文人

「近代的自我」が、かつて日本文学最大のテーマの一つであったことに異論の余地はあるまい。しかし上野千鶴子がしばらく前に「脱アイデンティティ」を唱え、平野啓一郎の「分人」概念が出て、分かちえないものとしての「個人」や「自我」を壊した。人格の同一性を保つことよりも、出会う人によってキャラを変える方が自然であり、それでこそ自己は安定する、と。

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  1. shinichi Post author

    <大波小波> 日本文学のテーマが変わる

    by 文人

    東京新聞 2019/11/5 夕刊

     「近代的自我」が、かつて日本文学最大のテーマの一つであったことに異論の余地はあるまい。しかし上野千鶴子がしばらく前に「脱アイデンティティ」を唱え、平野啓一郎の「分人」概念が出て、分かちえないものとしての「個人」や「自我」を壊した。人格の同一性を保つことよりも、出会う人によってキャラを変える方が自然であり、それでこそ自己は安定する、と。
     確かに現在、SNSの発達もあって知人の数は増える一方で、その知人たちは必ずしも知り合わない。となれば、それぞれの知人の輪において示す「自己」が少しずつ異なってくるのも当然なのかもしれない。
     村田沙耶香の新刊短編集『生命式』(河出書房新社)の中の「孵化」では、まさしく会う人たちの輪ごとに、そこで求められるキャラを自然に演じる、自分というものを全く持たない女性が主人公となっている。本人はそれが楽だと思っているようだが、しかし、フィアンセは彼女の多様性に戸惑わずにはいられない。
     愛する人のすべてを知りたいと思うのは人の常だろう。この思いがある限り、「分人」はなかなかうけいれられそうにない。それとも愛のかたちが変わるのか。今やこの問題が文学の新しいテーマとなった。

    (文人)
    2019.11.5

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