日本語を学ぶ韓国の人たちと話していたとき、少し気になることばがありました。
「昨日明洞に行ったら、道がわからなくて困っている日本人の若い女がいたので、声をかけてみたんです。・・・」
私は「女」ではなく「女の人」、または「女性」と言ったほうがいいと思うと言います。なぜでしょうか。
新聞やニュースなどでは、加害者は「男」「女」、被害者は「男性」「女性」、というように使い分けをしているようです。類語辞典によれば、「女」は「全くなんという女なんだ」というように、女性を軽んじた使い方がされたり、時には、上品な感じを与えない場合があるとのことなので注意が必要です。「明洞で若い女がいた」の「女」の言い方が気になったのもそのような理由からだと思います。犯罪者でもなく、特にみんなから嫌われるような嫌な人でもない、具体的にある個人を指して話すときには「女」ではなく「女性」または「女の人」がいいと思います。
「男」の場合も同じで、「きのう彼女が連れてきた男は・・・」と言うと彼女の浮気相手?と誤解されないとも限りませんので、「きのう彼女が連れてきた男性(男の人)は学校の先輩です」と言いましょう。
「広げよう!日本語ことばの世界(10)
「女」を表すことば
日本交流基金ソウル日本文化センター
https://www.jpf.or.kr/index/data/file/publish/3551154630_AF2zE3Io_201410.pdf
日本語を学ぶ韓国の人たちと話していたとき、少し気になることばがありました。
「昨日明洞に行ったら、道がわからなくて困っている日本人の若い女がいたので、声をかけてみたんです。・・・」
私は「女」ではなく「女の人」、または「女性」と言ったほうがいいと思うと言います。なぜでしょうか。
まずは「女」を表すことばにはどんな語彙があるか、類語辞典の「女」の項目を引いてみました。
「女」の他に「女の人」「女性」「女子」「婦人」「婦女」「婦女し子」「おなご」「ウーマン」「レディ」「ミス」「ミセス」「マダム」、もっと若くなると「女の子」「少女」「乙女」「ガール」「ギャル」ということばが次々と出てきます。最近の女性誌には「オンナ」、さらに「メス」ということばも使われていると聞いて、動物のメス(雌)がついに人間にまで使われるようになったのかと驚くばかりです。
では、ここで問題です。次の( )の中に「女」を表すことばを入れてみてください。
上記①の問題のように、新聞やニュースなどでは、加害者は「男」「女」、被害者は「男性」「女性」、というように使い分けをしているようです。類語辞典によれば、「女」は「全くなんという女なんだ」というように、女性を軽んじた使い方がされたり、時には、上品な感じを与えない場合があるとのことなので注意が必要です。「明洞で若い女がいた」の「女」の言い方が気になったのもそのような理由からだと思います。犯罪者でもなく、特にみんなから嫌われるような嫌な人でもない、具体的にある個人を指して話すときには「女」ではなく「女性」または「女の人」がいいと思います。
「男」の場合も同じで、「きのう彼女が連れてきた男は・・・」と言うと彼女の浮気相手?と誤解されないとも限りませんので、「きのう彼女が連れてきた男性(男の人)は学校の先輩です」と言いましょう。
ただ「女」「男」がいつもネガディブな意味をもつ訳ではありません。男女の性別を意味し対になる言葉として「女湯」↔「男湯」、「女物」↔「男物」、「女手」↔「男手」、(「女手一つで5人の子供を育てた」)、などがあります。
「女」より改まった言い方が「女性」です。辞書には「人の性別のうち、子供を産む能力をもつ方、一般には成人した人とか、とても女子とは言えない人の中にもあえて「女子」と表明する人もいるとか議論は尽きません。この私もとっくに「女子」などとは恥ずかしくてとても口にできない年齢ではありますが、先日、同年代の韓国人の友人とごはんを一緒に食べたときのことです。その友人が、「主人も来たがっていたけど今日は『女子会』だからと言って断ったの」とユーモアたっぷりに話す流暢な日本語を聞いて感心してしまいました。
また、「女子」は女性用の意味で使われています。(「女子更衣室」、「女子トイレ」、「女子寮」など) 「婦人」は女性より多少古めかしく、より改まった語です。(「婦人の地位向上」、「家庭婦人」、「婦人団体」など)衣類を男女で区別する場合は、婦人服 / 紳士服あるいはレディース / メンズと言います。(レディース下着、メンズウェアなど)
最近ブームになりマスコミを大いに賑わしている流行語に「女」、「女子」、「ガール」が後ろにつくことばがあります。
・歴女(歴史が好きな女性)
・リケ女(理系の女性)
・ドボ女(土木関係の仕事をする女性)
・野球女子(プロ野球ファンの女性)
・肉食系女子(恋愛に積極的 な女性)
※草食系男子は恋愛に消極的な男性
・カメラ女子(出かけるときにはいつもカメラを持っていて、被写体を見つけるとすぐにカメラに手をやりシャッターを切る女性)
・山ガール/釣りガール(おしゃれなファッションで登山やつ釣りを楽しむ女性)
・囲碁ガール(囲碁を楽しむ女性)
これはほんの一部ですが、これらのことばから今の日本の若い女性たちの姿が何となく想像できるのではないかと思います。
たとえば野球女子。プロ野球ファンといえば、生ビール片手に相手チームに野次をとばすおじさんたちをイメージしてしまうのですが、その場所に今は若い女性が大勢つめかけてお気に入りのチームに黄色い声援をあげているとか。また、これまではヘルメットをかぶり工事現場で働く土木系の仕事は男の職場であったはずなのですが、今はそこに若い女性の姿が見られるようになり、男性並みにばりばり仕事をしているそうです。登山にしても囲碁にしても、どちらかといえば男性の多かった世界にどんどん女性が登場してきているのが現在の日本の姿のようです。「大和撫子」、「良妻賢母」などということばは少し遠のいてしまった感じがします。
「ウーマン」という外来語も「キャリアウーマン」、「ウーマンパワー」などのことばがありますが、最近流行したことばに「ハンサムウーマン」があります。自立した勇気ある男性にも劣らない仕事をするかっこいい女性とでも言ったらいいでしょうか。「女性が輝く社会の実現」が掲げられている今の日本の社会、女性の活躍を大いに期待したいと思います。もちろん、「負けるな!日本男子!」
今回、「男」を表すことばについてはあまり触れることができませんでしたが、「○○男子」なることばもいろいろあります。辞典などで意味を調べてみると何か面白いことが発見できるかもしれません。
「男」と「女」
森の暇人
東京経済大学
http://web.tku.ac.jp/~juwat/journal4-85.html
・テレビのニュースでは事件の容疑者の性別に「男」「女」をつかっている。たとえば、「殺人の容疑で逮捕されたのは〜。この女(男)は………」といったようにだ。実際、いかにも悪いことをしたヤツという印象を受ける。いつからこうなったのかはっきりしないが、最近変えたのだとしたら、それ以前は何と言っていたのだろうか。とにかく、この呼び方、特に「女」が気になって仕方がない。もちろん不快にである。
・ニュースでは容疑者と区別して、被害者には「女性」「男性」という呼び方をするから、「女」「男」は明らかに敬称なしという扱いである。しかし、新聞で読むぶんにはさほど気にならないのに、耳からはいる「おんな」「おとこ」からはどうしても、侮蔑や叱責のニュアンスを感じてしまう。読むと聞くの違いか、あるいはアナウンサーやキャスターの読み方の問題なのだろうか。
・僕が気になるのは、容疑者の人権といったことではない。「女」と「男」ということばの扱いかたについてである。これではニュートラルな意味での「女」「男」の使用を躊躇せざるをえない。「女性」「男性」を使えばいいではないかと言われるかもしれないが、僕は以前から「性」をつけることの方に抵抗感をもっている。
・「ウーマンリブ」の運動が社会的に認知されたときに、「ウーマン」は「婦人」や「女性」ではなく「女」なんだと教えられたし、丁重な言い方が隠す蔑視や差別の意識の方が問題なんだということにも気づかされた。たとえば、排泄の行為を直接示す「便所」の代わりに「手洗い」が使われたり、「トイレ」や「レスト・ルーム」が使われたりする。しかし、ことばを婉曲的にしても、それが指すこと、示すもの、あるいは行為に変化があるわけではない。
・確かに「女」には、男にとっての「性の対象」(いい女)、あるいは「男の所有物」(俺の女)といった使い方がある。「あの女」と言ったら、そこには敬意は感じにくいかもしれない。しかし、「いい女」「あの女」は誰がどこで誰にどんなふうに言うかによって多様だし、「俺の女」は所有物として考える男の意識の方が問題なのである。
・ニュースでの「男」「女」の使い方は、こういったニュアンスを無視して、叱責ばかりを強調する。このような使い方が定着すると、「男」「女」は「便所」と同じような使いにくいことばになってしまう。僕はあくまで抵抗して、「男」「女」を使うつもりだが、いったいいつまで可能なのだろうか。
・そんなことを考えていて、今まで見過ごしていたことに気づいた。「ウーマンリブ」が「フェミニズム」と名前を変えた理由は何だったのだろうか。一部の人たちの運動から一般的な意識への広まりにともなった婉曲的な言いかえだったのだろうか。ちょっと調べてみたくなった。「フィメイル」や「メイル」には「雌」「雄」という意味があって、人間以外にもつかわれる。英語のニュアンスとしてはどうなのだろうか。
・ついでに「性」に関連して、気になっていることをもう一つ。院生や若い研究者がやたら「〜性」ということばを使いたがる点だ。たとえば「関係」と言わずに「関係性」と言ったりする。「男と女の関係」ではなく「男と女の関係性」。ここにどのような意味の違いがあるのか、よくわからない場合が多いのである。「性」をつけるとそれらしく感じられるということなのだろうか。一種のアカデミックな婉曲語法なのかもしれない。しかし、これははっきり言えば「曖昧さ」と「深遠さ」の取り違えである。僕はこんな使い方にも不快感をもってしまう。