大元隆志

社会という大きな視点で考えた場合、インターネットがもたらした本質的な革命とは、誰もが正しい判断を行うために必要な「情報」に平等にアクセスする環境をもたらしたことにある。持たざる者に情報という名の武器を与え、強者と対等に闘うための武器を与えたのだ。

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  1. shinichi Post author

    インターネットが変える情脈と変化する世界

    by 大元隆志

    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32381

     世界のありとあらゆる物を見渡す能力が、神だけに許された物だとしたならば、人類は神に近づこうとしているのかもしれない。最近世間を騒がせるビッグデータの創りだす未来を想像するとそんなことを感じる。

     未来の話をするまえに、少しだけインターネットの裏側に携わってきた人間の目から見た、インターネットと社会の関係性について話してみたい。

    インターネットがもたらした情報革命

     1988年に初めて商用利用が開始されたインターネット。この名前を日本で聞いた事が無い人は殆ど存在しないだろう。

     しかし、インターネットがもたらした本質的な部分について語られることはそれほど多くは無い。何故なら、インターネットとは既に人々の生活の一部となっており、日常的に当たり前のように利用する物だからだ。水道の蛇口を捻る時に蛇口から水が出ることの「本質」を考える人は多くないように、当たり前となっている物の本質など普通は全く気にしない。

     何より、既にインターネットは個人や個々の企業によって、多種多様な使われ方をしており、それぞれの思う形も様々なものになっている。暇つぶしのためにウェブを見る人も、取引先と商談を行うためにメールを利用する人も、広告代わりにHPを作成している等、皆自由に使っている。個々人や企業の利用を規定出来ないほどその利用の幅は広がっている。

     しかし、社会という大きな括りで考えた時、「水道の蛇口」が生活を営むために欠かせない物であるように、インターネットもまた大きな役割を担っている。社会という大きな視点で考えた場合、インターネットがもたらした本質的な革命とは、誰もが正しい判断を行うために必要な「情報」に平等にアクセスする環境をもたらしたことにある。持たざる者に情報という名の武器を与え、強者と対等に闘うための武器を与えたのだ。

    情報が持たざる者に力を与え、新たな産業を創造した

     人類の歴史を遡れば、かつて教育と知識は権力者の特権であり、持たざる者達は「学ぶ」ことさえ許されなかった。そのため多くの人は文字を読み書きすることも出来ず、口伝にしか知識を伝えることが出来なかったため、「権力者にとって都合の良い解釈」が人々の思想を支配していた。

     この権力者による「知識の独占」から人々を解放したのが、「グーテンベルグの活版印刷技術」であった。多数の知識が紙となって流通したことで、それを手にした人々が様々な視点や見解を加え、人々は権力者によって創られた歴史から解放され自由を得たのだ。
    無尽蔵にデジタルデータをコピーし距離を越え流通させるインターネットを、紙のコピーを可能にした活版印刷技術以来の革命と賞賛する人は多い。

     しかし、私はそれ以上の意味があると考えている。インターネットとは「水道」であり、そこで運ばれる情報は「水」に近い。世界で水の存在しない土地を想像してみて欲しい。地球上で最も乾いた土地とは砂漠であり、そこに生命は育たない。勿論産業も発展せず都市も生まれない。しかし、その乾いた土地に水が現れれば、そこを拠点として人が集まり、産業が産まれ都市となる。

     インターネットが世界に情報の水道を張り巡らせたことによって、人の居ない土地であっても、「情報」の集まる所に距離を越えて人が集まるようになり、人が繋がりビジネスが生まれ、そこから「新しい産業」を創出してきた。

     単なるデジタルコピーを流通させる道具では無い。これからの新しい産業は、エジプトがナイル川を中心として発達したように、インターネットが作り出す「情脈」を中心として生まれるだろう。

    10年毎に時代の転換点を迎えてきたインターネット

     1990年代から一般利用が始まったインターネットは、当初電話回線を利用したダイアルアップと呼ばれる接続方式が主流で、通信料金も接続時間によって課金される従量課金であった。そのため、使う必要性のある時に接続する利用が殆どであり、コンテンツも通信回線が細かったためテキスト主体のサイトが殆どで、今のようなリッチなサイトは殆ど無かった。それでも、今まで触れたことの無い情報に触れる喜びと、圧倒的な情報量が人々を虜にした。

     2000年代になると、ADSLが導入されブロードバンドの時代に進む。通信速度が劇的に向上し、常時接続となり、今までのインターネットの利用方法を一変する事態が起きた。

     従量課金の時代には多くの人々にとって、インターネットとは必要な時に情報にアクセスするものだった。幾ら接続していても通信料金が変わらないという状況になり、人々は自らが発信者になることを望みだした。Web2.0の誕生である。ブログやSNSが誕生し、特別な知識が無くても、誰でも簡単に情報を発信し、距離を越えた人々と繋がる喜びを手に入れた。

    これからの10年を作る五つの潮流

     そして、時は移り2010年代に入り、インターネットは次の10年に向けて大きな変化をとげようとしている。2012年現在、次の10年を作り出す五つのトレンドが見えてきた。

    ・スマートデバイス

     スマートフォン、タブレットといったパソコンに変わる新たなデバイス。この新たなデバイスは何時でも何処でもインターネットにアクセスする事を可能にし、人々を場所の制約から解放する。ワークスタイルやライフスタイルを激変させる可能性を秘めている。スマートデバイスに関する話題と言えば、モビリティとスペック、OSの覇権争いばかりが取り上げられがちだが、余り語られることの無い、スマートデバイスの隠れた功績を紹介したい。それは、キーボードの配列を覚えていない人や、パソコンを買うお金の無かった人にインターネットへ接続する手段を提供したことだ。タブレットは、パソコンが苦手だったシニア層に多く支持されている。また、インドでは35ドルのタブレットが教育機関向けに提供されている。

     従来のパソコン層以外にも拡大したことが、現在のスマートデバイスブームの要因の一つだ。月給2万円の新興国で10万円近くするパソコンを購入することなど一部の金持ちにしか出来ないのだから。

    ・クラウド

     従来高度な会計業務や顧客管理システムを導入しようとすれば、自社に専用のサーバを所有する必要があった。しかし、インターネット上のサービスを利用することで、自社に所有する必要が無くなり、必要な時に必要なサービスを利用することが可能になった。これにより、初期投資コストが必要なくなったため、中小企業であっても大企業と対等な業務システムを活用出来るようになった。

     また、クラウドは今後スマートデバイスが記録するあらゆる情報を記録する、記憶の保管庫として機能するようになるだろう。

    ・ソーシャルメディア

     ソーシャライズの読者にソーシャルメディアについて解説する必要は無いだろう。Twitter、Facebookの普及によって、無数の人々が繋がり、人々の声は力を持つようになった。能力ある者は、誰であっても平等に自らの才能を世間に発露する機会を得た。

     そして、オープンな場で無数の人々が知見を交換することで、大いなる叡智を共有する機会を得た。

    ・Internet of Things

     スマートデバイス、クラウド、ソーシャルメディア、これらの技術はITの知識が無い人々や、資金を持たない人にも、高度な技術を簡単に利用する機会を創造した。しかし、それでも「ネットを利用する人」に限定されている。世界には70億の人々が存在するが、インターネットを利用している人は僅か20億にすぎない。全世界で最も利用者の多いFacebookであったとしても、それを利用していない60億の人々が存在する。毎日数億の呟きが生成されるTwitterだが、呟く人々以上に「物言わぬ人々」が存在する。

     Internet of Things(物のインターネット)は、これらのネットを利用しない人々、利用していても物言わぬ人々に代わって、無数のセンサーや機械が人々の状態をクラウドに送信する。

     例えば、車が走行距離や車の状態をクラウドに送信することで、エンジンやブレーキの劣化を判断し、部品の劣化の予兆が見られれば検査することをドライバーに薦め、事故を未然に防ぐことが出来るかもしれない。ハンドルを握る手の血圧が通常時と異なっていれば、アルコール摂取と判断し、エンジンを起動させないという仕組みも可能になるだろう。

     このように、人に代わって機械が情報を送信し、情報が定期的に蓄積されることで、ネットを利用していない人であっても、ネットの恩恵を利用することが可能になる。

    ・ビッグデータ

     ビッグデータとは、一言で言えば文字通り「膨大なデータ量」ということになる。しかし、ビッグデータが世間を賑わす本質を理解するためには、背景を正しく理解する必要がある。

     一つは、データを扱う技術の進化である。企業の中で従来から巨大なデータは存在していた。数千万人の利用者を抱える通信事業者や、レンタルビデオショップ、オンラインショップ、全国規模のチェーン店等では、利用料の請求やポイントの管理、売れ筋商品の補充、購買履歴から興味を持ちそうな商品のレコメンデーション等、毎日膨大なデータが生成され処理していた。

     しかし、増えすぎたデータ量によって、データの解析に数日、あるいは数週間かかるようになっていった。これをグーグル等が利用するHadoop、NoSQLといった新たな処理技術の台頭によって、データ解析に要する時間を劇的に短縮することが可能になった。これらのデータ解析技術をクラウドで利用する事が可能になり、膨大な量のデータを企業が扱うことが出来るようになった。

     二つ目は、情報発信源の増加である。スマートデバイスやInternet of Things、ソーシャルメディアの普及によって、従来とは比較にならない量のデータがインターネットを通過するようになった。その中には何気ない挨拶から、商品に対する感想、今興味を持っている事柄など、貴重な消費者の生の声や行動の結果が飛び交っている。これらのデータを単なるゴミと見なして放置するか、貴重なデータと考え膨大な量のデータから、「見えざる物を見えるようにする」ことで、輝く物を抽出するのか。

     物が売れない低成長の時代だからこそ「消費者の望む物を知る」、そんな必要性が現れた。

     また、「見えざる物を見えるようにする」のは消費者の声だけでは無い。地球上に設置される膨大なセンサーネットワークから、地球上の気候、天候といったあらゆるデータが蓄積される。これらのデータから「地球の声」を知る。地球環境保護が叫ばれる時代にあって、経済活動がどのように地球の環境に変化を与えるのか。人類が持続的な成長を続けるために、もはや地球の声は無視出来ないのだ。

     三つ目は、グローバル化である。

     タイの洪水が起きた時、HDDの値段が高等すると予想出来た人は何人いただろうか?また、もしあなたがパソコンメーカに勤めていたとして、タイ洪水の被害状況が与えるパソコンの生産台数への影響、製造原価への影響、タイに変わる調達先を三日以内に判断しなければ四半期の決算に大きな修正を加えなければならないとしたら、どうしただろうか?

     経済のグローバル化は調達コストを大きく削減するメリットがある一方で、サプライチェーン・マネジメントの複雑さをもたらした。複数の国にまたがる原材料の調達は、どこか一つの国に訪れた災いが、全体に波及するようになったのだ。予測不可能な天災が発生した時に、人の判断力では処理出来る量に限りがある。膨大な量のデータから最適な解を求める人に代わってテクノロジーが解決する必要が出てきたのだ。

     技術の進化が膨大な量のデータを処理することを可能にし、爆発的に増加する情報発信源と、グローバル化が膨大な量のデータを処理する必然性をもたらした。

     人の声と、地球の声、今まで見えなかった物を見ようとするビッグデータとは、万物を見通す神の視点と言えるだろう。

    融合する世界

     一見するとバラバラに見える、これら五つの潮流は一つ一つでも機能する。しかし、各々が相互作用し、一つの巨大なうねりとなることでより大きな効果を発揮する。現実社会とネットを包み込む「融合する世界」が誕生する。[次ページ図:融合する世界]

     スマートデバイス、ソーシャルメディア、Internet of Thingsは新たな情報の「水」の流れを作り出す。この「水」の流れはネットだけの物に留まらない。現実世界、ネットの世界に存在する、ありとあらゆる情報の流れを作り変えていく。これら三つから流れる「水」がクラウドという巨大な「海」へ辿り付く。クラウドの海に辿り付く情報は、人々の行動、会話、記憶、感情、天候、物流、渋滞情報、混雑情報等地球上のあらゆるデータが対象となり、それらの相関関係がビッグデータにより分析される。あらゆる個人や企業の統計から、成功するパターン、失敗するパターン、改善すべき事象が導き出される。

     インターネットはまるで人間の脳のように、記憶と判断を行う巨大なプラットフォームへと発展していくだろう。ナイル川の沿岸とその河口で産業が発展したように、インターネットの「情脈」はこれからの経営に欠かせない物となっていくだろう。

     リアルとネットを包み込む「融合する世界」は、世界の変化をより早くする。企業はビジネス環境の変化に迅速に対応するために、「情脈」を活用出来る組織に姿を変えて行く必要があるだろう。

     個人のレベルではどのような影響が訪れるだろうか。現実とネットのあらゆる情報が融合する世界、これからのインターネットの10年は、私達が考える手助けをしてくれ、人生をより豊かな物へと導いてくれるだろう。しかし、それは一方で私達から思考力と記憶力を奪っていく。

    現代に蘇るバベルの塔

     世界中の人々が共通の言葉で会話していた時代、人々は英知を結集し、神の住む頂きに挑もうとした。旧約聖書で語られるバベルの塔の逸話である。神々は人々の傲慢な行為と、集合知に恐れを抱き、雷を持って塔を破壊し、言葉を分断することで、人々が知恵を結集させることを防いだとされる。

     時は進み、「融合する世界」とは現代の「バベルの塔」では無いだろうかと感じる。ソーシャルメディアによって人類の叡智を結集し、ビッグデータによって、神によって分断された言語を「翻訳」しようとしている。いや、地球上のありとあらゆる物を見通す目を手に入れることによって、神の頂に挑戦するというより、神そのものになろうとしているのかもしれない。

     現代に蘇る「バベルの塔」は人々の繁栄を約束するものなのか、神の裁きを誘う物なのか。その答えは私達自身にあるのだろう。正しく使う物には繁栄を、道具に溺れた物には破滅を。

     本連載で私は、現在のバベルの塔の語り部として、人々の価値観がどう変化し、それが私達の生活や仕事、組織を変えていくのかを、少しの事実と、少しの想像とユーモアを交えて伝えていきたい。どうぞ宜しくお願いします。

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