佐藤卓己

終戦60周年の夏に刊行した『8月15日の神話』ちくま新書で、私はいわゆる玉音写真のヤラセを分析した。これまで、その瞬間を切り取った「真実」と思われていた報道写真の大半は、それ以前に撮影された戦意高揚写真やポーズ写真であった。その実証には自信があったが、尊敬すべき歴史家から頂いた感想文に虚を衝かれた。それは次のような趣旨である。確かに、玉音写真の多くがやらせだろう。しかし、戦時中の写真でやらせでない写真があったどろうか、と。つまり、ことさらに玉音写真のやらせだけをとり上げると、あたかも他の報道写真が「本物」であったような印象を読者に与えるのではないか、と。あるいは、玉音写真が「戦後」の写真ではなく、「戦中」の写真であることを忘れているのではないか、と。
確かに、戦時下の報道写真を見ると、モンタージュやレタッチは当たり前である。厳しい検閲の下で、ぼかしやトリミングなども掲載の前提でもあった。もちろん、こうした伝統芸が今日の報道写真ですたれたわけではない。むしろ、より洗練されたというべきだろう。だとすれば、玉音写真のやらせのみを批判的にとり上げると、あたかも写真が本来は事実を伝えるメディアであるかのような印象を与えてしまう。

One thought on “佐藤卓己

  1. shinichi Post author

    メディアの神話作用
    ――8・15記憶の構築から

    by 佐藤卓己

    月刊言語2006年1月号
    権力とメディアのインタラクション――大衆社会を動かす原動力

    大修館書店

    19世紀以来の新聞、ラジオ、テレビ、インターネットへと展開したマスメディア手段の発達は、大衆社会の形成を促す一方、メディアが権力に及ぼす影響力も飛躍的に増大させた。こうした中で、メディアが世論形成にどう関わってきたのか、そして現代世界をどう動かしているのかを各国の事例に即して検証し、メディアと権力の相互作用と、その背後に潜む真実を明らかにするためのアプローチ法を探る。

    主要目次:
    メディアの神話作用――8・15記憶の構築から(佐藤卓己)
    小国ボスニアを救ったPR戦略と現代世界(高木 徹)
    インターネットが変えた政治風景(玄 武岩)
    ブッシュ再選に見るメディア状況(金山 勉)
    テレビは大統領選をインタラクティヴにした(有馬哲夫)
    ヒトラーのメディア戦略(田野大輔)
    「劇場型」選挙の実像――政治を変える真のメディア・リテラシーとは?(保岡裕之)

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