沢木興道

  • 現実、現実と言うが、これみな夢である。夢の中での現実でしかない。死んでみれば、夢だったなとよくわかる。
  • 野鳥自啼花自笑、不干岩下坐禅人 - 野鳥はいい声を聞かそうと鳴くわけではなく、花も美しく思ってもらおうと咲くのではない。坐禅人も、悟りをひらくために坐禅しているのではない。 - みなただ自分が自分を自分しているのである。
  • たいていの人間は忙しい、忙しいと言っている。なんで忙しいかといえば、煩悩に使われて忙しいだけの話だ。坐禅していれば暇だ。天下一の暇人になるのが坐禅人である。
  • 作りものの世界は、いつでも変わるに決まっている。文化とは作りものが発達したにすぎない。だから文化とは悲劇なのだ。
  • 科学は人から貰い物の上に積み重ねがきくからどんどん進歩しよる。それに反し人間そのものは、人から貰い物はできないし、積み重ねもできないから、ちっとも良くならない。
  • あほが電子計算機をあやつり、のろまがジェット機に乗り、気違いがミサイルの発射ボタンをにぎっている。
  • しずかに落ち着いてよく読んでみれば、マルクスもエンゲルスも餌の分配の話でしかない。
  • 宗教とは何ものにも騙されない真新しの自己に生きることだ。
  • 人間の仕事を何もしないのが坐禅だ。
  • お釈迦様は私だけ悟ったとはおっしゃらない。有情非情同時成道なのだから。ところがみんなは、そんな連帯的悟りでは物足らない。個人持ちの悟り、ご利益。つまり「我」が好きなのだ。
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3 Responses to 沢木興道

  1. shinichi says:

    沢木興道老師の言葉

    「禅に聞け」

    http://tensekisha.com/sawaki_1.html
    http://tensekisha.com/sawaki_2.html

    野鳥自啼花自笑、不干岩下坐禅人ー野鳥は坐禅している人に、ひとついい声を聞かしてやろうと思って鳴くわけでもなく、花も人に美しく思ってもらおうと咲くのではない。坐禅人も、悟りをひらくために坐禅しているのではない。-みなただ自分が自分を自分しているのである。

    宗教とは何ものにもダマサレヌ真新しの自己に生きることである。

    凡夫は五欲六塵にウロタエテおる。そして好きだとか嫌いだとか、得したとか損したとか、エライとかエラクナイとか、金があるとかないとか、勝ったとか負けたとか。ところがそんなこと結局ナンニモナラヌということがわかって、そうして最後に「ナンニモナラヌ坐禅をタダスル」ということにゆきつかざるをえないのである。

    お釈迦様はおれだけ悟ったとはおっしゃらぬ。有情非情同時成道なのだから。ところがみんなは、そんな連帯的サトリでは物足らぬ。個人持ちの悟り、ご利益が好き。つまり「我」が好きなのだ。

    今の科学的文化は、人間のもっとも下等な意識をもととして発達しておるにすぎぬということを忘れてはならぬ。

    文化、文化と言うけれど、ただ煩悩に念が入っただけのものでしかないじゃないか。煩悩のシワが、いくら念が入っても、仏教から言えば、進歩とも文明とも言わぬ。いったいいま進歩、進歩と言うが、どっちゃ向いて進んでいるか。

    科学は人からモライモノの上にツミカサネがきくからどんどん進歩しよる。それに反し人間そのものは、人からモライモノできぬし、ツミカサネもできぬから、ちっとも偉うならぬ。だから頑是ない餓鬼が凶器をふりまわすような格好になって、危なうて仕様がない。

    あほが電子計算機をあやつり、ノロマがジェット機に乗り、気違いがミサイルの発射ボタンをにぎっておる。それが今日の問題なんじゃ。

    ツクリモノの世界は、いつでも変わるに決まっておる。文化とはツクリモノが発達したにすぎぬ。だから文化とは悲劇である。どこへいってもマチガイのないもの。これこそ生命あるものであり、かぎりない幅を持つものである。

    しずかに落ち着いてよく読んでみれば、マルクスもエンゲルスも「餌の分配」の話でしかない。

    たいていの人間は忙しい、忙しいと言うておる。なんで忙しいかと言えば、煩悩に使われて忙しいだけの話じゃ。坐禅しておればヒマである。天下一のヒマ人になるのが坐禅人である。

    人間の仕事を何もせぬのが坐禅である。

    現実、現実と言うが、これみな夢である。夢の中での現実でしかない。革命とか戦争とか言うと、ドエライことのように思うておるが、やはり夢の中のモガキである。死んでみれば「夢だったな」とようわかる。それを生きているうちにカタヅカナイのが凡夫というものである。

  2. shinichi says:

    澤木興道

    http://ja.wikipedia.org/wiki/澤木興道

    澤木 興道(1880年 – 1965年)は、日本の曹洞宗の僧侶。

    1897年に出家を志して永平寺に入り、1899年に出家するも、兵役に取られ、日露戦争に従軍して負傷する。退役後、佐伯定胤に唯識を学び、丘宗潭の命で熊本県の大慈寺に入り、旧制第五高等学校の生徒に坐禅を指導する。

    これより、各地の道場を転々とし、「移動僧堂」、「宿無し興道」と称された。1935年に總持寺後堂職となり、駒澤大学特任教授も兼任して、鎌田茂雄や酒井得元を始めとする学生の坐禅指導を行い、それまで選択科目であった坐禅を必修科目とさせ、徹底した坐禅教育を行った。 「何にもならんもののためにただ坐る」という只管打坐を貫き、その一生を通じて実践して見せた。

    現在、その思想、指導方法はアメリカのスタンフォード大学にある曹洞禅センターにも受け継がれている。
    このほかにも、栃木県の大中寺に天暁禅苑を、京都府の安泰寺に紫竹林参禅道場を開き、坐禅の指導に当たり、駒澤大学退任後は、安泰寺で弟子の内山興正と共に後進の指導に当たった。

    なお、駒澤大学の禅文化博物館には、禅堂より移転した澤木興道の木像が弟子の弟子丸泰仙の木像と共に安置されているほか、大学図書館には蔵書が澤木文庫として保管されている。

    遺体は死後に献体された。

  3. shinichi says:

    禅と心

    by ネルケ無方

    安泰寺

    http://antaiji.org/?page_id=7138

    釈尊は王位を捨てて出家したわけですが、6年間の猛烈な修行に行き詰まりました。しかし、還俗の道も選びませんでした。木の下に腰を下ろし、身も心も放ち忘れた…ここに仏祖正伝の坐禅の出発点があります。日本の仏教をこの正伝の坐禅に戻したのは道元禅師ですが、それが中世以降に再び乱れたため、沢木興道老師が20世紀にそれを再確認し、日本にそして世界に広げました。それは「心を観る“禅”」ではなく、本物の「タダ坐る禅」です。

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