山本義隆

Yamamoto近代物理学成立のキー概念は力、とりわけ万有引力だろう。天体間にはたらく重力を太陽系に組み込むことで、近代物理学は勝利の進軍の第一歩を踏み出した。
ところが、人が直接ものを押し引きするような擬人的な力の表象とちがって、遠隔作用する力は〈発見〉され説明されなくてはならなかった。遠隔力としての重力は実感として認めにくく、ニュートンの当時にも科学のリーダーたちからは厳しく排斥された。むしろ占星術・魔術的思考のほうになじみやすいものだったのである。そして、古来ほとんど唯一顕著な遠隔力の例となってきたのが磁力である。
こうして本書の追跡がはじまる。従来の科学史で見落とされてきた一千年余の、さまざまな言説の競合と技術的実践をたどり、ニュートンとクーロンの登場でこの心躍る前=科学史にひとまず幕がおりるとき、近代自然科学はどうして近代ヨーロッパに生まれたのか、その秘密に手の届く至近距離にまで来ているのに気づくにちがいない。

2 thoughts on “山本義隆

  1. shinichi Post author

    第1巻  古代・中世 (裏表紙)

    近代物理学成立のキー概念は力、とりわけ万有引力であろう。天体間にはたらく重力を太陽系に組み込むことで、近代物理学は勝利の進軍の第一歩を踏み出した。ところが、人が直接ものを押し引きするような擬人的な力の表象とちがって、遠隔作用する力は〈発見〉され説明されなくてはならなかった。遠隔力としての重力は実感として認めにくく、ニュートンの当時にも科学のリーダーたちからは厳しく排斥された。むしろ占星術・魔術的思考のほうになじみやすいものだったのである。そして、古来ほとんど唯一顕著な遠隔力の例となってきたのが磁力である。
    こうして本書の追跡がはじまる。従来の科学史で見落とされてきた一千年余の、さまざまな言説の競合と技術的実践をたどり、ニュートンとクーロンの登場でこの心躍る前=科学史にひとまず幕がおりるとき、近代自然科学はどうして近代ヨーロッパに生まれたのか、その秘密に手の届く至近距離にまで来ているに気づくにちがいない。
    6年前の著書『古典力学の形成』のあとがきで遠回しに予告されていた大テーマ、西洋近代科学技術誕生の謎に、真っ向からとりくんだ渾身の書き下ろし、全3巻。

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    第2巻  ルネサンス (裏表紙)

    古代以来、もっぱら磁力によって例示されてきた〈遠隔力〉は、近代自然科学の誕生をしるしづける力概念の確立にどのように結びついていったのか。第2巻では、従来の力学史・電磁気学史ではほとんど無視されてきたといっていいルネサンス期を探る。
    機械論・原子論的な要素還元主義と、物活論・霊魂論的な有機体的全体論のふたつの自然観がせめぎあった古代ギリシャのあと、ローマ時代からキリスト教中世にかけて後者が圧倒的優勢を誇る。ではその次にくるルネスサンスの時代に遠隔力の観念を担い、近代初頭へとひきついだものはいったい何だったのだろうか。ガリレイやデカルトの機械論哲学がアリストテレス-スコラにとってかわる新哲学として現れて、科学革命をなしとげたなどという単純な図式は、とうてい成り立たないのではないか。
    本書は技術者たちの技術にたいする実験的・合理的アプローチと、俗語による科学書執筆の意味を重視しつつ、思想の枠組みとしての魔術がはたした役割に最大の注目を払う。脱神秘化する魔術と理論化される技術。精新の気にみちた時代に、やがてふたつの流れは合流し、後期ルネサンスの魔術思想の変質-実験魔術-をへて、新しい科学の思想と方法を産み出すのである。

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    第3巻  近代の始まり (裏表紙)

    近代物理学成立の真にキーは力概念の確立にある。そこから〈遠隔力〉概念の形成過程を追跡してきた長い旅は、第3巻でようやく近代科学の誕生に立ち会う。
    実験的研究と「地球は磁石である」という結論によって近代科学への道を開いたと高く評価されるギルバートは、一方、それゆえに地球は霊魂を有した生命的存在であるとも論じた。しかし、ルネサンスの魔術師デッラ・ポルタ(本書第2巻)に通じるその認識こそが、地球を不活性で不動の土塊と見るアリストテレス宇宙像を解体し、地動説の受容を促したのである。実験と観察の重視という方法もまた、スコラ学に対する魔術・錬金術の系譜にある。他方、スコラにかわる新哲学として登場した機械論は、原因やメカニズムに解明を要求することで魔術の解体をはかったが、みずからは遠隔力の説明に失敗したのである。
    霊魂論・物活論の色彩を色濃く帯びたケプラーや、錬金術に耽っていたニュートン。重力理論を作り上げたのが彼らであり、近代以降に生残ったのはケプラー、ニュートン、クローンの法則である。魔術的な遠隔力は数学的法則に捉えられ、合理化された。壮大な前-科学史の終幕である。

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