諸永裕司

 ごみを捨てても壁を壊しても元通りに戻す必要はなく、追い出されることもない。そのうえ、騒いでも火事や事故を起こしても、まず責任を問われることはない――。
これほどのやりたい放題が許される契約しか結べないとしたら、アパートの部屋を貸そうとする家主は現れないだろう。
だが、そのありえない家主こそ、在日米軍に基地を提供している日本政府の姿なのだ、と衆院議員の屋良朝博は言う。
「沖縄や東京の米軍基地で有機フッ素化合物のPFOSやPFOAによる飲み水や地下水の汚染が事実上、放置されているのもそのためです。そして、その原因はやりたい放題が許される契約、つまり日米地位協定にあるのです」
日米地位協定は、日米安全保障条約にもとづいて駐留する米軍の施設・区域の使用と地位について規定している。いわば、基地という借家の使い方についての約束だ。
だが、住民にとってもっとも切実な環境問題に直接かかわる条項はない。

2 thoughts on “諸永裕司

  1. shinichi Post author

    消された水汚染: 「永遠の化学物質」PFOS・PFOAの死角

    by 諸永裕司

    第8章
    日米地位協定の壁

    Reply
  2. shinichi Post author

    米軍・横田基地の「PFOS」による地下水汚染はなぜ放置されてきたのか
    追跡「永遠の化学物質PFOS」 #4
    諸永 裕司

     ごみを捨てても、壁を壊しても、もと通りにする必要はない。騒いでも、火事や事故を起こしても、まず責任は問われない。それでも、追い出されることはない――。

     これほどのやりたい放題が許される契約を結ぶとしたら、アパートの部屋を貸そうとする家主は現れないだろう。

     だが、そのありえない家主こそ、在日米軍に基地を提供している日本政府の姿なのだ、と沖縄選出の衆院議員、屋良朝博は言う。

    「沖縄や東京の米軍基地で飲み水や地下水の汚染が見つかっても、事実上、放置されているのは日米地位協定のためです」

     日米地位協定は、日米安全保障条約に基づいて駐留する米軍の基地使用について定めているが、環境に直接かかわる条項はない。

     ただ、基地による環境汚染が繰り返されるため、2015年、環境補足協定が結ばれた。汚染があった場合に基地内に立ち入り、調査をできる仕組みが盛り込まれた。岸田文雄外相(当時)は「従来の運用改善とは異なり、歴史的な意義がある」と胸を張った。1960年以来、地位協定にからんで法的拘束力のある約束が結ばれたのは初めてだった。

    環境補足協定第4条が基地内での調査を阻む

     しかし、実態はほとんど変わらなかった。

     有機フッ素化合物のPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)やPFOA(ペルフルオロオクタン酸)による水質汚染が見つかった沖縄の嘉手納基地では、記録の残る2014年度以降、基地内にある井戸から、環境省の指針値の16倍を超える値が検出されている。

     それでも、米軍は嘉手納基地が汚染源と認めず、防衛省や沖縄県はいまだに基地内での調査ができていない。その理由を、屋良はこう説明する。

    「環境補足協定には、日米間の取り決めが実質的に機能できないよう、ある条件が定められているんです」

     それが、基地内の立ち入りが認められる場合について定めた第4条だという。

    〈環境に影響を及ぼす事故(漏出)が現に発生した場合〉

     つまり、調査が認められるのは、まさに目の前で有害物質が漏れ出ているときに限られているのだ。過去に引き起こされた汚染が明らかになっても対象とはならない。

     このため、環境補足協定が結ばれてから6年間で、立ち入り調査が実現したのは沖縄での2件にとどまる。

     昨年4月、普天間飛行場(宜野湾市)で、コロナ禍によるストレス発散のために米兵たちがバーベキューをしていると、近くの格納庫のセンサーが反応して泡消火剤が噴出した。綿菓子のような白い泡は基地外へ舞い出ると道路上を漂い、保育園の園庭をかすめ、近くの川面を白く覆った。多くの市民が現在進行形で目撃した事故で、初めて立ち入り調査が認められたのだった。

     今年6月には、うるま市にある米陸軍の「貯油施設」から、最大で650ガロン(約2460リットル)が流出し、国と沖縄県が立ち入り調査に入った。

    KISEという抜け道

     かつて防衛省で基地汚染に対応する環境対策室長をつとめた世一良幸によると、こうした「抜け道」は、米国の基本姿勢によるのだという。

    〈known, imminent and substantial endangerment〉

    「広く知られ」「差し迫った」「実質的に」脅威があるかどうかが、米軍が浄化の責任を負うかどうかを見極める物差しになっているというのだ。頭文字を取って「KISE」と呼ばれる。

     世一が注目するのは、最初の「K」、つまりknownという形容詞だ。裏を返せば、汚染が広く知られていなければ浄化しない、と読める。

    「米軍は汚染浄化に取り組まないために、あえて調査しないこともできるということです。そこに日本側の判断は及びません」

     このため、在日米軍基地をめぐるさまざまな汚染が指摘されながらも、日本側の求める基地内への立ち入り調査や米軍による浄化はほとんど実現してこなかったのだ、という。

    閉ざされた日米合同委員会

     環境省は、国内にある米軍基地内の水や大気などについて毎年、調べている。

     ところが、2014年度からは、それまで認められていた基地内での調査は行われなくなった。沖縄県が嘉手納基地内にある井戸群などで高濃度のPFOSを確認した翌年ということになる。

     立ち入りが認められなくなった理由について、環境省は「米側との協議内容は公表できない」と説明を拒んでいる。

     背景に、基地に由来する環境汚染を扱う日米合同委員会の閉鎖性がある、と世一は指摘する。米軍幹部と日本の外務・防衛などの官僚が日米地位協定の運用について協議する機関だ。

     その日米合同委員会の議事録にはこう書かれている。

    〈双方の合意がない限り公表されない〉

     すべては水面下で話し合われ、記録はあかされず、なにが議題に上ったのかさえわからない。横田基地にからむ地下水汚染についても闇の中だ。世一は言う。

    「事実上、ブラックボックスになっているのです」

    横田基地のほかにも

     ところで、東京・多摩地区の汚染源はじつは、横田基地だけではなかった。

     東京都の調査で、すでに触れた立川市、府中市、国分寺市、国立市以外にも、小平市や東村山市、東久留米市、狛江市、西東京市、小金井市、調布市などで個人が所有する飲用井戸から高濃度の有機フッ素化合物が検出されており、実態はより深刻だ。

     にもかかわらず、東京都や環境省に汚染源を調べようとする動きはない。土壌汚染対策法で、健康被害が生ずるおそれがある場合は(自治体が)調査を求めることができるとされているものの、有機フッ素化合物による健康への影響については世界的な評価が定まっていないことを理由に実施されていない。

     有機フッ素化合物汚染の問題に取り組む弁護士の中下裕子はこう話す。

    「東京都は高濃度の汚染物質が出たとして地下水源からの取水を止めたものの、このまま蓋をしたままなら、真の解決とはいえません。汚染源を突き止めて、地下水を浄化させ、再びきれいな地下水を飲めるようにすることが行政の責任ではないでしょうか」

    日本だけがこのまま「永遠の化学物質」を放置しつづけるのか

     さらに、健康への影響も気がかりだ。

     東京都水道局が有機フッ素化合物についての水質調査を始めた2005年度以降、2019年度に一部の浄水所で取水を止めるまで、高濃度の地下水が飲み水として家庭に送られてきた。汚染のもっともひどい府中武蔵台浄水所では15年連続で年間の最大値が100ナノグラムを超えていた。おそらく、それ以前も高濃度がつづいていたと考えられる。しかも、測定方法が古いため、実際の濃度はもっと高い。

     東京都環境科学研究所の調査では、1950年代から東京湾の海底の地層でPFOSが確認されている。そうなると、多摩地区の一部の住民たちは約半世紀にわたって、高濃度の有機フッ素化合物を含んだ水を飲んできたことになる。

     このため、中下が代表をつとめるNPO「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」は昨年夏、地下水源からの取水を止めた府中武蔵台と東恋ケ窪の両浄水所の一帯で、住民たちの血液検査をした。すると、22人中5人から「高い」とされる数値が出た。

    「国や東京都は、有機フッ素化合物による健康への影響については世界的な評価が定まっていないことを理由に、健康調査をしないというが、逆ではないですか。健康への影響がわからないからこそ、調査すべきではないでしょうか」(同前)

     有機フッ素化合物はPFOSやPFOAのほかにも数千種類あるとされ、規制対象外の代替物質はいまも使われている。すでに環境問題だけでなく、健康問題の疑いも濃い。それだけに、どれほど体内に取り込まれ、血液中に蓄積されているかを調べなければ、実態はつかめない。

     体内汚染を調べる血液検査の実施などを盛り込んだ「環境安全基本法」の制定に向けて、中下たちは署名活動をはじめている。

     海の向こうでは、アメリカで規制強化を掲げるバイデン氏が大統領に選ばれるなど、PFAS(有機フッ素化合物の総称)への注目が高まっている。

     一方、東京都をはじめ環境省、厚労省、防衛省は、汚染が明らかになっても静観をつづけている。日本だけがこのまま、「永遠の化学物質」を放置しつづけるのか。

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