中山周治

日本の戦後教育は、1947年度の学習指導要領(高校は1948年度)に始まった。もっとも、1951年のサンフランシスコ講和条約の発効まではGHQ下の仮検定教科書を使っていた。
敗戦直後の高校国語科教科書には「メディア」とか「メディア・リテラシー」という用語こそないが、話し言葉・言論を通じて民主的な国を創ろうという精神に充ち溢れている。こういうと聞こえはいいが、要はGHQ管制下で、戦前の神国日本教育を一掃し、アメリカ型民主主義社会(ある意味、アメリカでも実現しえなかった民主主義社会)の建設が急務だったのである。
1951年の教科書の記述は非常に理念的であり、啓蒙的であるが、メディア・リテラシーという用語は用いずともその必要性を高らかに唱えていることがわかる。「自分の人生に役立つ批評精神は、もっていなければならぬ。それには、どうしたらよいだろうか考えてみよう。」の下りは鮮烈な響きがある。
ところが、国語教育はアメリカとソ連の冷戦開始に伴ってブレーキがかかる。戦後の日本統治を戦勝国のなかでひとり掌中に収めたアメリカという運転手は、ソ連の台頭という不安要素を背景に日本人啓蒙路線から日本人思考停止路線へとハンドル操作を切り替えたと邪推したくなる。1957年の「高等言語」を見ればその落差は歴然としている。
なんと巻末には、付録で文語口語対照活用表、日本元号・西暦対照表、十干・十二支・方位・時刻等があり、GHQが忌み嫌った戦前の訓詁的な教育が意図的に復活されている。冷戦がなくなった今でもその延長上にあるのが現学習指導要領であることを鑑みるに国語科という一つの教科だけをとっても学習内容の選定については複雑な思いがある。
戦後のGHQ統制から自由となったはずの現代の日本において、民主制度に基づく社会形成のために批判的思考の育成は急務である。にもかかわらず、批判的思考を育成するメディア・リテラシー教育を現行の学習指導要領は積極的に推進してはいない。いわば制限付き民主主義政策なのである。

3 thoughts on “中山周治

  1. shinichi Post author

    メディア・リテラシー教育の挑戦

    第5章 高校におけるメディア・リテラシー教育の現状

    by 中山周治

    5.第2次世界大戦直後のメディア・リテラシー教育

    日本の戦後教育は、1947年度の学習指導要領(高校は1948年度)に始まった。もっとも、1951年のサンフランシスコ講和条約の発効まではGHQ下の仮検定教科書を使っていた。

    敗戦直後の高校国語科教科書には「メディア」とか「メディア・リテラシー」という用語こそないが、話し言葉・言論を通じて民主的な国を創ろうという精神に充ち溢れている。こういうと聞こえはいいが、要はGHQ管制下で、戦前の神国日本教育を一掃し、アメリカ型民主主義社会(ある意味、アメリカでも実現しえなかった民主主義社会)の建設が急務だったのである。

    1951年の教科書の記述は非常に理念的であり、啓蒙的であるが、メディア・リテラシーという用語は用いずともその必要性を高らかに唱えていることがわかる。この教科書を使いこなせる教師がいかほどいたかは定かではない。それは措いても「自分の人生に役立つ批評精神は、もっていなければならぬ。それには、どうしたらよいだろうか考えてみよう。」の下りは鮮烈な響きがある。

    ところが、国語教育はアメリカとソ連の冷戦開始に伴ってブレーキがかかる。戦後の日本統治を戦勝国のなかでひとり掌中に収めたアメリカという運転手は、ソ連の台頭という不安要素を背景に日本人啓蒙路線から日本人思考停止路線へとハンドル操作を切り替えたと邪推したくなる。1957年の「高等言語」(好学社)を見ればその落差は歴然としている。

    なんと巻末には、付録で文語口語対照活用表、日本元号・西暦対照表、十干・十二支・方位・時刻等があり、GHQが忌み嫌った戦前の訓詁的な教育が意図的に復活されている。現代の古典教育は当時と違う文脈で評価されるべきであるが、冷戦がなくなった今でもその延長上にあるのが現学習指導要領であることを鑑みるに国語科という一つの教科だけをとっても学習内容の選定については複雑な思いがある。

    さて、戦後のGHQ統制から自由となったはずの現代の日本において、民主制度に基づく社会形成のために批判的思考の育成は急務である。にもかかわらず、批判的思考を育成するメディア・リテラシー教育を現行の学習指導要領は積極的に推進してはいない。いわば制限付き民主主義政策なのである。

    **

    メディア・リテラシー教育研究委員会報告書

    国民教育文化総合研究所

    http://www.kyoiku-soken.org/official/report/userfiles/document/2008media.pdf

    (sk)

    「敗戦直後は」が「当時は」になり、「1951年」が「昭和26年」になっている。メディア・リテラシーのことを書いた文章にまでこういうアップデートが及ぶ。恐ろしい社会だ。

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  2. shinichi Post author

    1951年度の高校国語教科書「高等言語」(好学社)の目次

    「高等言語 一」
    ことばと文化
     一 ラジオを聞く
     二 放送のしかた
     三 演劇と映画
     四 新聞雑誌について
    研究と報告
     一 図書館の利用
     二 調査・研究の報告文の書き方
     三 聞き手を前にしての報告
     四 話の聞き方

    「高等言語 二」
    話し合いの社会
     一 会議の進め方
     二 討議のしかた
    図書と資料
     一 図書と研究資料の選択
     二 図書の管理
    文学の鑑賞と批評のために
     一 文学の鑑賞
     二 批評の意義
     三 長編小説と短編小説
     四 随筆と評論

    「高等言語 一」の「新聞雑誌について」の章末[学習の手びき]
     一 われわれはなぜ新聞を必要とするか。
     二 新聞はどんな使命をもっているか。
     三 新聞は民主主義の確立にどんな役割を果たすか。
     四 真実を伝えることが、新聞において特に重要である理由を考えよう。
     五 新聞と世論との関係はどうあるべきか。
     六 新聞と雑誌とを比較して、それぞれの長短を考えよう。
     七 自分の周囲のできごとを新聞にならって書いてみよう。

    「高等言語 二」の「批評の意義」の章末[学習の手びき]
     一 鑑賞と批評との関係について考察しよう。
     二 真の批評とはいかなるものか。
     三 印象批評の長所・短所について考えてみよう。
     四 われわれは、いわゆる批評家になれなくともよい。しかし、自分の人生に役立つ批評精神は、もっていなければならぬ。それには、どうしたらよいだろうか考えてみよう。

    ____________________________________________________

    1957年度の高校国語教科書「高等言語」(好学社)の目次

    「高等言語 一」
    第一部 言語生活
     一 国語問題の展望
     二 外国人の見た日本語
     三 読書について
     四 どんな文学作品を読むべきか
     五 図書館の使命
     六 ラジオのことば
     七 物語放送のコツ
     八 文章作法

    第二部 古文を読むために(一)
     一 まえがき
     二 口語と文語
     三 古文を読むために
     四 文・文節・語
     五 語の分類
     六 品詞の研究
     七 文の観察

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