 勝ったと思っている 仕事が細分化され 高度で複雑になって 専門分化が進んでゆく 誰も彼もが専門家になり 競い合い 争って そしていつか 誰もが役立たずになる でも多くの人たちが 自分はいつまでも役に立つと思っている 老人施設には かつて美しかった女性と かつて逞しかった男性と かつて知識豊かだった専門家が 静かに暮らしている 自分が美しかったことを糧にする人 自分が美しかったことを忘れてしまった人 自分が逞しかったことを誇る人 自分が逞しかったことを恥じる人 自分の知識にすがる人 自分の知識に別れを告げた人 愛を忘れた人 愛に裏切られた人 愛と決別した人 愛にしがみつく人 愛を続けようとする人 愛を続けていると思う人 愛の思い出に生きる人 愛ってなに という人 愛に生きる人 いろんな人がいて みんな似て見えるけど じつは みんな違う

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君のことを いいと思う 君をしっかり繋ぎ止めておかなくちゃって思う 自分を愛し 君のことをきちんと愛する 君と一緒にいるのは なによりも大切 君がいて 僕が生きている 君はきっと どこにも行かない

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直感

側頭葉内側の奥にある扁桃体という脳の領域から 腹側被蓋野にドーパミン放出の信号が出される 放出の信号を出すかどうかの扁桃体の判断は 小さい頃の刷り込みによるのだという 顔やからだの好みのタイプは 赤ん坊のときに決まるという 声 匂い 口調 雰囲気 たたずまい そんな好みも 刷り込まれているのだという 直感で いいと思う人がいたら それは 刷り込みに合っていたから 運命の人だと思ったら 刷り込まれたタイプだったということ 感情を読みとったり 痛みを和らげたりする オキトシン 感情を落ち着け 意欲を向上させる セロトニン お金や地位や権力は 幸せを生まない セロトニンとドーパミンとオキシトシンが 幸せを生む 直感を信じるというのは 神経伝達物質やホルモンの働きを信じること たぶん理に適っているのだ

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監視ツール

従業員が使っているPCを監視するツールがあって  キーボードのどのキーを押したか  スクリーン上のどんな文字をコピーしたか  スクリーンに何が映し出されていたか  どんなファイルが作られ使われ削除されたか  ファイルがどこからダウンロードされたか  ファイルがどこに送られたか  ファイルがどこに保存されたか  どんな外部ストレージが使われたか  プリンターにどんなものが印刷されたか  誰が誰に対してどのようなEメールを送ったか  どのウェブサイトのどのページを閲覧したか  どのようなキーワードで検索をしたか  どんなアプリケーションを いつ どのくらい使ったか  どんなチャットをしていたか  その他 システムイベントのログなど 操作履歴のすべて記録されている 従業員がしていたことのすべてが 管理者から見えてしまう そんなツールが あたりまえのように使われている おかしいと思う人は少ない 情報漏えい対策とか 労務管理なんていうもっともらしい理由で 会社に監視され 安全な社会を守るため 犯罪防止のためとかいって 国に監視され 子どもを危険から守るための安全対策とか 子どもが非行に走るのを防ぐためといって 親に監視される 監視されるのは いやだ

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サッカー

サッカーはゲームだ  人生も同じ  ゲームだ ゲームにはルールがある ルールは守らなければならない ルールを知らなければ ゲームには勝てない  社会のルールも知らなければ  生きていけない ルールは変わる 新しいルールがいいとは限らない でも どんなルールも 守らなければならない  どんなに悪い法律も  守らなければならない   ゲームには審判がいる 審判がいつも正しいとは限らない でも どんな理不尽な判定でも 従うしかない  どんなに理不尽な上司でも  従うしかない ゲームだから 楽しまなくてはならないし ゲームだから 負けてばかりはいられない  人生も楽しんで  負けないようにしなければ サッカーの試合は 引き分けでない限り どちらかが勝ち どちらかが負ける  みんなが勝つということはないし  みんなが負けるということもない どんなにいい準備をしても いいゲームができるわけではないし どんなに頑張っても 勝てるわけではない  準備をしても報われなかったり  頑張ってもダメなことは 普通にある どんなにいい選手を集めても 強いチームを作れるわけではないし どんなに強いチームを作っても いつも勝つわけではない  優秀な人が集まったからといって  いい結果が出るとは限らない どんなにいい試合をしても 負けは負け どんなに悪い試合をしても 勝ちは勝ち  いい製品が売れるわけではないし  いいサービスが喜ばれるとは限らない 高い年俸の選手がいて 低い年俸の選手がいる でも どんな年俸の選手にも 必ず終わりが来る  高収入の人にも低収入の人にも  終わりが来る たかがサッカーというけれど  たかが人生ともいえて だから サッカーはゲーム  人生もゲームだ

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自由

常識や既成概念を覆さないと 理解できないものがある 子どもの頃の気持ちになれば 存在するものも 存在するという概念も 存在するという感覚も 思想も 思考も 感情さえも ない 執着するものなど なにひとつ ない 自分という存在も ない 概念にとらわれず 周りで起きることも 目に見えるものも そのまま受け止めれば 悲しいとか つらいという 自分を苦しめる感情から 解放されるという 外部の衝撃から力を受けとった石は 外部の衝撃が止んでからも動き続ける 水という制約の中で生きている魚は 水という制約から離れれば自由ではない 人間が自由になるというのも 意思によるものではない そもそも人間のなかには 自由な意志なんてない 私たちが生きていくなかで 選んできたと思っていることも あとから考えてみると 何も選んでこなかったと気付く 理性を信じ 直感を信じて 不自由な社会のなかで 自由になりたいと思っている僕には 自由が違って見えている 教科書に書いてある自由や 押し付けられた自由には 興味がない 僕は 僕だけの自由が欲しい 君は 欲しくない?

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モスク

遠い国の古い街の川沿いの空き地に 壮大な庭の建設が進められていた 設計を終えたばかりの建築家は 実際の建設には興味が持てず 美しいモスクを思い浮かべ 夢想を書き残そうとして 紙の上に線を引き 色を付け加えた 計算しつくされているのに 大胆さは失われず 均整がとれているのに 神聖さが保たれ 洗練されているのに 人間の暖かさを放つ 誰も思いついたことのなかった 実現不可能に思えるデザイン そのデザインを見た人たちは ひとり残らず畏怖に襲われた 建築業者はモスクの建設を 王様に願い出るよう促した 裕福な外国人が遠くからやって来て デザインを高値で買いたいと言った 泥棒はデザインを盗むために 建築家の家の下にトンネルを掘った 建築家は書斎に閉じこもり 三日三晩 熟慮を重ねた モスクが野蛮人たちに囲まれて 壊されてしまうのを想像した 冒涜され崩壊していく建物は 埃のなかでぼんやりしていた 建築家はデザインを庭に持ち出し 火を付けて焼いた この話を伝え聞いた王様は 建築家を王宮に呼び出して 私と一緒にモスクを作ろうと 真剣な顔で静かに言った 作ったものはいつかは壊れる 完璧なものでなくてもいい 完成できなくてもいい モスクを作る夢を見よう 王様は建築家の目をのぞき込み 三年かけて設計してくれと言った そのあと私が責任を持って 三年かけて作り上げる 出来上がったら二人して 三年かけて美を楽しもう 壊れるようなことがあったなら 三年かけて修復すればいい 建築家は家に帰って考えた 永遠でなくてもいい 完璧でなくてもいい 完成できなくてもいい なんて素敵な考えだ なんて素敵な王様だ そう思ったら 手が自然に動き出した 数千枚におよぶ緻密なデザインが 曲線と直線とを決め 曲面と平面とを決め 光と色とを決め 材料と材質とを決め 作業の準備と手順を決め 業者と職人を決め 検査とメインテナンスのことを決めた 王様はお金を惜しみなく出し 建築家は指示を出し続け そろそろ出来上がろうかという時に 王様が突然 工事の中止命令を出した モスクに呼び出された建築家が 恐るおそるやって来る 満面に笑みを浮かべた王様が 建築家を迎え入れる モスクのなかには 別世界が広がり 数限りない光が 交錯している 静寂が光と影を 際立たせている 王様は微笑み 建築家は涙する 建築家の想像は 裏切られ モスクは壊されずに 今に伝わる 建築家が涙した あの日の輝きはないけれど 私たちはそこに足を踏み入れ 建築家に感謝する 王様にも感謝する 壊さなかった人たちにも 守ってきた人たちにも 感謝する モスクに感謝したあとで あれっと思う僕がいる 僕は宗教を信じていない モスクに入る資格がない 入りなさいとモスクが言う なんでもいい とにかく入れ そんなふうに言う 僕は入る 光を感じる 色を感じる いないはずの神を感じる いつものように君を感じる

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気宇

美しいものがあったら まずは見る 触れたいとも思う でもあえて よく見ないで 触れないで 心で感じてみる 美しいものを 心で感じる すべてを受け入れる 許す 忘れてしまう すべてはゲームだ ゲームだから負けない ゲームだから楽しむ ゲームだから終わりまでやりきる 生きる 死ぬのだから生きる 死ぬまで生きる 鈍感になる どうせ大したことはないのだから 気にすることはない 街に出る PC のスクリーンを見てないで 人のいる街に出る 愛する なにも期待しないで ただ愛する 自然に従う 本能に従う 哲学を持たない 理想を持たない 夢を信じる 自分を信じる 感謝する ありがとうを伝える 君に伝える

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流れ

川の流れが 海に出て終わるように 時の流れも いつかは終わる 時の流れが 終わる時の感じは 空気のなかに ふわっと消えるのか 空の上に 昇って行って消えるのか 川の流れは 海に出ずに終わることもある 砂漠のなかに消えて行ったり 田んぼの水になったり 飲み水になったりして 海に出ずに消える 時の流れも 途中で終わってしまうことがある 最後まで行かずに 終わったり 終わらされたり 無念だったり 悲しかったり 時の流れが 終わる時の感じが 暖かかったらいい 笑顔だったらいい 終わる時は 君のことを思って ひとりだけで微笑む それがいい

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思っていること

長崎市長が 若い世代に  新型コロナウイルス感染症 地球温暖化 核兵器の問題に  共通するのは  地球に住む私たちみんなが 当事者だということです と語りかけた 市長という立場と被爆があった日の平和宣言ということが そう言わせたのだと思う でも問題はそんなことばかりではない 科学技術ひとつとっても 原爆を生んだ75年前とは比べものにならない 問題の大きさや複雑さも比べものにならない 新型コロナの後ろに隠れてしまったグローバルな経済格差 地球温暖化の一つの原因でもある持続可能な開発 核兵器より怖い ビッグデータ   IoT   AI   ブロックチェーン 遺伝子をもてあそぶ人たちが儲けの種にする医学や農業 そういったものは わからないだけに怖い 感染症 温暖化 核兵器 といったものを心配しているうちに 21世紀的な目に見えないものに酷い目にあってしまう 民主主義や人権・人道に気を取られているうちに あっという間に時代から取り残されてしまう 時代遅れの惨めさがこの国を覆う 官僚の言葉が軽くなり 政治家の言葉が軽くなり 医者の言葉まで軽くなったせいで 広島市長や長崎市長がなにを言っても軽く受け取られ 言葉に込めた思いは空に舞う 大勢の人に語りかける偉いはずの人が まるで演技の下手な役者みたいに 与えられた台詞を棒読みする 言葉の意味を考えることもせず 他人への気持ちを持つこともなく ただ型どおりの発言を繰り返す なんて空疎で 情けないんだろう でも情けないのは 誰も同じ ほぼすべての人たちが なにも考えずに 有名になった教授のしたことを 人を救うものだといって褒め称える 無条件で 何も知らないで 素晴らしいと思っている あの人は悪いことをしたのではないか 人間として してはいけないことなのではないか 倫理的に考えて誤った行為なのではないか そういうことを言う人はほとんどいない 思ってはいるけれど 僕も言わない 思っていることを言わないこの雰囲気は 日本特有のものなのか それとも緊急時のものなのか いや そんなことはどうでもいい 言ってしまえばいいのだ 思っていることを言ってしまえばいい 言葉の意味を考えて 他人のことを思いやって どんなことでも言ってしまおう 思っていることは言ってしまおう 誰にでも言ってしまおう

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ホルモン

激しいセックスをする ドーパミンが分泌される やる気が出る 彩のあるものを食べる バランスのある栄養が摂れる からだが整う 午前中に日の光を浴びる セロトニンが分泌される こころが整う 緑のなかを歩く 心が癒される 感情が静まる やさしく抱き合う オキシトシンが分泌される 満ち足りた気分になる 暗く静かなところで眠る 程々の家の夢を見る 君と同じ夢を見る

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培養肉

動物の幹細胞を培養してできた肉を クリーンミートなどと呼んで いいイメージだけを先行させて それがいいのかは考えさせない 培養でできた肉は 生きてはいない 生きていないから 殺すこともない 殺さないのだから 残酷ではない はたして本当に そうだろうか 痛みを知らない動物は 危険が近づいても気付かない 苦しみのない動物は 他人に共感することもない 痛みや苦しみのない世界を 無限の残酷さが包む 自然でないものを受け入れてはいけないと 私の直感が言っている 自然でないものを食べ続ければ どんな動物も病気になる 危険のない世界は 自然ではない 高度な衛生管理が可能だとか 地球環境への負荷が低いとか そんなことを言いつのっても 不自然な培養肉がいいわけはない フランスには Comité consultatif national d’éthique (CCNE) という国の倫理諮問委員会があって 培養肉を許したりしない 人工の幹細胞に疑問を持たない日本では 金儲けが いちばんだから 培養肉がいけないなんて 誰も口にしない 金持ちたちは 本当の肉を食べ 貧乏な人たちは 培養肉を食べる 金持ちたちは みんな生き延びて 貧乏な人たちは 死に絶える 君が培養肉を食べることのないようにと 祈る

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肉食

私たちは肉を食べることに どこかうしろめたさを感じ 肉食の喜びを素直に表現することを ためらってきた 肉食が不道徳と思う聖職者たちは 菜食を掲げ 殺生を悪として戒めた僧侶たちは 肉食を禁じた 天武天皇の「肉食禁止令の詔」に  牛は田畑を耕すから  馬は人を乗せて働くから  犬は番犬となるから  鶏は時を知らせるから  猿は人間に似ているから  農耕期には食べてはいけない と書いてある 今 世界を見渡すと 肉の大量消費に抗議するという 政治的な菜食主義者がいる 穀物や野菜や果物のほうがいいという 積極的ベジタリアンもいる 肉を食べるという行為が 殺人や苦しみや利己主義につながる気がして というか もっと単純に 肉を食べるのは 道徳的に間違っていると感じて それで 悪としたのか 肉食は悪 菜食は善 肉食の擁護者は醜い 菜食の擁護者は美しい そんな考えが正しいのか 食べるために生き物を殺すのは 仕方がないのだといって 死ぬ苦しみが小さいように殺すとか 死にゆくものに感謝の祈りを捧げるとか そんな気休めで ごまかしてゆくのか 工業畜産という現実から 目をそらせていて いいのか 肉食はやっぱり 悪ではないのか そう言いながらも 君が肉をおいしそうに食べるのを見て 僕も肉が好きだと言った 小さな声で言った

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上から目線

ノーベル賞を授与する人たち 勲章を授与する人たち そんな人たちの持つ権威 権威という 上から目線 レストランを格付けするミシュラン 企業を格付けするムーディーズ そんな格付けする会社の非公開の基準 非公開の基準という 上から目線 上から目線たちは みんな 身近な話より大きな話を好む 大きな話はいつも虚ろで それなのに危険な力を持つ 上から目線たちは なぜか おだてられ 持ち上げられて 自分たちのことを錯覚し 錯覚はいつか 現実になってしまう 上から目線たちは 良識を振りかざし 同じ行動をとらない人たちを批判する 個人的な嗜好を犯罪に仕立てあげ 自由な行動を抑圧する 官庁や軍で働いていたり 学校や党に属していれば 上から目線が身に付いて ものを平らに見れなくなる 何にも作らず 富も生まず もっともらしい話を作るだけの 上から目線は手に負えないけれど ひとつのことに気がついた なにも知らないから 上から目線なのだ だから他人を馬鹿にするのだ だから他人を批判するのだ だから他人を否定するのだ でも 気にすることはない 上から目線は いつか覆される 自分たちの現実がわからないまま いつか すべてを失う

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感情

エモーションは 情動 で 情の動き フィーリングは 感情 で 情を感じること でも そんなこととは関係なく 私たちは喜び 怒り 哀しみ 楽しむ そして 嫌悪し 驚き 恐れる 喜びを感じたときに もっと喜びがほしくなる人と それで満足だと思う人がいる 悲しんだり怒ったりしたときに それを抑えようとする人と それを爆発させてしまう人がいる 人の感情は今も昔も変わらない そう言いながらも ひとりひとりの反応が違うことは 認めざるをえない 他人の感情が いつもわかるわけではない 時代の流れについていけない人 不適応な人 違和感を感じている人 そんな人の感情は うまくやっている人にはわからない 慎重さ 用心深さ 丁寧さ といった長所が 考えすぎ 先延ばし 心配性 といった短所に置き換えられる する前に考えてしまったり した後に考え続けたり 完璧を追えば 自分を追い詰める 完璧なんて目指さず 不完全さを美しく感じ 未完成を恥じず 永遠を信じない 生に執着せず 押しのけて生き残ろうなんて思わず 不利になっても譲らず 適当なところで投げ出す そうすれば 冷静という感情が うっとりという感情を知り ワクワクという感情は ムラムラという感情に変わる そして 畏れという感情は 怒りという感情を知り 驚きという感情が 楽しみという感情に変わる 感情のない機械は間違わないけれど 感情で動く人間の間違いは愛しい 変わり続ける君の感情は 悲しみとか怒りとかもあって いつもいいわけではないけれど 愛しい

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変化

価値観が変わった 大切だと思っていたことが 大切ではないと気付いた 気にしていなかったことが とても大切だとわかった ではどうしたいのか なにを描きたいか 程々の家に住み 程々の椅子に座って 目の前の風景を眺める 風を感じる 空気を肌で感じる 草の匂いを嗅ぐ 水の音を聞く 空を見上げる 朝の空を 昼の空を 夕方の空を 夜の空を そして 君を感じる

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AIと人権

「NECグループ AIと人権に関するポリシー」と その実践に向けた取り組み を読んだ 関連したページ も読んで思った NEC は素晴らしい と そして思った NEC はヒポクリットだ と AI とはなにかとか 社会への AI の影響ということを よくわかっている NEC という会社が AI と人権という問題に取り組み ウェブページに AIと人権に関するポリシー や 実践に向けた取り組み を発表するのは とても素晴らしいと思う NEC のイメージアップになるだけでなく 他の会社へのいい影響もあるし いいことずくめのように思われる そう NEC は素晴らしい でも NEC は大きな会社だから 担当している部署が なにか を書いていても 全社でそれがどれだけ尊重されているかというと 「?」だ 顔認証ひとつとっても プライバシーを侵害しない顔認証システムなんて ありえないわけだし パーソナルデータの利用や活用も 人権を侵害しないパーソナルデータの利用や活用は ありえない だとすると このポリシーや取り組みは いったいなんなのかということになる そんなことは言わずにひたすら前に進んでいる ファーウェイのほうが すっきりしていてよっぽどいいじゃないか そう NEC はヒポクリットだ AI も確かに問題だけど IoT となるともっと問題で カメラやセンサーがありとあらゆるところにあって その数が人の数よりはるかに多いという現実の前では IoT と人権ということは もう誰も話すことができない ブロックチェーンはもっと問題で 誰が いつ どこにいたのかが すべて記録されていて わかってしまうという現状の前で ブロックチェーンと人権ということはは もう誰も話せない ビッグデータと人権を話すこととなると もうそんなことを考える人もいない これはかなり危ない状況だ NEC のデジタルトラスト推進本部で 「NECグループ AIと人権に関するポリシー」と その実践に向けた取り組み を書いた人たちは どれだけ真剣なのだろう 本気なのだろうか NEC の最先端の技術者から 10年は遅れている感じの文章を書いた人たちは いったいなにを思っているのか

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テレビ

テレビがつまらない どのチャンネルもつまらない そんなわけで仕方なく 外国の番組にチャンネルを合わせたりする テレビ局で働いている人たちは 家にも ろくに帰れないくらい忙しい 過重労働が蓄積して 病んでしまっている 病んだ人たちが集まって みんな 朦朧としていて なぜか テンションは高くて でも やっぱり眠そうで そんな状態で作る番組が おもしろいわけはない でも それよりも なによりも テレビの番組がおもしろくないのは それが作り手が作りたい番組で 僕が見たい番組ではないからだ スポンサーがお金を払いたくなる番組は 好感度が高く 視聴率が高いような 要するに見ても見なくてもいい あたりさわりのない番組なのだ テレビから 垂れ流される番組を見せられて 洗脳されるのと インターネットの中から 選び取ったページを見て 考えるのと どっちを選ぶかといえば 僕はインターネットを選ぶ どんなこともビジネスとしてしか 考えられない人たちがいて そんな人たちにとっては テレビもインターネットも 儲けるための道具でしかなくて どちらのほうが 売り上げにつながるかとか どちらのほうが 人を操りやすいかとか そんなろくでもないことが重要で そんな人たちが集まって作るのだから テレビ番組も インターネットのコンテンツも おもしろくない インターネットよりテレビのほうが 人を操るのが簡単だったのは もう 昔の話でしかない 集団で騙されていた人たちが いま ひとりひとり騙されている IoT のセンサーが街中にあって AIや ブロックチェーンは どんどん進化して ますます見えなくなっていて ビッグデータの分析で わからないはずのことが わかってしまっていて どこにいても 何をしても 私たちは操られている 権力者たちや金持ちたちに 騙されている それにしても テレビはつまらない テレビを喜んで見ている人は まるで異星人だ そう言いながら僕は 今日もテレビを見ている バカ面をして 口をあけて テレビを見ている

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公共の福祉

日本国憲法の第13条に   すべて国民は、個人として尊重される。   生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、   公共の福祉に反しない限り、   立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。 と書いてある これをそのまま読めば   公共の福祉に反しない限り   生命に対する個人の権利が尊重され   公共の福祉に反しない限り   自由に対する個人の権利が尊重され   公共の福祉に反しない限り   幸福追求に対する個人の権利が尊重される となり 言い換えれば   公共の福祉に反すれば   生命に対する個人の権利は尊重されず   公共の福祉に反すれば   自由に対する個人の権利は尊重されず   公共の福祉に反すれば   幸福追求に対する個人の権利は尊重されない となる 日本国憲法の第12条にも 第22条にも 第29条にも 公共の福祉という言葉が出てくる 日本では   ハンセン病患者を隔離するのも   電源開発のために村を水の底に沈めるのも   鉄道の敷設のために人を立ち退かせるのも みんな公共の福祉だった 政府が   人々の生活の安全を守るために何かを制限するのも   人々の生活を豊かにするために何かを制限するのも   人々を幸福にするために何かを制限するのも みんな公共の福祉なのだ 私たちは   公共の福祉のために人間としての自由を失い   公共の福祉のために人間としての権利を失い   公共の福祉のために人間としての機会を失い それでもへらへらと生きている 私たちの最大の敵は もしかしたら 公共の福祉かもしれない いや 私たちの最大の敵は 憲法ではないのか 国ではないのか

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青い鳥

自分に合った仕事を見つけようとして いろいろな仕事を試したり 見つける努力をしても 自分に合った仕事が見つかるとは限らない   もっといい仕事があると思って仕事をしていたら せっかくの仕事も身に付かず 自分に合った仕事かもしれないのに それに気づくこともできない   自分に合った仕事は 身近にあるのかもしれない 自分に合った仕事なんて ないのかもしれない   好きになった仕事が 自分に合った仕事だと そう気づけばいいだけのことだと 誰かがそう言った     自分に合った相手を見つけようとして いろいろな相手を試したり 見つける努力をしても 自分に合った相手が見つかるとは限らない   もっといい相手がいると思っていたら せっかくの相手のよさにも目が行かず 自分に合った相手かもしれないのに それに気づくこともできない   好きになった相手が 自分に合う相手だと そう思っていたら 君に出会った   君を思い続けていたら 君が僕に合っているって 僕が君に合っているって それしかなくなった

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仕事

夢のなかで上司から お前の仕事はアウトリーチだ と言われた僕は 思わず両手を前に伸ばした 夢のなかの上司は叫ぶ 人員整理はできたのかと 僕の仕事はアウトリーチ 人員整理はうまくない 夢のなかで上司から お前の仕事はディベロップメントだ と言われた僕は ゴルフ場の開発を思い浮かべた 夢のなかの上司は叫ぶ 予算削減はできたのかと 僕の仕事はディベロップメント 予算削減はうまくない 夢のなかの僕は 窮地に立たされる でもいつか夢は醒め 職場も上司も消えている 働いていた頃の僕は 窮地に立たされた時に いったいどうしていたのだろう どうしてこんな夢を見るのだろう

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変革的テクノロジー

IoT AI ブロックチェーンの3つを 変革的テクノロジーと呼ぶ人たちがいて その変革的テクノロジーが 生活のあらゆる側面を変えようとしているという 変革的テクノロジーを導入すれば 無駄のないビジネスプロセスが構築でき 革新的な製品を開発することができ 業務を自動化することができ コストを最小限に抑えることができる なるほど IoTは データを収集し共有するデバイスが ネットワークに接続されることで いろいろな状況を検知できるようにする AIは アルゴリズムとデータさえ用意すれば 認識・推論・創造といったことを 人間にはできない速さと正確さでする ブロックチェーンは 時間や場所の情報を含むデータデータの集合体で データの改変がすべて記録されているため データの改ざんができない なるほど なるほど 変革的テクノロジーは 政策決定 予算管理 文書管理 会議の運営 統計データの管理などの 官僚制に基づく組織的活動に使われ 開発途上地域の持続可能な開発のための 財政的・人的な開発協力活動に使われ 災害や紛争などによる緊急時の迅速な対応を含む 人道援助を中心とした人道的活動に使われ 難民、移民、種族的・宗教的少数者、戦争や暴力の被害者など 弱い立場に置かれた人々に寄りそった支援活動に使われる なるほど なるほど なるほど でも そんなことは どうでもいい 君が元気で調子よくすごしている それだけでいい そう 変革的テクノロジーなんて知りたくもない

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時間

しなかったことの後悔は したことの後悔より つらい でもいつも現在にいれば 過去はない 過去がなければ 後悔はない 経験したことのない暗室は 一度経験した暗室より こわい でもいつも現在にいれば 未来はわからない 未来がわからなければ なにもこわくない 過去は 何もない今を見せ 未来は ない可能性を見せる 夢に満ちた目ざめと 記憶に縛られた未来に 何を望んだらいいのだろう 懐かしさのない過去を振り返っても 今は望んでいたようなものでないし 希望のない未来を覗いてみても 今望んでいるようにはなっていない 過去が失敗したすべてなら 未来の失敗も想像できる それでも僕は君を見る 知っている君とすごす 知っているはずの君だけど まだ知らない君とすごす 知っている君と何を話し まだ知らない君に何を話すのか それは楽しみではないか

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混乱

考えていることを言ってはダメだけど 考えていることを言ってもいい なのか 考えていることを言ってはダメだけど 考えていることを言わなくてもいい なのか あれっ なんか変だ 考えていることを言ってはダメ 考えていることを言ってもいい 考えていることを言わなくてもいい あれっ 考えていることを言わないのはダメだけど 考えていることを言わなくてもいい なのか 考えていることを言わなくてはダメだけど 考えていることを言ってもいい なのか あれっ なんか変だ 考えていることを言わないのはダメ 考えていることを言わなくてもいい 考えていることを言ってもいい あれっ 書いていてもなにがなんだかわからないけれど 考えていることを言ってもいい 考えていることを言ってはダメ 考えていることを言わなくてもいい 考えていることを言わないのはダメ 考えてもいないことを言ってもいい 考えてもいないことを言ってはダメ うん? なにをしてもいい? なにをしてもダメ? 偽りの真実を裁くものがあるなら それで真実の偽りを裁いてほしい うん? なにか変だ 君のことを思う 思わないは ない いいも ダメも ない 思ってもいい 思っている

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大切な

どんなことも重要で なにもかも重要だけれど 生きるか死ぬかに比べたら それほど重要でない なにごとも大事で ぜんぶが大事だけれど 本当に大事なことに比べたら それほど大事じゃない どれも大切にして すべてのことを大切にして でも いちばん大切なことを忘れてまで 守ることなんてない     どんなものも重要で なにもかも重要だけれど いちばん重要なものに比べたら それほど重要でない どんなものも大事で ぜんぶが大事だけれど 本当に大事なものに比べたら それほど大事じゃない どれも大切にして すべてのものを大切にして でも いちばん大切なものを捨ててまで 守るものなんてない     どんな人も重要で 誰も彼も重要だけれど 自分にとっていちばん重要な人に比べたら それほど重要でない どんな人も大事で みんなが大事だけれど 自分にとってほんとうに大事な人に比べたら それほど大事じゃない どんな人も大切にして すべての人を大切にして でも いちばん大切な人を捨ててまで 守る人は いない     君が重要で 君がとても大事で だから 君だけを大切にする

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中庸

『ニコマコス倫理学』のなかに「μεσοτης」という徳が出てくる 行き過ぎの「蛮勇」と足らなさ過ぎの「臆病」の間の「勇気」とか 名誉についての行き過ぎと足らなさ過ぎの間の「矜持」とか 怒りについての行き過ぎと足らなさ過ぎの間の「温和」とか 名誉についての行き過ぎと足らなさ過ぎの間の「矜持」とか 行き過ぎと足らなさ過ぎの間にあるのが「μεσοτης」という徳だ アリストテレスは「μεσοτης」を守ることが大事だと説いた 「μεσοτης」は 孔子の『論語』のなかに出てくる「中庸」に似ている 孔子の孫の子思が完成させた『中庸』で説明されていることのそれぞれは どれも「μεσοτης」のようだ 「μεσοτης」はいい 「中庸」もいい 極端でないのがいい 思慮深いところもいい 極端は面白い だから信じる人は多いけれど 真実から遠いことが多い 逆に中庸は面白くない だから人気はないけれど 真実に近いことは多い 中庸であるには 一方で努力し 他方で諦めるということを しなければならない 相反することのバランスを保つのが 中庸なのだ 中庸を身につけた人は少ない でも 中庸を身につけた人がいたら どんなにいいだろうと思う 身につけることのできない中庸に 憧れている その憧れは 君への憧れに似ている ずっと憧れている

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程々

多すぎず少なすぎず 程良く 自分にとってちょうどいい 丁寧な暮らし そして 穏やかな毎日 常識に捉われず 便利なことに縛られず 小さなことに目を向けて 無駄を大事にする 好き嫌いを信じて 感性を信じて 自分の判断を信じて おおらかな そして 平らかな気持ち 極端にならず 自然と離れず 人とも離れず のびのびと生きる 程々の家に住んで 季節を感じ 程々の椅子に座って 君を感じる 控えめに 慎ましく そんな夢を見ている

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見せかけの幸せ

幸せは芸術の敵だという いい作品を残した人に 幸せだった人はいない 幸せのなにがそんなに素晴らしいのか なんの芸術も生み出さないというのに そんなことを言う人がいる まわりを見れば 幸せは至る所に広がっている 明るい面だけを見れば幸せになれる 未来を信じれば幸せになれる ブータンの人たちは幸せだ いや UAEの人たちのほうが幸せだ 感謝すれば幸せ お金があれば幸せ 健康なら幸せ 愛があれば幸せ そんなプロパガンダが街に溢れている 不幸せの悲惨さは言い尽くせないが まあ それはそれとして プロパガンダの幸せの悲惨さは 見かけだけの幸せの悲惨さだから 深いところにじわじわと 情け容赦なく効いてくる そう 容赦ない幸せの悲惨さは 人を 人でないなにかにしてしまう いいところに住んで いいくるまに乗って 健康な生活をして 困ったことがなく どんな病気も治ってしまうという悲惨さは 想像するに余りある 見かけだけの幸せを追えば 幸せからどんどん遠くなる 大都会では 汚い水と汚い空気と汚い言葉のせいで 芸術は汚くなり そして 人間への無関心から 芸術は人工的になる コンピュータグラフィックスとかいって 合理性と機能性を追求しているうちに 自然を忘れ 感性を忘れ 芸術は芸術でなくなる 芸術の敵は幸せではなく 見せかけの幸せが芸術の敵なのだ 悲しみを知らない芸術はない でも 悲しみのなかでの芸術より 悲しみから立ち直ったあとの芸術のほうがいい 立ち直る そして 取り戻す 暮しの中に自然を取り戻し 感性を取り戻せば 幸せと共に 芸術が戻ってくる ひかりを描く絵も 愛を刻んだ彫刻も きっと戻ってくる 芸術の敵は幸せではなく 歪んでしまった社会 そして汚れた心 違うか? でもそうはいっても 僕は 芸術よりも君がいい 君のほうがずっといい

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大きな嘘

世界には神を感じる人がたくさんいて 木に神を感じ 山に神を感じ 太陽に神を感じた 木を畏れ 山を畏れ 太陽を畏れ 神を信じ 神を祀り 神を敬った 生きるために生き物を殺しても 生き物を敬い 厳かな気持ちで神に感謝し 生きるために人を殺しても 神に祈り こころから人を愛した ユダヤ教が生まれ キリスト教が生まれ イスラム教が生まれ 世界中に作りごとを信じる人が増えていって 自分たちの作りごとだけが正しいといい それ以外は認めないと言い出した 自分たちの神だけを信じろといい 信じなければ救いはないと脅した 信じないことを罪だといい 信じない人を罰しろといった 自分たちの神だけを信じろという人たちと 違う神だけを信じろという人たちが 自分たちが正しいのだと言いながら 戦争を始め殺戮を繰り返した 神以外の権力は認めないといいながら たくさんの権力を生み出し カネを集めるのはよくないといいながら たくさんのカネを集めた 人は罪などという決まりを作り出し その決まりに背いた者は罪を犯したとされた 人が人を罰するようになり 罰せられる人は 犯した罪に怯える 神という作りごとや罪という決まりは 所詮 人が作ったものでしかない そんなものに縛られてしまったら 作った人たちの思う壺だ なくしたものには こだわらないで これからなくすことも恐れないで 自由に生きてゆく そうすれば景色は美しい そうすれば君は美しい

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本当の嘘

その写真を撮った時には 確かに誰かがそこにいて みんなのなかで笑っていた ところが残された写真からは その人が切り取られていて それが誰だったのかも そこがどこだったのかも まったく思い出すことができない 確かなのはそこに誰かがいて 笑っていたということ 記憶では誰かと一緒で 写真のなかにはその人がいない そう 僕が覚えていることと写真とが違う 行ったことのない街を 僕がひとりで歩いている 実際としか思えない映像には 日付と時刻がしるされていて 一昨日の午後1時すぎに 花屋を覗いている僕がいる そんな街には行っていないと 言っても誰も信じない そこにいるのは間違いなく僕で 一昨日に履いていた靴を履き 一昨日に着ていた服を着ている 映像のなかに映っている街を 僕はほんとうに知らない そう 僕がしていないことが映像になっている 写真も映像も事実とは違う いくらでも編集できることを 忘れてはならない 写真も映像もからだに直接訴える だから事実でないことも 事実と思われてしまう 信頼性があるとされ 記憶や証言よりも 重要だとされる 人に刷り込みたいメッセージを 見えない1コマの画像にしたり 聞こえない小さな音にして 映像のなかに混ぜ込んで 人に影響を与えることを サブリミナル効果といって 使ってはいけないとされてきた でも映像は編集され サブリミナルよりもっと直接的に 人を騙すよりもっと悪辣に 私たちに影響を与える 普通では絶対に気づかれない編集で 何が本当で何が嘘なのかわからなくなった映像が 私たちのまわりに溢れている ある時はドキュメンタリーという本当として嘘が ある時はゲームという嘘として本当が 私たちを惑わせる 何も信じることができないなかで 君にとっての本当と 僕にとっての本当が混じって 嘘の本当になり 君にとっての嘘と 僕にとっての嘘とが混じって 本当の嘘になる そして 僕は君だけを信じる それでいい

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単純なこと

私は 読書の喜びを 知っている でも 私は あまり本を読まない 本は 読む人を 夢に導く でも 夢と交わることができれば 本は必要ない 私は 音楽の魅力を 知っている でも 私は あまり音を奏でない 音は 奏でる人を 虜にする でも 生きるのに熱中していれば 音を奏でることはない でも というか じつは というか 私は 何も知らない 知は 無知な人を 興奮させる でも 私は 知より君を選ぶ

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変化

社会が変わるのは なにも今に限ったことではない 人が変わる 社会が変わる 景色が変わる 自然が変わる 川の流れが変わる 山の形が変わる 海岸線が変わる すべてが変わる 大正の頃には 江戸趣味を知っている人がたくさんいたのに いま江戸趣味といえば 遠い遠い過去のこと いま 大日本帝国を知っている人がたくさんいるけれど 近い将来 戦前は誰も知らないという時がくる もうすでに メイドインジャパンが世界中に溢れていたことも 忘れられている 時代はいつも大きく変わる 生活が変わり 価値が変わり そして すべては忘れさられる いまの変化もすぐに過去になる いま言われているのが Physical から Intangible への変化 目に見えるものから 目に見えないものへ 有形から 無形への変化だ 有形のものは なかなか消えないけれど 無形のものは すぐに消える 無形資産が 有形資産を上回り 無形経済のなかで 知も消費される 新しいゲームはいつも難しい 変わったことに気づいた頃には ゲームはもう終わっている 見えないものは見えない という でも 見えないはずの人の気持ちも 寄りそい続けれは見えてくる 愛もきっと見えてくる

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記憶

遠い記憶の闇のなかに そこだけが照らされて その前後は暗いままの 短い記録映画のような いつまでも残っている 思い出のかけらがある 夢か幻のような人物は 自分のようでもあるし ここに現にいる自分は 他人のようにも見える 自分はここにいるのか 幻影すらもいないのか 自分と関係があるのは 確かなような気もする でもそんなつながりは 暗い闇のなかに消えて 灯りを灯そうとしても 頼りの理性は働かない 自分の意識的な生活が 夢か幻のようなもので そういう記憶の断片が 実際に起こったことか 記憶を投影したものか 何もわからず佇立する 見上げると君が見えて 優しい微笑みを感じて 思い出は思い出でなく 記憶はどこにもないと そんな思いさえ持てば なにも起きてはいない なにも起きていないと 君の幻に語りかけたら 嬉しそうな顔が浮かび あっという間に消えた 明日の空は青いのだと 言っている君を感じた

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笑い

微笑みは人の心を和ませるが 含み笑いは人を不快な気持ちにさせ 薄ら笑いは時に不気味で せせら笑いは人を見下したようだし 作り笑いは不自然なのですぐわかる 苦笑いはバレてしまったというような感じだし 思い出し笑いは気をつけないと困ったことになる 独り笑いはあまり気持ちのいいものではないし 高笑いは漫画やアニメのようだし 馬鹿笑いからは知性は感じられない 追従笑いは卑屈さの現れだし 貰い笑いは他人に合わせるようで嫌だ そう よく考えてみると いい笑いばかりなんてことはない よくない笑いもたくさんあるのだ 嘲笑 苦笑 失笑 照れ笑い 冷笑 空笑 憫笑 愛想笑い どんな笑いだっていいけれど 笑いながら泣いたり 泣きながら笑ったり 笑いながら怒ったり 怒りながら笑ったりは あんまり見たくない 君が心から笑ったり 自然に微笑んだりすると 世界が明るくなる 黒い雲に覆われた街が 輝いて見える 理屈でなく 君の笑顔が好き 暖かい微笑みが好きだ

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言葉

忘れようと思っても思い出せない という赤塚不二夫の言葉を 超える言葉が出てこない 思い出そうと思っても忘れられない と逆にしても いまひとつ 進もうと思っても戻れない とか 戻ろうと思っても進めない とか 好きになろうと思っても嫌いになれない とか 嫌いになろうと思っても好きになれない とか そんなことを考えていたら アタマがクラクラしてきた I try to forget, but I can’t remember という美術館に飾られた作品も もとの言葉を超えてはいない なにを書いても なにを作っても 追いつくことはない こんなことをしても 時間がすぎるだけ でも君がいて 心地よくて だから これでいいのだ

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気持ちいい

満足しているか 自分に満足しているか ポジティブか ネガティブか どれだけポジティブでいられるか ネガティブにならずにいられるか そんなことを自分に問いかける 自分は幸せか 幸せを感じているか 幸せをどう感じるかは生まれつきだという 遺伝的な要素はそんなに大きくないともいう 幸せは環境に依存するという 思っているほど環境に依存しないともいう 幸せは外的要因に依存するという 外的要因にはまったく依存しないともいう どれだけ稼いでいるか どんなところに住んでいるのか どんな仕事をしているのか どんな人と暮らしているのか そんなことで幸せは決まるのか 稼ぎが多くなれば幸せになるか いいところに移り住めば幸せになるのか いい仕事をすれば幸せになるかか いい人と暮らせれば幸せになるのか ひとりでは幸せになれないという 周りに感謝すれば幸せになれるともいう 自分より周りの人たちを大切にすれば 自分も幸せになれるというのだろうか 悲しみを受け入れれば幸せになれるとか 怒りを受け入れれば幸せになれるとか 泣けば幸せになれるとか そんなことを信じろというのか 悲しみも孤独も 感じてもいいと思えれば消えてゆく ネガティブな感情を恥ずかしく思ったりすれば 幸せにはなれない 持ちすぎない 捨てすぎない 心を落ち着かせる 体を喜ばせる ちょうどいい 心地いい 気持ちいい それでいい

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真珠

水中の小さな生物や砂などの異物が 貝殻と体を覆う膜との間に入り込み 異物に刺激されて膜の表面が破れて 膜の欠片と異物が膜の中に入り込む 膜の欠片が広がって異物を包み込み 内側に貝殻を作るものがにじみ出て 貝殻と同じ感じの丸いものができて ある日開かれ取り出されたのが真珠 真珠の中に涙という異物を閉じ込め 誰にも真珠の中身は見せないと決め 貝殻の内側の独特の光沢をまとって 七色の輝きで人を惹きつけ惑わせる 真珠は貝の中で数年でできてしまう 数百万年かけて固まるオパールとか 何十億年もかかるダイヤモンドとは 同じ宝石とはいってもすべてが違う それでも人は真珠の輝きに惹かれる イミテーションの真珠の首飾りから グレン・ミラーの真珠の首飾りまで 真珠をめぐる物語はすべてが美しい 真珠のブローチは喜びの音楽を奏で 真珠の指輪はエレガントで愛らしく 真珠のイヤリングは知性を引き出し 真珠の首飾りは上品さを感じさせる 細工をしていない一粒の真珠を選び 眠った君のうえにそっと置いてみる 真珠は濡れた美しさを披露したあと 暗闇のなかで控えめな輝きを放った

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普通の日

素敵な一日があれば それでいい その日のことをずっと思うことができたら もうそれで十分 完璧な一日? パーフェクト・デイ? いや違う 完璧な一日である必要はない 特別なものではない 平凡な 普通の日 たとえば並んで歩くとか 一緒に海を眺めるとか そんなことができたら それでいい 公園でサングリアを飲むとか 暗くなったら家に帰ってとか そんなのもいいけれど その日に何をするかは あまり問題じゃない どこに行くか 何を見るかなんて どうでもいい 素敵な一日って感じられればいい 心で感じれば それでいい 今日をその素敵な一日にすればいい 向日葵が咲いていて 陽の光が暖かく感じられて それだけでいい 向日葵は綺麗だ 戸惑いも躊躇もなく一斉に太陽のほうを向く まるで神を見上げる人の群れのように ただひたすら太陽を見る なにかを見るときも同じ ただひたすら見る 目をそらさずに じっと見つめる まるで向日葵みたいに 目の中を見つめられても 視線を合わせられずに 遠くを見るしかなくなる 空を見るしかなくなる 空も眩しい きれいで ずっとは見ていられない 近くを見る ほら 草が 波を打ってる まるで海の波みたいだ 風に揺れて ほら 波の音がする あっ 目が合った 目をそらさないで 笑って ふっ ちゃんと笑う いい顔で笑う 草の波でなくて 本当の波を見よう 海の波を 海は近い その路地を抜けていけば すぐだ ほら 海の感じがする 海が見えてきた 海だ わあ 海だ ずいぶん歩いたから 方向感覚も失くしてしまったけれど そうか 海に向かってたのか あっ と言って 影を見る こっちが南 方向感覚は失くしようがない 海岸線だ どこまでも続いてる すごい すごい 気持ちいい 海は何度も見たけれど なんだか新鮮な感じだ すべてが違って見える 白い雲のかたちも 空の青さも 前に見たのとは違う ぜんぶ違う 僕も違う 隣にきみがいて 海が広がっていて ここに僕がいて なにもかもが変わり続けている世界では なにもかもが時と共に変わる 同じものなどなにもなく 同じことなど二度と起きない 誰もが生まれてから死ぬまでずっと変わり続け なにもが永遠に新しい 太陽が暖かい。 そう 太陽は誰にも優しい 空は青い 君といて 僕には素敵な一日 十分な一日 … Continue reading

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テクノロジーの変革

ビッグデータと ブロックチェーンと AI が 今までのビジネスモデルを時代遅れにし 組織の中での人間の役割を変えていく ビッグデータで 明確な戦略を立てたり 変化し続ける環境を よりよく理解することができ ブロックチェーンで データソースが統合され 矛盾への対処や エラーや誤報告の特定が 容易にできるようになり AI で 特定地域の状況の監視や予測が 現地に行かないでもできるようになる ビッグデータ 人工衛星からのデータ ブロックチェーン AI などを 複合的にそして積極的に利用することで 開発の分野でも人道援助の分野でも 大きな貢献を続けることができる COVID-19 の流行は ビッグデータと ブロックチェーンと AI の利用の各国の実力の差を 世界中の人たちにまざまざと見せつけることになってしまった 二つの大国の優位性が明らかになり 二つの大国のやり方の違いも明らかになった テクノロジーの応用の仕方や運用の仕方が違うのはもちろん その裏にある価値観の違いがお互いの不信感を増幅している 人権とかプライバシーといった価値に重きを置く大国と 最大多数の最大幸福を追求する大国は お互いの非難を繰り返している ビッグデータと ブロックチェーンと AI の利用についての 不平等は広がるばかり 各国がますます内向きになるなかで それぞれの国から不平等の解消についての議論は出てこない ブロックチェーンのおかげで ペーパーレスが進んだ国と そういうことが考えられない国との 事務量の差は広がるばかり オンライン決済が浸透し キャッシュレスが浸透した国と 浸透していない国との 利便性の違い大きくなり 恩恵の差は広がるばかり 感染症の脅威があるかないかを 知ることのできるシステムのある社会と それらしいシステムしかない社会との差は 驚くほど大きい 行方不明になった人が簡単に見つかる社会と 見つからない社会とでは 間違いなく何かが違う ビッグデータと ブロックチェーンと AI の 利用についての不平等を解消していかなければ 現在の経済的な貧富の差は 現在とは違った形で 現在よりはるかに大きなものになってあらわれる ビッグデータと ブロックチェーンと AI の 競争に参加している人の数は びっくりするほど少ない

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支離滅裂

韻を踏むなんて めったに気にしない 隣り合った木に違いがあるなんて 思わない 詩人の単純さを持ち合わせていないので うまく表現することができない 咲く花の色は確かでも 水の色は確かでない 自分の外見に 興味がないふりをする 手を水に浸すと 水がよく見える 水のように書いてみる 風のようには書けない 雲が出て来た 雨かなって思った時にはもう降っている 君は何を見ている 僕は何を見ている

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戦して赤いクレヨンもなくなりぬ という 石牟礼道子さんの575があって そうか 紙が白かったから 日の丸の旗を描くのに 白いクレヨンは要らなかったんだって 赤いクレヨンがあれば良かったんだって そんな基本的なことに気がついた もしも 紙っていう紙がみんな黒かったら インクはやっぱり白かなとか そして 白いクレヨンがたくさん要るなって ところで 新聞紙の色は厳密にいえば白ではない っていうことにはじめて気づいた そんなこと 気にしたことがなかった 白色度が低い用紙という言い方をするらしい 真っ白でなくても 新聞の紙面に日の丸を印刷しようとしたら やっぱり赤いインクがたくさん要る いや まて 「国旗及び国歌に関する法律」によれば 日章は紅色とされていて 赤ではない 紅は「くれない」なのか「べに」なのか そんなことさえわからないけれど とにかく赤色ではない 日の丸を印刷しようとしたら 紅色のインクがたくさん要る 色というのは不思議なもので 紅色といっても同じ色は出せない 色を載せるのが紙か布かで違ってくるし 紙の質や布の種類によっても違ってくる 使うコンピュータやプリンターによっても違う 頼む会社によっても違うし 人によっても違う 石牟礼道子さんが代用教員をしていて 子どもたちに日の丸を描かせたとき 紙が白いかどうかとか クレヨンが赤いかどうかなんて 考えなかったに違いない 白い紙は白 赤いクレヨンは赤 そのことに疑問を持つ人はいなかったに違いない 白い紙は白 ダーティーホワイトも白 赤いクレヨンは赤 紅色も赤 それでいい

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人間の違い

ユークリッド・アヴェニューには 6番のバスと9番のバスが走っていて 6番のバスが来ると黒人が乗り込み 9番のバスが来ると白人が乗り込んだ 黒人でも白人でもない僕は どちらが来ても乗ることにしていた 6番の混んだバスの乗客たちは なんで乗ってくるのだと 怪訝な顔で僕を見た 9番の空いたバスの乗客たちは 静かに座っている僕に 目を向けなかった 必ずしも黒いとはいえない人たちを黒人と呼んで 必ずしも白いとはいえない人たちを白人と呼んで 黒人と白人という2つの括りのなかに すべての人間を閉じ込める 黒人の括りに入れられた人たちと 白人の括りに入れられた人たちが お互いを理解できないといって 不信感を持ち合って対立する でもちょっと深く考えてみると 同じ括りに入れられた人たちにしたって 似たような人たち同士だって わかり合えるわけではない 似ている人たちだって一人一人違う 黒人と一括りにされたって 白人と一括りにされたって 一人一人違う それなのに一括りにされ 違う括りとの違いは強調され 同じ括りとの違いは同調圧力もあって ないことにされてしまう 同じ括りのなかだって 違うのは悪くない 違うのが間違っているなんていうのが悪いのだ あたりまえのことが あたりまえと思われない社会で あたりまえのことを話すのは難しい

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遺伝子組み換え

遺伝子組み換え技術を持つ優秀な企業が 農作物も雑草も無差別に枯らす除草剤を作り 同時に その除草剤に耐性のある種子を作って 除草剤と種子とを併せて売って大儲けする 除草剤があらゆる場所に撒かれると 雑草は除草剤に負けないようにと 進化して耐性を持つようになり 除草剤は次第に効かなくなる 優秀な企業はさらに強力な除草剤を作り 新しい種子と併せて売って また大儲けする 農家は農家でその除草剤に飽き足らず 他の除草剤も併せて使ってあらゆる雑草を殺す 雑草が消えた農地には 虫も寄り付かず 土は痩せ 作物が育たない土地が増えてゆく 農業ができないはずの酷い土地の小さな国が 遺伝子組み換えや人工知能のおかげで農業国になり 農産物の輸出で世界一になったものだから いろんな国がそれを真似る 気がついてみれば 農業は農地から工場に移り 働いているのはロボットで 土もなければ虫もいない 工場でできた作物が 世界中の食糧不足を解消し 増えすぎた80億もの人間は 土を知らない食べ物を食べる 植物の遺伝子を組み換えるのがいいのならばと 動物の遺伝子を組み換えるのに抵抗はなくなり 遺伝子を組み換えての動物の品種改良を 悪いという人は もうどこにもいない 遺伝子の組み換えのおかげで美味しくなった牛肉も 遺伝子の組み換えのおかげで速く走る馬も 遺伝子の組み換えのおかげで人の言葉を話す鳥も すべて自然の恵みだということになる 動物でしていいことなら人間にもしていだろうと 人間の遺伝子を組み換えるのに抵抗はなくなり 遺伝子を組み換えての人間の改良は 病気の治療という名目で始まってしまう 遺伝子の組み換えのおかげで頭がいいという人間や 遺伝子の組み換えのおかげで速く走る人間や 遺伝子の組み換えのおかげで美しいといわれる人間が 遺伝子を組み換えていない人間を下に見たりする 遺伝子を組み替えることが普通になって みんながロボットみたいになって 誰も間違いを犯さなくなったら まともな人間には耐えられない でも心配はない その頃には まともな人間など きっと ひとりもいない

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ポエマー

ポエマーという言葉をはじめて目にしたので少し調べてみたら ニコニコ大百科に 「およそ人には見せられないようなこっ恥ずかしい厨二病的『詩』と称するものを自己サイトにアップロードする者。こうした人物は対外的行動を行わない傾向にあるため、一般に叩かれる要因は少ない」 と書いてあった ポエマーは和製英語で 英語の poet とは違う 「いわゆる『二次創作』とは違い、完全に自分の主観やら希望やらがない交ぜになっており、非常に痛い」 とも書いてあり 「ある状況や話題に即し、詩の形態で心情を現そうと試みる者」 という説明もあった 「厨二病同様『はしか』のようなもので、かかると深みにはまる一方年をとると完治してしまうことが多い。しかし厨二病同様に免疫ができずに大人になる者も少なくない」 なんだか嫌だ で 言えるのは ポエマーって言われるのは嫌だ ということ   今まで自分は 何者でもない 詩人ではない と言ってきたけれど 急に 自分のことが 詩人 に思えてきた 僕は詩人だ ポエマーではない

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優しさ

ずっと一緒にいられたらいい 一緒にいたあとで 優しさが情熱を包み込む そんなふうになれたらいい 情熱は過ぎると危険だから 優しさで包まないといけない なんにもしないで 自然にそうなったらいい 大事にして 大事にされて それが続いて 優しさが広がって なんにもしないでいても 情熱を包み込んでしまえばいい 時が経てばきっと 情熱的ではなくなる その代わりに 優しさでいっぱいになる 優しくなれるかとか なれないとか そういうことじゃなくて 優しくなる そうなればいい 一緒にいて お互いに正直でいて 嘘が必要なくて 信頼し合っていて 疑うことがなくて 思いやりがあれば 辺りは優しさでいっぱいになる 正直さなんてどこにもない だからこそ正直さに惹かれる お互いに正直でいられたらって そうなれたらいいって 心から思う 正直でないといけないっていうんじゃない こうでないといけないっていうのでもない そんな感じでは 優しさには包まれない 思い合っていなければ 優しさは生まれない お互いが好きだというのは大事だが それだけではなくて 相手がなにをしたいのかって考えたり 体調を気遣ったり 気遣われたり そういうことも含めて 思い合う いつもじゃなくていいから お互いのことを思う そういうことも大事ではないか 二人が今より良くなって 美しいものを心で感じるようになって なんでも許せるようになって 暖かいところで優しくなる そうなればいいんじゃないかって そう思う

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ウイルス

日本では 新型コロナウイルスの人口100万人あたりの感染者数は214人 確率にすると「4673分の1」 アメリカやヨーロッパと違って 確率はとても低い 人口100万人あたりの死者数は7.8人 確率にすると「12万8200分の1」 確率はとんでもなく低い 競馬場で買った馬券が万馬券になる確率は「2666分の1」 新型コロナウイルスに感染する確率の 1.75倍 万馬券を当てるより新型コロナウイルスに感染するほうが難しい 交通事故で負傷する確率は「125分の1」 新型コロナウイルスに感染する確率の 37.38倍 交通事故で死亡する確率は「1万5000分の1」 新型コロナウイルスで死亡する確率の 8.55倍 感染を恐れるより交通事故を恐れたほうがいい 火災で罹災する確率は「1579分の1」 新型コロナウイルスに感染する確率の 2.96倍 火災で死傷する確率は「1万2500分の1」 新型コロナウイルスで死亡する確率の 10.26倍 感染を恐れるより火災を恐れたほうがいい 空き巣ねらいに遭う確率は「882分の1」 新型コロナウイルスに感染する確率の 5.30倍 感染の心配をするよりも 空き巣の心配をしたほうがいい ひったくりに遭う確率は「2500 分の1」 新型コロナウイルスに感染する確率の 1.87倍 感染の心配をするよりも ひったくりの心配をしたほうがいい ウイルスより恐いのは風呂場 そして玄関 風呂場でどれだけの人が死ぬか 知っているか? 玄関でどれだけの人が死ぬか 知っているか? 殺人事件の被害者となる確率は「10万分の1」 新型コロナウイルスで死亡する確率の 1.28倍 ウイルスを恐れるよりも 人を恐れたほうがいい 新型コロナウイルスのことで 人を非難する人がこわい 新型コロナウイルスのことで 人を恐れさせる人がこわい 新型コロナウイルスのことで 人を恐れる人がこわい 新型コロナウイルスのことで 人を利用する人がこわい 新型コロナウイルスのことで 人と同調する人がこわい ウイルスより 人が恐い

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ロマンティックな恋

ロマンティックな恋がいいという人がいる でも ロマンティックな恋が そんなにいいのだろうか リアリスティックな愛より ロマンティックな恋のほうが夢があっていい そう思うのだという ロマンティックな恋って どんな恋なのか どきどきがあって 仲の良さもあって でも 将来の約束はない そんなものなのだろうか ロマンティックな恋に 約束は似合わないという どこに住むとか 家事の分担はどうするとかは 確かに似合わない でも 現実の話は 大事ではないのか どこまでも現実離れしているロマンティックなだけの恋は それ以上ないくらい甘く その時だけ ありえないほど美しい そして 毎日の暮らしとは 遠くかけ離れている でも ロマンティックなだけの恋は ほとんどが あまり素敵に終わらない 気持ちが強すぎて 手に負えなくなってしまうことも多いのだ 情熱的に見える恋は のめり込むと病気のようになる 嫉妬深いのや 相手を確かめたりする恋は 愛とはいえない 相手をちゃんと見ないで 気持ちを考えなければ 愛は育たない 情熱的になりすぎた人の恋は 失恋で終わる 失恋を美しいと思ってしまうと 何度も同じことを繰り返す 大人になるという言葉があるけれど 大人になって 恋と上手に付き合えるのなら ロマンティックなだけの恋をするのもいい 子どもっぽい人には重すぎる恋も 大人には そうは重くない だから ロマンティックな恋も きっとそんなに悪くないのだろう ロマンティックな恋に憧れる人は多い でもその人たちは 刹那の恋から得るものは少ないと知っているのだろうか 恋と遊べば 代償は大きいと わかっているのだろうか 恋が愛に変わるのが理想だという でもそれは 見合いで始まった関係が愛に変わるのよりも難しい ロマンティックな恋がそんなにいいと思うのなら 一生 ロマンティックな恋を夢見ているといい 自分に酔っている自分を 夢見ていればいい ロマンティックな恋で始まり 思い合う愛で終わる そんな 小説や映画のなかのことを 夢見ていると 続くものも終わってしまう 思い合って 助け合って 見つめ合う愛のほうが ロマンティックな恋よりも ずっといい 人は死ぬから 愛にも終わりは来るけれど でもずっといい ロマンティックな恋よりも 愛を選びたい 暖かい愛 慈しみに満ちた愛 許し合える愛 死んでも終わらない愛 君への愛

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歴史

イザナギは黄泉国にまで行き 大国主は根の国という異界に行き 山幸は海神宮に行き 浦島太郎は海中の龍宮に行き 舌切り雀のお爺さんは雀たちのお宿まで行った 神話や物語のなかでは 時間にも場所にも限りがない 登場人物は何年でも生きることができ どこにでも行くことができる 主人公は人であって 人でない 伝承を歴史と言いかえて 作りごとを事実にすり替えて 国の歴史が出来上がり みんながそれを信じ込む 歴史を作りごとと思えればいいのだけれど 記録があって遺跡があったりするから 歴史はまるで本当のことのような顔をする 記録と称するものが後から書かれ 遺跡と称するものが後から作られ それが真実の歴史になる 事実は真実とは違う 記録は事実を伝えるものではない 遺跡も事実を伝えない 伝承が伝わっていた頃は 伝承を信じる者たちは それが伝承だと知って信じていた それが今では 伝承は歴史と名前を変えて まるで事実のように伝えられる 恐ろしい時代が来たものだ

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誰の歴史

残存する本のなかに書かれているのは 歴史ではない 記録されているのは 権力者たちが書き残したかったことばかり 自分たちに正義があるとするために 敵対する人たちを悪く書く 書かれたことを信じるのは勝手だが 書かれたことは事実とは違う 権力者たちが作った歴史は 権力者たちに都合のいい歴史 やましいことをしていなければ 歴史など作る必要はない 残存する本を残した人たちは どれだけ後ろめたいことをしていたのか 歴史に出てくる偉人は犯罪者ばかり 褒めることも称えることも 必要はない みんなの歴史はない みんなに都合のいい歴史はない みんなに都合の悪い歴史もない ノンフィクションが使う史実や記録が すべて事実だったことなどない 伝承の持つ曖昧さは魅力的ではあるけれど 事実からは遠い ある意味 歴史はすべてフィクションだ

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変わる

鉱山関係がいいからといって就職しても 退職する頃には鉱山は廃れ 繊維関係がいいからといって就職しても 退職する頃には繊維は廃れ 海運関係がいいからといって就職しても 退職する頃には海運は廃れ 造船関係がいいからといって就職しても 退職する頃には造船は廃れ 電気関係がいいからといって就職しても 退職する頃には電気は廃れる どんな変化のなかにいても 誠実でいればいい そう教えてくれた人も もういない 変化のスピードは驚くほど速くなり 1年前に将来性があると言われた分野が もう廃れている どの分野も変わっていないように見えて 数年前とは様変わりしている すべてが変わる なにもが変わる 人が変わり あたりまえも変わる 人の心が変わり 信じていいものも変わる

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昔の家には 縁側とか濡れ縁とかいわれる場所があって 無駄なことばかり 思い出の中に浮かんでくる家は 匂いが留まらない 空気が通り抜ける 隙間だらけの家 でも 土が上がり込む家はとても暖かい 雨や風から守ってくれる家が 思い出の風景のなかにひっそりと建っている 今の家には 床面積1坪当たりの単価というものがあって 無駄なことはなにもない 散歩をして目に入ってくる家々は 経済性だけを考え 機能性を追い求め 効率性を突き詰めた家 そう どの家も自然を遮断している 自然を感じることのない家が 電車やバスを乗り継いで行った先に建っている 不思議なことに ビルディング インフォメーション モデリング で作られる家には 無駄がたくさん組み込まれている 人がいるのを感じる美しい家 家の中に調和があって 平和が家を包み込む 自然を運んでくる家が 君と僕を繋ぐ

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祈り

大事な人が手術を受ける時に たとえそれが短いものでも 15分とかそんな手術だとしても 手術は医師に任せるしかない できることといえば 手術が無事に終わるように祈る それだけ 他に何もできない 何かがこうあってほしいと願う時に たとえそれが小さなことでも 誰も気にかけないことでも 社の前で神に祈る でも神は曖昧で いるか いないかも わからなくて それでも 手をあわせて祈る 明日の手術が無事に済みますように

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孤立

日本語は いつも日本人に寄りそってきた そして 日本人は ずっと日本語を話し続けてきた 日本語は 系統関係の不明な孤立した言語だという だったら 日本人は 系統関係の不明な孤立した人たちだといえないか 80億の人たちのなかで孤立している 1億2千万の日本人は 他の人たちには理解できそうにない言葉を話し 他の人たちが入り込めない同一性を作り上げてきた 日本を覆う同一性は 外から見れば特異なもので みんなが連帯しているように見えるけれど 内から見ればひとりひとりが分断されていて 世界の中で孤立している日本のなかで ひとりひとりが孤立している 繋がりを強調し 連帯を口にしても 絶望は深く 自殺は後をたたない 孤立している集団のなかで 孤立している個人というのは いったいどれだけ孤立しているんだろう

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昔話

時の流れにまつろうのは いやだ 時の中に閉じ込まれるのは もっといやだ そんなことを思って昔の天皇の話を読んだでいたら これが結構面白い その中でも20代天皇から26代天皇までの話は特に面白く 20代安康天皇と弟の21代雄略天皇とその子の22代清寧天皇や 23代顕宗天皇と兄の24代仁賢天皇とその子の25代武烈天皇 そして20代から25代天皇までとは無縁の26代継体天皇と 想像の翼は限りなく拡がる 安康天皇は皇后の連れ子の眉輪王に暗殺され その後継者と目された安康天皇の従兄の市辺押磐皇子は 後に雄略天皇となる安康天皇の弟に殺され 雄略天皇の子の清寧天皇に後嗣がなかったからといって 殺された市辺押磐皇子の子供たちが連れてこられて その子供たちが顕宗天皇と仁賢天皇になり 武烈天皇に後嗣がなかったためといって 武烈天皇の高祖父の弟の玄孫が連れてこられて 継体天皇になる 結婚も望んでとか望まれてとかではなく 家が誅された後に決められたものが多く 征伐して統合した皇族や豪族の残党を 納得させるために妃を取るなんてこともあり 誰々の娘が天皇の妃になったといっても 現実は私たちの想像とはかけ離れたもの 雄略天皇の皇女は仁賢天皇の皇后でとか 仁賢天皇の皇女は継体天皇の皇后でとかいっても その意味合いは想像を絶する 雄略天皇はとんでもない暴君だったとか 武烈天皇が悪逆非道の異常な行動をとったとか 継体天皇は新王朝の始祖であるとか 歴史学者の言うことのすべてが 今に残る書物を読み解いての想像でしかなく 想像は果てしなく広がり 楽しい 話が現実離れしていると話にはいりこめないし 出てくる人たちが立派すぎるのも面白くない ぜんぶが正確に記録されていたら想像は働かず 二つ以上の書物に矛盾がないなんて つまらない わからない時代のわからない人たちは 今に生きる私たちと そうは変わらず 展開される話はまるで 隣国のテレビドラマのよう 主人公がいて敵役がいて 援助者がいて理解者がいる そして 不思議なことに 見え隠れする端役だけが 真実を知っている 今という時代を生きる君は そして僕は その頃に生きていた人たちより 幸せか? その答えは 誰も知らない 君も知らない 僕も知らない

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自分

自分は尊い ひとりの人間として尊い 他人より自分のほうが尊いというのでなく もちろん自分より他人のほうが尊いというのでもない 自分は他にいない唯ひとりの人間として尊い 財産や地位があるからとか 能力や学歴があるからとか 障害者だからとか健常者だからとか 他人と比べて立派だとか そういうことではなく 唯ひとりの人間として尊い だから自分を大切にする 自分を大切にできれば 他人を大切にできる そして自分に優しくする 自分に優しくできれば 他人に優しくできる 他人に優しくできれば 自分に優しくできる そんなふうに考えてみて やっぱり自分らしくないと思った 自分らしいのは  自分は尊い ではなく  自分は尊くなんかない だ   自分は尊くなんかない 自分は何人でもない

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安らぎ

好きな人と共に時を過ごして 好きな人と共に安らいだ時に いったい何を願うのだろうか すべて忘れて安らいでいると 愛することも愛し合うことも 望むこと全てが要らなくなる すべての感覚を研ぎ澄まして すべての感覚を動員した時に いったい何を思うというのか 美しい物も美しいと思う物も その姿も香りも感触さえもが 安らぎのなかで静かに消える あなたがくれるこの安らぎと あなたがくれるこのひと時は まるで好きなパン屋のパンや 好きなしらすと大根おろしや 好きな野菜の入ったカレーが 与えてくれる幸せに似ている

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夢のようなもの

恋も愛も 誤解と錯覚と思い込みと変な期待の集合体だという 言葉を間違って理解する誤解 実際とは異なる認識による錯覚 相手を好きになったという思い込み 相手がこちらのことも好きになったという期待 都合のいい誤解と錯覚が絡み合って広がり 都合のいい思い込みと変な期待が膨らんで 大きくなる必要のない恋や愛が大きくなる いろいろなことが集まって恋や愛になる だから恋も愛も ぼんやりとしか見えてこない 恋も愛も 誤解と錯覚と思い込みと変な期待だなんて そんなことを聞いて嬉しい人はあまりいない そんなのはイヤだなっていうことになる 恋も愛も もっといいものじゃなきゃ イヤだ ほんとうのものじゃなきゃ イヤだ だったら もっといい恋をすればいい ほんとうの愛をつかめばいい もっといい恋 ほんとうの愛 それならみんな喜ぶのだろうか でも いい恋も ほんとうの愛も 誤解と錯覚だ そんなに素敵でない人が とても素敵に見えたり その人のためにすべてを失ってもかまわないと思ったり その人と二人だけでいられれば あとはなにもいらない そんなのは 幸せだけれど やっぱり みんな 誤解と錯覚 日々の暮らしの確かさとは やっぱりなにか違う それが恋だし 愛なのだから 誤解や錯覚があるから魅力的なんだって思って 思い込みと変な期待があるから夢みたいなんだって思って だから恋したいって思えないか だから愛を手に入れたいって思えないか 時や所が違えば 恋とか愛とかの意味も違ってくる 男が やりたい というのを 愛してる という場合もある 女が 結婚したいというのを 愛してるっていう場合もある 昔は かなし という話し言葉に 愛 という文字を当てた かなし は いとしい いとおしい かわいい そして 守りたいという思いを抱くこと 愛 にはそんな意味があった そこに ヨーロッパから ラブとかアムールとかいった 訳の分からない概念が持ち込まれて それに恋とか愛とかいった文字を当てたから 変になってしまった 恋とか愛とか口にしていても みんなが同じことを意味してはいない みんなが自分に都合よく理解している だから 誤解や錯覚でいい どうせ実態はないのだから そう 恋も愛も はじめから実態がない 迷路の庭園に迷い込んだみたいに 万華鏡のなかに入ったみたいに 夢のようなものなのかもしれない

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コーヒー

朝がひかりを取りもどして 地平線が明るく輝くと 仕事に向かう人たちが ここで温かいコーヒーを飲む ミルクと砂糖をたくさん入れて バターをつけたパンを片手に 一日が始まるんだと 笑顔を交わす 今日もいいことが ありますように みんなにいいことが ありますように 夕方の日差しが弱まって ひかりを失いはじめると 一日の仕事に疲れた人たちが ここで苦いコーヒーを飲む ミルクも砂糖も入れないで 今日一日の嫌なことと 思うようにならない虚しさで 無口になってしまう まわりを見ようにも 下しか見れず 食べることも忘れて コーヒーを口にする 朝のコーヒーと夕方のコーヒーは まったくの別物で 違う空気と違う音のなかで 希望と絶望が交錯する コーヒーの香りも味も 同じなはずなのに 違うと感じるのは なぜだろう

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模倣

昔は  日本企業は模倣が上手い と言われた 今は  中国企業は模倣が上手い と言われる なにかが変わったように見えるけれど 国の名前が変わっただけで 実はなんにも変わっていない 模倣する側が強くなり 模倣される側が弱くなる トヨタは Ford の真似をして 富士通が IBM を模倣したように 美団点評は Groupon の真似をして 校内網が Facebook を模倣する もしも模倣が簡単ならば みんなとっくにしているはずだけど SNS でテキストをコピーするのと違って じつは模倣は大変で そんな簡単にできるわけではない 模倣して成功するのは至難の業で 製品の模倣だけではダメだとばかり プロセスや考え方まで模倣して やっと成功しても賞賛はなく非難ばかり 模倣は確かにズルいけれど 模倣なしで成長した企業はひとつもない 修破離の修が 模倣から始まるように どんな事も 真似や模倣が基本になる 真似や模倣という基本の上に 情報収集 と 分析 と 意思決定 と 資源の投入 と そして タイミング と 運 とがあって やっと 模倣が成功する ただ模倣したものを量産しただけでは オリジナルに比べて劣ったままで終わる ジェネリック医薬品のように 先発医薬品と有効成分を同じにするという ただそれだけの模倣をしていたら いつまでも先発医薬品には追い付けず 追い越す日が来ることはない 模倣が成功したその日から 模倣した側は模倣される側にまわる その循環で製品が良くなり 付随したサービスも向上する 模倣をするにも覚悟が必要で オリジナルへの尊敬と尊重も必要で 模倣されることへの準備も必要で だから模倣も大変なのだ 模倣は模倣でしかない 模倣は越えなければ意味がない 模倣の殻を破った先にあるものは きっと 素晴らしいに違いない

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働き方

勤め先への忠誠が一番だと思う人が 大事な仕事を任されたならば 運がいいと思って大喜び 仕事はなにより優先で 家族のことなど二の次になる プライベートなことはキャンセルし 体調を崩しても出勤し 趣味も持たずに仕事して 無駄口をたたかず仕事して 上司をおだて 客先を持ち上げ 自分のためより勤め先のためと がんばり続けるのがあたりまえ アウトプットが出せれば幸せだなんて そんなスタイルで働くのは勝手だけれど それを押し付けられたらたまらない 勤め先のことなんてどうでもいい人に 大変な仕事がまわってきたならば やらなければならないなんて思わずに ムキになったり悩んだりせずに いい加減な仕事をすればいいと考える ズルをしたって 誤魔化したって そんなに悪くはない 仕事と関係ないことを話したり たわいもない噂話をしたり 少しだけサボったりだなんて 誰でもやっているではないか 自分のスタイルで働くのは勝手だけれど それをいいとは認めたくない 10人いれば10通りの働き方がある 一人一人に合ったやり方がある これこそが働き方だなんていうものがあったら そんなのは無視すればいい それなのに 働き方改革なんていうものができて 働き方改革を推進するための法律までできて こうしなきゃいけないとか ああしなきゃいけないとか うるさいこと限りない 誰も見ていないところで静かに目を閉じて 考えをまとめたい人もいれば みんなで集まって会議をしなければ なにも浮かんでこない人もいる 先生だって ズルぐらいするけれど ズルのできない先生もいる 社長は社員のことを考えるものだけれど 社員のことを考えない社長もいる 犯罪者を追っている警察官だって 休みたい時は休むだろうし 追われている犯罪者だって 走り続けてるわけじゃない 『1984年』に描かれた社会になったって どんなに監視されたって サボりたい人はサボり 遊びたい人は遊ぶ それがその人のやり方だ なにも変えなくていいじゃないか そう言いたいところだけれど そんな資格は僕にはない すべてが僕には関係ない うらやましいのか うらやましくないのか 僕はもう 働いてはいない

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暗黒社会

監視社会は暗黒で 監視される人々は不幸だと そう思わされてきた ところが 監視社会がやってきた国で 監視されている人々は幸せで 豊かで 暗黒とは程遠い暮らしを 楽しんでいる 見張られている人たちは 監視カメラやスマホによって行動履歴を国に握られ ネット通販やオンライン決済の利用履歴を企業に握られ 膨大な個人データをもとに格付けまでされて それでも見張られることを嫌がってはいない 監視のためのテクノロジーが キャッシュを持たない暮らしをくれて 犯罪者がすぐに見つかる安心をくれて 書類の作成や記入から解放してくれて 医療データや健康を管理してくれていて だから 見張られるなんていうことは テクノロジーの恩恵に比べたら なんでもない 民主主義の社会には多少の自由があるけれど 銃を持つ自由もあって暴力はなくならず 訴える自由もあるから訴訟ばかりが増え 悪人ばかりがプライバシーの侵害を叫び 犯罪者の人権ばかりが尊重される そして 見張られていないという建前を 信じている人なんか どこにもいない 監視社会がやってきても 人々が幸せになれば 豊かになれば 満足になれば いいではないか 人々が幸せになって 豊かになって 満足になって それが暗黒だなんて 誰にも言えない たとえどんな社会になっても 君が幸せなら それでいい たとえそれが管理社会だとしても

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映像編集

サッカーの微妙な判定に使われるビデオは ビデオ・アシスタント・レフェリーが見る前に AIによって瞬時に編集され 手に触れなかったボールが なぜか手に触れたことになる 犯罪場所周辺にある防犯カメラの映像は 捜査関係者が見る前に どれも 注意深く編集され 現場近くを通ったはずの車や人が なぜか通らなかったことになる 政治家が映った映像はもちろんのこと 軍事演習の映像も 戦争の映像も そのほとんどが編集され まるで文字の編集のように 編集しないのが悪いことになる 文字を編集するのがいいことで それが仕事になっていて 画像の編集もいいことで それが職種になり 映像の編集が悪いことでなくなり それが高収入につながり 技術は とめどなく進歩して 編集したかどうかは もう誰にもわからない 事実はどこにもなく 編集された映像が真実として流される それは事実ではないと言ったらば でもそれは真実だという答えが返ってくる 宗教とか科学とかといった 真実という名のまやかしに 慣らされてきた私たちを 待っているのは 事実とは遠い真実が横行する社会 真実にノーと言える人がひとりもいない社会 事実が見えない社会 人も情報も信じることができない社会 そんな社会でも 映像は信じられなくても 情報は信じられなくても 君だけは信じる 君を信じる

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文章

 正月前から早春にかけて  果物屋さん 八百屋さんの店先に  可愛らしい金柑がいつ買われるともなく置かれてあります そんな なにげない文章が書けるようになりたい

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