前田雨城

「草木は人間と同じく自然より創りだされた生物である。染料となる草木は自分の命を人間のために捧げ、色彩となって、人間を悪霊より守ってくれるのであるから、なさけをもって取扱い、感謝と木霊こだまへの祈りをもって染の業に専念すること」────古代の染め師の間に語り伝えられた「染色の口伝くでん」の一節である。

2 thoughts on “前田雨城

  1. shinichi Post author

    色を奏でる

    by 志村ふくみ

    草木の生命

    古代の人々は強い木霊の宿る草木を薬草として用い、その薬草で染めた衣服をまとって、悪霊から身を守った。まず火に誠を尽し、よい土、よい金気、素直な水をもって、命ある美しい色を染めた。すなわち、よい染色は、木、火、土、金、水の五行内にあり、いずれも天地の根源より色の命をいただいたというわけである。

    このようにして染められた祈りの染は、いつ頃まで続いていたのだろうか。今の私たちには木霊という言葉すら、素直に実感をもって口にすることができなくなっている。

    自然を破壊してとどまることを知らない人間に、自然はなお計り知ることのできない恩恵を与えつづけている。人間のなすがままにして、行きつくところまで黙して語らない。たとえ人間が、木霊は実体を失って虚ろになりつつあると思っていても、草木の精は、命ある色を内に宿して、いつでも人間のために捧げる用意をしてくれている。

    いまや、五行の源は次第に汚れ、枯れつつある。古代の染師の心を、はたして私たちは守りつづけてゆくことができるだろうか。

    私がこの染色の道に入っていらいの長い歳月、自然界から受けた草木の色彩は、この貧しい器に受けとめることができないほど、無量に降り注ぐものであった。私は、子供が絵の具をあたえられたような悦ばしさをもって、草木で染められた糸を織りつづけた。

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