3 thoughts on “Fazioli

  1. shinichi Post author

    ファツィオリ(Fazioli)
    http://fazioli.co.jp/

    2021年の第18 回ショパンコンクールは弊社にとって、大きな喜びで終わりました。
    ファツィオリピアノをコンクール全ラウンドで演奏したBruce Xiaoyu Liu(ブルース・シャオユー・リウ、劉曉禹)が見事優勝を飾り、Martin Garcia Garcia (マルティン・ガルシア・ガルシア)が3位、Leonora Armellini(レオノーラ・アルメリーニ)5位と、ファイナルに進出したファツィオリ奏者3名全員が入賞を獲得したからです。ガルシアはコンチェルト賞も受賞しました。

    ファツィオリ社が国際コンクールにデビューしたのは2010 年の同第16回コンクールでした。当時コンクール経験のない本社に委託され、日本チームが調律、アーティスト・リレーションなど全面的に担当しました。この時は、4名がファツィオリを選び、3名がセミファイナルに進出、ダニイル・トリフォノフが3位を勝ち取りファツィオリの音色の美しさを世界中に届けました。
    その後、ファツィオリは数々の国際コンクールを経験し、今回のショパンコンクールでは、コンテスタントの8名がファツィオリを選定し3名がファイナルに進出、全員入賞・優勝を獲得しました。

    Reply
  2. shinichi Post author

    ピアノ界の風雲児「ファツィオリ」を知っていますか?
    日本総代理店代表取締役アレック・ワイル氏インタビュー
    https://president.jp/articles/-/17988

    老舗名門メーカーと対等に渡り合う

    昨年末、NHKで放送された「もうひとつのショパンコンクール」というドキュメンタリー番組が音楽好きの耳目を集めた。そこで描かれていたのはポーランドのワルシャワで5年に1度行われる若手ピアニストの登竜門「ショパン国際ピアノコンクール」における陰の主役、4社のグランドピアノメーカーの調律師など技術者たちの奮闘の姿である。

    コンテスタント(コンクール参加者)は4社の中から好みのピアノを選び選考に臨む。いかにして彼らに自社のピアノを選んでもらい、実力を発揮してもらうか。自社のピアノを選んだコンテスタントが優勝でもすれば、それは名誉である以上に今後の業績に大きく影響する。普段スポットライトが当たることのないコンクールの裏側は熱気に満ち、大いに興味を引く内容だった。

    その4社の中に、一般人にはあまりなじみのない名の会社が存在した。イタリアのファツィオリ社だ。ほかのメーカーはいずれも創業100年近くやそれ以上の歴史を持つのに対し(高級ピアノといえばまず名の挙がる米スタインウェイ&サンズ社の設立が1853年、ピアノ販売数世界一のヤマハが1897年、「カワイ」の名で知られる河合楽器製作所が1927年)、ファツィオリはパオロ・ファツィオリ氏が1981年に創業して1代目、まだ35年目にしかならない若い会社だ。伝統がものをいうクラシック音楽の世界にあって異色の存在といえる。

    世界最高峰のコンクールに公式ピアノとして認定された事実からも分かる通り、もちろん質は超一流。音楽を生業とする人々の間では早くからその実力は知られており、著名な音楽家の中にもクラシック、ジャズ、ポップスなどジャンルの垣根を超えて熱狂的な愛用者がいる。例えばジャズ界の巨匠ハービー・ハンコックはファツィオリしか弾かないという。日本で最も有名なクラシックのピアニストの1人、スタニスラフ・ブーニンもファツィオリを気に入り、自宅に最大サイズのコンサートグランドピアノを所有している。また、ニューヨークのジュリアード音楽院は長年スタインウェイしか導入してこなかったが、2010年に初めてファツィオリを購入し話題となった。

    じつのところピアノ業界全体の流れは低調続きだ。スタインウェイ&サンズ社は親会社のスタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツが2013年に米投資ファンド、ポールソン&カンパニーに身売りされ、スタインウェイやドイツのベヒシュタインと並び世界のピアノメーカー御三家に数えられるオーストリアのベーゼンドルファーは2008年にヤマハの傘下に収まった。そのヤマハも国内の生産・販売台数は最盛期より大幅に数字を下げている。河合楽器もしかりだ。そんな中、年産130台にすぎない新興の小さなピアノメーカーがここまで躍進を遂げたのはなぜか? ファツィオリの日本総代理店、ピアノフォルティ代表取締役のアレック・ワイル氏に話を伺い、その理由を探った。

    たった2人の「日本チーム」の奮闘

    「ショパンコンクールは大変でした。例えばヤマハは7人もの技術者が1台のピアノのためにやってきたけれど、私たちのチームは私と調律師の越智晃の2人だけ。ピアノの調律は真夜中に会社ごとに時間を割り振って行われたのですが、1人が舞台上にあるピアノの音を鳴らしてみて、もう1人はホールの後方から音を聴いて確かめる。違和感があれば調整をしてまた鳴らして聴いてみる。それを繰り返すという寂しい作業でした(笑)。真夜中のそうした作業はそれはそれで楽しいものではありましたが」

    とワイル氏は言う。確かに前述のドキュメンタリー番組でもほかのメーカーが大チームを組んでやってきたのに比べ、ファツィオリはたった2人のチーム構成だった。

    「最初にファツィオリがショパンコンクールに参加したのは、番組で取材された第17回の前の開催である2010年です。ただそれまでパオロ(・ファツィオリ氏)にはこれほど大きなコンクールに出場した経験がなく、態勢が不十分ではないかと気になったのです」

    ワイル氏がファツィオリと実際に仕事をするようになったのが2008年。すでにショパンコンクールの公式ピアノとしての出場が決まっていたが、上記の懸念を抱いたワイル氏は率先して準備の支援を行うことになった。じつは彼の前職はスタインウェイ・ジャパンのマーケティング・ディレクター。事前のアーティストとの接触や各種交渉ごとはまさに得意分野といえる。

    さらに出会ったときからパオロ氏に絶大な信用を置かれており、「100万人に1人の耳を持つ天才調律師」と番組内でも称されていた越智氏もまたスタインウェイの出身だ。この2人が「日本チーム」としてコンクールの現場作業も行い、2010年の大会ではファツィオリを選んだ4人のコンテスタントのうち2人が入賞するという快挙を果たした。うち1人は、今やNo.1若手ピアニストとして名を知られるロシアのダニール・トリフォノフだ(第3位入賞)。以降、この日本チームはコンクール関連の仕事を一手に引き受け、2014年のルービンシュタイン国際コンクールでは第1位から3位入賞者すべてがファツィオリを選択。メーカーの名を広く知らしめることに一役買ったのだった。

    「スタインウェイを真似しない」ピアノ

    ファツィオリ躍進の陰に2人の日本チームの尽力があったことは分かったが、それにしてもピアノそのものに魅力がなければ今日の成功はないだろう。ワイル氏も、言葉は悪いがスタインウェイからファツィオリに“鞍替え”したのはファツィオリのピアノが持つ魅力と創業者パオロ・ファツィオリ氏本人の魅力に引かれたからだという。

    「私が初めてファツィオリに触れたのは、ドイツのフランクフルトで行われたミュージックメッセ(楽器の見本市)です。周囲がにぎやかなこともあり、最初は“まあいいんじゃない?”くらいの軽い感触だったんです。しかし次にファツィオリとスタインウェイを弾き比べる機会があり、“いや、ファツィオリのほうがスタインウェイよりいいぞ”と思ったんです。これは危険だ!と。その時はまだスタインウェイの社員でしたから」

    スタインウェイの社員はみんな「それこそ宗教のように」(ワイル氏)自社に誇りを持っているというが、そのワイル氏にしても当時のスタインウェイのピアノの品質や会社のあり方に不満がないわけではなかったのだ。その不満を解消してくれたのがファツィオリだった。

    「これまでのピアノはどのメーカーも“スタインウェイ”を真似したものでした。でもパオロは違った。パオロは現代のピアノ、つまりスタインウェイの音に対する不満を解消するために新しいピアノづくりに自ら取り組んだのです。彼は経営者ではありますが、それ以前に優れたピアノ演奏家でありピアノを心から愛するピアノオタクであり、工学を学んだ技術者でもあるのです」

    ファツィオリピアノとの衝撃的なセカンドコンタクトの後、ワイル氏はパオロ氏と直接会う手はずを整えた。そして会うなり彼の魅力のとりこになってしまったという。

    「ああ、この人はいい人だと。彼と一緒に働きたいと強く思ったんです。私とちょっと似ているところがあるんですね。本当にピアノを愛していて、理解している人だと思いました」

    そうしてワイル氏はこれまでの職を投げ打って(本人の言によると「全部捨てて(笑)」)独立し、ピアノフォルティを立ち上げたのだった。

    最新の技術を下敷きに伝統的な技法でつくる

    ファツィオリはイタリア北部、ベネチアから北へ60kmほどの場所にあるサチーレ市を拠点とする。パオロ氏はローマの家具メーカーの6人兄弟の末っ子として生まれ、ローマ大学で工学を学び、家具工場の生産現場で働いた。一方で幼少よりピアノの才を発揮し、家具ではなく新しいピアノをつくりたいと一念発起。最初は実家がサチーレに買い足した工場の1スペースを借りてピアノづくりに精を出し、1980年に最初のピアノを制作した。

    「パオロがスタインウェイの音に対して持っていた不満は、豊かな響きを出そうとするあまり倍音(1つの音に含まれるさまざまな周波数の音。これが多いと複雑な音になる)の雲に隠れたようなくぐもった音になってしまうことでした。そこで工学的に倍音を整理してできたのがファツィオリのピアノです。そのため非常にクリアで軽やかな音が出ます」

    従来のピアノメーカーではつくってから音の調整を行うが、パオロ氏はコンピューターでシミュレーションをして、弦の長さや太さ、響板(弦の響きを反響して増幅させるピアノの「箱」部分)の厚みなどをミリ単位で調整したそうだ。これもパオロ氏に工学の知識があってこそ実現できたことで、さらに「彼にはこういう音がつくりたいという明確な音のビジョンがあった」(ワイル氏)から今のクリアな音が生まれたといえるだろう。

    「響板の材料にもこだわりがあります。通常のピアノは基本的にシトカトウヒが使われていますが、ファツィオリでは赤トウヒを使っています。これはバイオリンのストラディバリウスの材料とまさに同じ場所で採れた同じ木材で、木目が真っ直ぐ平行に並んでいます。木質が均一なので音の伝導に優れており、また軽量のため音がきれいに共鳴します」

    最高品質の材料を使い、科学的な設計技術をもとにすべて手作業でつくり上げてできるピアノ。35人の職人がつくることのできる数には限りがあり、年間で130台が精一杯だという。出来上がったピアノは1台1台パオロ氏が試弾し、厳しいチェックをパスしたものだけが出荷される。1台の価格は1000万円を超えるが、それだけの価値のあるさながら芸術品である。

    つねにベストなものを目指して

    「私がスタインウェイで働いていて疑問に思っていたことは、ピアノを売っているのに上層部がみんなピアノを弾けないということです。“このピアノはこんなに音がいいんですよ”と一生懸命訴えたところで説得力がないでしょう? その点ではパオロは音楽に対して深い知識と愛情を持った音楽家ですから、つねにアーティストの立場になってピアノの改良に余念がありません」

    ファツィオリの社是に「生産量を増やすことは考慮せず、最高のクオリティーを目指すこと」「つねに最先端技術を駆使してピアノの改良に励むこと」がある。業績を守らんがために品質を下げた大量の廉価版を出したり、現場の声を聞かず既存品の改善もせず成長を止めたりといったブレはなさそうだ。

    「私たちも販売代理店として、つねにベストなものにしか興味がありません。例えば少しグレードを落とした安価な他ブランドも扱えば今よりもっと数が売れて、経営のリスクは少なくなるかもしれません。でも最高のものだけを扱うことで良いことがある。自分たちの仕事に対する情熱を持ち続けられると思っています」

    最後に、ワイル氏にファツィオリを通して目指すものを聞いた。「日本において欧米の文化であるピアノがつくられるようになってから100年以上が経ちました。しかしまだ100%日本の文化になったわけではありません。このピアノという素晴らしい文化をもっと日本で広げることができればうれしいです。ピアノは感情を表現する機械。ぜひ聴くだけでなく、自分の手で表現をしてみてほしいですね」

    ワイル氏の話を聞いていると、ピアノ、そして音楽に対する深い愛情と情熱が感じられる。そんな人が認める人物がつくるピアノの素晴らしい音色を、一度ぜひ確かめてみてほしい。

    Reply

Leave a Reply

Your email address will not be published.