木村紅美

「ゆうべ、ちらっと言ってましたけど。東京、いたことあるんですか」
「ええ、だれも自分を知らない街に住みたくなって。でも、ってまともな仕事に就けなくて。毎月、家賃を払えるかどうか綱渡り状態できつくて、あと、母が倒れたのでこっちへ戻りました」
「おれも、いたことあるんですよ、東京。似た感じでこっちへ戻りました」

3 thoughts on “木村紅美

  1. shinichi Post author

    あなたに安全な人

    by 木村紅美

    3.11直前に教え子をいじめ自殺に追いやってしまったかもしれない元教師の妙と、沖縄新基地建設反対デモの警備中にデモ参加者を不慮の事故で死なせてしまったかもしれない便利屋の忍。
    過去の出来事に苛まれるふたりは、「感染者第一号」を誰もが恐れる地で出会った。 人が人を傷つけ、傷つけられる世界で、「東京からの移住者」が遂げた謎の死をめぐり、ふたりの運命は動き出す――。

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  2. shinichi Post author

    「四十六年も生きてたら、もしもバレたら、あいつ死んでしまえ、と恨みを抱かれていそうな隠しごとって、ひとつやふたつしでかしているの、珍しくもないんじゃないの。わたしのは、ばれていないと思うけど」

    **

    けっして、顔は見あわせないで。互いの気配は、ときどき、幽霊がいるのかな、とでもびくっとさせるくらいに漂わせるのが理想です。

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  3. shinichi Post author

    第32回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞 受賞作品

    木村紅美 著
    『あなたに安全な人』

    https://www.bunkamura.co.jp/bungaku/winners/32.html

    選評
    「見えないモノから身を守るポッド 」/ 選考委員 ロバート キャンベル

     イルカが小群を組み、波の上を勢いよく跳んでいる動画を見た。解説のテロップには“Pod”という文字が表れ、瞬時に、そういえば、イルカの群れのことを英語でポッドという、ということを頭に浮かべた。たいそう剛健そうな隊形の割に、可愛いらしいネイミングだなと感心した。

     ポッドから連想するのは、えんどう豆の「サヤ」=podである。実を守り、育む役割を持ち合わせる自然界の機構である。育むこととはあまり関係ないが、ちょっと前まで人々はウイルス感染を避け、豆のサヤに似た隔離ポッドquarantine podというものを作りその中で過ごしていた。イルカの小群のように、目には見えないけれど、思わぬ方向から向かってくるかもしれない外敵から身を守る安定した圏域が出来上がるわけである。

     『あなたに安全な人』の著者は、人々の心に巣喰う漠とした不安に向かおうとしている。まるでコテで塗り上げ乾燥させた、並列的で短く区切られた壁のような文章で書き切っている。読みながら、わたくしは長く続く言葉の壁に見入り、喉の奥でいがいがするものを覚えた。文学作品、つまり物語だから当然ともいえるけれど、不穏としか言いようのないような感覚を理屈や説明抜きにひしひしと畳み掛けてくる。世界を覆う不均衡インバランスに声と形を与えようとしている点において、ひとまず高い評価に値する作品であることは間違いない。日々、自分の体に刻まれる無数の小さな引っ掻き傷を、あたかもページをめくりながら指で確かめるごとき違和と、納得感を得た。読後感は、けっして爽やかなものではない。

     ストーリーは、互いの名前は知っているがそれを使わず心の中では「女」「男」と呼び合う二人の、東北の一隅に建つ女の方の実家で過ごすソフトな逃亡生活を描いている。自分たちの自由と健康を奪おうとする勢力がすぐ目の前に迫っているわけではない。罪を犯し、それが知られ、行方を晦まさざるを得ない状況にもなっていないようである。

     四六歳の妙たえと三四歳になる忍は、偶然、それぞれの過去に起きた一件の辛い出来事によって引き寄せられるようにして出会った。周囲の目や声を遮断する独自の生活システムを編み出している。季節が一巡していくなかで、それぞれの観点で過去のトラウマを忠実になぞり、安全な場所で自分を守るのに必死である。

     漠とした不安と書いたけれど、妙も忍も、そもそも引き起こされた取り返しのつかない出来事について、責任を負わなければならないのか、曖昧な側面がある。妙は中学の国語教師であり、忍は警備員を務めていた。社会的な立ち位置が大きく異なる二人だが、それぞれの職場で一度だけ、仕事で要求される核心的な能力を問う場面で他者を傷つけ、本来守らなければならないその対象を死に至らしめたことの責めを負っている。物語は、ひととおり安定した日常が崩れ落ちたところから始まっている。

     人々を守り、または育むことに失敗したことを地域という「世間」が批難し、疎外する。安定をもたらすべきポッドの中で「ひとごろし」という空耳かもしれない声が聞こえ、落書きを書きつけられ、不穏と閉塞感に満ちた日々を規則正しく二人で乗り切ろうとする。ある程度の静けさと均衡は獲得できる。これ以上、主人公の頭上に不幸な礫つぶてが落ちてこないことを祈るような思いで読んでいた。

     小説を読みながら、わたくしは今生きなければならない社会のプレカリティ(precarity. 漠とした不安定さ)とも言える不穏な足どりがかいま見えた気がした。富める者も富めない者も、直面しなければならない社会の病理を基底から清潔に、かつ稠密に配置したフィクションの上から、指で触れ、感覚として追体験できる一冊である。けっして結ばれることのない他者同士の打算と孤独と生きる一種の才能は、行間にあふれ、混ざった色として目の前に現れるのであった。

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