高野孟

面白いことに、この(日本経済新聞の)文章には特段の虚偽や間違いが含まれているわけではなく、むしろ文言の1つ1つは事実に基づいているとさえ言える。それなのに、このような文脈に組み立てられて、しかも本来必要な丁寧な定義や説明をすべて省くことによって、あの事件の裏には中国当局の邪悪な意図があったかのような印象を読者に植え付けるものに仕立て上げられている。実に巧妙な仕掛けで、「中国脅威論」はこのようにしてマスコミによって日々デッチ上げられているのである。

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1 Response to 高野孟

  1. shinichi says:

    「中国脅威論」はこうして作られた。新聞報道の巧妙な世論誘導

    by 高野孟

    https://www.mag2.com/p/news/226490

    8月上旬、尖閣諸島近海に中国船団が大挙して押し寄せた「事件」に関して、先日、日経新聞紙上にある記事が掲載されました。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』の中で高野さんはこの記事を取り上げ、ことさら中国の脅威を煽る日経の巧妙な「文脈の組み立て」を徹底検証し、「デマ記事」と厳しく結論づけるとともに、東シナ海・黄海を巡る「本当の問題」とその解決策について論を展開しています。

    「中国脅威論」はどのようにデッチ上げられるのか? ──日経新聞の手法を徹底検証する

    日本経済新聞が連載した「習近平の支配」シリーズは、10月22日付の「闘争再び」第5回で以下のように書いている。注意深く読んで頂きたいのは、この文脈の組み立てである。(1)以下、番号を振った部分は要約ではなく全文引用である。

    1. 8月上旬、200隻を超す中国漁船が沖縄県・尖閣諸島近海に押し寄せた。
    2. 漁船には軍が指揮する「海上民兵」がいたとされ、一部は中国公船と日本の領海に侵入した。
    3. 福建省泉州を母港とする漁船の船長、周敏(44)も日中衝突の危険漂う現場にいた1人だ。
    4. 「たくさん魚が捕れるからだ」。尖閣近海に出向いた理由を無愛想に語る周の船にも、軍事につながる仕掛けがある。中国が独自開発した人工衛星測位システム「北斗」の端末だ。
    5. 衛星からの位置情報はミサイルの誘導など現代戦を左右する。「有事」のカギを握る技術だけに、米国の全地球測位システム(GPS)には頼れない。中国は2012年北斗をアジア太平洋地域で稼働させた。
    6. 周が「昨年、載せろと命令された」という北斗端末は、すでに4万隻の中国漁船に装備された。友好国パキスタンなど30カ国以上が使い始め、20年に衛星35基で世界全体を覆うという。
      (中略)
    7. 宇宙、空、海。超大国・米国と張り合うように、中国は独自の秩序を押し広げている。習は「中華民族の偉大な復興」を「夢」に掲げ「2つの100年」を実現への節目としている。共産党創立から100年の21年と、中国建国から100年の49年だ。
      (中略)
    8. 習が支配する中国は国際的な司法判断さえ「紙くず」と言い放つ。大国の威信を取り戻す夢は自己増殖し、世界のルールからはみ出しつつある……。

    海上民兵とは何か?

    (1)の「中国漁船が押し寄せた」のは事実だが、(2)の短い文章を通じて日経が読者に与えたがっている印象は、あの中国漁船の殺到は、実は漁業目的などではなくて、漁船員に紛れた海上民兵が軍の指揮の下に中国公船(日本の海上保安庁に当たる海警局の巡視船)と共に尖閣領海に侵入して日本に脅威を与えるために仕組んだ軍事作戦だったのだということである。はっきり言ってこれはフィクションである。

    ところが面白いことに、この文章には特段の虚偽や間違いが含まれているわけではなく、むしろ文言の1つ1つは事実に基づいているとさえ言える。それなのに、このような文脈に組み立てられて、しかも本来必要な丁寧な定義や説明をすべて省くことによって、あの事件の裏には中国当局の邪悪な意図があったかのような印象を読者に植え付けるものに仕立て上げられている。実に巧妙な仕掛けで、「中国脅威論」はこのようにしてマスコミによって日々デッチ上げられているのである。

    第1に、「漁船には……『海上民兵』がいた」のか?

    日経記事は「とされる」と伝聞調で逃げているが、それは(3)で述べているように、あの時出漁した漁船の船長に取材までしたが確たる証拠はつかめなかったということだろう。しかし、漁船に海上民兵がいたことは間違いない。なぜなら「海上民兵は漁民そのもの」だからである。

    そのことを理解するには、そもそも海上民兵とは何かを知らなければならない。日本では、海上民兵を漁民に偽装した何やら怪しい特殊な武装グループであるかに描くのが流行っていて、この日経記事は、そうはひと言も言っていないが、そのような印象を与えたがっているかのようである。

    しかし、北京の駐在武官を務めたことのある自衛艦隊司令の山本勝也は、海上自衛隊幹部学校の戦略研究会コラム14年12月8日付No.056「海上民兵と中国の漁民」で次のように述べている。これは、当時、大量の中国漁船がサンゴを求めて小笠原・伊豆諸島周辺に押し寄せたことに関連して書かれたものである。

    海上民兵という単語が独り歩きし、あたかも彼らが、中東情勢の文脈で出てくるような、宗教団体や政治団体等の「民兵」と同様に非政府組織の武装グループとみている人がいる。或いは一般の将兵を超える特別な戦闘力を持った特殊部隊、例えば、映画「ランボー」に出てくるコマンドゥのような怪しい戦闘集団の兵士が「漁民を装って」潜入し、秘密の作戦により敵をかく乱するといったストーリーを思い描いている人もいるようだ。

    しかし実際の海上民兵はそのようなものではない。端的に言えば、海上民兵は漁民や港湾労働者等海事関係者そのものであり、彼らの大半は中国の沿岸部で生活している普通のおじさんやお兄さんたちである。「海上民兵が漁民を装う」というのは大きな誤解であり、漁船に乗った「海上民兵は漁民そのもの」である。さらに付け加えると、海上民兵はれっきとした中華人民共和国の正規軍人であり素性の怪しい戦闘集団というのも大きな間違いである。

    海上民兵とは、主として沿岸部や港湾、海上等を活動の舞台とする民兵の通称である。中国の国防や兵役に関する法律では「中国の武装力量は、中国人民解放軍現役部隊及び予備役部隊、人民武装警察部隊、民兵組織からなる」とされている。端的に言うと普段は他に職業を有し、必要に応じて軍人として活動する、いわゆる「パートタイム将兵」である……。

    民兵が民兵として、つまり軍隊として行動する場合、国際法に則り、定められた軍服(階級章などに「民兵(MingBing)」を示す「MB」が付加されているほか人民解放軍現役部隊に類似)等所要の標章を着用して活動する。戦闘員である民兵が「自己と文民たる住民とを区別する義務を負う」ことは中国を含む国際社会の約束である。 仮に、人民解放軍現役部隊の将兵や民兵が、戦闘員としての身分を明らかにせず、「一般の(民兵として活動していない、非戦闘員である)漁民」に紛れ込んだり、一般の漁民を盾にして活動することがあるとすれば、中国は国際社会から強い批判を浴びることになるだろう……。

    つまり、海上民兵は、軍制に位置付けられているという意味では正規の軍隊であるが、実際には予備役のそのまた外側にあって普段は漁民、船員、港湾関係者等々として生活し、有事には召集されて主に海上輸送などの補助的な任務に当たることになっている。従って、日経記事(2)が「『海上民兵』がいた」と書いていること自体は正しい。漁民の中には海上民兵の有資格者が多く混じっていて不思議はないからである。

    作戦命令を与えられていたのか?

    第2に、日経記事がその海上民兵を「軍が指揮する」と形容しているのは、一般論としては正しい。山本が言うように、彼らは、パートタイムとはいえ、法律によって中国の軍制に位置付けられたれっきとした「正規軍人」なのだから、ひとたび有事に召集された場合は軍の指揮下で行動して当たり前である。

    しかしだからといって、8月の漁船殺到事件に当たって、軍が彼らに具体的な作戦任務を発令していたかどうかは全くの別問題で、その可能性はゼロである。なぜなら、これも山本が指摘しているように、彼らが軍人として公海上や他国の領海にまで侵入して作戦行動をとるには国際的な戦争法規・交戦規則に従って軍服を着用し民兵であることを示す標章も明示しなければ、国際法違反の単なる無法行為になって、捕虜になることすらできない。あの事件を通じて、そのように組織だった海上民兵の行動は兆候すらなかった。

    ところが、そのような説明抜きに「軍が指揮する海上民兵がいた」とだけ書くと、軍によって何らかの任務を与えられた海上民兵が漁民に紛れて襲ってきたかのような印象が醸し出される。

    第3に、ではその何らかの任務とは何であったかと言えば、日経によれば、少なくともその一部が「中国公船と日本の領海に侵入した」ことであるかに示唆される。「中国公船と」という表現がまた曲者で、これだと「中国公船と一緒に」、それと共謀してわざと、あるいは一部漁船が中国公船の庇護の下で、「日本の領海に侵入した」かのようにも読めてしまう。

    しつこく言うが、一部漁船が「中国公船と日本の領海に侵入した」のは事実である。しかしその両者の関係がどうであったのかは「と」だけでは分からない。

    実際には、本誌No.852「中国と『一触即発』のウソ。実は関係改善で、日中首脳会談の可能性も」で述べたように、中国公船は「日中漁業協定」に基づく「暫定措置水域」の取り決めに従って、禁漁期が明けて「金儲けしか考えない数百隻の中国漁船の中には尖閣の(日本側が主張する)領海内に乱入する者が出かねないので、それを防ぐために出動」(中国側説明)したのであり、確かに漁船の一部と中国公船が尖閣領海内に入ったには違いないが、それはそこに入った漁船を領海外の暫定措置水域に押し戻すために公船が行動しただけのことであり、別に両者が相携えて入ってきたわけではない。

    しかも、尖閣は中国のものであるという中国本来の主張からすれば、日本が主張する尖閣領海に中国漁船が入っても放置して好きにさせておくこともできるのだが、一応、日本の領海主張を尊重して余計なトラブルが起きることを防いだのである。

    こうして、日経記事(2)の短い文章に、いくつもの仕掛けがほどこされていて、「中国は怪しい、危ない」と読者に思わせるように仕組まれている。

    北斗システムの端末は軍事用?

    次の(3)と(4)の文章は謎めいている。日経は、わざわざ福建省泉州の漁港まで取材に行って、8月に出漁した船長を掴まえてはいるが、彼のコメントは「たくさん魚が捕れるからだ」のひと言である。それ自体は真実で、彼らはその目的のために暫定措置水域に殺到したのであって、それ以外の目的はなかった。推測するに、その船長が「我々はたくさん魚が捕れるから出て行っただけだ。海上民兵? そりゃあ漁民の中にはその資格を持った奴はいるが、別に尖閣水域に入れと軍から命令が出ていたわけではない」というようなコメントをしたとすると、それを丁寧に全文引用すると、取材意図と違ってしまうので、「たくさん魚が捕れるからだ」という部分だけを切り取ったのだろう。しかし、これでは前後の文脈上、全く意味をなしおらず、単に記者が泉州まで取材に行って船長の話を聞いたのだという「臨場感」の演出に役立っているだけである。

    そこで話は急転直下、中国が独自開発した人工衛星測位システム「北斗」の端末が、この船長の船にも装備されているという件に飛び移り、「やっぱり中国漁船は怪しいのだ」との印象を作り出そうとする。

    (5)(6)では「衛星からの位置情報はミサイルの誘導など現代戦を左右する。『有事』のカギを握る技術だけに、米国の全地球測位システム(GPS)には頼れない。中国は2012年北斗をアジア太平洋地域で稼働させた。周が『昨年、載せろと命令された』という北斗端末は、すでに4万隻の中国漁船に装備された」と、いかにも軍事目的で大量の漁船に端末が配備されたかのように書き立てる。

    しかし、GPS はそもそも軍民両用技術というか、軍事用に開発された技術を一部民需用に開放した軍民転換技術であって、それはインターネットや衛星デジタル通信などと同様である。中国が自国製GPS=北斗の運用に入って、それを船舶航行の安全管理のために漁船にまで順次配備したとしても何の不思議もない。それが、このように、そもそも怪しい漁船に「軍事につながる仕掛け」としての北斗GPS端末を「載せろと命令された」という具合に短絡的に文章を接合すると、ますます中国漁船が危険な軍事任務を背負わされているかの虚像が膨らんでしまう。

    その延長で(7)で「宇宙、空、海。超大国・米国と張り合うように、中国は独自の秩序を押し広げている」と書くことで、日経記事は、「米国と張り合う」ことがいけないことであるという冷戦的価値観を主張する。つまり中国が独自のGPSを開発して漁船にまで端末を配ることが、邪悪な意図によるもので、(8)「世界のルールからはみ出すもの」だというのである。

    ところが「GPSは元々アメリカの軍事用システムであるため、民間や他国の利用には一定の制限が設けられる事が多い。そのため、より自身の利益に適った独自のシステムを保有しようとする動き」(wiki)が中国のみならず欧州連合、ロシア、インド、トルコ、ナイジェリア等々に広がっているのが世界の現実で、実は日本でさえも自民党・民主党両政権を通じて「国家基盤としての……日本独自の高精度な位置測定衛星を打ち上げる『準天頂衛星システム計画』の整備」(同上)が進められてきた。日経は、中国はそういうことをして米国中心の秩序に逆らってはいけないという立場に立っている。

    付け加えれば、日経(8)は「中国は国際的な司法判断さえ『紙くず』と言い放つ」と、中国が国際仲裁裁判所の南シナ海問題での判決を無視した態度を「世界のルールからはみ出」そうとしていることの傍証として挙げているが、米国が国際海洋法条約を批准せずに自国には世界の海を自由に航行する独自の権限があるかの「世界のルールからはみ出す」振る舞いをしていることについては問題にしていない。

    危ないのは中国の漁民そのもの

    前出の自衛艦隊司令=山本は、そのコラムの中で、「海上民兵は、中国の一般的な漁民そのものである。ただし、ここで誤解してはならないのが、漁民といっても彼らは我々の身近な日本の漁師さんたちのイメージとは程遠いということである」と述べている。

    何が「程遠い」のかと言えば、「中国国内、特に都市化の進んでいない地域では、中国自身が『最大の発展途上国』と認めるように、衣食住が足りて法と秩序に安穏とした生活には程遠い地域が多く」、特に貧しい漁村では、「『水滸伝』や『三国志演義』に出てくるような刃物を振り回したり、手の届く距離の相手の顔面に向けレンガを投げつけるような激しく派手な喧嘩」が日常茶飯事である。

    そういう荒くれ者の中国漁民にとって、「海洋は何者からも邪魔されない生活の全てである。海上に引かれた観念上、概念上の線や区画など彼らの目には映らない。ましてや他国の領海や排他的経済水域、漁業規制などは他人事である。官憲による厳格な取締り、或いは自分たちと異なる集団によって物理的に操業ができない限り、自由に操業する権利があるものと信じている。国内の取り決めや国際約束を順守し法と秩序に基づく生活が長期的な繁栄につながると考える人々とは異なる考えの持ち主である」。

    これには中国政府も手を焼いていて、2012年12月に韓国の排他的経済水域において韓国海洋警察による法執行活動に対し、違法操業中の中国漁民が抵抗して韓国海洋警察官を刺殺する事件が起きた際には、『人民日報』傘下の国際メディア「環球時報」が社説で次のように述べた。

    中国は世界最大の漁民グループを有し、海岸線も長く、人口も世界一である。しかし、中国近海の漁業資源は枯渇し、近年の操業エリアは公海へと拡大している。漁民は漁具を購入するための元手を回収しなければならない。漁民に漁業規律を厳格に守らせることは中国近海といえども難しく、中国政府が宣伝教育により彼らに黄海上の中韓漁業協定を厳格に順守させることは容易なことではない。漁民はコストを回収し利益を上げるために様々なことを考えており、考慮の中には漁民自身による身の安全も含まれている。

    中国人は一般的に韓国人よりも貧しく、中国人の教育レベルは韓国人ほど高くない。中国の漁民に外交官のような品の良さを求めることは現実的ではない。

    山本はこれを引用した後、次のように結論づけている。

    このような中国漁民の現状を踏まえると、中央軍事委員会のコントロールの下に国家の意思に基づき活動する海上民兵よりも、私利私欲で動いている自由気儘な中国漁民こそ、国際公共財(グローバルコモンズ)である海洋にとって最も懸念すべき存在である。

    これが正しい結論である。日経記事のように、軍の意思で動く海上民兵という怪しい武装グループが領海侵犯を繰り返しているという現状認識に立てば、これを海上保安庁、それで間に合わなければ自衛隊の力で抑えつけるしか方法がないということになる。実際、日経は日本国民にそう思い込ませようとしてこんなデマ記事を載せている。しかし、金儲けしか頭にない、ならず者のような中国漁民が韓国や日本の漁場を侵し領海侵入さえ厭わないということが東シナ海・黄海における不穏の主要な問題であるならば、日韓中による共同の漁業資源管理とその遵守のための海上保安当局の相互協力が喫緊の課題となる。

    日経は、そういう本当の問題に目を向けさせることなく、徒に中国との軍事対決を煽っている。

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