Category Archives: Japanese way

Alex Kerr

Since the 1970s, Japanese quality has become a byword, and many a book and article has been penned on the subject of Kaizen, ‘improvement,’ a form of corporate culture in which employers encourage their workers to submit ideas that will polish and improve efficiency. The writers on Kaizen, however, overlooked one weakness in this approach, which seemed minor at the time but has seriously impacted Japan’s technology. Kaizen’s emphasis is entirely on positive recommendations; there is no mechanism to deal with negative criticism, no way to disclose faults or mistakes—and this leads to a fundamental problem of information. People keep silent about embarrassing errors, with the result that problems are never solved.

Alex Kerr

It has often been pointed out that the Japanese educational system aims to produce a high average level of achievement for all, rather than excellence for a few. Students in school are not encouraged to stand out or ask questions, with the result that the Japanese become conditioned to a life of the average. Being average and boring here is the very essence of society, the factor which keeps the wheels of all those social systems turning so smoothly. It need hardly be said that this is one of the major drawbacks of Japanese life. However, in watching the pottery class at Oomoto, the weak points of the American educational system became evident as well. Americans are taught from childhood to show creativity. If you do not ‘become a unique person’, then you are led to believe you have something wrong with you. Such thinking becomes a stumbling block: for people brought up in that atmosphere, creating a simple tea bowl is a great hardship. This is the ‘poison’ to which David was referring. I sometimes think that the requirement to ‘be interesting’ inculcated by American education might be a very cruel thing. Since most of us lead commonplace lives, it is a foregone conclusion that we will be disappointed. But in Japan, people are conditioned to be satisfied with the average, so they can’t fail but be happy with their lots.

Japan is a hapax. You can try to approach it by comparing it to China and Southeast Asia, or you can read the voluminous literature on the subject of Japaneseness. But as Van der Loon used to warn his students, in the end you cannot understand a hapax – you will never really know what it means.

宮本政於

  1. 従来の方針を変えれば、「先輩の仕事に異を唱える」という、行政官として一番避けなければならない掟に触れる。出世街道からはずされる。従って、前例を重んじること。
  2. 国民のために役立つと分かっていても、動き出せば反対者もかならず出てくる。押し切って政策を実現させ、失敗すれば、責任をとらされ、出世に響く。従って、新規事業を自分から籏をふってはならない。
  3. あいつだけ格好をつけやがってと妬みを招かないよう、他人から足をすくわれないよう生き残りを図らねばならない。それゆえ、目立ってはいけない。

日本の地震

684
818
869
878
887
1096
1099
1361
1454
1498
1586
白鳳地震
弘仁地震
貞観地震
相模・武蔵地震
仁和地震
康和地震
永長地震
正平地震
享徳地震
明応地震
天正地震
南海トラフ
関東
東北地方太平洋側
関東
南海トラフ
南海トラフ
南海トラフ
南海トラフ
東北地方太平洋側
南海トラフ
内陸型
1605
1611
1649
1677
1677
1703
1707
1751
1766
1771
1792
1828
1847
1854
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1858
1858
1859
慶長地震
慶長三陸地震
武蔵・下野
延宝八戸沖地震
延宝房総沖地震
元禄地震
宝永地震
越後高田地震
津軽地震
八重山地震
島原地震
新潟三条地震
信濃大地震
伊賀上野地震
安政東海地震
安政南海地震
豊予海峡地震
飛騨地震
陸前で地震
遠州灘で地震
安政江戸地震
安政八戸沖地震
江戸で地震
駿河で地震
芸予地震
飛越地震
八戸沖で地震
岩槻
南海トラフ
東北地方太平洋側
関東(立川断層帯)
東北地方太平洋側
関東
関東
南海トラフ
内陸型
東北
八重山群島
九州
内陸型
内陸型
内陸型
南海トラフ
南海トラフ
南海トラフ
内陸型
内陸型
南海トラフ
関東
東北地方太平洋側
関東(立川断層帯)
南海トラフ
南海トラフ
内陸型
東北地方太平洋側
関東
1891
1895
1896
1896
1921
1923
1925
1927
1931
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1943
1944
1945
1946
1948
1993
1995
2011
濃尾地震
霞ヶ浦
明治三陸地震
陸羽地震
龍ヶ崎
関東大地震
北但馬地震
北丹後地震
西埼玉地震
昭和三陸地震
鳥取地震
昭和東南海地震
三河地震
昭和南海地震
福井地震
北海道南西沖地震
阪神・淡路大震災
東日本大震災
内陸地殻内地震
関東
東北地方太平洋側
内陸型
関東
関東
内陸型
内陸型
関東
東北地方太平洋側
内陸型
南海トラフ
南海トラフ
南海トラフ
内陸型
北海道
内陸型
東北地方太平洋側

尹雄大

ある意味で、滑らかに話せる人というのは、独自の言葉でしゃべる試みとは無縁だから可能だとも言える。
**
みんなと同じという独自性のなさは、自分という存在の凡庸さを思わせる。けれども、そのように自らを卑小だと思ってしまうことそのものが、社会が期待するような傷つき方や憤懣を育む文法のなせる技だとしたらどうだろう。
**
この島に住んでいると感じるのは、絶え間なく「普通」についての教育を受け続けていることだ。脱稿やメディアに限らず、僕らが普通だと信じてやまない価値を参照し、その通りに行動することによって「普通」は無自覚に学習され続けている。その教育の結果、もたらされるのは「同化」だ。
**
教えられた通りの考えを身につけ、それによって善し悪しでジャッジする。それを普通の感性と言うのであれば、いずれは新しい出来事が起きても、従来の考えの内に収めることに満足を覚えるだろう。だが、それとは別の道がある。教えられたことをもとにして独自に学び、自らを育てていく。そこで初めて自立に向けた歩みが始まる。

福和伸夫

1410兆円。
2018年6月。土木学会が発表した南海トラフ地震の損害額推計です。
地震発生20年間で日本は最悪、これだけの損害を受けるというのです。
国の一般会計予算の約14倍。首都直下地震の損害推計は778兆円。

静岡から宮崎まで延々と続く被災地。石油やLNGの輸入が途絶え、燃料、電気、水、通信が長期間途絶する……。ものがつくれず、金融資産は暴落。
「次の震災」はぞっとするような困難です。それから目を背けたり、諦めたりするのはまずいと思います。

南海トラフ地震の死者は最悪で32万3000人。
南海トラフ地震が30年以内に発生する確率は70%~80%とされています。

スパイト行動

「スパイト行動」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。
わかりやすく言えば、「私が損をしているのだから、あなたも損をすべきだ」という心理から生まれる行動だ。
スパイトとは英語で「意地悪」の意。意地悪分配行動とも言われている。
例えば、コロナ禍において法律上マスク着用の義務がないのに日本ではマスクの着用率が他国よりも高いと言われている。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が解除された後も、街ではほとんどの人がマスクを着用している。「日本人の衛生観念・協調性の高さ」と見ることもできるが、社会心理学者の碓井真史氏は「これもスパイト行動の一つの側面である」と指摘する。
「『俺がマスクをして苦しい思いをしているのに、なんであいつはマスクをしていないんだ』と批判されることを恐れて、結果的に全体のマスク着用率は高い、というね。社会心理学的に見て、スパイト行動というのは、とにかく平等を求める気持ちなんですよね。とにかく平等にっていう思いや、競争心が強くなりすぎると、みんなが貧しくなる、ゲーム理論では“共貧状態”って呼ぶんですけど、こうした状況が起こってくる」

加谷珪一

日本は過去30年間、ほとんど経済成長できておらず、実質賃金はむしろ下がり続けてきた。一方、諸外国は同じ期間で経済規模を1.5倍から2倍に拡大させており、賃金や物価もそれに伴って上昇している。
為替レートはあまり動いていなくても、日本の物価が横ばいで、海外の物価が上昇すれば、為替が安くなったことと同じ効果が発生する(例えば1ドル=100円で、海外から2ドルの商品を輸入すれば、日本人は200円を支払う必要があるが、海外の商品が3ドルに値上げされれば、為替レートが同じでも300円払わないと同じ商品を購入できない)。
物価の違いを考慮した日本円の各国通貨に対する為替レート(実質実効為替レート)を見ると、現在の為替水準は1970年代半ばとほぼ同水準であり、現時点における日米の賃金格差も70年代のレベルまで拡大している。言い方を変えれば、日本はすでに事実上、1ドル=200円程度の貧しい時代に逆戻りしていることになる。
近年「生活が苦しくなった」「日本が貧しくなった」と感じる人が増えているのはこれが原因だが、こうしたところに到来したのが今回の物価高騰である。しかも困った事に、海外の物価上昇に加え、名目上の為替も円安が進み始めている。9月後半まで1ドル=110円前後だったドル円相場は、10月に入って1ドル=114円を突破した。このまま円の下落が続いた場合、海外の物価高に円安というダブルパンチになってしまう。

文部科学省

各学校が定めることとされている総合的な探究の時間の目標については,上記により定められる学校の教育目標との関連を図り,生徒や学校,地域の実態に応じてふさわしい探究課題を設定することができるという総合的な探究の時間の特質が,各学校の教育目標の実現に生かされるようにしていくことが重要である。
以上のことを整理すると,各学校において教育目標を設定する際には,次のような点を踏まえることが重要となる。
(1)法律及び学習指導要領に定められた目的や目標を前提とするものであること。
(2)教育委員会の規則,方針等に従っていること。第3章教育課程の編成
(3)学校として育成を目指す資質・能力が明確であること。
(4)学校や地域の実態等に即したものであること。
(5)教育的価値が高く,継続的な実践が可能なものであること。
(6)評価が可能な具体性を有すること。

文部科学省

横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに、学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探究活動に主体的、創造的、協同的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにする。

沢野咲知子

「体育座り」は、『集団行動指導の手引』において、「姿勢」の項目の中で、「腰をおろして休む姿勢」として示されている。『集団行動指導の手引』が初めて作成されたのは、昭和40年である。この『集団行動指導の手びき』作成の背景は以下の通りである。戦後、教育における軍事色の一掃により戦前の「教練」が禁止される。それによって、学校現場には無秩序がもたらされ昭和21年に「秩序・行進・徒手体操実施に関する件」が出され、再び学校教育に、戦前の行動様式が取り入れられ始めることとなる。そして、昭和28年の学習指導要領で戦後はじめて「集団行動」ということばが取り上げられるが、ここでは行動様式の様式は規定されていなかったため、全国バラバラの集団行動が存在することとなる。そこで、「全国的に統一を」という要望にこたえて、文部省が昭和40年度版『集団行動指導の手びき』を作成した。しかし、ここに示されている行動様式は、戦前の行動様式とほとんど変わっていなかった。その原因は、集団行動の行動様式の方法や内容についての吟味が十分になされていなかったためではないだろうか、と考えられる。
その後、学習指導要領の改訂に伴い、昭和62年度版『体育(保健体育)科における集団行動指導の手引』では、これまで技能の内容として取り扱ってきたものを、態度の内容として位置づけた点、平成5年度版『体育(保健体育)における集団行動指導の手引(改訂版)』では、体育(保健体育)の教科においては、運動の学習との関連を図りながら、基本的な行動様式を体得させるようになった点、特別活動における集団行動指導が強調された点が改訂されたが、戦前とほとんど変わらない行動様式は、大きく変化していないということがいえる。また、『集団行動指導の手引』には、なぜ「体育座り」の姿勢なのか、ということの理由は示されていない。

安田峰俊

「“低度”外国人材」とは、どのように定義づけられる人々だろうか?
おそらくそれは「国内の資本・労働と健全な補完関係に置かれておらず、容易に代替が可能な劣位の人材」で、かつ「我が国の産業にイノベーションをもたらさず」「日本人との切磋琢磨もなく専門的・技術的な労働市場の発展を促すこともなく」「我が国労働市場の効率性を高めないまま働いている人材」といったところになる。
さらに言うならば、(年齢は若いかもしれないが)学歴・年収が低く、日本語はろくに喋れず専門知識もない、非熟練労働に従事している人材。日本国家が温かく歓迎しているわけでもないのに、向こうから好き好んでやってくる人材──。そんな残酷な説明もできそうである。

孫正義

何十万人といる在日韓国人が、日本で就職や結婚や、それこそ金を借りるとき差別を受けている。でも在日韓国人であろうが、日本人と同じだけの正義感があって、能力がある。それを自分が事業で成功して、証明しなきゃならないと思ったんです。
これからの在日の若者に、それを背中で示さなきゃいけないのに、俺が本名を隠してこそこそやったんじゃ、意味がなくなるじゃないか、アメリカに行った目的が達成できないじゃないか。あとから、あの事業を興したのは、実は孫でしたと言ったって……

ウィキペディア

主な貧困ビジネス

湯浅誠

ある日の子ども食堂のメニューにコロッケが入っていたそうです。そして、その日に来ていた小学校5年生の子が、出されたコロッケを見たとき『これ何?』と言ったそうなんです。そのときに初めて、スタッフはその小学生がそれまでコロッケを食べたことがなかったと気付いた。このように、子どもたちの何気ない発言や行動の中に、家庭環境を知るヒントが隠れていることも多いんです。そういう意味での気付きの拠点です。
そして、『コロッケを食べたことがないならメンチカツも出してみようか』『誕生日を祝ってもらったことがないならみんなで誕生日会をやろう』『家族旅行に行ったことがないならみんなでBBQしよう』というように、ほかの子が家庭の中で経験しているけれどできていなかったことを経験する機会を提供することもあります。この子のように、児童相談所や生活保護に頼るほどではないけれど、周りの多くの子が経験していることをできていなかったり、小さな課題やモヤモヤを抱えたりしている子どもたちがたくさんいます。そういった子どもたちは、ぼろぼろの服を着ているわけではないし、がりがりに痩せ細っているわけでもなく、周囲からは気付かれにくい。しかし、子ども食堂で一緒に時間を過ごしていると、潜在的な貧困の要素に気付くことはしばしばあります

原田 啓一郎

生計困難者のために,無料又は低額な料金で宿泊所等を利用させる「無料低額宿泊所(無低)」の歴史は古く,その源流は明治期の篤志家が生活困窮者のために開設した無料宿泊施設に遡ることができる。昭和初期には,金融恐慌や世界大恐慌といった経済不況中の失業問題の深刻化により,公園や路上で生活をする人が増加し,無料宿泊所の役割は拡大した。第2次世界大戦後は,宿泊所への社会的ニーズは低下し,施設数は減少していたが,(NPO法が成立した)1999年に突如増加に転じている。2000年代に入ると,(NPOが運営する)無料低額宿泊所が増加する中,劣悪な環境の宿泊施設の存在が指摘されるようになった。法のはざまで困難を抱えている生活困窮者や生活保護受給者に対して劣悪な居住環境や食事等のサービスを提供する一方,そのサービス内容に見合わない高額な料金を請求し,それを生活保護費などから支払わせて利益を得ているいわゆる「貧困ビジネス」の事例が,今日,社会問題化している。

イビチャ・オシム


(日本人選手の特長について)世界基準があっても、日本は誰のまねもしない方がいい。ほかの国にないものを持っている。俊敏性、積極的な攻撃、高い技術。でも、教育の段階から自由に判断することを許されていない

いただきます

食前の挨拶「いただきます」の発声がいつ頃始まったか関しては定かでない。
1983年から始められた国立民族学博物館の共同研究「現代日本における家庭と食卓 ── 銘々膳からチャブ台へ ── 」では、当時70歳以上(1913年前後以前の生まれ)の計284人(女性259人、男性25人)にアンケートを行っており、貴重な証言を得ている。これによれば、対象者らが若かったころ、箱膳で食していた時代には、「いただきます」は決して一般的とは言い難いものであった。ほとんどの家庭において食前に神仏へのお供えがあった一方で、食前の挨拶はないことが非常に多く、またあったとしても様々な挨拶の言葉が存在した。
それがやがて必ず言うようなものとなり、その文句(「いただきます」に限らない)も統一されてきたのは、軍国主義化していった時代ごろからのしつけや教育によるものであると推測されている。
柳田国男も1946年に出版された『毎日の言葉』のなかで、「いただきます」が近頃普及したものだと言及している。

佐伯夕利子

 日本スポーツ界は、これまで何度か海外の人権団体などから、スポーツ現場における暴言・暴力をはじめとする「人権侵害」について厳しい指摘を受けてきた。
「人権侵害」「被害者」「加害者」「暴言」「暴力」・・・、これらの言葉が並ぶ報告書は、スポーツのあるべき姿からあまりにもかけ離れていて、違和感すら覚える。
 言うまでもなく、日本スポーツ界を見る世界の目は私たちの認識以上に厳しいが、どの競技団体においても、残念ながら今日に至るまで充分な実態改善には至っていない。
 怒鳴る、蔑む、見下す、罵倒する。
 小突く、叩く、はたく、ぶつ、殴る、蹴る、倒す。
「厳しい指導」(「ゆるい指導」もしかり)など、世界中どこを探しても、そんなコーチング学やコーチングメソドロジー(指導方法論)は存在しない。
 にも関わらず、まるで「指導方法」の一種かのごとく語られるのを聞くたびに、違和感を越えて不信感を持たざるを得ない。ましてや、こうした「パワハラ指導」は、傷害、暴行、名誉棄損、侮辱といった犯罪に過ぎず、指導方法でも何でもない。
 だから、もうそろそろ「厳しい指導方法」などと都合のいい言い訳に逃げることなく、パワハラ「指導」は「尊厳の迫害」そして「人権侵害」以外に解釈の余地などないことを、スポーツ界全体で再認識したい。

文部省

昭和十六年十二月八日、大東亜戦争の勃発以来、明るい大きな希望がわき起こって来ました。 ・・・ わが日本と志を同じくするドイツ、イタリヤ兩國もまた新しい歐洲をつくらうとして、地中海に、アフリカに、大西洋に、米英に對する戦をくりひろげ、またソ聯とも戦つてゐます。 ・・・ 日本人は御稜威をかしこみ仰ぎ、世界にほんたうの平和をもたらさうとして、大東亜建設の先頭に立ち續けるのであります。 ・・・ 身命をなげうって皇國のために奮闘努力しようとするこのををしさこそ、いちばん大切なものであります。 ・・・ 日々の心がまへが、そのまま大きくなつての心がまへとなります。このやうな心がまへで進む時、新しい世界は私たちの手でできあがるのであります。私たちこそ、といふ意氣ごみを以てのぞむとき、大東亜の建設はみごとになしとげられ、正しい世界が開けて來ます。今、はっきりと私たちの果たさなければならない使命についてわきまへ、それを果たすことのできる日本人となるやうつとめませう。

国土交通省

日本は、国土の大半において春夏秋冬が明確にわかれている国であり、人々は四季の移ろいに敏感で、自然に対する感受性が鋭いと言われている。自然を題材とした、または、自然の美しさについて記した書物は、古来より多数書かれている。例えば、鎌倉時代、「徒然草」の作者である吉田兼好は、「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」と記し、自然の美しさは、満開の花や満月だけではなく、これから咲くつぼみや雨の中の月など不完全なものの中にも存在するということを述べており、自然の様々な姿を愛でていたことがうかがわれる。
さらに、江戸時代には、浮世絵に、花を愛でる描写や、自宅やその庭で盆栽等の植木を育てる描写があること等から、花見や園芸の文化は庶民にまで浸透していたことが分かり、人々は、身分を問わず、広く自然を楽しんでいたと考えられる。
また、明治・大正期の著名な地理学者である志賀重昂は、「日本風景論」において、日本人は欧米人や中国人と比較して、自然現象に対して敏感であるなどと述べている。

唐鎌大輔

過去1年間において円の下落幅は、主要通貨の中でも群を抜いて大きく、国際決済銀行(BIS)が月次で公表する円の実質実効為替レート(REER)は、1970年代前半並みの水準まで落ち込んでいる。
もはや日本は円安になっても輸出数量が増える国ではない。REERがいくら割安感を強めてもそれが輸出数量を押し上げ、貿易黒字を増やすという展開は期待できない。とすれば、名目ベースの円相場が上昇する経路は、断たれたままである。
「円安が過剰」と評価されるためには、結局、それが貿易黒字に直結し、自国通貨買いを招き、割安感が解消されていく必要がある。ところが、既に多くの日本企業が海外生産移管を進め、「円安─輸出」という経路が機能不全になっていると考えられる中、REERの割安感が名目円高を約束するとは限らない。
これは過去10年余りで日本の誇る「世界最大の対外純資産」の中身の半分が直接投資残高になっていることからも類推できる。2000年代前半も日本は「世界最大の対外純資産」を持っていたが、当時、半分は証券投資残高で占められており、直接投資残高は20%未満だった。
リスク回避ムードの高まった場合、証券投資はリパトリエーション(本国回帰)が期待できるものの、直接投資(要は海外企業買収)はそう簡単には行かないだろう。「リスクオフの円買い」が発生する経路も、今は細っているように感じられる。
また、周知の通り、近年では対ドルに限らず、名目ベースの円相場は大して動いていない。それでもREERが割安感を強めているということは、日本の一般物価が諸外国に比べて出遅れていることを意味する。実際、足元に目を向けても欧米でインフレが懸念されているのに、日本の物価はむしろ下がっている。名目は円安のままで、物価も上がらないとすれば、REERで見た円は沈むしかない。

朝日新聞(徳島慎也)

 ほかの国の通貨に比べ、日本円はモノを買う力が強いのか弱いのか。そんな通貨の購買力を示す国際指標で、日本円が約50年前の水準まで下がっていることが分かった。この1年で急激に円安が進んだのも一因だ。その分、輸入に頼る原油や食材などが値上がりするなど、暮らしへの影響も広がり始めている。
 この指標は、国際決済銀行(BIS)が毎月公表しており、「実質実効為替レート」と呼ばれる。約60カ国・地域の通貨を比較し、各国の物価水準なども考慮して総合的な通貨の実力を示す。数値が低いほど、海外からモノを買う際の割高感が高まる。円安が進むと、海外旅行で何かと割高に感じるのと同じだ。
 この指標をみると、日本円は昨年5月に80以上だったが、海外でコロナ後の景気回復への期待が先行して円安基調となり、下落傾向が続いた。今年10月に70を割り込み、11月に67・79まで下落。これは同様に円安が進んだ2015年6月以来の水準で、1972年8月と同じ値だ。過去最高だったのは、一時1ドル=79円台まで円高が進んだ95年4月で150・85だったので、その当時と比べ、大幅に海外のモノが高く感じる状態になっている。

gooddo マガジン

平成が終わり、新たな時代「令和」が幕を開けました。
日本でも人工知能や宇宙開発など一昔前では考えられなかった技術がどんどん発展しています。
しかし、そういった社会の進歩とは裏腹に貧困に悩む子どもの多さが問題となっているのです。
厚生労働省「平成28年 国民生活基礎調査の概況」のデータによると、子どもの貧困率は13.9%。およそ7人に1人の子どもが貧困状態に陥っています。
そして、貧困にあえぐ子どものいるひとり親家庭の多くはシングルマザーです。
ひとり親世帯についての国の調査によると、平成27年の父親自身の平均年間就労収入が398万円。対して、母親自身の平均年間就労収入は約半分の200万円です。
母親が仕事で昼夜を問わず働いている場合、子どもたちは学校が終わった後の時間を、一人きりの家で過ごすケースも多く生まれています。

諸永裕司

 ごみを捨てても壁を壊しても元通りに戻す必要はなく、追い出されることもない。そのうえ、騒いでも火事や事故を起こしても、まず責任を問われることはない――。
これほどのやりたい放題が許される契約しか結べないとしたら、アパートの部屋を貸そうとする家主は現れないだろう。
だが、そのありえない家主こそ、在日米軍に基地を提供している日本政府の姿なのだ、と衆院議員の屋良朝博は言う。
「沖縄や東京の米軍基地で有機フッ素化合物のPFOSやPFOAによる飲み水や地下水の汚染が事実上、放置されているのもそのためです。そして、その原因はやりたい放題が許される契約、つまり日米地位協定にあるのです」
日米地位協定は、日米安全保障条約にもとづいて駐留する米軍の施設・区域の使用と地位について規定している。いわば、基地という借家の使い方についての約束だ。
だが、住民にとってもっとも切実な環境問題に直接かかわる条項はない。

パントー・フランチェスコ

社会の所属感、つまり “社会の一員であり続ける” “よそ様に迷惑をかけない” といったことに強いエネルギーを日本人は使っているんだなと感じました。“社会的使命” という言葉が心理学にはありますが、他者や社会から認められない自分のあり方は『恥』『外れている』と思ってしまう。他者から認められたいという“他者承認”欲求が満たされないと、自分が幸せであることを実感できないのだと思います

通貨当局

頭のいい人が集まったという通貨当局が
円高の流れの中で 何十兆円もの円売り介入を行う
円高を阻止するためだというのに
円売り介入が行われている間は 円高の流れは止まらない
ところが
円高阻止を諦めるような形で 円売り介入を止めてしまったら
流れは円安方向に変わってしまい もう円高は起きない

通貨当局のやることは 不自然で分かりやすい
通貨当局が 市場の流れに逆らって 円売り・ドル買いを始めれば
それはとても不自然だから
通貨当局の介入だとわかってしまう
わかった人たちは すぐに反応し
円買い・ドル売りを仕掛け 大きな利益を上げる
しかも 通貨当局は流動性を提供してくれる
喜んでドルを高い水準で買ってくれて いくらでも円を供給してくれる
だからドル円市場に集まってきた人たちは ドルを持ってきて売りさえすれば儲かる
時が経ち 通貨当局が円売りを諦めるころには 円高方向に相場が動かなくなり
みんながそのことに気づき
円売り介入など行わなくても 円安方向への流れが定着する

通貨当局による株式や投資信託の購入も同じ
購入額をどんなに増やしても 株はアウトパフォームしない
いつか 通貨当局が株式の購入を止めたらは
株がアウトパフォームするかもしれない
いや 不自然なことを止めてしまえば
すべてがダメになる

儲けたい人たちのやることは
国などという得体のしれないものを守ろうとする人たちの
上を行く
儲けたい人たちは 儲けるために 国を越える
通貨当局の人たちが 儲けのために 国を越えることはない
儲けるために AI を使う人たちは
通貨当局のやることなど すべて予め わかっている
ゲームは始まる前から終わっている

企業がなくなってしまえば 心配はなくなる
でも 企業がなくなれば 通貨当局は いらない
すべてが通貨当局の思うようにはいかない
国の借金が 国を滅ばすのも 近い
それなのに通貨当局は 国の借金は脅威ではない という

通貨当局で働いていた人たちが 儲けたい人たちの中に入り込み
大儲けをする
ゲームを知ってしまえば
儲けるのは そう難しくない

RYOKO

世界ではこの数年のうちに一気に環境に対するムーブメントが盛り上がりましたが、その多くは主に西洋発で起こっています。グレタさんの演説やヨーロッパの街中でのデモの様子も記憶に新しいですよね。
自然を思いのままにコントロールしてきた文化のもとでは、「人間の行動により気候変動が抑えられる」という理屈がすんなりなじみ、心から成果を信じて行動する人が表れます。刻み込まれた自然観がそうさせるのです。
日本にも声を上げる人たちは出てきましたが、多くの日本人はまだ心の奥の奥では、「頑張っても変わるはずがない」と思っているのではないでしょうか。一部のアクティビストたちの発信はどんどん先へ進んでいくけれど、世論はどこか置いていかれているような感じがあります。
これは意識の低さでも知識の欠如でもなく、根本的な「自然観」の違いを考えれば何も不思議なことではないと私は考えています。
少し古いデータですが、2015年に開催されたWorld Wide Views on Climate and Energy 世界市民会議「気候変動とエネルギー」の報告のなかに、世界と日本の気候変動対策に対する意識調査がありました。
その結果で、世界では66%の人が気候変動対策により「生活の質が高まる」と答えているのに対し、日本はたった17%しかおらず、逆に60%もの人が「生活の質が脅かされる」と答えています。
世界とは対象的に、日本人の多くは「気候変動対策をするには生活の質を落とし我慢しなければならない」と考えているようです。この結果からも、日本人がいかに改善した未来を諦め、目先の不利益を恐れてしまっているかが見て取れます。
いま地球で起きている気候変動やそれに伴う災害が、「私たち人間がしてきたことの結果」であることは日本人もみんな理解しています。だけど、一度変わってしまった自然を復元したり変化を止めたりできるのかと言われれば、本能で「無理」と思うのが私たちの文化。遺伝子レベルで刻み込まれた、ごくごくナチュラルな自然観であると考えてもよさそうです。
誰も大きな声では言えないけれど、私たちは本音では「ひとりひとりの行動で気候変動が抑えられる」とは信じきれていないのだと思います。

矢野康治

数十兆円もの大規模な経済対策が謳われ、一方では、財政収支黒字化の凍結が訴えられ、さらには消費税率の引き下げまでが提案されている。まるで国庫には、無尽蔵にお金があるかのような話ばかりが聞こえてきます。
今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものです。氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けているのです。タイタニック号は衝突直前まで氷山の存在に気づきませんでしたが、日本は債務の山の存在にはずいぶん前から気づいています。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるかがわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいるのです。

Jim Rogers

Jim Rogers: The guy at the Bank of Japan [Gov. Haruhiko Kuroda] goes to work every day and says he will print unlimited amounts of money—his words—so he can buy stocks and bonds and exchange-traded funds. Well, I own Japanese ETFs. He’s got more money than I do, and if he’s going to buy Japanese ETFs, I am, too. The Japanese market is down 30% from its all-time high, and the American market is near an all-time high, so I’d rather buy Japan. But Japan has a dismal future. The debt is staggering. The population has been declining for 10 years. You don’t have to be too bright to figure out that if you’re 10 years old in Japan, you have a dismal future. It has accelerated because of the virus and because they’re spending lots and lots of money. There may not be a Japan in 40 years. It’s tragic, and I love, love Japan.
Barron’s: But for now, at least, you’re investing in Japan.
Jim Rogers: I wouldn’t be surprised if the Japanese market—and this isn’t a prediction—went back to its all-time high during this period. We can have a wonderful time while the guy is printing and buying, printing and buying.

金森俊樹

問題はもっぱら執行面にある。申告納税を基本とする中で、納税意識の高い者だけが納税し、課税当局も「取れるところから取る」という安易な発想に走りがちという構図は、残念ながら昔も今も変わらない。
一例を挙げよう。各種国際機関に勤務し退職後受けている年金、国際機関に預けた資金から得ている運用益(一部国際機関にはそういう制度がある)は、日本の年金等と同様課税対象だが、筆者の知る限り、申告されていない場合が多いようだ。しかも国際機関の年金は、国内の年金等に比べ、はるかに有利で高額な場合が多い。課税上の扱いが不明朗だったこと、国際機関職員は現役時非課税扱いで、残念ながら、あまり納税意識のない人が多いためだろう。
課税上の扱いが不明朗だったのは、国際機関のOBには社会的に名の通った人も多く、課税当局が「遠慮」や「忖度」(?)をしたためという噂まである。ありえない話だが、こうした噂が流れていること自体、ゆゆしき問題だ。
国税庁も最近ようやくそのHPで課税対象である旨明記したが(No.1622 「国際機関に勤務していた人が受給する退職年金に関する課税関係」)、そもそもHPは問題意識のある人しか見ないのではないか。退職して日本に戻っても、年金は海外口座で受け取っているなどは確信犯の可能性がある。
課税対象だと聞いても、「税務署から指摘されない限りは知らない」「それでは居住地を海外に移し、逃げ切ろう」というような不届きな声ばかり聞こえてくる。非居住者になれば非課税だが、もちろん居住者であった期間の所得まで遡って非課税になるわけではない。さらに、「グロスアップ」と称して、課税された場合、その金額を追加で支給するという国際機関があるとも聞く。その場合、当然、追加支給された分も課税所得となる。
最も単純かつ完全な解決策は、国際機関に年金等の支給者リストを提出させることだが、某国際機関は守秘義務を楯に提出を拒んでいるという。徴税面の国際協調が叫ばれる中で時代錯誤の認識だと言わざるを得ない。そもそも守秘義務はこうした時のためにあるものではない。
「申告していない者がいるのに、なぜ自分だけが」という理屈は通用しないが、適正に納税している者の感情としては理解できる。課税当局は事ある毎に「国民の納税意識が高まることを期待している」と言う。その通りだが、残念ながら、現実はそうなっていない。「公平」原則を甘く見ていると、性善説に立つ申告納税制度は崩壊しかねない。

近藤祐

現代都市に生きる私たちの住空間は、悲しいほどに狭い。〈狭さ〉はただのデメリットでしかないように思える。けれど日本文化史には、鴨長明の『方丈記』、利休の茶室、池大雅・与謝蕪村の『十便十宜図』など、さまざまな〈狭さ〉の美学が存在する。また現代の赤ちょうちんなど、〈狭さ〉には社会通念や物質信仰を超えた「自由」が宿る。
都市空間において排他的・敵対的な〈広さ〉に囚われ、ますます自閉していく私たちに、〈狭さ〉はどのようなアンチテーゼとなるのか。前著『生きられる都市を求めて』に続き、現代都市空間にまといつく息苦しさを克服し、人間が「生きられる」場所の復権を提言する。

土井隆義

近年の相対的貧困率に目を向けてみると、男性の場合、高齢層ではやや改善が見られるのに対し、若年層では逆に悪化している。女性の場合、男性ほど極端ではないものの、それでもやはり若年層で悪化している。
その貧困の要因の一つといえる失業も、その多寡は若年層になるほど学歴による差異が大きくなっている。またその学歴は幼少期からの家庭環境に左右され、さらにその家庭環境には教育に投資できる親の経済力が反映している。事実、全国一斉学力テストの平均点は親の年収と相関しており、子ども自身による勉強時間との相関度よりも強い。
このような状況を反映して、いまの日本には「努力しても報われない」と諦観を抱く若者たちが増えている。にもかかわらず、その状況に対して彼らは不満を覚えなくなっている。

加藤嘉一

 共同富裕――。
 最近、中国で話題になっている概念である。マルクス主義や社会主義体制を堅持してきた中国共産党、そしてそんな党による領導下で暮らしてきた中国人民にとって、決して新しいものではないが、習近平新時代という文脈の中で議論されると、物議を醸し、さまざまな攻防が繰り広げられる。
 各種報道にも見られるように、習近平総書記が党中央の重要政治会議で「共同富裕」を掲げたことで、IT、教育、イノベーション企業など、規制強化の対象となっている業界の大手が続々とこの分野への資金投入を行っているのだ。収益を最大化し、株主へ還元することで経済成長へ貢献する営利企業が、格差是正や貧困撲滅を掲げる政権側の意思や方針に振り回されることで、企業経営が悪影響を受け、市場としての中国の魅力が削がれるリスクをはらんでいる。

賀茂美則

「日本は二重国籍を認めていない」とはよく聞く言葉だが、実はこれ、100%正しいとは言えない。米国やカナダなど、その国で生まれれば例外なく国籍を与えられる「国籍出生地主義」をとる国で生まれた日本人に対して、日本政府は二重国籍を事実上容認している。多くの人が誤解しているが、22歳(2022年4月からは20歳)になったらどちらかの国籍を選択する義務がある、というのは建前で、私の知る限り、大多数は選択していない。その場合も、日本政府は日本国籍を選択したとみなし、もう一つの国籍は「放棄しようと努力している」と解釈する。これでは、二重国籍を容認していると言われても仕方がないだろう。最近ではテニスの大坂なおみ、しばらく前には歌手の宇多田ヒカルの国籍選択が話題になったが、全世界では何万、何十万人の「合法的に外国の国籍を持つ日本人」が存在するのだ。
日本政府が、「出生による多重国籍」を認めているのは「自分で選択したわけではないから」であり、外国人と結婚してその国に住む場合、国籍が自動的に与えられるようなケースも、「自分の意思ではない」ので、二重国籍が認められる。
問題は「自分の意思で」外国籍を取得した日本人である。法律によれば、その時点で日本国籍は失われ、当該人物は日本政府に「国籍離脱届」を提出しなければならない。この届けを提出せずに、日本のパスポートを使用すれば「旅券法違反」となる。

杉浦由美子

 なぜ、今までメディアは彼(小泉進次郎)への批判を遠慮してきたか。それは彼が人気者だったからだ。その人気を支えるのは女性層である。彼女たちは小泉進次郎を「進さま」と呼んでいた。進さまファンを自称する女性と話していて、こう訊かれたことがある。
「リベラルと保守ってどう違うんですか? 自民党はどっち?」
 この時、池上彰はすごいと思った。急にこの質問をされて、分かりやすく説明するのは難しい。
 そして、こういう「リベラルと保守ってどう違うの? 自民党はどっち?」と疑問を持つ女性層は決して政治に興味がないわけでも、意識が低いわけでもない。選挙には必ずいく。それが国民の責任だと思っている。反対に、新聞や週刊誌の政治経済の記事に目を通し、情報を持っている人たちは「どの政党も候補者もダメだ」と絶望していき、投票を放棄し出す。
 どちらを味方につけた方が選挙に勝てるかといえば前者である。進次郎氏はこの「情報をもってないが、意識は高く選挙には行く」層をつかんできた。そして、この層はマジョリティであり、政治家だけではなく、メディアも無視できない。彼女たちが拒否する情報は報道できなかった。

Alex Kerr

僕が亀岡に住み始めた頃に、京都の旧家のお婆さんと話をする機会がありました。「あなたは古美術に興味を持ってはるのどすなあ」とお婆さんが言いました。「うちにも素晴らしい骨董品はようけあったんやけど、戦争でようけ焼けてしもうたんや」と彼女は言いました。僕はびっくりして、「戦争の時は京都に爆弾は落ちなかったのになんで焼けました?」と聞きました。すると、お婆さんは憤慨した表情で「私が話しているのは応仁の乱のことや」と言いました。お婆さんは五百年以上前の火事を今でも悔やんでいたのでした!

バランスの上に成り立つ社会

武士が力を握っていても
土地を耕すのは百姓で
商いをするのは町人で
武士は威張っているのだけれど
百姓のおかげで米を食べ
町人から金を借りて暮らす
武士がどんなに偉くても
武士の上には武士がいて
一番上の将軍の上には
見たことのない天皇がいる
天皇には何の権限もなく
それでも将軍を任命したりする
天皇の財力は微々たるもので
町人の財力とは比ぶべくもない
どんなに力を手にしても
すべてを握ることはない
いろいろな力のバランスの上で
うまいこと成り立っている私たちの社会には
絶対的な神はいない

絶対的な神のいる社会には
絶対的な権力者がいて
絶対的な宗教と
絶対的な哲学と
絶対的な法律が
がんじがらめに人を縛る
人権という価値は絶対で
人道という考えも絶対で
でもそんな絶対のもろもろは
私たちの社会には似合わない

借り物の価値や考えや
敗戦の産物の憲法や
古びて錆びた法律で
住みづらくなった社会が
住みやすい社会になる日が
来るのだろうか

日本は世界の中心ではない

グリニッジ子午線が真ん中にある
ヨーロッパで作られた世界地図を貼って
毎日ぼんやりと眺めていたら
右の端と左の端の経度180度線が
同じ場所だと気がついた

ヨーロッパやアフリカが真ん中で
カムチャッカ半島やニュージーランドは右に
アラスカやハワイは左の端っこにあって
日本は大陸の右端にへばりついている
どうみてもそこは 中心から遠い

日本が中心にある世界地図を見て
日本が世界の中心だと思ってみても
日本は大陸にへばりついていて
大きな海のなかに沈みそうだ

迫りくるプレートよ
湧き出るマグマよ
どうか静かにしていておくれ

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会

ワールドワイド オリンピック パートナー
日本コカ・コーラ株式会社、Airbnb、アリババ、ATOS、株式会社ブリヂストン、ダウ・ケミカル、GE、インテル、オメガ、パナソニック、P&G、サムスン電子、トヨタ自動車、VISA

東京2020 オリンピック ゴールド パートナー
アサヒビール、アシックス、キヤノン、ENEOS、東京海上日動火災保険、日本生命保険相互会社、日本電気、日本電信電話、野村ホールディングス、富士通、みずほフィナンシャルグループ、三井住友フィナンシャルグル―プ、三井不動産、明治、LIXIL

東京2020 オリンピック オフィシャル パートナー
味の素、アース製薬、イー・エフ・エデュケーション・ファースト・ジャパン、エアウィーヴ、キッコーマン、KNT-CTホールディングス、JTB、シスコシステムズ合同会社、セコム、全日本空輸、綜合警備保障、大日本印刷、大和ハウス工業、東京ガス、東京地下鉄、TOTO、東武トップツアーズ、凸版印刷、成田国際空港、日清食品ホールディングス、日本郵便、日本空港ビルディング、日本航空、東日本旅客鉄道、久光製薬、三菱電機、ヤマトホールディングス、リクルート、読売新聞東京本社、朝日新聞社、日本経済新聞社、毎日新聞社

東京2020 オリンピック オフィシャル サポーター
AOKIホールディングス、Aggreko Events Services Japan、ECC、EY Japan、KADOKAWA、グーグル合同会社、コクヨ、清水建設、TANAKAホールディングス、テクノジム、東武タワースカイツリー、乃村工藝社、パーク24、パソナグループ、ボストン・コンサルティング・グループ、丸大食品、モリサワ、ヤフー、産業経済新聞社、北海道新聞社

不動産投資というゲーム

不動産投資というゲームがあって
多くの人がのめり込んでゆく
入居者が入らない空室リスク
入居者による家賃滞納リスク
価格が低下する価格変動リスク
少し考えただけでもリスクは多い

でもそんなリスクは
日本という国にいるリスクに比べれば
ほんのささやかなリスクでしかない

現在の日本国の負債は
敗戦時の大日本帝国の負債と比べて2~3倍
国がいつ崩壊してもおかしくないのに
みんなで安全だ安心だと合唱している
人災と天災が勢揃いした国にいて
人災にも天災にも
みんなで気づかぬふりをする

そんな国にいる個人の財産がどうなるかは
明治維新のときのことや
敗戦の時のことを考えれば
想像がつく

実際 日本の経済の破綻は
1791年(寛政の改革)1868年(明治維新)1945年(敗戦)と
77年おきに起きてきていて
次は2022年
なんと来年だ
たとえ来年でないとしても いつかは必ず破綻する

破綻すると どうなるか
1945年を例にとって考えると
まず 戦時補償債務は実質的には支払わないという御触れが
政府への戦時補償請求権に税率100%で課税するというやり方で出る
次に1回限りの財産税が課せられる
1946年3月3日時点で国内に居住する個人に
税率25%から90%の財産税が課せられ
銀行預金 郵便貯金 土地 家屋 株式 国債が取り上げられ
金銭納付が困難な場合には物納させられる
不動産投資をしていた人の財産は
あっという間にゼロになる

事情は明治維新の時も同じ
地租改正といって土地を取り上げた
江戸時代もその前も同じ
忘れた頃に 人々から
すべてのものを取り上げる
7世紀の大化の改新の頃からずっと
千年以上にわたって
個人の土地や財産を取り上げ続けてきた国に
なにを期待するというのか

フランスに土地や家を持てば
いつフランス政府に取り上げられても文句は言えない
そういう法体系なのだ
フランスは収奪を隠したりはしない
でも時が経てば
たとえ壊されていたとしても
取り上げたものは戻ってくる

スイスに土地や家を持てば
自分のものだと思えるけれど
払えないような額の税金がのしかかる
仕方なく銀行でローンを組めば
税金は安くなるけれど
緊急時には所有権が国に移る
それでも取り上げられたりすることはない

日本 日本 と言う人たちが
不動産投資というゲームにのめり込む
いつか全部取られてしまうことを
知ってか知らずか
熱心にそして真面目に
ゲームに参加している

Kurt Streeter

Into this troubled environment, 11,000 athletes from all corners of the globe will descend, along with coaches, officials, Olympic support staff, media workers and more. The Tokyo Games could end up being a three-week superspreader event that leads to death and illness across Japan and far beyond.

公共の福祉

日本国憲法の第13条に
  すべて国民は、個人として尊重される。
  生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、
  公共の福祉に反しない限り、
  立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
と書いてある

これをそのまま読めば
  公共の福祉に反しない限り
  生命に対する個人の権利が尊重され
  公共の福祉に反しない限り
  自由に対する個人の権利が尊重され
  公共の福祉に反しない限り
  幸福追求に対する個人の権利が尊重される
となり
言い換えれば
  公共の福祉に反すれば
  生命に対する個人の権利は尊重されず
  公共の福祉に反すれば
  自由に対する個人の権利は尊重されず
  公共の福祉に反すれば
  幸福追求に対する個人の権利は尊重されない
となる

日本国憲法の第12条にも 第22条にも 第29条にも
公共の福祉という言葉が出てくる

日本では
  ハンセン病患者を隔離するのも
  電源開発のために村を水の底に沈めるのも
  鉄道の敷設のために人を立ち退かせるのも
みんな公共の福祉だった

政府が
  人々の生活の安全を守るために何かを制限するのも
  人々の生活を豊かにするために何かを制限するのも
  人々を幸福にするために何かを制限するのも
みんな公共の福祉なのだ

私たちは
  公共の福祉のために人間としての自由を失い
  公共の福祉のために人間としての権利を失い
  公共の福祉のために人間としての機会を失い
それでもへらへらと生きている

私たちの最大の敵は
もしかしたら 公共の福祉かもしれない
いや
私たちの最大の敵は
憲法ではないのか
国ではないのか

日本にあったもの

古のむかしから影響を与えてきた
中国文明と
近代になって影響を与えはじめた
欧州文明のはざまで
私たちは元々あった大事なものを
いつのまにかなくしてしまった
あらゆる生き物を思いやる心とか
ちょっとしたことへの気遣いとか
そんな諸々を忘れてしまったのだ

所作とか言葉遣いとか 身だしなみ
調和を乱さないための 慎みぶかさ
もてなすときの こころの有りよう
もてなされるときの 感謝の気持ち
自然の微かな動きを 見逃さない目
季節の変化を 美しいと思える感性
季節に合った言葉を 選びとる感覚
月を見上げる習慣や 暦を貴ぶ知恵
言葉に心を込め 思いを込める能力

そんな諸々を 古くさいものと思い
見向きもしない人たちは
中国文明の真似に 時間をついやし
欧州文明の吸収を 学ぶことと思い
無駄なエネルギーを使ってきた
見向きをしないだけでなく
避けたり嫌ったりする人も多く
日本的なものは もうどこにもない
あるのは ビジネスのための日本と
日本ではない日本ばかり
季節のない都会にいるのは
パスポートが日本国なだけの日本人と
カタカナばかりの日本語を話す人たち
僕もそのなかのひとりなのが
なんとも腹立たしいけれど
なにかというと日本という言葉を口にする人たちに比べれば
まだましなのかもしれない

みんなが貧しかったなら

預貯金や株式や投資信託や保険といった
世帯が保有する金融資産の合計が
あんまりも多いので
なにかの間違いではないかと思った

飛行機の素晴らしい座席は満席で
街を歩けば高級車が走り抜け
豪邸の塀はあくまで高く
富裕層がいるのは知っていたけれど

1/500 の世帯が 資産5億円以上の超富裕層
1/50 の世帯が 資産1億円以上の富裕層
1/5 の世帯が 資産3千万円以上以上のアッパーマス層
残りが 資産3千万円未満のマス層

金融資産には土地や建物は含まない
貴金属も宝石も骨董も美術品も含まない
もしそんな実物資産を含んだら
数はもっと多くなる

経済がよくなるとアッパーマス層が増えて
アッパーマス層が増えれば富裕層が増えて
富裕層が増えれば超富裕層が増えて
街はリッチな人ばかりになる

ところが経済がはじけてしまったら
倒産や廃業がふえて株価が下落して
アッパーマス層があっという間に消えて
外国の人たちにカモにされ

超富裕層と富裕層が少しだけ増えて
アッパーマス層が減ったぶんマス層が増えて
平等の気分が増えて不満は減って
みんなで貧しくなればこわくないって

いいレストランは外国人であふれ
宝石店に入るのは外国人だけ
あれっ この風景はいつか見たよね
あっ そういえば戦後の日本だ

でもアッパーマス層がたくさんいるのより
みんなが貧乏でいるほうが
不平や不満が少ないんだと
それってなんだか変だよね

もしもみんながマス層になって
AIに仕事を奪われて
誰も税金が払えなくなって
うーん

政府のラバ

国の借金は1114兆円
国民一人当たりの国の借金は901万円
国のGDPが525兆円なので
国の借金はGDPの2倍以上
一般会計予算が101兆円なので
国の借金は一般会計予算の11倍
国の予算を356兆円とすると
国の借金は国の予算の3倍以上

一般会計予算の1/3以上が年金と医療と福祉
つまり主に老人のために消え
一般会計予算の1/4近くが国債費
つまり借金のために消え
一般会計予算の1/6が地方交付かなんかで
カネのない地方にばらまかれ
一般会計予算の1/4が実質の予算
101兆円の一般会計予算があっても
まともに使えるのはたったの26兆円

一般会計予算のほかに特別会計予算があって
そのまやかしの総額は390兆円
わけのわからない会計間のやりとりが90兆円
国債の借換えが103兆円、償還費が88兆円
社会補償給付という聖域が70兆円
地方へのバラマキが19兆円
財政融資資金への繰入が12兆円
つじつま合わせの復興経費が2兆円弱
その他も事務取扱とかで消えてゆく

日本には家計の貯蓄が1755兆円あって
国の借金の1114兆円よりずっと多い
だから大丈夫という人がいるけれど
家計の貯蓄が政府のためにあるわけはなく
日銀は政府のために紙幣を刷り続け
日銀に口座を持っている金融機関と
一緒になって国債を買い続け
みんなで国の借金を増やし続けている

こんなまやかしがいつまでも続くわけがないのに
日銀が紙幣を刷り続け国債を買い続けるかぎり
国債が暴落したり発行できなくなったりはしないとか
日本の企業や個人が海外に持つ資産がたくさんあるから
ぜんぜん心配はないよ大丈夫だよとか
日本の借金は円建てなんだよ印刷できるんだよ
返済を迫られてもお札をすればいいんだよって
そんな説明で納得しているバカな私たちがいる

財務省が借金を減らそうとしても
反対に借金を増やす政治家がいて
日銀の相場を買い支えるというゲームは
見透かされて外資のカモになり
政府の資産が700兆円あったって
借金返済に使えないものばかりだし
日本企業の金融資産が1200兆円あったって
企業は国の借金のしりぬぐいはしない

借金返済と社会保障と地方へのバラマキで
実質の国家予算は減り続ける
弱っていくのは国家だけではなく
実質の個人所得は減り続けるし
それに伴って消費も減り続け
値段がさがればみんなは喜び
喜びとは裏腹に生活は苦しくなり
収入は減り社会保障は増え続ける

しあわせはカネではないだとか
日本に誇りを持てだとか
どんな話もすり替えられて
本質は消えていく
不倫したとか不正をしたとか
小さなことが大ごとになり
国の借金とかブロックチェインの導入とかは
小さなことになる

借金をどうにかしようにも
デフォルトに持って行けるわけもなく
素直で善良な国民は
国の借金なんて気にしない
国の借金が永遠に増え続けても
日本は特別だから平気なのだと
そんなことを言っている人たちは
あとからなんて言うのだろうか

チャウシェスクが倒される前の日まで
チャウシェスク万歳を叫んでいた人たちは
チャウシェスクが倒された次の日には
同じ広場で失脚を祝ったのだけれど
原爆を落とされ戦争に負けて
天皇がただの人になっても
皇居に集まってくる人たちは
天皇陛下万歳と声を揃える

わが国の借金が増え続けている
今朝来た新聞の一面に書いていた
だけども問題は 今日の雨 傘がない
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
冷たい雨が 今日は心に浸みる
君の事以外は 考えられなくなる
それはいい事だろ なのだろうか

J-CAST ニュース

新型コロナウイルスに関連し、緊急事態宣言が出されると、都道府県をまたぐ移動の自粛が求められた。
すると、各地で県外ナンバーの車への偏見が生じ、道路で県外ナンバーをチェックする自治体が現れ、車への嫌がらせも相次いでいる。いわゆる「県外ナンバー狩り」と呼ばれる現象だ。トラブルを防ぐために、県外ナンバーだが県内在住であることを示すステッカーがネット通販サイトで販売され始めた。

岡山憲史

安倍総理は「自分には3つの敵がいる」と述べた。

  • 1つ目の敵は朝日新聞に代表される、いわゆる「反日左翼」。この勢力は自分が何をやっても常に敵であるという。
  • 2つ目の敵は「財務省」。財務省は数百人体制で国会議員に財政破綻論をすり込んでいく。さらにはジャーナリスト、評論家、財界人などにも説明に回り、財政破綻論を吹聴させている。
  • 3つ目が国際金融資本。いわゆるグローバリズムだ。日本の株式市場は外圧によって株価指数先物を導入してからヘッジファンドの売り崩しによって株価暴落を引き起こした。

安倍総理がいう3つの敵こそが我々国民の最大の敵であることを知ることだ。

Sayuri Shirai

For starters, public debt such as government bonds are liquid and safe financial assets, with diverse maturities up to 40 years. As such, there is high demand among banks and insurance firms for public debt in the absence of alternative financial assets in Japan.
Second, Japan’s persistent current account surpluses and correspondingly substantial net external financial asset position have enabled Japanese borrowers to rely largely on domestic capital, thereby avoiding foreign debt crises.
Third, the Bank of Japan currently holds nearly half of all government bonds to achieve its 2 percent inflation target through unconventional monetary easing. The resultant lower yields have reduced the government’s interest payment. Moreover, efforts to stabilize the 10-year yield at around zero percent have postponed Japan’s debt sustainability problems further, with its nominal GDP growth rate consistently exceeding its nominal long-term interest rate.
It is important to consider, however, that Japan’s aging population and low economic growth potential of around 0.6 percent will deteriorate its fiscal deficit and reduce household savings, thereby making reliance on foreign capital inevitable in the long run. This may leave the BOJ with no choice but to end up providing permanent government support to avoid painful fiscal consolidation. Japan may be entering to a new norm.

Peter Pham

To provide more attractive debt options, the government will have to tolerate more interest liabilities. That means increased loaning to pay for this.
This is a typical perpetual debt trap, a vicious cycle where borrowing to service an ever-growing interest repayment. The more you’re borrowing to pay debts today, the more interest and obligations you’ll have to face tomorrow.
Japan may be a prodigal debt manager for now, but because the structure of its society will not change significantly and its economy is not productive enough, the only viable option is default.
This scenario is what economist claim to be impossible. Unless Japan attempts a leap of fate to ensure economic grow outpaces interest payments, then the die is cast.
Stimulus packages have failed one after another, and Japan must find new ways to swim out of its economic quicksand.
In the next daily, we’ll go through different economic remedies for Japan to escape its debt trap and the outcome of each course of action.

高等教育無償化プロジェクト

私たち高等教育無償化プロジェクトは、かけがえのない人生を豊かにする学びを、経済的事情に左右されず、あらゆる人が権利として享受できる、未来ある社会を実現するために、すべての人への高等教育の無償化を目指します。
私たちは次のことを求めます。

  1. 高等教育の無償化を目指し、大幅な学費値下げにふみ出す。
  2. 高等教育の授業料免除枠を大幅に拡大する。
  3. 奨学金制度を抜本的に改善するーーー給付制奨学金の抜本増。貸与奨学金の完全無利子化。返済中の奨学金の利子払いの免除。返済困難者への救済制度の拡充。

私たちは、「自己責任」という言葉に覆い隠されてしまっている学生や家庭に高学費がもたらす影響の実態を可視化し、学費の値下げや奨学金制度の改善が必要であるという認識を国民の中に広げ、実態に即した政治的決断が下され、状況が改善されていくことを求めます。

山鹿素行

日本こそ孔子以前から孔子の教えを実施する道義国家である。『天地の至誠、天地の天地たるゆゑにして、生々無息造物者の無尽蔵、悠久にして無彊の道也。聖人これに法りて天下万世の皇極を立て、人民をして是れによらしむるゆゑん也』。日本こそ中つ朝であり即ち中華である。日本書紀に日本を「葦原中國」と記すように日本こそ中国である。皇祖の天照大神の統治の御心は至誠そのものであり、君子もまた至誠そのものであり、人民も徳に生きる。
**
ひとたび打ち立てられた皇統は、かぎりない世代にわたって、変わることなく継承されるのである。……天地創造の時代から最初の人皇登場までにおよそ二〇〇万年が経ち、最初の人皇から今日までに二三〇〇年が経ったにもかかわらず……皇統は一度も変わらなかった。

古俣慎吾

純金融資産が1億円以上5億円未満の富裕層、5億円以上の「超富裕層」は合わせて約100万世帯だった(2013年)。内訳は富裕層が95.3万世帯、超富裕層が5.4万世帯だ。あるいは『図解・富裕層ビジネス最前線』(中経出版)によれば、日本には10億円以上の資産を有する層は3万人いて、職業別の内訳は、経営者1万6900人、医者、歯科医8000人、優良企業役員1650人、著名人1590人・・・だ。

日本では今、学費を払えないから大学に行けないという若者が増えている。奨学金がもらえても、卒業後は奨学ローンに追われるので結婚もままならないという。いっぽうで、年収が1000万円ある世帯が日本の全世帯のうち22.6%であるのに対し、東大生の家庭は実に57%が年収1000万円を超えている。東大生の多くが親も東大出身で高収入。そういう家庭に生まれなかったら逆転もできないという社会になっている。日本でも格差が固定化しつつあるのだ。

Jeff Kingston

Like many world leaders, Japan’s Prime Minister Shinzo Abe has not managed the COVID-19 outbreak very well.

Allocating taxpayer money to contain the plague of criticism is indicative of a government that has handled COVID-19 more as a PR challenge than a profound public health crisis. Tokyo should be using AI to better deal with the pandemic, not to massage perceptions. Containing the outbreak, treating patients, and helping all those whose lives have been derailed by this crisis should be the priority, rather than going to war with the press.

小川泰平

「警察にノルマがあるのか」という質問が結構多い。いろいろと見解が分かれるかと思うが、私は「ある」と認識している。警察内部では「努力目標」あるいは「目標数値」と言い換えているが、似たようなものである。目標数値があるからには、一般企業の「売り上げ」に相当するものもある。それが「検挙」の数であったり「検挙率」だと思っている。
「検挙」=「逮捕」と思っている方も多いと思うが、そうではない。「検挙」と一口で言ってもいろいろある。「逮捕」した場合はもちろん検挙であるが、逮捕しない場合、つまり身柄不拘束の場合でも検挙は検挙だ。
警察でとくに重要視されるのは「検挙率」。これは「検挙件数/認知件数」の割り算で出される数字だ。たとえば100件認知して30件検挙したとすれば、検挙率30%である。要するにこの「検挙率」が低いと、「事件(被害)があんまり解決してないね」ということである。
「認知件数」というからには、警察が認知した件数と思われる方も多いとは思うが実は違う。事件の通報を受けて事件を認知し、被害届を受理したものが「認知件数」であり、被害届を受理していないものは「認知件数」にはカウントされないのである。犯罪にあたるものであっても被害届が出されないなどで発覚しないものもあるということになる。
検挙率は「警察白書」などで毎年発表されていて、警察組織全体や、各警察本部やその下の警察署単位までそれぞれに「数字」が出される。すなわちこれが成績表のようなものである。ちなみに、警察全体の検挙率は近年は30%程度で推移している。
この「検挙率」に先ほどの「努力目標(ノルマ)」が課せられるのである。たとえば「検挙率○%以上」とか「検挙率を前年比○%アップ」などである。

上野正彦

私が特に提起しておきたいのは、今日の日本では自殺の原因が厳しく追及されていない、ということである。それは「自殺はあくまでも本人の自己責任である」という考え方によるもので、自殺は他殺と違い、事件性はなく、本人の意思で死を選んでいるため、その動機が失恋でも失業でも病苦でも問題視されない。しかし、自殺の動機を詳しく分析すると、自殺者の多くは好んで自ら死を選択しているのではなく、それなりの苦悩があることがわかる。事業の失敗、失恋、リストラ、家族からの疎外等々、周囲の環境に圧迫され、追い詰められてやむなく死を決行しているのである。
いじめがあり、それを苦に子どもが自殺したとしたら、その子を死に追い詰めた原因は、紛れもなく、「いじめた側」にある。いじめ自殺は自己責任で死んだのではない。いじめの加害者たちによって追い詰められ、殺されたのだ。
もちろん、これは学校のいじめ自殺だけに限った話ではない。長時間の過酷な労働や職場でのストレス、家庭内暴力や身内からの疎外、恋愛のもつれなど、人が自殺を選ぶ背景には、必ずその人を精神的に追い詰めた外的な要因が存在している。
残された家族にとっても、身内が自殺した本当の理由を知りたいと思うのは当たり前のことである。しかし、警察は民事不介入であるから事件性がなければ動かない。

朝日新聞

感染していても、発熱やせきなどの症状がない状態は「不顕性感染」と呼ばれる。大阪健康安全基盤研究所の奥野良信理事長(ウイルス学)によると、不顕性感染は、おたふく風邪や風疹、インフルエンザなどでもみられ、自覚症状がないままウイルスを体外に出して、ほかの人に感染させることもありうるという。
中国では、症状がない人からもウイルスが検出され、その人からの感染も報告されている。一方、国内では現在、感染を疑う基準は▽37・5度以上の発熱とせきなどの症状▽武漢市を訪問したか、武漢市を訪問し、発熱と呼吸器の症状がある人と接触した――場合に限っており、症状がない人は対象外だ。
厚労省の担当者は30日、会見で「症状がない人にもウイルスが含まれていることは想定していなかった」と説明。地域医療機能推進機構の尾身茂理事長は、中国で新型肺炎の感染者が急増していることから「日本でも症状のない人からの感染は否定できない」と指摘した。
こうした事態を受け、厚労省は調査対象を見直す。接触相手が「症状の有無にかかわらず、武漢市に滞在していた場合」なども含めることも検討している。

大前治, ウィキペディア


防空法は、1937年(昭和12年)4月5日に公布され、同年10月1日より施行された日本の法律である。戦時または事変に際し航空機の来襲(空襲)によって生じる危害を防止し、被害を軽減する事を目的として制定された。
「消防」について退去の禁止(第8条ノ3)と応急消火義務(第8条ノ5、1943年改正後は第8条ノ7)が規定された。退去の禁止を定める第8条ノ3の条文「主務大臣ハ防空上必要アルトキハ勅命ノ定ムル所ニ依リ一定ノ區域内ニ居住スル者ニ対シ期間ヲ限リ其ノ區域ヨリノ退去ヲ禁止又ハ制限スルコトヲ得」は権限付与規定であり、それ自体は直接に国民に退去禁止を命ずる規定ではない。しかし、これに基づいて1941年12月7日(真珠湾攻撃の前日)に内務大臣が発した通牒「空襲時ニ於ケル退去及事前避難ニ関スル件」は、「退去ハ一般ニ行ハシメザルコト」と定めていたので、これにより国民は全面的に退去を禁止されることとなった。

大日本帝国政府


高橋是清は、1932-1935年にかけて32億円の国債を発行し、86%にあたる27.5億円を日本銀行に買い取らせた。日銀が買い入れた国債の大半は市中銀行に売ったため、日銀が保有した国債は4年間で2億8000万円の約10%の増加に収まっている。
1934-1936年の消費者物価指数を1とした場合、1954年は301.8と8年間で物価が約300倍となった。このインフレの原因は戦前から戦中にかけての戦時国債、終戦後の軍人への退職金支払いなどの費用を賄うために政府が発行した国債の日本銀行の直接引き受けとされている。第二次世界大戦中に発行した戦時国債は、デフォルトはしなかったが、その後戦前比3倍の戦時インフレ(4年間で東京の小売物価は終戦時の80倍)によってほとんど紙屑となった。

垣内亮

新型コロナウイルスの感染拡大で世界的に株価が下落する中、2日には、日本銀行が連日購入している12億円に加えて、1002億円の株価指数連動型上場投資信託(ETF)を購入したことがわかりました。1日の購入額1014億円は過去最高だった2016年12月の754億円を大きく上回っており、日銀マネーによる株価対策が新たな段階に入ったといえます。

河合雅司

2020年に女性の過半数が50歳以上となり、出産可能な女性数が大きく減り始める。
2030年には生産年齢人口が極端に減る。これにより全都道府県の80%が生産力不足に陥る。
2040年には地方自治体の半数(青森市や秋田市など)が消滅の危機に陥る。生産力が減れば地方税収も減る。すると地方の百貨店や銀行、病院や老人ホームなどの生活を支えるためのビジネスやサービスが経営困難に陥り撤退していく。そうなると人が住みにくくなり人口減少が加速する。首都圏も安泰ではない。東京都でも2025年には4人に1人、2045年には3人に1人が高齢者となるからだ。

  • 戦略的に縮む 無駄や過剰な部分を大胆に切り詰め、持続可能な豊かで小さな国を戦略的にデザインし直す。
  • 豊かさを維持する 豊かさを「量」から「質」へと捉え直し、質の維持に集中する。
  • 脱・東京一極集中 高齢者を東京をはじめとする大都市圏に集中させない。
  • 少子化対策 人が減っていくことに対して自分たちが何をすれば豊かさが維持できるのかを考える。

Jim Rogers

Every day the debt goes higher, there’s addition and there’s subtraction because every day the population declines in Japan. Everything can go wrong. You have a central bank which is printing staggering amounts of money every day and buys Japanese shares and Japanese bonds.
I’m old enough to remember and maybe some of you are that if even 30 years ago somebody had said, “Oh, the central bank of a major economy and a major country is going to print huge amounts of money and buy shares in its stock market.” people would have walked away. They wouldn’t listen to you anymore, so incomprehensible, inconceivable that that could happen even 30 years ago.
But look out the window, it’s happening every day in Japan right now while the population declines and the debt goes up. So, I mean as far as I can see Japan doesn’t have a great future.

ウィキペディア

1958年の「国民生活に関する世論調査」では、自らの生活程度を『中流』とした者が7割を超えた。1960年代半ばまでに8割を越え、1970年以降は約9割となった。
『中流』がどの程度の生活レベルなのかの定義もないまま、自らを「中流階級」「中産階級」だと考える根拠なき横並びな国民意識が広がった要因は、

  1. 大量生産と国内流通網の発展によって、「三種の神器」と呼ばれたテレビジョン・洗濯機・冷蔵庫などの生活家電の価格が下がり、全国に普及したこと
  2. 経済成長によって所得が増加したこと
  3. 終身雇用や雇用保険(1947年~1974年は失業保険)による生活の安定、医療保険における国民皆保険体制の確立(1961年)による健康維持、生命保険の広まり、正社員雇用される給与生活者の増加など、貸し倒れリスクの低下により労働者の中長期的な信用が増大し、信用販売が可能になったこと
  4. 高等教育を修了する者が増加したこと
  5. テレビジョンなどの普及により情報格差が減少したこと

などが考えられる。
バブル崩壊後の「失われた10年」においても国民意識としては統計的にまだ「一億総中流」が続いていたと見られる。
2013年の調査でも、9割以上の国民が自らの生活程度を「中」であると感じると答えており、リーマン・ショック後も国民意識としての「一億総中流」は続いているといえる。

末家覚三

 国際社会の批判を集めたのは、検査で日々、感染者が急速に増えていったことがきっかけだ。そこに、乗客よりも劣悪な環境に置かれていた乗員たちのネットを通じた告発が加わった。すし詰め状態で調理、寝泊まりをする乗員の感染を放置し、船内で感染者を量産する「ウイルス培養器」のイメージができあがった。神戸大の医師が乗り込み、状況をさらに危機的に伝えたことで、バッシングは広がった。
 事実は少し違う。厚生労働省は後日、感染症の対策措置を取っていることを発表している。国立感染症研究所が後日出した報告書によれば、大半の感染は隔離前に起きており、隔離は追加の感染をゼロにすることはできなくとも、抑制することはできた、と評価した。
 だが、国立感染症研究所の報告書が出たのは隔離が終わって下船の始まった19日で、厚生労働省が船内の感染症対策について公表したのは翌20日。日本政府へのバッシングが一巡したあとだ。報道は、報告書が強調した「抑制」の部分よりもゼロに防げなかった点を強調することになった。
 船で感染が広がった一義的な責任は、乗客の感染後もパーティーを開くなどしていた船の対応にあるともいえる。だが、そんな事実が報道に出始めたのは、ほとんどが下船後。一度定着した評価を覆すのが難しいことはPRの世界では常識だ。日本政府のミスは、隔離対策そのものよりも、その透明性にあったわけだ。
 感染がゼロには防げないこと、不十分でも最大限の対策は取っていること、乗員と乗客の対応には差異が生じざるを得ないこと、なにより感染発覚後も船がパーティーを開くなど、船の対応がまずかったこと。最初からこれらを明らかにしていれば、批判は最小限にとどまり、船会社などに矛先が向かっていたはずだ。
 外交関係者は「現場の対応に追われていたとはいえ、いつもの日本の悪い癖。特に海外へのPRでは、こちらから仕掛けていかなければだめ。後手に回った時点で負けなのは常識なのだが、いまだに日本は学ばない」と手厳しい。

高田朝子

責任感のある人ほど自分の体調を鑑みずに仕事に対して忠実に動く。その結果として体調不全の中の出社が起きる。ウイルスの感染を広げているのは、こうした日本人の「出社至上主義」にあるのだ。
なぜ具合が悪いのに出社してしまうのか。組織行動学者の視点からみると、「似たもの同士コミュニティ」の行動特性が存分に発揮された結果だと理解できる。同じような教育、同じような考え方、同じような経験を持った人々を日本企業は長い時間をかけて集めて組織化してきた。「わが社に合うかどうか」は長い間、採用の最も大きな基準だった。「わが社に合う」似たような人々を採用し続けた結果、日本企業は同質性の高い「似たもの同士コミュニティ」となった。
昨今では人口減少の煽りをうけて、女性も多く採用するようになり徐々に変化はみられるが、このコミュニティのメインプレーヤーは男性で、意志決定は圧倒的におじさんが中心として担ってきた。
人は自分と同じ要素のある人間を本能的に好む。ダイバーシティの重要性を声高に企業は叫べども、結果的にはある一定の幅の中での採用である。飛び抜けて異質な人を積極的に採用することは稀である。似たような経歴、似たところのある人々が企業に集い、組織が形成されている。この種の似たもの同士コミュニティは一緒に居るとメンバー間の心理的な安心度が高い。似たもの同士はお互いを察しやすいし、そもそも似たようなマインドセットを持つ。
似たもの同士コミュニティが人々にもたらすのは、組織の中で「集団の掟から外れた者認定をされたくない」という渇望である。似たもの同士コミュニティでは他人に迷惑を掛けることを恐れる。互恵が集団の絶対的なルールだからである。
人手不足の中で休むことは、その分をやる人が必要で他人に負荷がかかる。高熱が出ていて誰が見ても理由がたつような状態ならばともかく、体調不良程度で休むことはずる休みと思われないか。大義名分なく休んだことで誰かに負担がかかると、互恵のルールを壊した、つまり「集団の掟から外れた者認定」をされることへの不安感から無理をして出社する。
一方で、一人で抜け駆けして皆と違う行動をとると組織からの長期的な援助と、仲間からの互恵にあずかることができないという不安も持つ。集団の掟を破ることについての危惧が何重にも積み重なり、自分で判断することができない思考がフリーズした状態になる。外れ者認定されたくないがゆえに、国や企業トップからの強制的な指示をひたすら待つ。
自分で決めたならば集団の中の異常行動だけれども、上からの指示だったらそれを守るのは正常行動だからである。体調が悪くて欠勤して後で不合理な扱いを受けたくないとの思いが無理にでも出勤する意思決定となる。時間だけが過ぎていき、ウイルスが蔓延していく。

山櫻

 
 
しき嶋の
 
  やまとごゝろを人とはゞ
 
    朝日にゝほふ
 
        山ざくら花
 
            本居宣長
 

ウィキペディア

漢文訓読は9世紀頃までは個々の間で比較的自由に解釈されていたと見られている。ところが、10世紀に入ると家学の成立によって菅原氏・大江氏・藤原氏などのそれぞれの家で漢文訓読の流派が成立した。また同様に、漢文経典を採用していた仏教の宗派間でも経典の訓読方法が宗教的な論争に至る例もあった。とはいえ、漢文訓読体という1つの表現手法が広く日本社会で受容されたのがこの時期であったのも事実である。13世紀に宋学や禅宗が伝来すると、当初はこれらも従来の漢文訓読で解釈されていた。だが、口語体の変化に伴う乖離の拡大と博士家による独占的な漢文訓読の強要に反発して、禅僧を中心に新たな訓法を模索する動きが強まり、中世後期から近世にかけてより口語に近い漢文訓読や反対により原文に忠実な漢文訓読なども行われるようになった。ただし、仏教界では自己宗派の正当性に関わる問題だけに、漢文訓読の方法論の改革には慎重な姿勢がみられた。サンスクリットの原文を漢字で音写した般若心経やその他多くの仏教経典については、現在まで漢文構成を変えずに直読されている。
江戸時代から明治初期の知識人は、漢文を教養素地として漢文訓読を重要視してそれぞれの受けた教育や立場に基づく漢文訓読を行う態度を示している。

ロッシェル・カップ

顧客の日本人と話していたときのことであった。それはセミナーの後に開催されたディナーの席で、テーブルにはアメリカ人も同席していたので会話は英語で行われていた。テーマはもう忘れたが、みなとても楽しい時間を過ごしていた。
そのとき突然その日本人の彼が話題をさえぎり、「ああ、すみません、先ほどのhad は、have beenにすればよかった」と言い始めた。自分の英語の文法のミスに気づいて、そのことについて話し始めたのだ。そう言われると、確かに彼は文法の間違いをしていたが、正直なところ、彼がそう言うまで、私は彼のその間違いに全く気がついていなかった。それに、文法的に少し間違っていたとしても、彼が言っていたことは十分分かりやすかったので、その訂正は不必要だと思った。
また、彼が話しながら自分の英語のミスをそこまで意識していた、ということも驚きだった。実際問題として、ネイティブ・スピーカーは必ずしも100%正しい文法を使っていないし、ネイティブ・スピーカーだったら相手が言っていることは文法が少し間違っていても、理解できる。普通の会話であれば、話している相手は英語の先生ではないし、あなたの英語の上達の度合いを批評するより、互いにコミュニケーションをすることの方が重要である。しかしながらこの顧客のように、英語の文法を気にしすぎている日本人はとても多いと思う。

富山和子

東北新幹線の車窓から、あるいは上空から関東平野を見おろすたび、私は思わずにはいられない。行けども行けども平らかなこの大地こそ、紛れもなく米が作ってきた大地であり、三〇〇年の間日夜たゆみなく水路の見回り、水路の手入れ、水のかけひき、田作り、土作りにいたる何十何百と知れぬ米作りの労働がつづけられ、重ねられて来たたまものであることを。そしてまた思う。ほんの少し以前まで、この平野には水路網が整然と張りめぐらされ、おびただしい数の船が江戸と農村とを、江戸と利根川とを往き来しており、関東平野は水の平野であったことを。

日本国憲法

第十一条
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第九十七条
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

高史明

統計をとると、数々の事実が明らかになった。たとえば「社会支配指向」が強い人は、ネットの使用時間が長かった。この指向は、簡単にいえば弱肉強食主義。「下層の人間は搾取されても仕方ない」という考え方だ。
さらに匿名掲示板である「2ちゃんねる」の、個別の書き込みをテーマごとにまとめて投稿した「まとめブログ」をよく見る人は、「現代的レイシズム」と呼ばれる差別主義的な特徴が強いという傾向も分かった。
「まとめブログ」は単なるニュースの羅列ではなく、個人のコメントが付いている。「その感情的な感想が、読者に面白いと思わせる。新聞などと違い、ネット情報に期待されるのは正確さより面白さ。言論のマーケットでは、正しい情報が生き残るとは限らない。不快感や怒りをはじめ、感情を呼び起こすものの方が広まっていく」という。
「面白い」と思われた情報はどんどん拡散し、マスメディアの情報よりもネットでは大量に出回るようになる。すると「事実と違っても、真実だと信じられていく。一人の論理的な意見より、大勢の不確かな情報が信用される」
そして「みんなが言っている」という感覚が、これまで「表だって言えなかったこと」を現実社会でも言える雰囲気をつくった。たとえば「沖縄の地元紙をつぶせ」というネット上の匿名の書き込みと同じことを、公的な場で発言する作家が現れた。

小保内義和

古神道などと称されるアニミズム(自然崇拝)が、弥生人の文化ではなく縄文人の文化であり、神道は、山岳信仰などの「縄文寄りの神道」と、伊勢神宮などに代表される「弥生寄りの神道」の二種類に分かれていると考えると、神道を巡る様々な物事が理解し易くなる面があるのではないかと感じました。
私自身は、思想という点では、人間中心主義や一神教が決して嫌いではないのですが、自分の信仰心や身体感覚という点では、アニミズムやそれを前提とする価値多元思想に馴染む面がありますし、私が北東北の人間であることも、そのことと関係があるのではと感じるところがあります。
伊勢神宮を歩きながら、「これは、私が好んでいる神道とは、ちょっと違う」という違和感を感じていたのですが、上記に述べたこと(伊勢神宮の思想が、自然からの採取=自然のコントロールを諦めた恩恵的思想=アニミズム的な縄文色を排除ないし抑制し、農耕=自然のコントロールを指向する思想=人間(文明)中心主義的な弥生文化を全面に押し出しているのではないかと感じたこと)が、その理由ではないかと思った次第です。
縄文と弥生の混血である日本人、なかんずく滅ぼされた縄文側の文化を継承する立場にある北東北(北奥)の人々は、伊勢神宮に匹敵するような、縄文人の文化と思想を後世に継承するような何かを創出する姿勢を持つべきではないか、そのことは、人間中心主義や統一性(体系性)を感じさせる弥生と、自然中心主義と多元性(共生性)を感じさせる縄文の思想的な違いという面でも意味があるのではないかいうのが、「初めての伊勢神宮」で私なりに感じた結論でした。

ウィキペディア

もとは无邪志国造(牟邪志、无謝志とも)と胸刺国造と知々夫国造という3つの国造が存在したが、6世紀の埼玉県行田市を本拠地とする武蔵国造の乱の後、これらの国造の領域を合し7世紀に武蔵国が成立したとされる。大化元年(645年)に難波宮で大化の改新が行われ穂積咋などが東国国司に任じられ(武蔵国司も参照)、また持統天皇4年(690年)、朝廷は新羅からの亡命者で帰化した韓奈末許満ら12名を武蔵国に移した。大宝3年(703年)には、引田祖父が武蔵国守に任じられた。慶雲5年(708年)には、秩父郡で和銅(精錬の必要の無い自然銅)が発見されたため、朝廷は慶事としてこの年を「和銅」と改元した。和銅3年(710年)頃に、武蔵国造の乱で献上された多氷屯倉内の現在の東京都府中市に国府が置かれた。これは、比較的早くから屯倉が設置され、また交通・産業上の重要度を次第に増し始めた南部の玉川中流域に面する点でも選ばれたと考えられる。

邱永漢

ユーロの経済危機の火の粉は必ず日本に降りかかってきます。「日本の国債を保有しているのはほとんどが日本人だから大丈夫だ」と安心していますが、誰が保有していようが借金は借金です。その上、赤字が続いていますから、借金は増え続けています。
そうなれば、財務省が大量に紙幣を刷ってハイパーインフレにするか、大増税をして辻褄を合わせるしかありません。いずれにしてもお金を持っている人はひどい目に遭って、日本国内は2種類の日本人だけになる心配があります。毎月13万円を手にする生活保護の受給者と、彼らに選ばれた政治家です。
では、日本人はどうすればいいのか。おそらく唯一の方法は、そんな日本には見切りをつけて、世界を舞台に働くことでしょう。その舞台の一つは中国です。ただし、中国が人手不足だからではありません。世界第2位の経済大国となった中国は、かつて日本が経験したようなバブルに見舞われると思いますが、それを乗り越える消費大国になるでしょう。そのプロセスで先輩格にあたる日本人の果たす役割があるのです。
たとえば中国では日本製の粉ミルクは安全性や品質の高さにおいて日本人が思っている以上に評価されています。日本の粉ミルクは飛ぶように売れているし、空き缶まで売れています。中国製の粉ミルクを入れて売る悪徳商人もいるのです。
ほかにも日本人が戦える土俵が世界中にたくさんあります。にもかかわらず、海外に出ていく日本人はじつに少ない。アフリカを例にあげると、中国人は100万人もいますが、日本人はたったの7000人です。

柳井正

最悪ですから、日本は。
この30年間、世界は急速に成長しています。日本は世界の最先端の国から、もう中位の国になっています。ひょっとしたら、発展途上国になるんじゃないかと僕は思うんですよ。
国民の所得は伸びず、企業もまだ製造業が優先でしょう。IoTとかAI(人工知能)、ロボティクスが重要だと言っていても、本格的に取り組む企業はほとんどありません。あるとしても、僕らみたいな老人が引っ張るような会社ばかりでしょう。僕らはまだ創業者ですけど、サラリーマンがたらい回しで経営者を務める会社が多い。こんな状況で成長するわけがない。
起業家の多くも上場して引退するから、僕は「日本の起業家は引退興行」と言っています。今、成長しているのは本当の起業家が経営している企業だけです。
結局、この30年間に1つも成長せずに、稼げる人が1人もいない、稼げる企業が1社もない。いや、1社はあるかもしれないですけど、国の大きさからいったらあまりにも少ないし、輸出に依存していてグローバルカンパニーにはなっていない。稼いでいる人がいなかったら家計は成り立たないでしょう。30年間、負け続けているのにそのことに気付いていません。

ウィキペディア

ハプログループBは約4~5万年前にアジアで分岐し、東南アジアやポリネシアといった南方に広まっていった。
分布としてはイラン、イラク、華南、チベット、ベトナム、マレーシア、インドネシア、タイ、日本、台湾、フィリピン、ポリネシア、マダガスカル、メラネシア、ミクロネシア、ハワイなどで、アメリカ先住民からも検出されている。
ハワイの先住民であるポリネシア人にはグループBが多く、9割がこのグループに属している。
初期の単一グループの中では最も広範囲に移動しており、太平洋を取り囲むように分布している。
ハプログループBは太平洋の北側を陸路でアメリカ大陸へまわっていったグループと、南から海を渡ったグループに分かれている。
南をまわった人々の中には、南米の西海岸まで到達した人もいたと考えられている。その西海岸に住んでいた人々は、陸路を使ってきた同じBグループであった可能性が高いといわれている。つまり同じ祖先をもつ人々が、別々の進路を使って数万年ぶりに再会したのだ。
エルヴィス・プレスリー(Elvis Aron Presley)や演歌歌手の小林幸子などがハプログループBに属している。
またインカ帝国で見つかったミイラ、人骨はそのほとんどがグループB4であることが分かっている。
縄文時代には既にこのB4が日本列島にいたことが縄文人骨の解析などから明らかとなっており、現在では、特に東京と宮崎で多く検出される。日本人に占める割合はB4(9.1%)、B5(4.3%)である。

黒塚

その昔、岩手という女性が京の都の公家屋敷に乳母として奉公していた。だが、彼女の可愛がる姫は生まれながらにして不治の病におかされており、5歳になっても口がきけないほどだった。
姫を溺愛する岩手は何とかして姫を救いたいと考え、妊婦の胎内の胎児の生き胆が病気に効くという易者の言葉を信じ、生まれたばかりの娘を置いて旅に出た。
奥州の安達ヶ原に辿りついた岩手は岩屋を宿とし、標的の妊婦を待った。長い年月が経ったある日、若い夫婦がその岩屋に宿を求めた。女の方は身重である。ちょうど女が産気づき、夫は薬を買いに出かけた。絶好の機会である。
岩手は出刃包丁を取り出して女に襲い掛かり、女の腹を裂いて胎児から肝を抜き取った。だが女が身に着けているお守りを目にし、岩手は驚いた。それは自分が京を発つ際、娘に残したものだった。今しがた自分が殺した女は、他ならぬ我が子だったのである。
あまりの出来事に岩手は精神に異常を来たし、以来、旅人を襲っては生き血と肝をすすり、人肉を喰らう鬼婆と成り果てたのだという。

菅原伸昭

新しい商品においては、ある程度までは品質向上が売上・利益に直結しますが、一定ラインを超えると伸びが少なくなります。例えばテレビの画質が良くなると、ある程度まではもっと良いものが欲しいと思いますが、それを越えると視聴者の視力の影響の方が大きくなります。他では、例えばスマホの電池の寿命は3時間が10時間になると大きなニーズを生みますが、30時間が50時間になることはあまり求められていません。しかし、品質を高める努力を長年してきた開発部署に、「品質は上げなくていい、コストを下げる設計を考えよう」と経営陣や営業が提案しても、簡単にマインドが切り変わるわけではありません
シェアに関していえば、市場が拡大していくときはシェアを取ることは非常に重要です。新たに市場参入をする潜在顧客にも認知・信頼されますし、既存顧客が市場拡大とともに成長すれば、その分自社の売上も大きく上がることになるからです。しかし市場の成長が停滞すると、シェアを取ることは価格競争を生み出します。価格の下落は利益を大幅に下げる原因です。例えば原価が70%、売上総利益が30%の場合、10%の値下げで総利益の3分の1がなくなります。しかし、シェアを伸ばすことが当たり前になっている営業組織から、「値段を下げずにシェアを下げる」という意見は出てきません
このように、組織が部分最適化すると、製品は高い品質を求めてコストが高くなり、営業は価格を下げてでもシェア拡大を目指すことになります。かなり極端な例ではありますが、これが利益を下げる構図の根本的な原因になっています。

舘ひろし

いま考えたら日本中の誰もが分かる。日本海軍は世界第3位の強さを持っていたけれど、米国と戦争してかなうわけがない。艦隊派といわれた人は、海軍兵学校や陸軍士官学校、あるいは東大を出ている。日本の頭がいいといわれる人たちが戦争をして勝てるかもしれないと思った。ここに戦争の本質がある。みんな戦争のことを話したがらないけれども、実はここをもう一回総括するべきだと思う。なぜかというと、太平洋戦争というのは日本のエリートたちが犯した失敗の宝庫だから。

日本経済新聞

8月上旬、200隻を超す中国漁船が沖縄県・尖閣諸島近海に押し寄せた。漁船には軍が指揮する「海上民兵」がいたとされ、一部は中国公船と日本の領海に侵入した。福建省泉州を母港とする漁船の船長、周敏(44)も日中衝突の危険漂う現場にいた一人だ。
「たくさん魚が捕れるからだ」。尖閣近海に出向いた理由を無愛想に語る周の船にも、軍事につながる仕掛けがある。中国が独自開発した人工衛星測位システム「北斗」の端末だ。衛星からの位置情報はミサイルの誘導など現代戦を左右する。「有事」のカギを握る技術だけに、米国の全地球測位システム(GPS)には頼れない。中国は2012年北斗をアジア太平洋地域で稼働させた。周が「昨年、載せろと命令された」という北斗端末は、すでに4万隻の中国漁船に装備された。友好国パキスタンなど30カ国以上が使い始め、20年に衛星35基で世界全体を覆うという。……
宇宙、空、海。超大国・米国と張り合うように、中国は独自の秩序を押し広げている。習は「中華民族の偉大な復興」を「夢」に掲げ「2つの100年」を実現への節目としている。共産党創立から100年の21年と、中国建国から100年の49年だ。……
習が支配する中国は国際的な司法判断さえ「紙くず」と言い放つ。大国の威信を取り戻す夢は自己増殖し、世界のルールからはみ出しつつある。

高野孟

面白いことに、この(日本経済新聞の)文章には特段の虚偽や間違いが含まれているわけではなく、むしろ文言の1つ1つは事実に基づいているとさえ言える。それなのに、このような文脈に組み立てられて、しかも本来必要な丁寧な定義や説明をすべて省くことによって、あの事件の裏には中国当局の邪悪な意図があったかのような印象を読者に植え付けるものに仕立て上げられている。実に巧妙な仕掛けで、「中国脅威論」はこのようにしてマスコミによって日々デッチ上げられているのである。

山本勝也

海上民兵という単語が独り歩きし、あたかも彼らが、中東情勢の文脈で出てくるような、宗教団体や政治団体等の「民兵」と同様に非政府組織の武装グループとみている人がいる。或いは一般の将兵を超える特別な戦闘力を持った特殊部隊、例えば、映画「ランボー」に出てくるコマンドゥのような怪しい戦闘集団の兵士が「漁民を装って」潜入し、秘密の作戦により敵をかく乱するといったストーリーを思い描いている人もいるようだ。
しかし実際の海上民兵はそのようなものではない。端的に言えば、海上民兵は漁民や港湾労働者等海事関係者そのものであり、彼らの大半は中国の沿岸部で生活している普通のおじさんやお兄さんたちである。「海上民兵が漁民を装う」というのは大きな誤解であり、漁船に乗った「海上民兵は漁民そのもの」である。さらに付け加えると、海上民兵はれっきとした中華人民共和国の正規軍人であり素性の怪しい戦闘集団というのも大きな間違いである。
海上民兵とは、主として沿岸部や港湾、海上等を活動の舞台とする民兵の通称である。中国の国防や兵役に関する法律では「中国の武装力量は、中国人民解放軍現役部隊及び予備役部隊、人民武装警察部隊、民兵組織からなる」とされている。端的に言うと普段は他に職業を有し、必要に応じて軍人として活動する、いわゆる「パートタイム将兵」である。

田家康

1459年から1461年にかけて、今度は長い干ばつと台風の到来によるっ凶作が続き、長禄・寛正の飢饉となる。1460年(長禄四)に京都で「頃年早風水災、天下凶荒、疫癘飢年、天下人民死亡者三分之二」、越中で「天下飢饉、疾病餓死者死亡不知数、人種失三分之二云々」、1462年に奈良で「依災早餓死数千人、又依病事死去不知其数」、越前で「河口庄から百姓がいうに、昨年から七月まえの間、餓死者9268人、逃亡者757人」等、全国でかなりの数の記録が残っている。

尾関章

「つくばエクスプレス(TX)」南流山駅で起こった「20秒早発」事件。定刻9時44分40秒発の下り電車が9時44分20秒に出発し、首都圏新都市鉄道が「お客様には大変ご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます」と公式サイトで謝った。
忘れてならないのは、鉄道の利用客が列車の運行にどのくらいの精度を求めているかを見極めることだ。駅の発車時刻表はふつう「……分」までしか書かれていないから、利用客は「……分」発の列車に乗ろうと思い、時計の表示が「……分」になる前にホームに着くよう心掛ける。だから20秒のずれに、それほどの意味はないように思われる。
さらに言えば、大都市圏の電車は数分間隔で走っている路線が多いから、1本乗り遅れてもその実害は小さい。現にTX南流山駅の時刻表をみると、早発事件があった当日の当該時刻、下り電車は4分間隔で運行されていたことがわかる。今回のニュースリリースには、当該列車に乗れなかったというクレームが同日夕現在でなかった旨が書かれている。「深くお詫び」の必要があったかどうかは考えどころだ。
もう一つ、心にとめるべき現実がある。電車が駅に停まるときの様相は日々変わるということだ。

大貫美恵子

日本の軍隊の伝統には独特な要素があった。例えば、ドイツ軍では「敵を殺せ」とまず命じられたが、日本軍は殺すこと以上に死ぬことの大切さを説いた。この日本軍の自分たちの兵士に対する残虐性は、19世紀後半の近代化の初期段階においてすでに顕著に現れている。1872年に発令された海陸軍刑律は、戦闘において降伏、逃亡する者を死刑に処すると定めた。もちろん良心的兵役拒否などは問題外であった。軍規律や上官の命令に背くものは、その場で射殺することが許されていた。さらに、江戸時代の「罪五代におよび罰五族にわる」という、罪人と血縁・婚姻関係にある者すべてを処罰する原則と同様に、一兵士の軍規違反は、その兵士のみならず、彼の家族や親類にまで影響をおよぼすと恐れられていた。個人の責任を血族全体に科し、兵士個人に社会的な圧力をかけることで、結果的に規律を厳守させていたのである。この制度によって、兵士の親の反対を押さえつけ、兵士による逸脱行為はもちろんのこと、いかなる規律違反も未然に防止できたのである。さらに、警察国家化が急激に進むにつれて、1940年代までに、国家の政策に批判的な著名な知識人や指導者が次々と検挙・投獄され、国家に反する意見を公にすることは極めて困難になった。