五木寛之

歴史上の人物に関してのさまざまな推測は、ほとんど想像力の産物である。たとえ確実な資料があったとしてもだ。
いちばん当てにならないのが本人の残した資料である。日記、記録、著書、その他の自身の手になるものは、必ずしも真実ではない。思い違いもある。故意に伏せた部分もある。意図的に事実とちがった著述もある。
また近親者、友人、知人、関係者の発言も必ずしも当てにはならない。いや、むしろ主観的な回想が少なくないのである。公的な資料として保存されたものはどうか。最近の政府・官公庁の公式記録が勝手に改竄される例を見ても、必ずしも真実とは言いがたい。

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