滝順一

「運動の短期記憶」は後頭部にある小脳という場所にまず蓄えられる。もっと詳しく言うと、小脳の表面(小脳皮質)のプルキンエ細胞と呼ばれる細胞だ。この短期記憶はしばらくすると、別の場所に転送されて「運動の長期記憶」となる。引っ越し先となる長期記憶の保管庫は、小脳の中心にある小脳核、または延髄の前庭核と呼ばれる場所だ。
長期記憶に収められると、いわば「体で覚えた」状態になる。いったん覚えてしまえば、例えば、しばらく自転車に乗っていなくても、少し練習すれば、こぎ方を思い出す。
ネズミに動く景色を見せて眼球の動きを訓練させる。1時間連続して猛練習したネズミと、訓練を15分ずつ4回に分けて、間に30分くらいの休憩を置いたネズミを比べてみた。練習終了直後の記憶は違わないんだけど、24時間後に調べると、「連続」は「休憩あり」の半分ほどに記憶が薄れてしまう。
長期に保管されるのは、記憶の概要だけ。完全なものではない。長期記憶を思い出して使う際には、短期の記憶がその都度、付け足され完全な記憶に復元する。自転車にちょっと乗ったりピアノの鍵盤に少し触れたり、少し練習するうちに、体が記憶を取り戻すのだ。
私たちはいつも決まり切った動きをするのでなく、その場に応じて動作を微調整している。がちがちの記憶でないから、柔軟性を発揮できる。演奏や運動をするたびに私たちが常に新鮮な感じを持てるのも、このせいかもしれない。

1 thought on “滝順一

  1. shinichi Post author

    脳は運動技能をどう記憶するか

    滝順一(編集委員)

    日本経済新聞

    https://www.nikkei.com/article/DGXBZO17194870Y0A021C1000000/

     自転車に乗ったりピアノを弾いたり、体で覚える技能は日々の練習のたまものだ。うまく上達するには、適度に休憩をはさんだ方がよい。最近の脳の研究から練習と休息の関係が少しずつわかってきた。

    Q 運動の練習はぶっ続けで長い時間をかけるのではなく、適当な休憩をはさんだ方が効率的だと聞いたけど、本当なの?

    A 数字や文章を覚える知識の記憶でも、とりあえず覚えておけるけど長続きしない「短期記憶」と、覚え込むのに時間はかかるけど忘れにくい「長期記憶」があることは知っているね。体で覚える「運動の記憶」にも、短期と長期があるんだ。

    Q 日々の練習は「短期記憶」をつくるもので、毎日繰り返すうちに「長期記憶」として体が覚えるということ?

    A そうなんだ。「運動の短期記憶」は後頭部にある小脳という場所にまず蓄えられる。もっと詳しく言うと、小脳の表面(小脳皮質)のプルキンエ細胞と呼ばれる細胞だ。

    この短期記憶はしばらくすると、別の場所に転送されて「運動の長期記憶」となる。引っ越し先となる長期記憶の保管庫は、小脳の中心にある小脳核、または延髄の前庭核と呼ばれる場所なんだ。

    長期記憶に収められると、いわば「体で覚えた」状態になる。いったん覚えてしまえば、例えば、しばらく自転車に乗っていなくても、少し練習すれば、こぎ方を思い出す。

    Q なるほど。それで休憩との関係は?

    A 理化学研究所の永雄総一さんらの研究チームが面白いことを見つけた。ネズミを使った実験なんだけど、長期記憶をつくらせる訓練の合間に休憩を置いたほうが、しっかり覚えられるようなんだ。

    ネズミに動く景色を見せて眼球の動きを訓練させる。1時間連続して猛練習したネズミと、訓練を15分ずつ4回に分けて、間に30分くらいの休憩を置いたネズミを比べてみた。練習終了直後の記憶は違わないんだけど、24時間後に調べると、「連続」は「休憩あり」の半分ほどに記憶が薄れてしまう。

    Q 体を動かしていない時に小脳で何かが起きていて、それが長期の記憶ができるうえで大切なんだ。

    A 永雄さんもそう考えている。もちろん、この実験はネズミに単純な作業させただけだから、スポーツや楽器演奏など人間がこなす複雑な動きを伴う運動も同じだと言い切ることはできないね。でも、運動選手などには、適度なインターバルが習熟度をあげるのに効果的だと実感したことのある人は多いのではないだろうか。

    実は、永雄さんたちはもうひとつの面白い発見をしているんだ。短期記憶のうち、長期記憶の保管庫に転送されるのは、大まかな情報だけなんだ。

    Q どういうこと?

    A 長期に保管されるのは、記憶の概要だけ。完全なものではない。長期記憶を思い出して使う際には、短期の記憶がその都度、付け足され完全な記憶に復元するらしい。自転車にちょっと乗ったりピアノの鍵盤に少し触れたり、少し練習するうちに、体が記憶を取り戻すわけだ。

    Q なぜ、そうなっているの?長期の保管庫は容量が小さいのかな。

    A なぜだかは、わからないけど、こんな仕組みのおかげで便利なことがある。私たちはいつも決まり切った動きをするのでなく、その場に応じて動作を微調整しているよね。がちがちの記憶でないから、柔軟性を発揮できると考えられる。

    それに演奏や運動をするたびに、私たちが常に新鮮な感じを持てるのも、このせいかもしれない。

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