Category Archives: attitude

荒勝文策

広島に原爆が投下された後の8月10日、荒勝文策は広島入りしている。当日、大本営が現地で開いた会議に仁科芳雄らとともに出席し、会議で新型爆弾は原爆と結論づけられた。同日夜に広島を出て京都に戻り、12日に持ち帰った土壌サンプルからベータ線を測定した。8月13日に再び広島でベータ線の特性を調査し、8月15日には、土壌の強い放射能などのデータから、広島の被害は原子爆弾によるものであるという報告を海軍に提出した(「広島被爆地土壌等調査結果及ビ判定ノ概要」)。この報告には、「核分裂ヲオコセル『ウラニウム』ハ約1kg」という分析結果があり、ほぼ正確に実態をつきとめていた。科学的な裏付けに基づいて、原爆投下を受けたという確信を日本側が持ったのは、このときが初めてであった。
なお、当時助教授だった木村毅一によると、広島から京都に戻る際、荒勝は京都に3発目の原爆が投下されるという噂(実際に米軍は京都への投下構想を当初より抱いていた)に接して「原子物理学者としてこれは千載一遇の好機だ。急いで比叡山の頂上に観測所を造って、原爆投下から爆発の状況など、あらゆる角度から、写真や計器を使って徹底的に観測してやろう」と述べたという。

Steven Pinker

Challenge a person’s beliefs, and you challenge his dignity, standing, and power. And when those beliefs are based on nothing but faith, they are chronically fragile. No one gets upset about the belief that rocks fall down as opposed to up, because all sane people can see it with their own eyes. Not so for the belief that babies are born with original sin or that God exists in three persons or that Ali is the second-most divinely inspired man after Muhammad. When people organize their lives around these beliefs, and then learn of other people who seem to be doing just fine without them–or worse, who credibly rebut them–they are in danger of looking like fools. Since one cannot defend a belief based on faith by persuading skeptics it is true, the faithful are apt to react to unbelief with rage, and may try to eliminate that affront to everything that makes their lives meaningful.

朝鮮半島

聖徳太子の師は慧慈という僧で
高句麗からやって来た
蘇我馬子の師は恵便という還俗者で
やはり高句麗からやって来た

蘇我氏が渡来人だとすれば
多くの天皇が渡来人の血を持つ
桓武天皇の母親は高野新笠という人で
祖先は百済からやって来た

ある者は 朝鮮半島からやって来た人たちから
教えを受けて
ある者は 朝鮮半島からやって来た人たちの
血を引き継いだ

朝鮮半島の人たちと私たちは
古くから交わってきたというのに
私たちは朝鮮半島を植民地にして
歴史を悲しいものにしてしまった

私は韓ドラを見て
キム・ゴウンだのイ・ユリだのと
知った口を利いている
今はもしかしたら うまく交わっているほうなのかもしれない

変人

相手が誰であるかなど関係なく
どんな大物であろうとも
意見が変だと思えば
とんでもないことを言ってしまう
そんな人の人生は難しい
でも そんな人がひとりでもいれば
社会は良くなる

熱中すると他のことは目に入らなくなり
思っていることをなんでも口にしてしまう
そんな人がひとりもいない社会は
淋しい

ネットとソーシャルメディアの前では
思っていることを言うのが難しい
普通に率直でいることが
とても難しい世の中にいて
私たちが私たちであるためには
変人になるしかないだなんて
そんな状況は
悲しい

反知性主義

知識人やエリートはいらない
近代合理主義の批判はしない
宗教や哲学を鵜呑みにしない
近代科学を無条件に信じない
合理的な思考の停止はしない
高度な知識を求めたりしない
現実を見なかったりもしない
政治家の言うことは聞かない
官僚が書いた文章は読まない
名演説に隠された嘘を見抜く
科学理論や理想論は無視する
人々の隠れた知性を肯定する
人が自由で平等とは思わない
文句は言わないで行動をする
反知性主義の流行に乗らない
現実を見つめ虚構を生きない
君の心を感じて愛を忘れない

選択

どんなことも自分で選択していると思っていても
遺伝子によって決められていると言われると
そうかもしれないなあと思ってしまう

今 この瞬間にも
起こることは起きている
起きたことは 自分の選択とは関係ないように見える

メニューを前にして 食べものを選び 飲みものを選ぶ
それは間違いなく選択だ と思う
ところがそれさえも遺伝子のせいだと言われれば そうかなあと思う

選択が自分の意思によるものでも 遺伝子のせいでも
選択した自分の運命を愛する
誰かのせいにはしない

運命というと 決まってしまっているものと思いがちだけれど
運命は選択で変えることができると信じる
そして選択に意味があると信じる

君が選択をする
僕が選択をする
神が選択をする

経験

経験 経験と言うけれど
経験は 成功や失敗の原因にはならない
経験に意味を与えても
経験は役に立たない

子供の頃の経験は役に立たない
学校での経験は役に立たない
バイトの経験は役に立たない
会社での経験は役に立たない

自分の経験は役に立たない
他人の経験も役に立たない
親の経験も役に立たないし
先生や上司の経験も役に立たない

うまくいったという経験も
失敗してしまったという経験も
経験から学んだといって 次に役立てようとすれば
おそらく 何か間違いをしてしまう

経験に左右されず
目的に合っているのは何か ということと
したいことは何か ということを考えて
将来を選び取る
そうすれば きっと いい判断になる

寛容 不寛容

寛容な人とか 不寛容な人とか いうけれど
寛容な人だって 落ち込めば不寛容になるし
不寛容な人も 元気な時は意外と寛容だ

ストレスがなければ寛容でいられるし
どんなピンチもチャンスに変えて
問題が起きても笑っていられる

ストレスを感じればバランスを崩し
傷つき 自信を失い 体調が悪くなる
仕事を続ければ失敗をしてしまう

ストレスが溜まればネガティブになり
楽しくなくなり 自分を責め 落ち込む
仕事ができなくなって追い詰められていく

ストレスで不寛容になるのは防衛本能の表れだから
危機的な状況で不寛容になって ‎自分を守っているのだ
ストレスをなくせば守ることもなくなり 寛容になる

不寛容になったら ストレスを減らす
心身が健やかなら衝突することもなくなり
トラブルも逃げていく

不寛容に気づいたら 休息をとる
反省などしてないで おいしいものをたべる
そして寝る
そうすれば 知らず知らずのうちに 寛容になっていく

もっともそれは一般論で
不寛容が心地いい僕は
寛容な人から離れるようにして日々をすごしている

**

それはそうと 寛大であるということが
 悪いことをした人を 厳しく咎めだてしない
ということだとしたら 寛大は
 悪くない人が 悪い人を 許す
ということになってしまう

許されることのない人に
寛大であるというのは
ただの思い上がりではないか

ただ違うというだけで 酷い目にあっている人に
寛大であるというのは
ただの間違いではないか

**

自分たちのことを寛容だと思いこんでいる人たちが
違うグループの人たちを
不寛容だと決めつける

もし寛容な私たちが
不寛容な人たちに 寛容でい続けたなら
私たちは不寛容な人たちに滅ぼされ
私たちの寛容も消えてゆく

もし必要ならば
たとえ力によってでも
不寛容な人々を抑制しなければならない

不寛容なあの人たちは
寛容な私たちの言うことを
欺瞞だといって批判する
議論に暴力で答えるかもしれない
だから寛容な私たちといえども
不寛容に寛容であってはならないという

自分たちが寛容だと思っている人たちが
不寛容には不寛容で立ち向かうという
不寛容と決めつけられた人たちも
自分たちは寛容だと思っていて
自分たちの寛容を守るために
不寛容と戦うという

寛容なんて はじめから
自分たちのコアに合ったものだけを許すということで
逆に言えば
自分たちのコアに合わないものは許さないということで
だから寛容などという言葉は
宗教のなかに閉じ込めておけばよかったのだ

寛容という言葉のように
正しい顔をして社会を歩き回る言葉が
社会を不寛容にして ほくそ笑んでいる
おぞましいとしか いえない

曖昧

私たちは誰も
決して白とか黒とかではない
そして
あっちでも こっちでもない

ある時は
白でも黒でもなく
また ある時は
あっちであり こっちでもある

いろんなことが
and だったり
or だったり
none of them だったりするのだけれど
でも多くの場合は
曖昧で
白か黒かよくわからず
あっちか こっちか よくわからない

君が はっきりしていて
僕が 曖昧なのか
君が 曖昧で
僕が はっきりしているのか

いや
君が 曖昧なら
僕も 曖昧なら
そして まわりもみんな曖昧なら
なにもかもが きっとうまくいく

すべてをはっきりさせれば
いいというわけではない
時には曖昧もいい
とてもいい

批判と非難

自分の考えに合わないからといって
誰かを批判するのは容易い
でも僕の考えなんて
他人を批判できるほど
立派なものではない
だから
批判はしない

ルールを守らなかったといって
誰かを非難するのは容易い
でも僕は
他人を非難できるほど
立派ではない
だから
非難はしない

批判なんて できない
非難なんて できない
そして 考えてみれば
愛するなんて できない
でも
君を愛している
止めることなく
愛している

自分を思いやる

自分を慈しむ
そうすることで
心の平静を保つ

負の感情を抱いてもいい
負の感情を否定しない
負の感情を責めない
ありのままに受け入れる

自分を追い詰めず
自分を思いやる
手を頬にあてる
顔をさする
手を胸にあてる
おなかをさする
手の圧を感じる
温もりを感じる

自分を思いやる
そうすれば
君を思いやることができる
そう
自分を思いやる
君を思いやる

わからないこと

できるとわかっていることをするのは
つまらない
できるかどうかわからないことをするから
おもしろいのだ

答えがわかっている問題を解くのは
時間の無駄に思える
答えがわからない問題を解こうとするから
わくわくするのだ

簡単な商談を成立させても
喜びはない
難しい商談を成立させて
喜びがわく

弱い相手に勝っても
嬉しくはない
強い相手に勝って
嬉しさがこみあげる

できるとわかっていることや
できないとわかっていることに
惑わされることなく
できるかどうかわからないことを
選んでやってゆく
そうすれば失敗も多くなるけれど
毎日は きっと楽しい
できることばかりやって
やることなすこと成功するより
ずっといい

想定外

想定外という

想定外だから仕方ない
思いもしないようなことは起こるものだ
はたして そうだろうか

想像できなかったという「想定外」がある
まったく想定しなかった「想定外」
「影響が敷地外に及んだ場合の防災」とか
「海外での反応が日本に及ぼす影響」を想定した人は
いなかったのではないか

想像はできたけれど想定していなかったという「想定外」もある
想定はしたのだけれど
対策を深く考えるには至っていなかったという「想定外」
「重大事故時の対応力の不十分さ」とか
「作業員確保」とか
「放射線廃棄物処分」とか
いろいろ浮かんでくる

安全対策を考える上で想定しないことにした「想定外」もある
想定はできたけれど
対策のための費用があまりにも高額だったために
考えないことにして
発生したら仕方ないなという「想定外」
「自然災害に対応する設計基準の低さ」などが
これに当たる

なんとか学会会長のような要職にある人が
「安全に対して想定外はない」などと言う
でも「想定外はない」などということはあり得ない
想定外はある
絶対にある

どんな仕事にもリスクマネージメントは重要だ
リスクマネージメントを真面目にやる
リスクマネージメントで手に負えない場合には 手を引く
「やらない」という選択をする

原子力発電所はリスクマネージメントで手に負えないから
もうやめる
リスクマネージメントをまじめにやれば
そういう結論になる

リスクマネージメントをまじめにやれば
想定外という言葉は消えてゆく
原子力発電所も消えてゆく

北欧

アイスランド には
セッタ レダスト(Þetta reddast)という言葉がある
大丈夫 なんとかなる たぶん うまくいく
そんな感じ
計画したところで
火山が爆発すればそれまで
細かいことを考えすぎずに
なんとかなると信じる

ノルウェー には
クーシェリ(koselig)という言葉がある
心地よい 幸せな気分になる
そんな瞬間のすべて
暖炉の前でホットワインを飲みながら
好きな人と談笑する
ふわふわのクッションに身を任せ
うつらうつらする

デンマーク には
ヒュッゲ(Hygge)という言葉がある
温かで心地よい空気
温かで心地よい天気
うららかな春の日に
草の上に寝転んだり
小春日和の秋の日に
落ち葉の上を歩いたり

スウェーデン には
ラーゴム(Lagom)という言葉がある
多すぎず少なすぎず
ちょうどいい感じ
程々に働き
程々に稼ぎ
程々の家に住み
程々に楽しむ

フィンランド には
シス(SISU)という言葉がある
困難に立ち向かう勇敢さ
逆境を乗り越える力
静寂のなかで
謙虚に考える
失敗を受け入れ
チャンスと捉える

日本 には
なるようになる という言葉がある
なるようになるし
なるようにしかならない
時の流れに身をまかせ
君とすごす
考えすぎることなく
君を想う

気宇

美しいものがあったら
まずは見る
触れたいとも思う
でもあえて
よく見ないで
触れないで
心で感じてみる

美しいものを
心で感じる

すべてを受け入れる
許す
忘れてしまう

すべてはゲームだ
ゲームだから負けない
ゲームだから楽しむ
ゲームだから終わりまでやりきる

生きる
死ぬのだから生きる
死ぬまで生きる

鈍感になる
どうせ大したことはないのだから
気にすることはない

街に出る
PC のスクリーンを見てないで
人のいる街に出る

愛する
なにも期待しないで
ただ愛する

自然に従う
本能に従う
哲学を持たない
理想を持たない
夢を信じる
自分を信じる

感謝する
ありがとうを伝える
君に伝える

肉食

私たちは肉を食べることに
どこかうしろめたさを感じ
肉食の喜びを素直に表現することを
ためらってきた

肉食が不道徳と思う聖職者たちは
菜食を掲げ
殺生を悪として戒めた僧侶たちは
肉食を禁じた

天武天皇の「肉食禁止令の詔」に
 牛は田畑を耕すから
 馬は人を乗せて働くから
 犬は番犬となるから
 鶏は時を知らせるから
 猿は人間に似ているから
 農耕期には食べてはいけない
と書いてある

今 世界を見渡すと
肉の大量消費に抗議するという
政治的な菜食主義者がいる
穀物や野菜や果物のほうがいいという
積極的ベジタリアンもいる

肉を食べるという行為が
殺人や苦しみや利己主義につながる気がして
というか もっと単純に
肉を食べるのは
道徳的に間違っていると感じて
それで
悪としたのか

肉食は悪 菜食は善
肉食の擁護者は醜い
菜食の擁護者は美しい
そんな考えが正しいのか

食べるために生き物を殺すのは
仕方がないのだといって
死ぬ苦しみが小さいように殺すとか
死にゆくものに感謝の祈りを捧げるとか
そんな気休めで ごまかしてゆくのか

工業畜産という現実から
目をそらせていて いいのか
肉食はやっぱり
悪ではないのか

そう言いながらも
君が肉をおいしそうに食べるのを見て
僕も肉が好きだと言った
小さな声で言った

上から目線

ノーベル賞を授与する人たち
勲章を授与する人たち
そんな人たちの持つ権威
権威という 上から目線

レストランを格付けするミシュラン
企業を格付けするムーディーズ
そんな格付けする会社の非公開の基準
非公開の基準という 上から目線

上から目線たちは みんな
身近な話より大きな話を好む
大きな話はいつも虚ろで
それなのに危険な力を持つ

上から目線たちは なぜか
おだてられ 持ち上げられて
自分たちのことを錯覚し
錯覚はいつか 現実になってしまう

上から目線たちは 良識を振りかざし
同じ行動をとらない人たちを批判する
個人的な嗜好を犯罪に仕立てあげ
自由な行動を抑圧する

官庁や軍で働いていたり
学校や党に属していれば
上から目線が身に付いて
ものを平らに見れなくなる

何にも作らず 富も生まず
もっともらしい話を作るだけの
上から目線は手に負えないけれど
ひとつのことに気がついた

なにも知らないから 上から目線なのだ
だから他人を馬鹿にするのだ
だから他人を批判するのだ
だから他人を否定するのだ

でも 気にすることはない
上から目線は いつか覆される
自分たちの現実がわからないまま
いつか すべてを失う

自分

自分は尊い
ひとりの人間として尊い
他人より自分のほうが尊いというのでなく
もちろん自分より他人のほうが尊いというのでもない
自分は他にいない唯ひとりの人間として尊い

財産や地位があるからとか
能力や学歴があるからとか
障害者だからとか健常者だからとか
他人と比べて立派だとか そういうことではなく
唯ひとりの人間として尊い

だから自分を大切にする
自分を大切にできれば 他人を大切にできる
そして自分に優しくする
自分に優しくできれば 他人に優しくできる
他人に優しくできれば 自分に優しくできる

そんなふうに考えてみて
やっぱり自分らしくないと思った
自分らしいのは
 自分は尊い
ではなく
 自分は尊くなんかない

 
自分は尊くなんかない
自分は何人でもない

模倣

昔は
 日本企業は模倣が上手い
と言われた
今は
 中国企業は模倣が上手い
と言われる

なにかが変わったように見えるけれど
国の名前が変わっただけで
実はなんにも変わっていない
模倣する側が強くなり
模倣される側が弱くなる

トヨタは Ford の真似をして
富士通が IBM を模倣したように
美団点評は Groupon の真似をして
校内網が Facebook を模倣する

もしも模倣が簡単ならば
みんなとっくにしているはずだけど
SNS でテキストをコピーするのと違って
じつは模倣は大変で
そんな簡単にできるわけではない

模倣して成功するのは至難の業で
製品の模倣だけではダメだとばかり
プロセスや考え方まで模倣して
やっと成功しても賞賛はなく非難ばかり

模倣は確かにズルいけれど
模倣なしで成長した企業はひとつもない
修破離の修が 模倣から始まるように
どんな事も 真似や模倣が基本になる

真似や模倣という基本の上に
情報収集 と 分析 と 意思決定 と 資源の投入 と
そして タイミング と 運 とがあって
やっと 模倣が成功する
ただ模倣したものを量産しただけでは
オリジナルに比べて劣ったままで終わる

ジェネリック医薬品のように
先発医薬品と有効成分を同じにするという
ただそれだけの模倣をしていたら
いつまでも先発医薬品には追い付けず
追い越す日が来ることはない

模倣が成功したその日から
模倣した側は模倣される側にまわる
その循環で製品が良くなり
付随したサービスも向上する

模倣をするにも覚悟が必要で
オリジナルへの尊敬と尊重も必要で
模倣されることへの準備も必要で
だから模倣も大変なのだ

模倣は模倣でしかない
模倣は越えなければ意味がない
模倣の殻を破った先にあるものは
きっと 素晴らしいに違いない

働き方

勤め先への忠誠が一番だと思う人が
大事な仕事を任されたならば
運がいいと思って大喜び
仕事はなにより優先で
家族のことなど二の次になる
プライベートなことはキャンセルし
体調を崩しても出勤し
趣味も持たずに仕事して
無駄口をたたかず仕事して
上司をおだて 客先を持ち上げ
自分のためより勤め先のためと
がんばり続けるのがあたりまえ
アウトプットが出せれば幸せだなんて
そんなスタイルで働くのは勝手だけれど
それを押し付けられたらたまらない

勤め先のことなんてどうでもいい人に
大変な仕事がまわってきたならば
やらなければならないなんて思わずに
ムキになったり悩んだりせずに
いい加減な仕事をすればいいと考える
ズルをしたって 誤魔化したって
そんなに悪くはない
仕事と関係ないことを話したり
たわいもない噂話をしたり
少しだけサボったりだなんて
誰でもやっているではないか
自分のスタイルで働くのは勝手だけれど
それをいいとは認めたくない

10人いれば10通りの働き方がある
一人一人に合ったやり方がある
これこそが働き方だなんていうものがあったら
そんなのは無視すればいい
それなのに
働き方改革なんていうものができて
働き方改革を推進するための法律までできて
こうしなきゃいけないとか
ああしなきゃいけないとか
うるさいこと限りない

誰も見ていないところで静かに目を閉じて
考えをまとめたい人もいれば
みんなで集まって会議をしなければ
なにも浮かんでこない人もいる

先生だって ズルぐらいするけれど
ズルのできない先生もいる
社長は社員のことを考えるものだけれど
社員のことを考えない社長もいる

犯罪者を追っている警察官だって
休みたい時は休むだろうし
追われている犯罪者だって
走り続けてるわけじゃない

『1984年』に描かれた社会になったって
どんなに監視されたって
サボりたい人はサボり
遊びたい人は遊ぶ

それがその人のやり方だ
なにも変えなくていいじゃないか
そう言いたいところだけれど
そんな資格は僕にはない

すべてが僕には関係ない
うらやましいのか
うらやましくないのか
僕はもう 働いてはいない

儀式

男の人が店の入口で アルコールの消毒液を手に吹きかけながら
 これは儀式のようなもので
と言った

 気休めよ
と女将が奥から言った

 気休めの儀式か
と僕は思った

百年に一度の

百年に一度の危機だという
実際 私たちはたくさんの 百年に一度 に遭遇する

百年に一度のパンデミックが到来した
百年に一度の大雨が降った
百年に一度の山崩れが起きた
百年に一度の洪水に見舞われた
百年に一度の台風が来た
百年に一度の地震が発生した
百年に一度の津波が起きた
百年に一度の経済危機だ
百年に一度の恐慌だ
百年に一度の大変革期が始まっている
ニュースからは たくさんの 百年に一度 が溢れ出る

百年に一度の災害が日常的に起きる時代だという

毎年いくつもの 百年に一度 がやって来て
百年に一度の後には
新しい状況が 新しいあたりまえになる

なにかちょっとしたことがあると
百年に一度の脅威だといって騒ぐ
本当にそうだろうか

ほとんどの人は100年も生きないので
百年に一度は 一生に一度という意味なのだろう
遺伝子に危機が記憶されている とはいっても
自分が経験したかどうかは やはり大きい
だから 百年に一度は
自分が経験したことのないほどの
ということなのかもしれない

なにが起きても 生まれてからはじめてのことだから
みんな 百年に一度 になる

被害者に寄りそう
被災者の心に寄りそう
罹災者の気持ちを考える
そんなことを言う人に限って 隣国の危機には冷たい

人は 地球の反対側で起きたことまで 心配していられない
海外で起きたことまで 心配していられない
他県で起きたことまで 心配していられない
他の町で起きたことまで 心配していられない
誰にも日々の暮らしがあって 生活を続けなければならないから
他人のことまで 心配していられない

でも日本という括りのなかでなにかが起きると
ニュースは容赦なく情報の洪水を起こし
百年に一度を連呼する

百年に一度に慣れきってしまった私たちは
大変な時代だなと考えることにも慣れきっている

なにごとにも慣れ切った私たちは
怯えることにも慣れ切って
自分にも慣れ切って
生きている

死なない

学者や役人やジャーナリストは
正確な資料や統計をもとに発言しているという
だから正しいと
だから耳を傾けろと

でも私の唇は
そんな専門家による議論はほとんど当てにならないと
その通りにしていたらろくなことはないと
そうささやく

だから 自分の実感を信じ 自分の判断を信じ
自分の行動は自分で決める
そして
自分で決めたことは自分で責任を持つ

もしそれでシベリアに送られてしまったら
塀のなかに閉じ込められてしまったら
そこでの生活を楽しみ 死なない
少なくとも心は死なせない

得たあとに

取れそうもないと怖気づいても
最高のものを出して
いいところを見せて
取れちゃったりして
でも最高のものを出し続けて
いいところを見せ続けなければ
獲得したものは手の中から
するりと逃げていってしまう

無理をして獲得したものには
それだけの価値がある
背伸びしてやっと掴んだものは
守り抜かなければならない
最高以上のものを出して
獲得したものを輝かせ
いいところを何倍にもして
掴んだものを抱きよせる

なにをしても無理なのに
どうせ掴めないものなのに
そんなことを言っていた人たちに
できたということを見せなければ
たどり着くその先に見える
誰も見たことのない景色を
いつか見るために
そして君に見せるために

僕を見る目

マスクをしない僕を見る目は
非難に満ち溢れている
非国民といって
ののしっている

みんなでマスクをつけて
もう一度
敗戦国になってしまえ

シベリアは寒い

シベリアに抑留された人たちは
苛酷な状況のなかで純粋になり
高潔になっていった
その人たちは確かに運が悪かった
けれども不運さゆえに、不幸さゆえに
純粋さと高潔さは際立つ
その人たちがたどり着いた高みは
私たちにはたどり着けない

官庁で高い地位に上り詰めた人たちは
嘘をついたり誤魔化したりしているうちに
醜くなっていった
その人は確かに運が良かった
けれども幸運なのに、幸せなのに
嘘と醜さが際立つ
そのたち人がたどりついた場所は
見かけだけでさもしいばかり

苛酷な状況のなかにいても
汚く立ち回った人たちがいる
でも、官庁の高い地位にいて
純粋さを保った人はいない

Soo Kim

Sweden’s death rate is more than twice as high as that of the U.S. (around 5.8 percent), the current epicenter of the outbreak which has the highest death toll in the world, and of China (around 5.5 percent), where the virus was first reported in the city of Wuhan.
The country has sparked controversy for its seemingly relaxed approach to combating the pandemic by surprisingly choosing not to impose a nationwide lockdown, while many of its European neighbors, including across Scandinavia, have done so.
The country has reported more than 21,000 confirmed cases, including nearly 2,500 fatalities. Its death rate is nearly six times as high as that of Norway (nearly 2.6 percent) and nearly triple that of its other Scandinavian neighbors Finland (nearly 4.2 percent) and Denmark (nearly 4.9 percent).
The death rate in Iran (nearly 6.3 percent), which once had the highest death toll outside China, is nearly half that of Sweden.
Sweden also has more than double the number of confirmed cases as Denmark, nearly triple that of Norway and over four times as many as Finland.

赤塚不二夫

自分が最低だと思っていればいいのよ。一番劣ると思っていればいいの。そしたらね、みんなの言っていることがちゃんと頭に入ってくる。自分が偉いと思っていると、他人は何も言ってくれない。そしたらダメなんだよ。てめぇが一番バカになればいいの。

**

頭のいいヤツは、わかりやすく話す、頭の悪いヤツほど、難しく話すんだよ。

Rolf Dobelli

If we could learn to recognize and evade the biggest errors in thinking – in our private lives, at work, or in government – we might experience a leap in prosperity. We need no extra cunning, no new ideas, no unnecessary gadgets, no frantic hyperactivity – all we need is less irrationality.

Jurgen Klopp

It was only an opinion in that moment. Did I change my opinion? Yes, it’s true. But it’s better to change opinion than not have one. That’s it.

二宮由紀子

2020年、東京オリンピックの開催が決定し、注目度がグーンとアップしている日本。安全性の高さや治安の良さが評価されたといわれていますが、そんな日本が誇れることとは一体なんでしょうか? 数ある日本の誇りの中から、1位に輝いたのは? 読者617名に聞いてみました。
  Q.日本が誇れることを教えてください(複数回答)
     1位 四季がある 56.6%
     2位 電車が定時に到着する 48.1%
     3位 礼儀正しい 42.5%
     4位 治安 37.9%
     5位 水道水が飲める 36.6%
注目の1位は「四季がある」でした。地理的な条件が絡んでくるため、ほかの国にはなかなか真似できないこと。住んでいるから感じられる、日本の誇りですよね。四季があるからこそ、文化や芸術も発達しているところがあり、日本人にとってなくてはならない大切なものともいえそうです。

이어령

小さいものに美を認め、あらゆるものを「縮める」ところに日本文化の特徴がある。世界中に送り出された扇子、エレクトロニクスの先駆けとなったトランジスタなどはそうした「和魂」が創り出したオリジナル商品であった。他に入れ子型・折詰め弁当型・能面型など「縮み」の類型に拠って日本文化の特質を分析する。

第1章 裸の日本論
第2章 「縮み志向」6型
第3章 自然にあらわれた「縮み」の文化
第4章 人と社会にあらわれた「縮み」の文化
第5章 現代にあらわれた「縮み」の文化
第6章 「拡がり」の文化と今日の日本

Fernando Pessoa

Un jour peut-être on comprendra que j’ai accompli, comme nul autre, mon devoir – de naissance dirai-je – d’interprète d’une bonne part de notre siècle ; et quand on le comprendra, on écrira qu’à mon époque j’ai été incompris. […] Et celui qui écrira tout cela péchera, à l’époque où il écrira, par incompréhension envers mon homologue de cette époque future, tout comme ceux qui m’entourent aujourd’hui. Car les hommes n’apprennent jamais qu’à l’usage de leurs ancêtres, déjà morts. Nous ne savons enseigner qu’aux morts les vraies règles de la vie…

Elaine Jolly, Andrew Fry, Afzal Chaudhry

What should we do if we don’t anticipate any difference?
Sometimes we do not wish to detect a difference, because we do not think that there will be one. We might have a trial where we expect or hope to show that two treatments are similar in their effects on the primary outcome. The better treatment would then be decided on the basis of secondary outcomes, such as side effects or cost.

ガブリエル・エッティンゲン

目標を達成するには、ひたすらポジティブに夢見るよりも、理想と現実のギャップに注目し、対策を立てたほうが効果的なのだ。困難も障害もない世界が存在するのは、ポジティブ本のなかだけなのだから。

サンドラ・ヘフェリン

ドイツにおいてはネガティブなことをいっさい言わずポジティブなことしか言わない人は、「自分の頭で考えることのできない中身のない人」「知識や教養がないから批判のひとつもできない人」と思われることが、しばしばあります。なお、ポジティブ発言が多く、かつ笑顔を絶やさない人に関しては「新興宗教の勧誘の人かしら」と周囲の人から警戒されることもあります。
ヨーロッパ人は米国人と比べるとネガティブ思考の人が多く、あまり「ポジティブ思考」なるものを信用していない人も多いのですが、ドイツで育った私もまた「ポジティブ思考」に違和感を抱くひとりです。

栗原康

アナキズムを単に「無政府主義」と翻訳するのは間違いではないけど、政府だけでなく「あらゆる支配から脱する」とか「根拠のないことをやる」という方が当たっていると思います。特に人が人を支配する状態から脱することです。例えば、会社の中では「出世」と「カネ」という価値観に基づいて人格的な支配が生まれる。自分はがんばっているのに周りでサボっているやつを見ると腹が立つ。知らず知らずのうちに、弱者が弱者を取り締まるようになる。そうした支配・被支配の関係や自発的な奴隷状態を脱するのがアナキズムです。

「使えないやつは処分してやろう」という発想はファシズムの始まりだと思います。

Rodrigo Baggio

In my dream, I saw young people using technology to bring about change in their lives. My experiences told me that technology was a tool that could be used for empowerment, citizenship rights and change. In mid-90s Brazil, and Latin America at large, this was a pioneering position to take.

行方久子

タクシーを降りる時に“ありがとう”が言えたり、食事の後にお店の方に“ごちそうさま”が言えたり。要するに誰に対しても感謝や配慮がある方なら、特に自分と一緒にいる女性に最大限の配慮ができるはずだと思うんです。今まで言ってきた細かな話も、帰結するところはそこだと思います。ジェントルマンとして振る舞うなら、時にはリードし、時にはサポートする。そんな簡単な法則を身につけていただければいいのだと思います。

Dharam Barrett

(Shouldn’t you announce your goals, so friends can support you?)
When dealing with identity goals — that is, the aspirations that define who we are — sharing our intentions doesn’t necessarily motivate achievement.
On the contrary, a series of experiments shows that when others take notice of our plans, performance is compromised because we gain “a premature sense of completeness” about the goal.

Mario Luciano

最近は正直、食べ物全般に興味がなくなってきていて、おにぎりと味噌汁だけあれば十分といった感じ。外食も和食が中心で、よそのイタリアンを食べに行くことはほとんどないですね。でも一つだけ例外があって、数ヶ月に一度ぐらいのペースで、サイゼリヤに行きます。あそこのベーコンとトマトのパスタ(パルマ風スパゲッティ)が好きで。麺は柔らかめだけど、それが昔の家庭の味を思い出させてくれて、ホッとするんですよ。高いお金を払って高級な専門店に行くよりも、美味しくてホッとするし、満足できる。あの味が恋しくなると、車に乗って豊洲のサイゼリヤに行きます。

松岡正剛

(ジャレド・)ダイアモンドは次のように仮説した。食料生産に携わった民族や地域こそ初期の文字の発明をなしとげたのであるが、その文字を文明的に使用するという意図をそこからつくりだすことはできなかったという仮説だ。食料生産は文字の誕生の必要条件だったのだが、文字から文明を生むには別の力が付与されたのである。その別の力とは何だったのか。3つある。
ひとつは戦闘力を増す鉄と銃を確保できたこと、ひとつは余剰食料によって労働を分化させ、集権的組織の集大成としての国家を形成したこと、そして、もうひとつは病原菌に対する対策をもちえたことだった。

心理学の時間ですよ!!

本当に心が温かい人の7つの特徴

  • そのままを受け入れる
  • 初対面の人ともすぐに打ち解ける
  • 周りに安心感を与えるほほえみをたたえていて、幸せそうなオーラがある
  • 見返りを求めず、与えるだけで満足できる
  • 他人の感情に敏感で、配慮・気配り上手
  • 感情的にならない
  • 困っている人を見過ごさない

中村一郎

ぼくたちはふだん、ことばは通じるものと思って生活をしている。でも、ほんとうに通じているだろうか。他者がしっかりと受け止めてくれることばを、ぼくは持っているだろうか。ことばが通じなくなるという危機的状況を、ぼく自身は経験したことがあっただろうか。

Lisa Randall

There’s definitely a sense that we’re close, but there’s a big difference between being close and reaching the goal. As a theorist, I’m not conducting experiments. The best I can do is say, “This is the way things are. Are there things that we’re missing? Are there ways that we can interpret the data so that we can learn more than we thought we could?” That’s how the discovery about gravitational waves was finally made, but it took 50 years. We could do the same for particle physics: talk about what we’d like to see in the future, but at the same time talk about what information we can extract from the measurements we already have. It’s a combination of those two: how to disperse our research resources optimally, but also how to analyze the existing information and learn more.

子育て四訓

乳児はしっかり、肌を離すな
幼児は肌を離せ、手を離すな
少年は手を離せ、目を離すな
青年は目を離せ、心を離すな

安野光雅

 よく見ていると、親が自分の都合で子どもを叱っていることが多いことに、わたしは気がつきました。たとえば、家で洗濯ものを干しているとき、買いものをしているときに、子どもが邪魔をするとか、自分が急いでいるのに子どもが手間をかけるとか、ほとんどの場合、おとなのさまたげになるときに叱っているように思います。
子ども自身の成長に必要だから、ということで叱っている方は、少ないのではないでしょうか。
そもそも、わたしは「しつけ」が嫌なので、叱ることはありませんが、ほかの子を傷つけたり、いじめたりしたときには叱ることも必要だと思っています。

志村昌也

弊社のアニメ絵本は、アニメ絵本の先駆者である平田昭吾さんが手がけたもの。平田さんは手塚治虫さんのお弟子さんだった方で、ポプラ社さんなどでも絵本を書かれています。彼のポリシーは“誰も殺さない”ということ。
昔話には子どもに社会のモラルを伝える役割がありますが、“悪いことをしてはいけない”というメッセージのために、残酷的な描写を読み聞かせる必要があるでしょうか?


口伝である民話は、時代によって変化していくものです。『ありとキリギリス』『うさぎとかめ』などで知られるイソップ寓話は、もともと為政者が民衆を治めるために語られたといわれています。


弊社のアニメ絵本は現在、世界各国で翻訳され親しまれています。昔話が変わることへの議論はありますが、時代の流れのひとつとして、アニメ絵本のような再話の形もあると考えていただきたいです

ふかわりょう

情報を含め何でも過多になりがちなんです。例えば自分の出番がきたら、たくさんコメントしたいと思いますよね。でもたくさんしゃべると、結局何を伝えたいのかが薄れてしまう。だからできるだけ削ぎ落とすことが大切だと思っています。でも、やりすぎると今度は言葉足らずで、誤解を与えてしまうこともあるため、そのバランスが難しいんです。
程よく諦めながら進んでいきたいですね。
いろいろともがくことをやめたら、不思議と浮力のようなものが働いてきたように感じるんです。だから、下手に抗うことなくプカプカと浮かんでいる状態でいられたらいいのかな?なんて思います。よくいえば”気負わず自然体でいる”ということ。

Kenneth A. Tucker

Just as you can use your own talents in a complementary manner, you can develop complementary partnerships that will make use of the talents of others. Imagine for a moment a manager who is very talented as an Achiever, as an Arranger, and as an Activator. She will be driven to accomplish things — that’s Achiever; accomplish them right now — that’s Activator; and she’ll work on several things almost simultaneously — that’s Arranger. At the end of the day, you literally have to wade through what she did, because she worked on so many things, not necessarily in an orderly fashion. To help her keep organized, she partners with a highly focused and disciplined administrative assistant.
But there’s a problem. Every five minutes, she runs to her administrative assistant and says, “Here’s another thing I want you to do.” Because she’s an Activator, she’s going to delegate the tasks as they occur to her. She could drive that highly disciplined, highly focused person nuts, because every five minutes she has a new idea or something new she wants done. And the way she presents it is, “Do this now, too.” The best way for them to work together is to “own” or claim their talents, to be honest about their weaknesses, and to respect the other person in the relationship.

Managing Your Weaknesses (PDF file)

Symantec

We deliver innovative products and services to our customers and stand ready to resolve any technical issues that may arise. Our online user communities and discussion forums also serve as an important resource for product applications. We instill our brand vision, mission, and values into every product support interaction. When customers contact us, we carefully track how well we’re doing to build trust, loyalty, and a sense of delight. We review all feedback and we follow up with customers who provided low scores to see if we can address their issues. We use this feedback to drive improvements in product quality and support transactions.

信夫克紀

誰もが、物事を前に進めるためには、何かを「する」べきだと、自然と考えていますよね。さらに、心の奥底で、何かを「する」ことが良いことで、何かを「しない」ことは、なまけている、だらしない、といった思い込みが焼きついているのではないでしょうか。
確かに、現代の日本の社会には、何かを「する」ことばかりが推奨され、何かを「しない」と叱咤激励される風潮が根強く残っていると思います。そのためか、何かを「する」努力、何かを「する」ための方法、何かを「する」ことのメリットを説く情報は、たくさんあふれています。逆に、何かを「しない」努力、何かを「しない」ための方法、何かを「しない」ことのメリットを教えてくれる情報は、ほとんど見あたりません。
何かを「する」ことばかりに気をとらわれてしまうことは、心身の悩みをさらに深刻にしてしまう危険があります。それは、足を骨折した人が無理に走り続けて転んでしまい、さらに骨折をひどくしてしまうようなものではないでしょうか。

James Elkins

It is notoriously true that art historians virtually never look at the Journal of Aesthetics and Art Criticism, the British Journal of Aesthetics, or the Zeitschrift für Aesthetik—not to mention the twenty-odd other aesthetics journals published throughout the world. Most developments of interest to art history are reported in its own journals, and when artists are discussed in the pages of aesthetics journals, the essays are not consistently cited in subsequent art historical literature.

Imagine two societies that live on distant islands—call them Ah and Ae. (“Ah” for art history, “Ae” for aesthetics.) Although they are neighbors in their archipelago, they are very far apart, so that they are just barely visible to one another in good weather. One day, a trader arriving from Ah carries with him a request from the people on Ah for a picture of their own island as it appears from Ae, and he brings with him a picture that had been made on Ah, purporting to show the island Ae. No one on Ae recognizes the odd shapes in the drawing, but they comply anyway, and after a time the trader returns with the message that no one on Ah recognized their island in the strange picture sent over from Ae. People on the two islands study the drawings, and conclude that it is probably best to stay where they are, since the people on the other island clearly can’t draw, and they may not even be able to see straight. For diplomacy’s sake they even send some letters back and forth, arguing about whose representation is worse, and they end up deciding that the members of the opposite tribe have no idea how to talk about pictures to begin with.

Why Don’t Art Historians Attend Aesthetics Conferences? (PDF file)

松岡正剛

石坂泰三は結局6期12年にわたって経団連会長を務めるのだが、途中で大阪万博という大仕事が入った。
ところが、これがさっぱりうまくいかない。暗礁に乗り上げたり矛盾が出てくると、二進も三進も進まない。原因は担当者が、変更を拒否して、そういうときにばかり身を堅くするからだった。とくに関西の役人はふだんは陽気で勝手なことを言っているのに、組織のなかでは自分単位の半径しかもっていない。これをどうしたら突破できるのか。まず小坂善太郎に頼んで鈴木俊一を紹介してもらい、事務局長になってもらった。
石坂によると、日本人には何かの変更を迫ると「もう決まったことですから」と変更を断る連中が7、8割はいるという。さらにどうしても変更を迫ると、「いや、そんなことをすると私の責任ということになりますから」と頑張る。これは責任をとろうとしているのでも、頑張っているのでもなく、責任逃れでしかないと石坂は見抜いている。そのため、こういうときには「じゃあ、責任をとってもらっていいよ」と言うことにしている。
これで人事が次々に一新できた。「それは私の責任ですから譲れません」と言う連中を、じゃあ、責任をとってやめていいよと言うことにしたのだ。

河原節子

どのような手法をとろうとも、争いの前の状況に戻ることはできず、双方が完全に満足する解決策はない。では、何のために困難な和解の努力をするのであろうか。それは、より良い関係を築くためであり、それには双方にとって利益になるとの確信が不可欠である。和解が双方向のコミュニケーションのプロセスである以上、また、両者に一定の妥協を必要とする以上、両者がこうした確信を持つことが全体のプロセスを通じて最も重要な基盤であると考えられる。また、ある和解の方策が合意されても、それが繊細なバランスの上に成り立っているため、その合意を守ること自体にも、多大な努力が必要となることを認め合うことも必要であろう。
特に、記憶や歴史の分野においては、当事者間で統一的な立場や見解を得ることは極めて困難である。相容れない記憶を相互に否定しあうのではなく、それぞれの負った痛みや苦難を包括的にとらえようと努力をすること、そして、過去の苦難に関する記憶を次世代に引き継ぐのは、次世代に対立の種を手渡すためではなく、より良い未来のためであることを明確に意識することが求められているのではないか。

和解 ―そのかたちとプロセス― (PDF file)

Paul H. Ray, Sherry Ruth Anderson

Cultural Creatives are seriously concerned with self-actualization, spirituality, self-expression; they like the foreign and exotic, and enjoy new ideas. They’re socially concerned, advocating ecological sustainability, women’s issues, peace, social justice and planetary awareness. These aren’t separate concerns; to reach them it’s necessary to appeal to the whole package of principles. There are twice as many Cultural Creative women as men, with women’s concerns and values finding a voice and going public. Cultural Creatives are strongly upper middle class (46% in the top income quarter) and they are everywhere–definitely in your town. Age, race and ethnicity are typical of the nation as a whole. Values, not demographics, are what identify this market.

WOOD ONE

自然からの恵みを授かり、鎮守の神を祀り、豊かさと安息に感謝する。 森の国の民として歴史を刻んできた私たちのDNAには、”木と暮らすことは木に守られること”だという、 知恵と哲理が息づいています。だからこそ反りや伸縮も自然の摂理としてとらえ、その恩恵を住環境に活かそう とする技を磨いてきました。
**
木目には、自然界にしかつくり得ない個性豊かな表情があります。それは、その木が永い年月を生き抜いてきた歴史そのもの。 根付いた場所や自然条件などの影響でちょっとした”チャームポイント”が刻まれることもあり、同じ木目が他に生まれること はありません。プラスチックなどの材料に人工的に節などを印刷しても、どこか不自然さを感じてしまいますが、木は生き物だ から自然なのです。

ボンゾ

蒼井優は無意識ではあるが、好きになった人の前ではズボンを履きだすらしい。というのは“女として”じゃなく、“人として”好きになってほしいからだという。女性誌や恋愛指南本などでは、メイク・髪・スカート・ハイヒール・華奢な手首足首etc.わざと過剰な女性らしさを演出して「異性として好きにさせる」戦法がこれでもかと押されてきたが、蒼井はその逆なのだ。
「女として」性的な関係を持ちたいとか、手料理など世話を焼いてもらいたいとか、美貌の彼女を自慢したいとかの動機で好かれた場合、いくらでも「替え」が効く。しかし「人として」好きになったら、もう「替え」は効かない。だからなのか、蒼井とこれまで交際してきた男性は、彼女にゾッコンだったと伝えられている。20代前半に交際していたV6岡田准一は蒼井と同棲するために5,000万円かけてマンションをリフォームし、交際声明まで出した鈴木浩介も結婚生活を見据え月50万円のローンを組みマンションを購入したと報道された。しかし蒼井は岡田のもとを去り、鈴木には「好きな人ができたから」とメール一通で破局したとも。心を掴んで振り回してしまう蒼井優、強すぎる。

午堂登紀雄

仮に自分の正義があったとしても、それを他人に押し付けようとするからイライラするし、トラブルも起きる。それがもとで孤立していくわけです。
だから、もし他人の発言や行動にイライラしたり怒りの感情が芽生えたりしたときには、なぜ自分は怒りを覚えたのか、その理由を振り返ることです。
それは自分の中に「こうあるべき」という常識や正義があって、それに反しているから。だから、イライラや怒りの感情を取りのぞくためには、その「べき」は万人に当てはまらないことに気づくことです。他人には他人の常識や正義があることを受け入れ、「そういう人もいる」と多様性を認められれば、イライラする場面 を減らすことができます。

清水克行

「やられた分だけやり返す」という中世の人々の衡平感覚や相殺主義は、現代人にはどうにも野蛮で幼稚な発想のように思えてしまうが、反面で「やられた分」以上の「やり返し」を厳に戒める効果も明らかにもっていたのである。 ・・・ 日本中世社会の衡平感覚や相殺主義も、それは一方で紛争の原因でありながらも、他方では紛争を収束させる要素ともなっていたと断言して差し支えはないだろう。そして、他でもない喧嘩両成敗法とは、当事者双方を罰することで、まさにそうした均衡状態を強制的につくり出す効果をもっていたのである。

室町幕府には、流人を「公界往来人」、すなわち室町殿との主従関係(保護ー託身関係)が切断された者とみて、そうしたものは殺害しても構わないとする認識があったことがうかがえる。 ・・・ つまり、法の保護を失った人間に対して「殺害」「刃傷」「恥辱」「横難」、そのほかいかなる危害を加えようと、それはなんの問題にもならない。 ・・・ 室町幕府の流罪とは、罪人の追放や拘束に意味があったのではなく、なによりも彼らを法の保護の埒外に置くことに最大の意味があったのである。もちろん、自力救済を基本とする中世社会にあっては、それは多くの場合、即「死」を意味した。

村田珠光

 古市播磨法師        珠光
此道、第一わろき事ハ、心のかまんかしやう也、こふ者をはそねミ、初心の者をハ見くたす事、一段無勿躰事共也、こふしやにハちかつきて一言をもなけき、又初心の物をはいかにもそたつへき事也、此道の一大事ハ、和漢之さかいをまきらかす事、肝要肝要、ようしんあるへき事也、又、当時ひゑかるゝと申して、初心の人躰か、ひせん物しからき物なとをもちて、人もゆるさぬたけくらむ事、言語道断也、かるゝと云事ハよき道具をもち、其あちわひをよくしりて、心の下地によりてたけくらミて、後まて、ひへやせてこそ面白くあるへき也、又さハあれ共、一向かなハぬ人躰ハ、道具にハからかふへからす候也、いか様のてとり風情にても、なけく所肝要にて候、たゝかまんかしやうかわるき事にて候、又ハ、かまんなくてもならぬ道也、銘道ニいわく、
心の師とハなれ、心を師とせされ、と古人もいわれし也

小坂井敏晶

我々は答えを早急に求めすぎる。大切なのは答えよりも問いです。思考が堂々巡りして閉塞状態に陥るとき、たいてい問いの立て方がまちがっている。

小林朝夫

禅宗における坐禅の流儀の一つに、曹洞宗の「黙照禅」がある。宋の時代の僧である宏智正覚によって考案されたもので、禅に対する心構えを表したものだ。
一方、臨済宗は、功徳の高い僧と問答をしながら禅の修行をする「看話禅」を唱え評判を上げていた。
黙照禅を推す正覚は、お釈迦様の教えは文字では書き表せないと主張したが、どちらの言い分ももっともであり、この二つの禅の流儀が世に広まることとなったのである。心の中で無駄なおしゃべりをしていれば警策で肩を叩く。これは、看話禅での座禅修行の一コマだ(看話禅では警策を「けいさく」、黙照禅では「きょうさく」と呼ぶ)。
いずれにせよ、やはり「黙」は大切なようである。

富増章成

語れば語るほど、本当に言いたいことから遠ざかっていくことがある。行列ができるラーメン屋の味を盛りだくさんに語るよりは、実際に食べてもらった方がいい。味のすべてをもらさず言葉に翻訳するのは不可能である。
かたや、食べてもらったその人も、ラーメンの感動を言語化することはできない。自分もできない他人にもできない。結局、ラーメンの前に二人で見つめ合うしかないのである。しょせん言葉はことばなのだろうか。
だが、こうも考えらよう。とにかく語る。語り尽くせるだけ徹底して語る。すると、あたかもエアロビクスで脂肪が燃焼するように、シェイプアップされ残されたものが輝き出す。語ることによって語れない領域をよりリアルに感じることができるようになるのだ。
その語れない部分については当然、証明することもできなければ人に伝えることもできない。法則化して客観視することもできない。でも、それは確実に「ある」のだ(ほっぺをつねってみて。それのこと)。

浜口武司

ベトナム戦争や歴代の米大統領を題材にした骨太の作品で知られるオリバー・ストーン監督(70)の最新作「スノーデン」が二十七日公開される。
米政府に不都合な本作は米国企業の支援が受けられず、フランスやドイツ企業の出資で製作されたと監督は付言する。「米国では自己規制や当局に対する恐怖があるのかもしれない。米政府や主要メディアが伝えることが真実だと思わないでほしい」と話す。
過激な発言で物議を醸すトランプ米大統領だが、ストーン監督は米情報機関と主要メディアへの不信感から、トランプ氏に「奇妙な形で新鮮な空気を持ち込んだ」と期待をにじませる。
「トランプに対するヒステリックな報道は、冷戦時代の赤狩りのようだ。ロシアとつながりがあるかのような報道も、彼を大統領にしたくない力が働いたのだと思う。米メディアも新保守主義の権力側にある。トランプは主要メディアに対し新しい見方をしているのは確かだ」と断言する。
その上で「米国は今、帝国化している。日本は米国をそこまで信頼していいのか。米国はそれほど日本を大切に思っていないかもしれない。日本をどうするかはみなさんが考えることだ」とアドバイスする。

宮子あずさ

私は仕事柄、多くの患者さんの死を見送ってきた。あっけない死、苦痛の中の死。その人がどれだけの人を幸せにしたか、不幸にしたか。そんな話とはまったく無関係に、死に方は決まる。
医療者として尽くす手だては尽くすとしても、最後はその人の運次第。
こんなことを言うときまじめな人からは怒られるのだが、やっぱりこの考えは変わらない。
だから私は自分の死についても、えり好みはできないと諦めている。
しかし、そんな私でも、できればこんなふうに死ねたら良いなあ、と思ったご夫婦がいる。
報道によれば、先月二十一日に板橋区の自宅で亡くなったご夫婦は、九十七歳と九十三歳。ほぼ同じ時に病死したらしく、異変に気づいた近所の人の通報で発見された時、食卓には食事が準備されていたという。お子さんはなく、近所でも評判の仲良し夫婦だったという。夫婦水入らずの最期は、とてもすてき。私たち夫婦もそんなふうに終わりたい。
在宅医療が進むほど、亡くなって発見される人は必ず増加する。それを孤独死だ、孤立死だ、と否定しては、本人も支援者も浮かばれない。
時代は変わっている。死ぬ瞬間、立ち会う人がいるか否かで、死に方の善しあしを決める考え方はもうやめたほうがいい。ご夫婦のすてきな在宅死をうらやみつつ、その意を強くした。

塚本徳臣

tsukamoto空手とは、天地ひとつ。
少しでもそのことをみんなにわかってもらいたい。

空手道場に、みんなストレスを捨てに来たり
俺が一番と我を出しにやって来たり
誰かをやっつけようと思いながらやって来たり
そんなことのために道場はあるのでしょうか。
僕は違うと思う。
みんな仕事だったり学校だったり
毎日大変だと思う。
だからこそ、道場へ行って24時間の中の一時間30分、
道場で宇宙エネルギーを取り入れて
足の裏から、地球とひとつになって、
すべてがひとつで一緒だと言うことを感じる、
そんな素晴らしい時間にして欲しい。

天地を一つにする時間と場所が道場です。

Carey K. Morewedge

When your favorite sports team is defeated, you’re disappointed, even dismayed. The same is true when your preferred political candidate doesn’t win. It hurts when your side loses.
Fortunately, you can insure yourself against such unhappiness: just place a bet for your side to lose. This strategy, which has become easy to do with the rise of online prediction markets, creates a consolation prize — say, $1,000 (or whatever it takes) — to reduce your pain in the event of a defeat.
Logic strongly recommends this kind of emotional hedge. Consider that for most people, losing something hurts more than gaining that same thing feels good — a phenomenon known as loss aversion. Consider, too, that as losses and gains increase in size, each additional unit of loss or gain has a smaller impact on you — a phenomenon known as diminishing marginal utility.

Jamie Oliver

paella6 free-range chicken thighs , skin on, bone in; plain flour; olive oil; 100 g quality chorizo; 1 onion; 4 cloves of garlic; ½ a bunch of fresh flat-leaf parsley; 6 rashers of higher-welfare pancetta or smoked streaky bacon; 2 litres organic chicken stock; 2 large pinches of saffron; 1 heaped teaspoon smoked paprika; 500 g paella rice; 2 small squid , from sustainable sources, optional; 2 handfuls of fresh or frozen peas; 10 large raw shell-on king prawns , from sustainable sources; 500 g mussels , (cleaned) from sustainable sources, optional; 1 lemon

平井ミサヨ

大成される方はみなさん、普段から周囲への配慮が素晴らしいものだと感じてきました。いちばん声をかけてくれたのは永井雄一郎選手。いつも『ありがとう』と丁寧に言ってくださったのを思い出します。小野伸二選手も、若いころからとてもやさしかった。今は福岡の監督になられた井原正巳さんも、必ず向こうからあいさつをしてくださいました。
(長谷部はいつも、ロッカールームで読書をしていた。一見すると、手にした本に集中しきっていて、平井さんが掃除に来たのも気づいていないようだった。だが、そっと近づくと、足を床からスッと上げる。そして「ありがとうございます」と笑顔で一礼した。)

吉本隆明

僕は、ふつうに生きている人、あるいはそういう生き方をすでにやっている人の生き方が、いちばん価値ある生き方だと、理想としています。何かを膝にかけて、一日黙りこくって細工物をしている、何かのデザインを描いたり、染織物をしたりして、一日終わる。日常いつでもありふれたことなんですけど、そういうことで一日を送っているような人がテレビなんかに出てくると、これは偉い人だよ、たいしたもんだよと思って、おれもまねしたいもんだなと思うわけです。

Wang Yi

Wang YiI want to respond to the question from this reporter about China. I have to say that your question is full of prejudice against China and arrogance where I have heard that come from and this is totally unacceptable. I have to ask whether you understand China? Have you been to China? Do you know that China has lifted more than 600 million people out of poverty and do you know that China is now the second largest economy in the world from a very low foundation? Do you think development is possible for China without protection of human rights and do you know that China has written the passion and promotion of human rights into our constitution? Other people don’t know better than the Chinese people about the human rights conditions in China and if the Chinese people, who are in the best position have say about China’s human rights situation. So I would like to suggest to you please don’t ask questions in such an irresponsible manner and though we welcome goodwill suggestions, we reject groundless or unwarranted accusations.

山田順

メディアを抜きにして被災者救済はできない
「報道ヘリ」の騒音批判に関しては、阪神・淡路大震災のときにも同じようなことがあった。現場で瓦礫の下の生存者の救済に当たっている作業員から、「生存者の声がヘリの音がうるさくて聞こえない」という不満の声が上がったからだ。
しかし、当時の神戸上空には報道ヘリだけが飛んでいたわけではない。自衛隊をはじめ多数のヘリが飛んでいた。それなのに、なぜか報道ヘリだけが視聴者の槍玉にあがり、「ヘリで取材するひまがあったら救援物資を落とせ」など、ヒステリックに批判された。
しかし、これらの批判は、みなテレビ報道を見た一般視聴者が、正義感にかられてメディアを批判したもので、きわめて感情的なものである。
今回の熊本でのツイッターやFAXでの批判も、ほぼあのときと同じだ。自分たちは安全なところで見ていて、現場の救援作業が進まない苛立ちを誰かを悪者(つまりメディア)にすることで解消しているに過ぎない。
私は、ツイッターが災害や事件に対して大きな効力を発揮することに異論はない。しかし、それは現場にいる人間や当事者が発するツイッターであり、外野が発するツイッターではない。メディアに向かって「被災者にとってメディアは迷惑な存在だと自覚せよ」などという“正論”をぶつツイッターユーザーには、「そんなに言うなら、あなた自身が現場に行って被災者を助けてみろ」と言いたい。

久須美疎安

一とせ、休、雪の暁、葭屋町の宅より蓑笠きて紹知の所へたずねられしが、露地に入りて、みの笠ぬぐとて、紹知迎えに出たれば、千鳥の香炉に火の取りたるを「これ、紹知」とて、右の袖より渡せば、紹知、左の手にうけとり、「私も懐中候」とて、右の手より香炉をわたす。休、はなはだ入興せらるると也。

仲村和代

Abe-san茨城県の教育委員が障害児の出産を「茨城県では減らしていける方向になったらいい」などと発言し、辞職した。2013年にはダウン症などの胎児の染色体異常を調べる新型出生前診断が始まり、羊水検査などで異常が確定した人の中には中絶を選んだ人も多い。あるダウン症の青年は問いかける。「なぜ? 僕は不幸じゃない」
「言ってはいけない発言。怒ってます。辞める前に、何であんなことを言ったのか、議論したかった」
そう語るのは、あべけん太さん(28)。茨城の教育委員が、「妊娠初期にもっと(障害の有無が)わかるようにできないのか」などと発言したことを父親から聞き、ネットでニュースを読んだ。
知的障害と呼ばれるのは「かわいそうとバカにされている気がして嫌い」。ダウン症など障害者専門の芸能事務所に所属し、「ダウン症のイケメン」タレントとしてテレビや講演で活躍中。IT会社にも勤めている。

Antoine Leiris

“Vous n’aurez pas ma haine”
Vendredi soir vous avez volé la vie d’un être d’exception, l’amour de ma vie, la mère de mon fils mais vous n’aurez pas ma haine. Je ne sais pas qui vous êtes et je ne veux pas le savoir, vous êtes des âmes mortes. Si ce Dieu pour lequel vous tuez aveuglément nous a fait à son image, chaque balle dans le corps de ma femme aura été une blessure dans son coeur.
Alors non je ne vous ferai pas ce cadeau de vous haïr. Vous l’avez bien cherché pourtant mais répondre à la haine par la colère ce serait céder à la même ignorance qui a fait de vous ce que vous êtes. Vous voulez que j’ai peur, que je regarde mes concitoyens avec un oeil méfiant, que je sacrifie ma liberté pour la sécurité. Perdu. Même joueur joue encore.
Je l’ai vue ce matin. Enfin, après des nuits et des jours d’attente. Elle était aussi belle que lorsqu’elle est partie ce vendredi soir, aussi belle que lorsque j’en suis tombé éperdument amoureux il y a plus de 12 ans. Bien sûr je suis dévasté par le chagrin, je vous concède cette petite victoire, mais elle sera de courte durée. Je sais qu’elle nous accompagnera chaque jour et que nous nous retrouverons dans ce paradis des âmes libres auquel vous n’aurez jamais accès.
Nous sommes deux, mon fils et moi, mais nous sommes plus fort que toutes les armées du monde. Je n’ai d’ailleurs pas plus de temps à vous consacrer, je dois rejoindre Melvil qui se réveille de sa sieste. Il a 17 mois à peine, il va manger son goûter comme tous les jours, puis nous allons jouer comme tous les jours et toute sa vie ce petit garçon vous fera l’affront d’être heureux et libre. Car non, vous n’aurez pas sa haine non plus.

1938 News

People kayak in the Animas River near Durango, Colo., Thursday, Aug. 6, 2015, in water colored from a mine waste spill. The U.S. Environmental Protection Agency said that a cleanup team was working with heavy equipment Wednesday to secure an entrance to the Gold King Mine. Workers instead released an estimated 1 million gallons of mine waste into Cement Creek, which flows into the Animas River. (Jerry McBride/The Durango Herald via AP) MANDATORY CREDIT


People kayak in the Animas River near Durango, Colo., Thursday, Aug. 6, 2015, in water colored from a mine waste spill. The U.S. Environmental Protection Agency said that a cleanup team was working with heavy equipment Wednesday to secure an entrance to the Gold King Mine. Workers instead released an estimated 1 million gallons of mine waste into Cement Creek, which flows into the Animas River.
(Jerry McBride/The Durango Herald via AP)
MANDATORY CREDIT


It turns out an environmental remediation contractor was the one at fault for contaminating the Animas River in Colorado.
According to The Wall Street Journal, Environmental Restoration LLC was contracted out by the Environmental Protection Agency (EPA) to protect the nearby water reservoirs. Because the Gold King Mine was being services at the time, the remediation firm was tasked with finding ways to keep pollutants out of the water.
Instead, however, approximately 3 million gallons of contaminated water spilled from the mine into the fresh water, according to the EPA.
While it was certainly not their intention, the damage has been done and now needs to be fixed. A report from the San Francisco Chronicle said that chemicals in the spill included arsenic, cadmium, lead, and mercury — a deadly combination with potential long-term environmental impact.
The river itself has turned a dark, murky yellow, raising concerns for the communities that utilize water from that source for drinking, irrigation, and recreation. The states of Colorado, Utah, and New Mexico, along with the Navajo Nation, were all affected by the damage caused.

Emmanuel Todd

Lorsqu’on se réunit à 4 millions pour dire que caricaturer la religion des autres est un droit absolu – et même un devoir ! -, et lorsque ces autres sont les gens les plus faibles de la société, on est parfaitement libre de penser qu’on est dans le bien, dans le droit, qu’on est un grand pays formidable. Mais ce n’est pas le cas. … Un simple coup d’œil à de tels niveaux de mobilisation évoque une pure et simple imposture.
Ce sont les régions les moins républicaines par le passé qui ont le plus manifesté pour la laïcité, avouez qu’il y a là quelque chose d’étrange.

豊島秀雄

「他人事」「たにんごと」という表記(書き方)と言い方・読み方は、どちらも放送では原則として用いないことにしています。「自分に関係ないこと」などを意味する場合の伝統的な言い方は「ひとごと(人事)」[ヒトゴト]とされ、放送でもこの語法を採っています。表記は、「ひと事」または「ひとごと」です。 ×「他人事」「たにんごと」

立岩真也

人はもともとは同じで、環境も整えてあげましたということになると、それでも生じた差異は「努力」の違いによるということになってしまい、さらに、それはあなたの責任ですと言ってしまうところがある。それは乱暴だと私は思う。それよりむしろ、人は生まれながらに違っていますと言ってもらった方が事実に近く、すっきりしており、「努力」という項—が存在しないというのではない—になんでも押し込んでしまおうという乱暴で迷惑な話よりよいと思う。そして社会環境を変えるということにしても、ときにはずいぶん人に負荷をかける行いである。社会環境のせいだ、環境を変えればよいという言い方だけで遺伝論、優生学を反駁しようというのはよくないと考える。

足立武志

「自分には順張りではなく逆張りの方が向いている」というお考えであれば、筆者はそれを否定することはしません。現に、逆張りで成功している個人投資家の方もいるからです。でも、次の問に明確な解答を出すことができないならば、株価が急落している中で下降トレンドにある株を買い向かうことは非常にリスクの高い行為だということをぜひ理解してください。

<問1:買った後、さらに株価が下がったらどうするのですか?>

これに対する解答例は、「買った後に株価が下がったら買い増しをする」です。もう1つ考えられるのは、「さらに株価が下がったら売却する」というものです。でも、この問1に対して、「さらに株価が下がっても何もせずにそのまま持ち続ける」という解答を出すのであれば、逆張りが本当に正しい戦略なのかどうか、今一度よく考えていただきたいと思います。
次の問2については、どうお答えになるでしょうか。

<問2:買い下がりの予定株数を買い終わった後、さらに株価が大きく下がったらどうするのですか?>

筆者は、この問いに対する明確な解答を持ち合わせていません。なぜなら、筆者はまさにこのようなケースに陥ることを恐れているゆえに、逆張りをしないからです。

Paul Krugman

One of the great risks if the Greek public votes yes — that is, votes to accept the demands of the creditors, and hence repudiates the Greek government’s position and probably brings the government down — is that it will empower and encourage the architects of European failure. The creditors will have demonstrated their strength, their ability to humiliate anyone who challenges demands for austerity without end. And they will continue to claim that imposing mass unemployment is the only responsible course of action.
What if Greece votes no? This will lead to scary, unknown terrain. Greece might well leave the euro, which would be hugely disruptive in the short run. But it will also offer Greece itself a chance for real recovery. And it will serve as a salutary shock to the complacency of Europe’s elites.
Or to put it a bit differently, it’s reasonable to fear the consequences of a “no” vote, because nobody knows what would come next. But you should be even more afraid of the consequences of a “yes,” because in that case we do know what comes next — more austerity, more disasters and eventually a crisis much worse than anything we’ve seen so far.

ドナルド・キーン

義満は、明国皇帝から賜った「日本国王」という呼称を容認して用いた。明国から与えられた称号をそのまま受け入れたということは、すなわち日本の将軍である義満が明国皇帝の臣下に過ぎないということを意味した。これが原因で義満は、日本の皇室の神格を重んじる者たちの憎しみを買うことになった。皇室の尊厳を踏みにじった一将軍を、彼らは断じて許すことができなかった。
義満に対する憎悪は、明治維新直前の数年間に特に強まった。文久三年(一八六三)二月、神道の国学者平田篤胤を信奉する二十人ほどの男が等持院に押し入り、最初の三人の足利将軍、すなわち尊氏、義詮、義満の木像の首を斬り落とした。木像の首は、賀茂の河原に晒された。「志士」によって斬首された「国賊」の首を晒すことは幕末の慣いで、これはそれに従ったものだった。それぞれの首には位牌がぶらさげられ、そばには悪党としての罪状を列挙した制札が立てられていた。義満が自ら進んで「日本国王」の肩書を受け入れたことは、おそらく、中でも最悪の罪と見なされたに違いない。

Associated Press

The Belarus Parliament passed the proposal by President Alexander Lukashenko, which requires work-capable people who work less than 183 days a year to pay an annual fine of $250. Disabled people, retirees and those with young children are exempt.
A statement from parliament, where the measure passed by a 100-2 vote, said “it’s necessary to stimulate citizens who are capable of work and ensure they fulfill their constitutional obligation to take part in financing state expenditures.”
Labor Minister Marianna Shchetkina told parliament the measure would be temporary.