角田陽一郎

僕ら読書好きの多くは「本を読むと楽しいですよ、人生が変わるきっかけになりますよ」「直接できない体験や、会えない場所や時代の人とアクセスすることができるんですよ」と、本を読まない人に伝えたことがあると思います。
でも、本を読まない人には、それ以前の問題なのです。読書のよさをいくら言われても、本自体にアクセスすることが面倒なのです。つらいし、時間がかかるし、楽しくないし、よくわからないし、不便だから。
つまり、旅好きな人に「海外旅行は楽しいですよ」と言われても、成田空港に行くのが面倒だからという理由で行かないような。
「いや、角田さんの言っていることは、なんとなくわかりますよ。海外旅行は楽しいんですよね。でも、成田空港って遠いじゃないですか? いちいち成田まで行くの、つらいし、時間かかるし、楽しくないし、よくわからないし、不便じゃないですか。なんでそうまでして、わざわざ海外に行かなきゃいけないんですか?」
こういう感じで、海外に行く前に、そもそも空港に行く前で、彼らは読書を敬遠しているのでした。

One thought on “角田陽一郎

  1. shinichi Post author

    「若者の本離れ」がこんなにも加速した5つの理由
    今や「マンガでさえ」昔よりも読まれていない

    by 角田陽一郎

    (2020/03/01)

    https://toyokeizai.net/articles/-/330115

    なぜ最近の若者は本を読まなくなったのか? バラエティプロデューサー・角田陽一郎氏が若手起業家のAさんと話してわかった「普段、読書しない人が本を読まない5つの理由」を、新刊 『読書をプロデュース』より一部抜粋してお届けします。

    「最近の若者は本を読まない」

    そう言われて久しく経ちます。よく「出版不況」と言われますが、僕が若者だった30年くらい前から、そう言われていたような記憶があります。

    出版不況は、もうずっと続いています。本が売れない時代になっているのは間違いありません。

    書店はどんどん減っていき、雑誌は次々と廃刊や休刊に追い込まれています。本を取り巻く未来は明るくありません。僕は読書が大好きなので、そんな話を聞くと、いずれ紙の本がなくなってしまうのではないかと心配になってしまいます。

    でも、なぜ若い人は読書しないのでしょうか? 先日、なぜ若い人は本を読まないか、若手起業家のAさんに聞いてみました。Aさんは、主に若い人に人気のユーチューバーや、ネットライブ配信をするライバーといわれる、インターネット動画界隈で活躍する20代半ばの起業家です。やり手ですし、実際に話していても、とても頭がよい人だということがわかります。

    でも、本はほとんど読まないそうです。なぜAさんは読書しないのでしょうか? あるとき、とても気になって、僕は質問してみたのです。

    「あなたや、ネット世代と言われる若い人は、なぜ本を読まないのですか?」

    すると、聡明なAさんは、自分や若い人が「なぜ本を読まないのか?」という理由について分析してくれました。

    Aさんが言う「読書しない人が本を読まない理由」は5つありました。

    理由その1 「つらいから」

    まず、読書が「つらい」ということ。Aさんは「もし楽しいんだったら、そりゃ自分だって本を読みます」と言っていました。

    「でも、活字を読み進めるのが、苦痛なんですよ。そんな苦行を、なんでいちいちしなければいけないのか、意味がわからないです」

    彼はそう言っていました。その後いろいろ話を聞くと、要するに読書という行為を、勉強という行為の延長として捉えていることがわかりました。

    つまり、学生時代に無理やり本を読まされた。だから、読書を宿題することや試験勉強することと同義と捉えているのです。あのときの苦行だったという勉強の原体験が、ある意味トラウマになっているそうです。

    「なぜ、そのトラウマを喚起してまで、読書しないといけないのか?」

    そう言われてしまうと、僕にも納得できることはありました。読書好きには、本を読むことはエンタメ=娯楽です。でも、読書が嫌いな人からすれば、読書は娯楽と認識されていなかったのです。

    理由その2 「時間がもったいないから」

    読書という行為は、時間が取られます。1冊読むだけでも数時間はかかります。ちなみに、僕は速読否定派です。

    「そんな時間をかける行為を、なぜしなくちゃいけないのかと。忙しくて本を読んでる場合じゃないですよ」

    そういうAさんに「では、暇なときは何をしてるんですか?」と聞いたら「ネット動画を見るか、ゲームをしていますね」との答えが返ってきました。

    読書好きの僕からすると、ネット動画を見たり、ゲームしたりすることのほうが、よほど時間がかかる気がするのですが……。

    ただ、まあ、これもわからなくはない理由です。読書好きを公言している僕だって、なかなか分厚い本で、それも上下巻セットだったりすると、自分で「読みたいな」と思って買ったはずの本なのに、読み始めるのに気後れする場合があります。

    実際に読み始めてしまえば、ぐんぐん進んでいって、その気後れも徐々に減っていくのですが、読む前にためらってしまう気持ちはわかります。

    そもそも〈理由その1〉で書いたように、読書をつらいと思ってしまう人にとっては、なかなか越えられない壁なのかもしれません。

    「つらいうえに、それが長時間かかるんでしょ? そんなことを、なぜ自分からしなければならないのか、ということですよ」

    そう言われてしまえば、確かに返す言葉がありません。

    理由その3 「楽しくないから」

    そこで僕は、Aさんに言いました。

    「本を読むことを、学生時代に強いられた受験勉強と切り離して考えてみるのはどうでしょうか?」

    読書=エンタメ。そう捉え直してみると、もしかしたら読書だって、難しいゲームをクリアするのと同様に、苦痛ではなくなるかもしれません。ゲームなら長時間やれるように、読書もエンタメだと思って向き合えば、時間をもったいないと思わなくなるはずです。

    そうしたらAさんから、こう答えが返ってきたのです。

    「だって、ゲームほど楽しくないじゃないですか、読書って」

    本では、ネット動画や、ゲームほどのエンタメ感を得られない。そう返されてしまいました。なぜ、そう思うのだろうか? Aさんの答えを聞いて、僕はなぜだか考えてみました。僕にとって読書はエンタメなのに、なぜ読書しない人にとってはエンタメにならないのか、楽しく感じないのだろうか、と……。

    すると、Aさんから次の答えが返ってきたのです。

    理由その4 「書き手が知らない人だから」

    つまり「なんで、よくわからない人の意見を、いちいち聞かなきゃいけないのか?」ということです。

    知っている人や好きな人の話だったら、積極的に聞こうとは思いますが、本の書き手は、読者にとって大部分が知らない人です。そんな知らない人の私見や、勝手につくったストーリーを押しつけられても、それをわざわざ手に取って、自分の時間をかけてまで読もうとは思わない、ということらしいのです。仮に、それが面白いものだとしても。

    ちょっと待てよ、と思いました。だったら、ネット動画やゲームはどうなんだと。

    Aさん曰(いわ)く「ネット動画は好きなトピックで検索し、その検索で引っかかった動画を見て、その動画をつくっている人(ユーチューバー)に興味が出たら、その人の動画を何個も見る」そうです。

    では、ゲームは? ゲームだって、誰がつくったかは知らないじゃないか? Aさんに聞くと、こう答えが返ってきました。

    「ゲームはつくり手がわからなくても、そのゲームが楽しかったり、面白かったりすれば、それが伝わってきます」

    つまり、それが面白いと思えるためには、ビジュアル(光景)が必要だということなのです。原則、本だと活字しかありません。本に書かれたビジュアルは、活字やその集合体である文章から、自分でイメージ(想像)する必要があります。その文章からビジュアルをイメージするという行為が〈理由その1〉の「つらい」につながるのです。

    学生時代の原体験から、読書=苦行という認識になったままだから、文章からイメージすることが面倒に思えてしまう。あるいは、その能力が、本を読む人より減退しているのかもしれません。

    では、マンガはどうなのでしょう。マンガは、ビジュアルが初めからあります。でも、これはあとで知り合いの編集者から聞いたのですが、今やマンガも若い人には昔ほど読まれていないそうです(それはそれで、また衝撃でした)。

    なぜなら、そのビジュアルが勝手に動く、アニメがあるから。ビジュアルが動いて(喋ってもくれる)コンテンツがあるのに、なぜ動かないビジュアル=マンガをいちいち読まなきゃいけないのかということです。マンガですらこうなのですから、そもそもビジュアルを自分でいちいち想像しなければいけない本を、なんで読まなきゃいけないのかと思う気持ちはわかります。

    ここまで、4つの理由を聞いて、僕はなかなか衝撃でしたが、それでもまだ、なんとなく予想できる回答でもありました。少なくとも、読書しない人の本を読まない理由を、本が好きな僕が察すると「こういう答えが返ってくるだろうな」と想像できたものだからです。まあ、支持するかしないかはさておき。

    でも、Aさんから最後の5つ目の理由を聞いて、僕は驚愕してしまいました。

    僕にとって想像を超える答えが返ってきたのです。

    理由その5 「ネットのほうが便利だから」

    ネットのほうが便利。つまり「読書は不便」ということらしいです。今度こそ、僕は超特大の衝撃を受けました。

    僕には読書を、本を読むという行為を、今まで「便利か不便か」という枠で捉えたことがなかったからです。読書という行為の修飾語として、便利とか不便とか、そういう言葉自体を頭に想像したことが、僕には今までありませんでした。「楽しいか、楽しくないか」ならわかります。「面白いか、つまらないか」も理解できます。

    でも、Aさんにとっては、そもそも読書がそういう枠内のものではなかったということです。定義からして違ったわけです。

    衝撃を引きずったまま、僕はAさんに問いを続けました。

    「ネットのほうが便利って、どういうこと?」 

    すると、Aさんから、これまた衝撃的な見解が飛び出てきたのです。

    「だって、その本のストーリーを知りたければ、まとめサイトとか見ればいいじゃないですか?」

    「え、まとめサイト?」

    「そのほうが早いし、わかりやすいし、便利ですよ」

    例えば、ドストエフスキーの『罪と罰』が面白いと、誰かから聞いたとします。すると彼は『罪と罰』で検索し、そのまとめサイトを読んで、内容を理解するのだそうです。

    本そのものを読まなくとも、それで『罪と罰』のストーリーはわかるので、それ以上に何が必要なのか、ということでした。

    「まあ、それで『罪と罰』の面白さは、少なくとも理解できますよ。それじゃいけませんか?」

    彼の言いたいことはわかります。ですが……。僕は読書のすばらしさを、なんとか説明しようとその後も続けました。

    角田「いや、読書体験というのは、もっと全然違うものでさ」

    Aさん「え、何が違うんですか? 例えば?」

    角田「例えば、何気なく読み始めたら、面白いミステリーがあったとするよ。もう続きが気になって気になって、朝まで徹夜で読んじゃったりってことだよ!」

    Aさん 「そういうこと、ゲームでしたら、しょっちゅうあります!」

    本は楽しい以前に不便

    僕ら読書好きの多くは「本を読むと楽しいですよ、人生が変わるきっかけになりますよ」「直接できない体験や、会えない場所や時代の人とアクセスすることができるんですよ」と、本を読まない人に伝えたことがあると思います。

    でも、本を読まない人には、それ以前の問題なのです。読書のよさをいくら言われても、本自体にアクセスすることが面倒なのです。つらいし、時間がかかるし、楽しくないし、よくわからないし、不便だから。

    つまり、旅好きな人に「海外旅行は楽しいですよ」と言われても、成田空港に行くのが面倒だからという理由で行かないような。

    「いや、角田さんの言っていることは、なんとなくわかりますよ。海外旅行は楽しいんですよね。でも、成田空港って遠いじゃないですか? いちいち成田まで行くの、つらいし、時間かかるし、楽しくないし、よくわからないし、不便じゃないですか。なんでそうまでして、わざわざ海外に行かなきゃいけないんですか?」

    こういう感じで、海外に行く前に、そもそも空港に行く前で、彼らは読書を敬遠しているのでした。

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