shinichi Post author17/01/2023 at 3:53 am モリス・チャン ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/モリス・チャン 張忠謀(Morris Chang)は、台湾積体電路製造 (Taiwan Semiconductor Manufacturing Company (TSMC))の創業者であり、元会長兼CEO。 張は浙江省寧波市に生まれた。若い頃は、小説家かジャーナリストを志望していたが、鄞州政府の役人だった父親の説得で、それを諦めた。国共内戦中で中華人民共和国が成立する1年前の1948年、張は香港に移住した。 その翌年にアメリカ合衆国に渡りハーバード大学に入学した。2年生の時にマサチューセッツ工科大学(MIT)に編入し、1952年にMITで機械工学の学士号、1953年に修士号を取得した。1955年、Ph.D.を取得せずにMITを卒業し、当時シルバニア・エレクトリック・プロダクツの半導体部門だったシルバニア・セミコンダクタに採用された。その3年後の1958年に、当時急成長していたテキサス・インスツルメンツ(TI)に転職した。その3年後、彼は同社のエンジニアリング部門のマネージャーに昇進した。1964年にスタンフォード大学で電気工学のPh.D.を取得した。 テキサス・インスツルメンツでの25年のキャリア(1958 – 1983年)の間に、TIの世界的な半導体事業を担当するグループ・ヴァイス・プレジデントまで昇進した。ライバルとなるSMICの創業者の張汝京はTIで当時部下だった。その後、TIを退職し、ジェネラル・インストゥルメントの社長兼CEOに就任した(1984年 – 1985年)。 張は1985年にジェネラル・インストゥルメントを退職した後、中華民国の政治家孫運璿に招聘されて工業技術研究院(ITRI)の董事長兼院長に就任し、国営の非営利団体の代表として、台湾の産業と技術の発展を促進する役割を担った。 張は1987年にTSMCを設立した。これ以降、製造能力をアジアにアウトソーシングすることに価値を見出す企業が増えるようになった。間もなく、TSMCは世界で最も収益性の高い半導体メーカーの一つとなった。張は1994年にITRIの職を辞し、1994年から2003年までヴァンガード・インターナショナル・セミコンダクタの会長に就任し、同時にTSMCの会長を務めた。2005年、TSMCのCEOの地位を蔡力行(リック・ツァイ)に譲った。 2009年6月、張はTSMCのCEOに復帰した。2018年6月5日、張は退任を発表し、CEOに魏哲家(C.C.Wei)、会長に劉徳音(Mark Liu)が就任した。張は2018年9月に卿雲勲章一等特種大綬を受章した。 2018年、張は中華民国(台湾)のAPEC総統特使に任命された。張の任期は2回目で、最初の任期は2006年だった。 Reply ↓
shinichi Post author17/01/2023 at 4:38 am (sk) 1931年に浙江省寧波市で生まれ、鄞州政府の役人だった父親の説得で1948年に香港に移住。その後1949年にアメリカに渡り成功したあと、台湾に行き世界一の半導体会社を興す。 第1次国共内戦の最中、満州事変が起こった1931年に生まれ、抗日戦争、第2次国共内戦と、17歳までを戦争のなかですごしたモリス・チャンにとって、中国も台湾もアメリカも、もちろん日本も、国家というものが信じるに足るとは思えいに違いない。 1931年に生まれた人には、山本富士子、ミハイル・ゴルバチョフ、山田洋次、ジェームズ・ディーン、いかりや長介、ボリス・エリツィン、曽野綾子などがいるが、2023年にモリス・チャンほどの影響力を持っている人はいない。 寧波、鄞州、香港、台湾。政治体制は違っても、中国であることに変わりはない。地図を見ると、そのことがよくわかる。 Reply ↓
モリス・チャン
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https://ja.wikipedia.org/wiki/モリス・チャン
張忠謀(Morris Chang)は、台湾積体電路製造 (Taiwan Semiconductor Manufacturing Company (TSMC))の創業者であり、元会長兼CEO。
張は浙江省寧波市に生まれた。若い頃は、小説家かジャーナリストを志望していたが、鄞州政府の役人だった父親の説得で、それを諦めた。国共内戦中で中華人民共和国が成立する1年前の1948年、張は香港に移住した。
その翌年にアメリカ合衆国に渡りハーバード大学に入学した。2年生の時にマサチューセッツ工科大学(MIT)に編入し、1952年にMITで機械工学の学士号、1953年に修士号を取得した。1955年、Ph.D.を取得せずにMITを卒業し、当時シルバニア・エレクトリック・プロダクツの半導体部門だったシルバニア・セミコンダクタに採用された。その3年後の1958年に、当時急成長していたテキサス・インスツルメンツ(TI)に転職した。その3年後、彼は同社のエンジニアリング部門のマネージャーに昇進した。1964年にスタンフォード大学で電気工学のPh.D.を取得した。
テキサス・インスツルメンツでの25年のキャリア(1958 – 1983年)の間に、TIの世界的な半導体事業を担当するグループ・ヴァイス・プレジデントまで昇進した。ライバルとなるSMICの創業者の張汝京はTIで当時部下だった。その後、TIを退職し、ジェネラル・インストゥルメントの社長兼CEOに就任した(1984年 – 1985年)。
張は1985年にジェネラル・インストゥルメントを退職した後、中華民国の政治家孫運璿に招聘されて工業技術研究院(ITRI)の董事長兼院長に就任し、国営の非営利団体の代表として、台湾の産業と技術の発展を促進する役割を担った。
張は1987年にTSMCを設立した。これ以降、製造能力をアジアにアウトソーシングすることに価値を見出す企業が増えるようになった。間もなく、TSMCは世界で最も収益性の高い半導体メーカーの一つとなった。張は1994年にITRIの職を辞し、1994年から2003年までヴァンガード・インターナショナル・セミコンダクタの会長に就任し、同時にTSMCの会長を務めた。2005年、TSMCのCEOの地位を蔡力行(リック・ツァイ)に譲った。
2009年6月、張はTSMCのCEOに復帰した。2018年6月5日、張は退任を発表し、CEOに魏哲家(C.C.Wei)、会長に劉徳音(Mark Liu)が就任した。張は2018年9月に卿雲勲章一等特種大綬を受章した。
2018年、張は中華民国(台湾)のAPEC総統特使に任命された。張の任期は2回目で、最初の任期は2006年だった。
(sk)
1931年に浙江省寧波市で生まれ、鄞州政府の役人だった父親の説得で1948年に香港に移住。その後1949年にアメリカに渡り成功したあと、台湾に行き世界一の半導体会社を興す。
第1次国共内戦の最中、満州事変が起こった1931年に生まれ、抗日戦争、第2次国共内戦と、17歳までを戦争のなかですごしたモリス・チャンにとって、中国も台湾もアメリカも、もちろん日本も、国家というものが信じるに足るとは思えいに違いない。
1931年に生まれた人には、山本富士子、ミハイル・ゴルバチョフ、山田洋次、ジェームズ・ディーン、いかりや長介、ボリス・エリツィン、曽野綾子などがいるが、2023年にモリス・チャンほどの影響力を持っている人はいない。
寧波、鄞州、香港、台湾。政治体制は違っても、中国であることに変わりはない。地図を見ると、そのことがよくわかる。