鹿島茂

1920年代は、日本が第一次大戦にほとんど参加しなかったために丸儲けして、成金がいっぱい出てきた時代なんです。主に貿易で儲けた人が多かったわけですが、しかし彼らには刻苦勉励の精神があるから、巨万の富を得ても自分のためにはそれを使わない。でも、彼らの息子とか孫になると蕩尽する。そのときにはじめて文化というのが生まれるんです。日本のバブルももうちょっと長く続いたら、あるいはいいものが出てきたかもしれない……
治郎八は自己表現として浪費した。自分を表現したいためにカネを使ったんです。あまりコレクション癖はない人だったけれど、パトロンにはなった。面白いのは自分がダンディになるだけではもの足りなくて、奥さんを着飾らせて、社交界に連れていく。『マイ・フェアレディ』的に奥さんを垢抜けさせていくことにも、美学的情熱をつぎ込んだんですね。
僕は『ドーダ理論』というのを持っていて、人間はなんのために生きているのかといったら、ようするに自分はすごいだろ、ドーダ、参ったか! と他人にいわせたいという、そのためなんです。たとえば縄文時代の土器とか、すごく凝っているけれど、あれは岡本太郎もいったように明らかに自己表現です。ユーティリティのためじゃない。縄文人だって、土器の紋様をつくっているうちには自己表現欲が出てくるわけです。ドーダ! って見せたくなる。その欲望が人間には根源的にある。それはまた、人間というものが生きている証拠でもある。それがなくなったら人間は終わりだ、とパスカルもいってるぐらいです。

4 thoughts on “鹿島茂

  1. shinichi Post author

    『馬車が買いたい!』『子供より古書が大事と思いたい』などで知られる19世紀フランスの社会・小説研究家にしてエッセイスト、伝記作家、明治大学教授、そして古書コレクターの鹿島茂さんに、われわれの懲りない消費癖の真因を訊ねた。

    バロン薩摩

    人間存在の深遠な謎である「ムダ」なことに向けられる情熱(狂熱?)について考える手がかりとして、まずバロン薩摩の生きた時代のことを鹿島さんに訊ねてみる。

    「1920年代は、日本が第一次大戦にほとんど参加しなかったために丸儲けして、成金がいっぱい出てきた時代なんです。主に貿易で儲けた人が多かったわけですが、しかし彼らには刻苦勉励の精神があるから、巨万の富を得ても自分のためにはそれを使わない。でも、彼らの息子とか孫になると蕩尽する。そのときにはじめて文化というのが生まれるんです。日本のバブルももうちょっと長く続いたら、あるいはいいものが出てきたかもしれない……」

    1920年にロンドンに渡った東京・駿河台の豪商木綿問屋の3代目、薩摩治郎八、別名「バロン薩摩」は、現在の価値に換算して800億円ともいわれる財産を両大戦間のパリで使い果たしたという。

    「治郎八は自己表現として浪費した。自分を表現したいためにカネを使ったんです。あまりコレクション癖はない人だったけれど、パトロンにはなった。面白いのは自分がダンディになるだけではもの足りなくて、奥さんを着飾らせて、社交界に連れていく。『マイ・フェアレディ』的に奥さんを垢抜けさせていくことにも、美学的情熱をつぎ込んだんですね」

    『蕩尽王、パリをゆく 薩摩治郎八伝』(新潮選書)で治郎八の生涯を描いた鹿島茂さんは、富の偏在、浪費、蕩尽こそが文化を生むと説く。なぜ、鹿島さんは1920年代のパリにおける日本人に関心を持ったのか?

    「僕は『ドーダ理論』というのを持っていて、人間はなんのために生きているのかといったら、ようするに自分はすごいだろ、ドーダ、参ったか! と他人にいわせたいという、そのためなんです。たとえば縄文時代の土器とか、すごく凝っているけれど、あれは岡本太郎もいったように明らかに自己表現です。ユーティリティのためじゃない。縄文人だって、土器の紋様をつくっているうちには自己表現欲が出てくるわけです。ドーダ! って見せたくなる。その欲望が人間には根源的にある。それはまた、人間というものが生きている証拠でもある。それがなくなったら人間は終わりだ、とパスカルもいってるぐらいです」

    そう楽しそうに語る鹿島茂さんの書庫は、赤や茶の羊皮紙で製本された18、19世紀の古書で埋め尽くされている。古書コレクターとしても知られる鹿島さんは、古書の倉庫代を古書自体に稼いでもらおうと、倉庫を撮影用スタジオに改装し、昨年1月にオープンしているのである。

    ドーダ理論は、学問的には「認知欲動」と呼ばれているものに呼応する、と鹿島さんは補足した。贅沢と浪費にあけくれた日本の先人たちのドーダぶりは、鹿島さんの著書『パリの日本人』(新潮選書)や、前出の『蕩尽王、パリをゆく』を読んでいただくとして、「レザネ・フォル」(狂乱の時代)のパリでは、金持ちは金持ちなりの自己表現願望に燃え、下層階級出の人たちも彼らなりに自己表現願望に燃えていた、と鹿島さんはいう。表現方法はそれぞれ違うけれど、「自分のやっていることの有益性を放棄して、あるいは放棄しないまでも、無駄なことのなかで自己を表現したいと考えていた。芸術の原点ですね、これはね」。

    人間を人間たらしめるドーダ心が、人間を人間たらしめる文化と芸術を生む。ドーダ心は人間の根源的欲望だから、現代でもあちこちに転がっている。

    「昨日、テレビでラーメン店の特集をやっていたけれど、それが笑っちゃうんです。西麻布にある店らしいんだけど、その店の主人はスープづくりを朝からずーっとやってる。で、満足できるスープが完成しないとお店を開けない。だから、ほとんどいつ行っても閉まっている!(笑)。もう、他人の賞賛すらいらない“ドーダ心”です」

    お金だけじゃ面白くない

    「お金さえあれば、いろんなことができて、最高級のモノすら持てるかもしれない。しかし、それじゃ面白くありません。僕はそういうのは嫌いです。僕がやっているコレクションは、自分の購入できる範囲のモノを集めて、この世にない、新しいコレクションを生み出す、というものなんです。それが面白いんです。最初はどうでもいいものでいいんです。でも、そういうものを2コ、3コ、4コと持ってくると、そこにだんだん新しい体系性が生まれてくる。だから、なんでもいいから集めてみようよ、と僕は提案するんです(笑)。1点1点はクズみたいなものだとしても、それが集まってくると力を持って、時代まで見えてくることがある」

    ここからベンヤミン、フーコー、ソシュール、ラカン、アルチュセール、マルクスといった名前がずらずらとあがり、構造主義のお話へとつながっていくのですが、むずかしくてよくわからないので、とりあえずうなずき、最後に、鹿島先生ご自身の古書コレクションは浪費ですか? と訊いてみた。

    「僕だって、最初は研究のためとか、口実はもうけていたわけです、原点においては。これは研究のために必要だと。だけど、本がどんどん集積してくると、本の側が僕に対して論理を要求してくるようになる。そして、全部集めろ、というんですね。全部集めないと無意味だという衝迫が生まれてくる。そうなると、われわれはもう一個の奴隷と化して集めます、となる。“必要だから”という口実ではじめた本集めがドーダ心を刺激したわけだけど、だからといって、ドーダ心の発動のレベルで止まっているとたいしたものにはならない。やっぱり、無意識に突き動かされないと」

    無意識ですか?

    「そうです。コレクションでもなんでも、われわれは無意識なものに感動はするけれど、意識的なものには感動したりしない。日本人の描いた印象派の絵画がちっとも面白くないのは、意識して“印象派”をやっているからです。そこには意識しかない。それでは感動できません」

    800億円を使い果たして無一文で日本に戻ったという薩摩治郎八の蕩尽が、果たして「無意識」なのか「意識」のワザなのかは、鹿島さんの本に当たって考えてください。治郎八はなぜ無一文になる前に、そこそこのところで浪費をやめなかったのか? 彼の親はどうしてそんなことを許したのか? と凡人の筆者は思っていたのだけれど、なんといっても、「そこそこ」でやめなかったからこそ、鹿島先生をして彼に1冊の本を捧げしめたわけだし、「バロン薩摩」という「文化」的存在として伝説にもなったのである。じつに「浪費」こそは文化の母なのだ、きっと。

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  2. shinichi Post author

    (sk)

    私は「ドーダ」が大嫌いだ。

    「自分はすごいだろ、ドーダ、参ったか!」と他人にいわせたいなんていう下品な人間は、私のまわりにはひとりもいない。ドーダ、参ったか! ;)

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