蒋立峰, 严绍璗, 张雅军, 丁莉

相对于“近代合理主义”,在古代史研究中是否可以提出“古代合理主义”?这是一个值得思考的问题。成吉思汗指挥其骁勇无比的骑兵队横扫亚欧大陆,所经之地,残垣断壁,满目疮痍。但若以亚洲史为中心,其西向扩张即被称为“打通了东西方交往的道路”,成吉思汗因此在亚洲史至少在东亚史上始终被视为历史英雄人物受到称颂。其他再如以欧洲史为中心评价十字军东征,以俄国史为中心评价彼得大帝的扩张等均如此。日本史方面对神功皇后、丰臣秀吉的西向扩张也是赞赏备至。这也许可称之为“古代合理主义”。这说明,人类的思维认识有一个发展过程,与生产力发展水平紧密联系。因此,古人与今人必然具有不同的社会观和价值观,在历史研究中应高度注意不能用今人的价值标准去要求、判断古人。还应注意的是,研究历史不能囿于国家史和地区史的视角,而应从更广阔的世界史的视角观察和思考,才能对历史事件或人物做出更准确的判断。
但是,古代社会决不是是非不分的混沌社会,其价值判断中也有明确的标准,如对正义与邪恶、仁道与霸道、爱国与卖国、忠贤与奸阴、开明与保守,显然都是褒扬前者,贬斥后者。同时,不能忽视古今相通的价值标准,如先进与落后和主权与人权。虽然对于某些特定的历史人物和事件不能机械地用先进和落后加以判断,但在总体上,先进与落后的区别是普遍存在的。简言之,顺应生产力发展要求、代表高端文化者谓之先进,反之则为不先进或落后。古代世界史上国家之间无休止的争战以及各类朝贡册封体制的建立,其目的均在于扩大和巩固国家主权(外在表现形式可能有所不同),而此起彼伏的农民起义则显然是为了争取以生存权为根本的人权。古代人虽然没有提出“主权”、“人权”的概念,但具有这样的思想和要求。如果失缺这样的判断标准,历史研究就失去了方向。
历史研究的基本原则是实事求是,这已成为中日共同历史研究的共识。实事求是就是要通过认真、深入的研究还历史本来面目,而不是通过研究去证明主观上欲刻意强调的事前准备好的“结论”。应先有研究后有结论,而不是先有结论后有研究。所以,事前设定好要通过共同研究来突出“中国对日本的强大影响”或“日本文化的独自性”显然都有悖共同研究的初衷。

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2 Responses to 蒋立峰, 严绍璗, 张雅军, 丁莉

  1. shinichi says:

    中日共同历史研究

    序章 古代东亚世界中的中日关系

    by 蒋立峰、严绍璗、张雅军、丁莉

    http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/pdfs/rekishi_kk_c.pdf

  2. shinichi says:

    「近代合理主義」に対し、古代史研究において、「古代合理主義」を提起することはできるだろうか。これは考えるに値する問題である。チンギス・ハーンはそのこの上なく勇猛な騎兵隊を指揮してユーラシア大陸を征服し、彼の通った跡は、廃墟となり、一面が破壊された。しかし、もしアジア史を中心とすれば、その西進拡張は「東西交流の道筋をつけた」と称され、チンギス・ハーンはそれによって、アジア史、少なくとも東アジア史においては、常に歴史上の英雄的人物と見なされ、たたえられている。そのほか、ヨーロッパ史を中心として十字軍の東征を評価する場合や、ロシア史を中心としてピョートル大帝の領土拡張を評価する場合なども、みなこれと同様である。日本史にあっては、神功皇后や、豊臣秀吉の西進拡張も非常に賞賛されている。これも「古代合理主義」と称してよいだろう。このことは、人類の思惟認識にはある発展のプロセスがあり、生産力の発展レベルと密接な関係があることを物語っている。このため、古代人と現代人は必ず異なる社会観と価値観を持っており、歴史研究において現代人の価値基準を古代人に求めたり、それにより判断したりすることはできないことに特に注意すべきである。さらに注意すべきは歴史研究は、国家史や地域史の視点に限定することはできず、さらに広い世界史的視点から、思考し考察しなければならず、そのようにしてはじめて歴史上の事件や人物に対してより正確な判断を下すことができるということである。

    しかし、古代社会は決して是非の区別がない混沌とした社会ではない。その価値判断にはやはり明確な基準がある。例えば正義と邪悪、仁道と覇道、愛国と売国、忠賢と奸陰、開明と保守といった組み合わせでは、明らかにいずれも前者が良きもの、後者が悪しきものである。同時に、古今に共通する価値基準を軽視することはできない。例えば、先進と後進、そして主権と人権である。ある特定の歴史上の人物や事件について機械的に先進とか後進という概念を用いて判断することはできないものの、しかし総体として先進と後進の区別は普遍的に存在する。簡単に言うと、生産力発展の要求に順応し、先端文化を代表するものが先進とされ、反対のものが先進的でない、あるいは後進とされる。古代世界史での国家間の止むことのない戦争と各種の朝貢・冊封体制の樹立、その目的はいずれも国家主権を拡大し確固たるものとすることであり(外見上に現れた形式はいくぶん異なるかもしれない)、あちらこちらで起きた農民の蜂起は明らかに生存権を基本とする人権を手に入れるためである。古代人は「主権」や「人権」といった概念を示しはしなかったものの、こうした思想や要求は持っていた。もしこうした判断基準を欠いたならば、歴史研究は方向を見失ってしまう。

    歴史研究の基本原則は実事求是であり、これは既に日中歴史共同研究の共通認識となっている。実事求是とは、つまり真剣に深く研究することによって歴史本来の姿を取り戻すことであって、研究により主観的に故意に強調したいと望む、事前に準備された「結論」を証明することではない。まず先に研究があり、後に結論があるべきであって、先に結論があり、後に研究があるのではない。このため、共同研究により「中国の日本に対する大きな影響」あるいは「日本文化の独自性」を際立たせようと事前に設定することは、いずれも明らかに共同研究の初志と矛盾する。

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