キム・スヒョン

 
人は幸福になるために生まれたような、
現実離れした存在ではない。
人間の原始的な感情は、
喜び、怒り、嫌悪、恐怖、悲しみ、驚きの6つ。
人間が幸福になるために地球に誕生したのなら、
どうして肯定的な感情がたったひとつしかないのだろう?
つまり人生の目的が幸福にあるという考え自体が
大きな錯覚だといえる。

**

イ・セドル vs AlphaGo
アナログ時計 vs 電子時計
手紙 vs メール
LPレコード vs MP3
私たちは完璧なものに憧れ、
完璧でないものを愛する。

**

私たちは自分なりの答えを持つ権利がある。
それは誤答ではなく、各自にとっての正解だ。

4 thoughts on “キム・スヒョン

  1. shinichi Post author

    2024年5月24日(金)

    自分なりに生きる

    今週の書物/
    『私は私のままで生きることにした』
    キム・スヒョン 著、吉川南 訳、ワニブックス、2019年刊

    時代の影響をいちばん受けるのは、「10代のおわりから20代のはじめ」のような気がする。その多感で微妙な時期を、前科がつくこともなく無事に通りすぎることができたのは、幸運だったというほかない。

    日本には前科のある人が数百万人いる。前科がつくと、一定の公的な資格の停止・剥奪や、新たに資格取得できなくなるなどの資格制限を受けることになる。また、一度ついた前科は生涯消えることはない。アメリカやカナダ、オーストラリアなどにも行けない。

    「10代のおわりから20代のはじめ」には、私はなんにもわかっていなかった。一部の例外を除けば、多くの人は、私と同じようなものだろう。わかっていなかっただけでない。社会のことも、人間のことも、何も知らなかった。

    何者でもない自分を持て余し、人間関係で悩む。社会の現実を目にして、社会の不公正に憤る。活字や音楽や映像に触れ、不条理におののく。良くも悪くも不安定で、刺激に弱かった。一言で言えば、若かったのだ。

    若い人たちは、いつの時代にも、他人と同じにされるのを嫌う。「誰もがみな、そうしたいわけじゃない」という言葉は、いつの時代の人たちからも聞いてきた気がする。

    では今の若い人たちの特徴は、何だろう? 今という時代からどんな影響を受けているのだろう? そんな疑問に答えるのが、今週取り上げる『私は私のままで生きることにした』(キム・スヒョン 著、吉川南 訳、ワニブックス、2019年刊)だ。

    この本は6つのパートからなる。
     Part 1 自分を大切にしながら生きていくための To do list
     Part 2 自分らしく生きていくための To do list
     Part 3 不安にとらわれないための To do list
     Part 4 共に生きていくための To do list
     Part 5 よりよい世界にするための To do list
     Part 6 いい人生、そして意味のある人生のための To do list

    それぞれのパートに「ごく普通の私が、他人を妬むことなく 冷たい視線に耐えながら、ありのままの自分として生きていくために」することが、10 あまり並んでいる。
     ○ 意地悪な相手にやさしくする必要はない
     ○ 自分からみじめになってはいけない
     ○ もっと堂々と胸を張ろう
     ○ 通りすがりの人たちに傷つけられないこと
     ○ 人生から数字を消そう
     ○ 他人の言葉に惑わされない

    そして、それぞれのことについて 数ページの説明がついている。説明はどれも、「自分らしく生きよう」という同じトーンで貫かれている。文章はどこまでも優しい。優しすぎて、弱弱しい。

    若い人向きの本なので、読むのは正直、しんどい。『あなたらしく』というような本はだいたいどれも同じで、とくに目新しいことはないのだが、若い人が持つ悩みに付き合うのは、いろいろ思い出されることもあって、つらい。他人から見ればたいした悩みではないのだが、当人にとっては深刻な悩み。それは、どれも痛々しい。

    韓国に住んで、食べ物にも住む場所にも困らず、命の危険もない。将来が何となく不安だけど、まあいいか。そんな、そんな諦めに似た感情がバックグラウンドに流れている。普通なら、それで十分に幸せ。他人の生活をうらやましがるのは、よそう。人は人、自分は自分。この先だいたいどんな人生が待っているのか想像できるけれど、そのなかで小さな幸せを探そう。

    著者は、
       みんな、不幸をかたくなに隠すからわからないけど、
       あなただけに降りかかる特別な不幸なんて、この世にはない。
    なんていうことを、平気で書く。南スーダンに近いケニアのカクマ難民キャンプにいる人たちに降りかかる不幸や、ガザで逃げ惑う人たちに襲いかかる不幸は、きっと著者の想像のうちにはないだろう。世界には想像を越えるような不幸がある。そんな不幸さえも、たいしたことはないという。そんな書き方は、あまりにも酷だ。

    この本の読者として著者が想定しているのは、きっとそれほど不幸な境遇にはいない人なのだろう。この本を読んで、読んだ人の状況が好転することはない。ただ、気持ちの持ちようを変えて、安らかな心で、毎日を耐えて生きてゆこう。そんなところか。

    幸せな境遇にいるのにそれに気づいていない韓国や日本の若い人にはおススメでも、世界中の若い人におススメかと問われれば、答えは「ノー」だ。戦争のない先進国にいて、命の危険にも飢餓の不安にもさらされることなく生きている人だけにわかる本。SNSで人と自分を比べてしまって気持ちが落ち込んでしまうような人には、とってもいい。

    韓国人も日本人とほとんど変わらない価値観や社会の中で生きている。韓国社会の生きづらさ、日本との共通点の多さ。それがわかるだけでも読む価値はある。

    **

    そうまとめてみて、いや、そんな本ではないという気持ちがどこかにあることに気づいた。「自分との付き合い方」の本はいくらでもあったが、具体的な方法が違っている。

    よく「最近の若手社員は、ある日突然退職届を出して辞めてゆく」というような記事を目にするが、この本を読んで気が付くのは「自尊心」というキーワード。東アジア特有の上下関係のせいで我慢しなければならなかったことを、もう誰も我慢しない。

    今までの「自分との付き合い方」の本ならば「我慢しよう」というところを、この本は「我慢するのはやめよう」という。「自尊心」を傷つけられたり踏みにじられたりしたら、「そんなところにいてはいけない」というのだ。

    今までの「自分との付き合い方」の本が年長者たちに都合のよいものだったのに対し、この本は年長者たちには都合が悪い。優しさを装いながら従順ではない態度は、まるで怖いものがないかのようだ。

    工場の流れ作業の一部になって働いたり、オフィスで上司の顔色をうかがいながら仕事をしたりということを「よし」としない人たち。給料よりも「自尊心」を大切にする人たち。そんな人たちが増えていることに気付かされた。

    この本がたくさん売れたのは偶然ではない。この本は間違いなく新しい方向を示している。新しい方向は、いままでの人たちにはよくないように見えても、これからの人たちにはとても魅力的に見える。

    みんなで戦って変えていく時代から、みんなが協力しないことで変えていく時代へ。いまの年長者たちには理解できない変化が、間違いなく起きている。

    Reply
  2. Pingback: めぐりあう書物たちもどき | kushima.org

  3. Pingback: めぐりあう書物たちもどき | kushima.org

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *