聖教新聞

ShinichiYamamoto新しい峰へ。希望の旅へ――。民衆詩人ホイットマンは高らかに歌った。
「さあ、もはやここにはとどまるまい、いざ錨を上げて船出をしよう」
戦う人生は美しい。戦う日々には、生命の燃焼と充実と歓喜がある。
一九七八年(昭和五十三年)一月の初めに発表された広布第二章の「支部制」は、山本伸一の奮闘によって魂が打ち込まれ、組織の隅々まで新生の息吹にあふれていった。全国各地の各支部が、各部が、轟音を響かせ、広宣流布の新章節に、雄々しく飛翔していったのである。

学会は、この時、猛り立つ波浪のなかを突き進んでいた。宗門の悪侶らによる誹謗中傷が、日ごとに激しさを増していたのである。伸一は、今こそ、不撓にして不屈なる創価の「師弟の精神」が脈動した組織を、つくり上げなくてはならないと痛感していた。彼は、広宣流布を破壊せんとする魔軍の跳梁をひしひしと感じながら、雄々しき二十一世紀の広布の峰を仰いだ。

2 thoughts on “聖教新聞

  1. shinichi Post author

    (sk)

    組織の話は、組織外の者には面白くない。個人崇拝ともなれば、なおのこと。

    インターネットの時代に埋もれていかないためには、創価学会を開かれた組織に変えていかなければならない。そのためには、聖教新聞を部外者にもわかりやすいものに変えていく必要がある。

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