久野幸子

トマス・モア著『ユートピア』の第二巻で航海者ラファエル・ヒュトロダエウスが語るユートピア国は戦争のない平和で豊かな社会ではない。ユートピア人は「戦争を極端に嫌って」いながら、実は自国が戦争に負けることを最も恐れるため、常に戦う準備をしている。従って、ユートピア国とその友邦国が戦争に勝つためなら、ユートピア人はありとあらゆる戦略・謀略を用い、卑劣と思われる手段まで駆使することを厭わない。ユートピア人は、知性の力で敵に勝つことを自慢に思う。そこで、敵側の内部抗争を画策し、裏切りを煽る。戦闘に際しては外人傭兵を多く雇用するが、彼らが戦死することをこの世から極悪な人間を取り除くことになるから、「全人類から最高級の感謝を受ける」だろうとまで言っている。そもそも、この第二巻には「軍事について」という章があり、城塞の造りかたや突撃のしかた、武具や武器の使いかたなどについても詳しく語られており、この巻全体の約八分の一を占めているほどである。勿論、この章以外にも、戦争に関する記述は散在している。たとえば、この島の島名の起源となったユートプスは、武力を用いて原住民を平定、彼の国ユートピアを建国したと伝えられているし、このユートピア国には、「みずから起こした戦争で捕えられ」、奴隷として働く捕虜もいれば、前線で「祖国の勝利」を願い、戦争被害を減らそうと走り回る司祭たちもいる。そこで、ユートピア国はユートピア人にとっては理想国であったとしても、近隣諸国にとっては、恐ろしい隣国ということになる。そのような国をヒュトロダエウスは理想社会と呼んでいるのである。

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