nakaban

言葉は映像とは全く無関係。気持ちも体温もある僕たちが発明した鉱石的な冷たいなにか。それが言葉。そんなものを生み出した人間はおもしろいと思う。
すべての名詞はじつは代名詞なのだと何かで読んだことがある。僕や君やスプーンをあらわす名詞は本当にその存在を説明できているわけではないからだ。言葉のごく一部に栞のように挟まれた映像が垣間見えたとしても、それは僕たちが自分の物差しで映像を幻視しているにすぎない。言葉からこぼれてきた映像を描くことは楽しいけれど、ちょっと安易すぎないか。いつもそう思う。ほんとうは想像の中で映像が遊んでいる状態こそが自然なことなのは充分わかっている。言葉を絵に翻訳したとたん、あやまちが起こる。僕が言葉に沿う絵をなかなか描けないとき、そこには言葉に含まれた映像が聖域性を前にしての躊躇いがある。と書きつつ、勇気が少し足りないだけだったりして。

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1 Response to nakaban

  1. shinichi says:

    ことばの生まれる景色

    文:辻山良雄

    画:nakaban

    装丁:鈴木千佳子

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