福田眞人

この文脈の中で、たとえば[society]、[individual]、[liberty]、[nature]などの訳出に苦吟している様がありありと読み取れる。これらの語は、まさに新時代を告げる重要な用語だったのである。
たとえば[liberty]は「自由」、[society]は「社会」、[individual]は「個人」、[nature]は「自然」というように訳出され、じょじょに社会の中でその訳語が定着してくる。しかし、訳語が定着したからと言って、これらの語があらわす意味・概念が、そのまま理解されるようになったとは言えない。
概念が存在せず、それゆえにぴったりの訳語が存在しえない状態で、苦渋の選択は続くことになる。ある観念やそれに対する用語が今まで存在しなかったのは別に悪いことでもなんでもないが、ある外国語の単語に対応する、あるいは相当する単語が存在しないことは、文化的落差を意味する。人間の哲学や機微をつくような用語があれば、それに思い至らなかった文化は劣等な文化、あるいは漱石の言うところの「半開」の状態であることになる。「半開」とは、西欧諸国が「文化開明」しているのなら、日本は「野蛮」の国ではないにしても、なお「半開」なのであった。

明治翻訳語のおもしろさ(福田眞人)

5 thoughts on “福田眞人

  1. shinichi Post author

    明治翻訳語のおもしろさ

    by 福田眞人

    この翻訳は、今日の我々でさえ面喰うような難解な文章である。それは、恐らく翻訳をした中村でさえ確かに意味が理解できていたとは言い難い。

    この文脈の中で、たとえば[society]、[individual]、[liberty]、[nature]などの訳出に苦吟している様がありありと読み取れる。これらの語は柳父章が『翻訳語成立事情』(岩波新書、1982 年)で取り上げていて、まさに新時代を告げる重要な用語だったのである。

    たとえば[liberty]は「自由」、[society]は「社会」、[individual]は「個人」、[nature]は「自然」というように訳出され、じょじょに社会の中でその訳語が定着してくる。しかし、訳語が定着したからと言って、これらの語があらわす意味・概念が、そのまま理解されるようになったとは言えない。また訳語にも揺れがあった。その結果、一つの文章で[social]を「人倫交際」と訳し、[society]を「仲間連中」と訳して、同一の語から派生した訳語とは到底見破れない。明治初期に厳然と現れた大翻訳時代の後に、やっと原語と訳語の一対一対応を追求する時代、つまり訳語の一貫性が求められる時代が到来したのである。

    こうした語は他にも少なくない。概念が存在せず、それゆえにぴったりの訳語が存在しえない状態で、苦渋の選択は続くことになる。ある観念やそれに対する用語が今まで存在しなかったのは別に悪いことでもなんでもないが、ある外国語の単語に対応する、あるいは相当する単語が存在しないことは、文化的落差を意味する。人間の哲学や機微をつくような用語があれば、それに思い至らなかった文化は劣等な文化、あるいは漱石の言うところの「半開」の状態であることになる。「半開」とは、西欧諸国が「文化開明」しているのなら、日本は「野蛮」の国ではないにしても、なお「半開」なのであった。

    日本語にも中国語にも元来なかった語で、後に重要な道徳的意味を持つ言葉に「品性」という熟語がある。これは明治時代初めに到来した英語の[character] であり、道徳の程度、道徳性、の意味に対して、「品行」、「品格」などの訳語が充てられ、さらにそこから発展して「品性」という言葉が生み出した。

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  2. shinichi Post author

    隣国の中国と朝鮮からの文化の輸入と理解が、学問の大切な存在理由だった。
    現代でも、西洋の学問を翻訳、解釈することが重要な学者も少なくない。

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  3. shinichi Post author

    (sk)

    東洋には、西洋の nature に対応する言葉はなかった。それは決して遅れていたからではない。違っていただけなのだ。

    明治時代の人たちの「日本はまだ半開」というような考え方や変な劣等感は、今から考えると滑稽だけれど、当時は今からは想像もできないような真剣さで西洋に追いつこうとしていたのだと思うと、とても切ない。

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  4. shinichi Post author

    (sk)

    「本草」とういう言葉が、自然に一番近かったのではないか。そう思うのは私だけではないようだ。

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