表に出てきた主張だけを見て、センの経済学はラディカルであると批判する経済学者がいるが、その評は浅薄で間違っている。彼の主張は、経済学本来の目的から見て至極真っ当なものである。むしろ、批判されるべきは、伝統的な分析手法に無批判に従っている多くの経済学者の方である。なぜなら、功利主義とか経済人といった極めて単純化・抽象化された概念は、本来、分析のための第一次近似として導入されたもので、分析が進むにつれ、このような概念は人間の現実の行動をより正確に反映するように緩められなければならないにもかかわらず、実際の理論的展開においては、いつの間にか、多くの経済学者は、この第一次近似という前提を忘れてしまい、あたかも普遍的な概念であるかのように錯覚してしまっているからである。
アマルティア・セン講義
経済学と倫理学
by アマルティア・セン(Amartya Sen)
translated by 徳永澄憲, 松本保美, 青山治城
解説 by 松本保美