寺山修司

政治を通して日常を変革しようと思うと、非常にこう、なんか大雑把な形でしかできなくて、隅々の日常というふうなものまでいきわたっていかないと。その、そういう政治では変革しえない領域みたいなことを、演劇を通してやっていくということに、非常に面白い可能性があるんじゃないか。現実をイルージョンによって履がえす。それで現実がイルージョンとして、別のイルージョンとして定着したときに、それに別の現実がぶつかっていって、それが限りなく、現実とイルージョンとが葛藤していく。

僕はあの、物語りをね、中断してしまわないとね、気が済まないと。物語りは、物語としての流れのなかで完結してしまうとね、それはやっぱり、観客の中には、なんも余白が残されないわけです。常に物語りというのは半分作ってね、で、あとの半分は観客が補完して、なんか一つの世界をなしていく。

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