平野啓一郎

「かたちだけの結婚なら、続ける意味なんてない。」
「不幸な組み合わせだったんだよ。」
 彼はただ、そう言っただけだったが、妻が最後に、心底蔑むような目をしたのは、その時だった。
「本当にそう思ってるの?」
「そう言いたかったんじゃない?」
「あなたにとって、愛って何なの?」
「……。」
「最後だから教えて。ね? 愛って何? あなたにとって、本当に大切なものなの?」
「いい加減にしてくれないか。」 
「教えて。愛って何?」
 喰い下がられて、彼はとうとう、観念したように言った。
「何だろうね。……少なくとも、水や空気みたいに、無いと死ぬってほどのものでもないよ。」

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