福井正憲

福寿園は京都の地で二百有余年、茶業を営んできましたが、業を継いできた先人は茶づくりの伝統の術を活かしながら、つねに新たな時代の技術やビジネスを取り入れて家業を発展させ、日本の心を伝えてきました。つまり伝統というものは、歴史と未来を融合させた”足し算の発想“によって継承されるものなのです。そして、二一世紀の福寿園がこれから将来にわたって価値ある存在であり続けるためには、明日のために何をするのかが問われていると、私は考えました。

This entry was posted in change. Bookmark the permalink.

3 Responses to 福井正憲

  1. shinichi says:

    福井正憲
    福寿園社長
    2004年3月に「サントリーとのコラボレーションブランド『伊右衛門』」を世に出した。

    以下は、「なぜ、伊右衛門は売れたのか」(峰如之介著)に書かれている福井社長の言葉:

    福寿園は『無声呼人』(声なくして人を呼ぶ、徳のあるところには、呼ばれなくても人が集まるという意)という家訓のもとに京都の地で二百有余年茶業を営んできましたが、業を継いできた先人は茶づくりの伝統の術を活かしながら、つねに新たな時代の技術やビジネスを取り入れて家業を発展させ、日本の心を伝えてきました。つまり伝統というものは、歴史と未来を融合させた”足し算の発想”によって継承されるものなのです。そして、二十一世紀の福寿園がこれから将来に渡って価値ある存在であり続けるためには、明日のために何をするのかが問われていると、私は考えました。明日のために福寿園はどんな足し算ができるのか、と。

    明日、一人でも多くの人々にお茶のおいしさを知ってもらい、お茶の価値を感じていただくためには、一人でも多くの人においしいお茶を飲んでいただかなければならないのです。そのためにはまず、急須で淹れるお茶よりはるかに手軽に飲める、本当においしい緑茶飲料をつくることに価値があると考えました。ですから、いままでの緑茶飲料とはまったく違う本物のお茶のおいしさを商品化した緑茶飲料を、サントリーさんと一緒につくってみようと決断したのです。

  2. shinichi says:

    なぜ、伊右衛門は売れたのか。

    by 峰如之介

    緑茶の本質を追求し、比類のない上質な味をつくりあげた『伊右衛門』が、いま緑茶飲料市場を席巻している。2004年3月に発売された『伊右衛門』は、生活者からの熱烈な歓迎を受け、たったの数日で完売し、瞬く間に清涼飲料の発売初年・販売レコードを塗り替えてしまった。しかし、そんな大ヒット商品誕生の裏には、商品開発にこだわり抜き、理想を追求し続けてきた若き開発者たちがいた。その開発者たちは、お茶飲料の開発で連戦連敗を喫し、ときにサントリー始まって以来の販売不振商品をつくり、社内でも痛烈な批判を受けていた。しかし、彼らはそれでも悩み、苦しみ、限界を感じながらも夢を追い求めた。そして、その末にたどり着いた答えが『伊右衛門』だった。1000億円ブランド誕生の裏側をはじめて明かす。

  3. shinichi says:

    福寿園の歴史

    http://www.fukujuen.com/company/history.html

    _______________
    創業(1790)
    福寿園は古く、寛政2年の創業で大阪・神戸に通じる木津川の船着場として、また大和・伊賀街道の交叉地として諸物の集散地であった山城国上狛(現京都府木津川市山城町)に福井伊右衛門により茶商として始まりました。
    _______________
    徳川後期より明治末期
    日本茶は生糸と共に輸出の花形産業であり、主に神戸港より輸出、貿易茶の産地問屋として発展しました。
    _______________
    明治末期より昭和20年
    国内販売に主力をおき全国各地の茶店への卸売り、民間から官庁まで幅広い茶の納入に努めました。
    _______________
    昭和24年12月 (1949)
    六代目園主福井正巳が個人経営から法人組織とし、初代社長に就任、福寿園の基礎をつくりました。
    _______________
    昭和27年10月 (1952)
    京都駅に直売店を設けて以来、卸売りの他に全国各地に直売店、百貨店への出店を行ない、製造直売の名のもとに宇治茶の宣伝・販売に努めました。
    _______________
    昭和35年3月 (1960)
    本社新社屋と煎茶・抹茶工場を竣工しました。
    _______________
    昭和39年12月 (1964)
    正巳社長の死去により、現名誉会長の福井正典が社長に就任。この頃より茶業界も流通の変革期を迎えました。
    _______________
    昭和42年10月 (1967)
    包装・上茶・合組・乾燥の各工場、冷蔵庫・資材庫を伴った冷房完備の新工場増設により、量産体制を完備いたしました。
    _______________
    昭和45年4月 (1970)
    製茶加工から包装まで、すべて新機軸による省力化・オートメーション工場の新設、化学研究室の設置、貯材庫の増設をはかりました。
    _______________
    昭和49年5月 (1974)
    立体的新工場完成。生産の合理化、経営の近代化のために、完全自動冷蔵倉庫と一貫した製茶工場並びに高速自動包装機を拡充設置し、さらにコンピュータによるシステム管理と一層の省力化、コストダウンと徹底した品質管理体制を確立しました。
    _______________
    昭和55年9月 (1980)
    宇治の露製茶株式会社を設立しました。
    _______________
    昭和62年10月 (1987)
    宇治の露山城センターを開設しました。
    _______________
    昭和63年10月 (1988)
    ティーバッグ工場増設による生産能力の拡充をはかりました。
    _______________
    平成2年3月 (1990)
    会長に福井正典が、社長に福井正憲が就任しました。
    _______________
    平成2年4月 (1990)
    関西文化学術研究都市に福寿園CHA研究センターを開設しました。
    _______________
    平成13年8月 (2001)
    世界の福寿園 海外第一号店舗の福寿園シンガポール店をオープンしました。
    _______________
    平成16年3月 (2004)
    コラボレーションブランド「伊右衛門」を発売しました。
    _______________
    平成16年11月 (2004)
    福寿園グループとして、品質に関する国際規格ISO9001の認証を取得しました。
    _______________
    平成19年2月 (2007)
    福寿園CHA研究センター別館増設工事が完成しました。
    _______________
    平成19年5月 (2007)
    台湾の高雄に福寿園高雄統一阪急店をオープンしました。
    _______________
    平成19年8月 (2007)
    宇治市に福寿園宇治工房を開設しました。
    _______________
    平成19年12月(2007)
    福寿園本社、山城工場が環境に関する国際規格ISO14001の認証を取得しました。
    _______________
    平成20年6月(2008)
    福寿園山城工場が食品安全に関する国際規格ISO22000の認証を取得しました。
    _______________
    平成20年9月(2008)
    京都市四条通富小路角に福寿園 京都本店を開設しました。
    _______________
    平成22年9月(2010)
    宇治市に福寿園宇治茶菓子工房を開設しました。
    _______________
    平成24年4月(2012)
    木津川市に、福寿園山城東工場ティーバッグ工場を開設しました。
    _______________
    平成25年5月(2013)
    名誉会長に福井正典、会長に福井正憲、社長に福井正興が就任しました。
    _______________
    平成26年3月(2014)
    宇治市に、福寿園宇治喫茶館を開設しました。
    _______________
    平成26年3月(2014)
    木津川市に、福寿園CHA遊学パークを開設しました。
    _______________
    平成27年4月(2015)
    福寿園山城工場と福寿園山城東工場が食品安全の国際規格FSSC22000の認証を取得しました。
    _______________

Leave a Reply

Your email address will not be published.