内藤湖南

應仁の亂以前にありました家の多數は、皆應仁以後元龜天正の間の爭亂のため悉く滅亡して居ると言つてもいゝのです。昔、極く古くは氏族制度でありましたが、其時分には地方に神主のやうなものが多數ありまして、それらが土地人民を持つて居たのであります。それで今神主として殘つて居りますものに、出雲の千家、肥後の阿蘇、住吉の津守といふやうなのがありますが、皆小さなものになつて大名といふ程の力もなく、昔の面影はありませぬ。
それから源平以後、守護地頭などになりました多くの家も、大抵は皆應仁の亂以後の長い間の爭亂のために潰れてしまひました。それで應仁の亂以後百年ばかりの間といふものは、日本全體の身代の入れ替りであります。其以前にあつた多數の家は殆ど悉く潰れて、それから以後今日迄繼續してゐる家は悉く新しく起つた家であります。斯ういふことから考へると、應仁の亂といふものは全く日本を新しくしてしまつたのであります。 。。。
さういふ風で兎に角是は非常に大事な時代であります。大體今日の日本を知る爲に日本の歴史を研究するには、古代の歴史を研究する必要は殆どありませぬ、應仁の亂以後の歴史を知つて居つたらそれで澤山です。それ以前の事は外國の歴史と同じ位にしか感ぜられませぬが、應仁の亂以後は我々の眞の身體骨肉に直接觸れた歴史であつて、これを本當に知つて居れば、それで日本歴史は十分だと言つていゝのであります。さういふ大きな時代でありますので、それに就て私の感じたいろ/\な事を言つて見たいと思ひます。が併し私は澤山の本を讀んだといふ譯でありませぬから、僅かな材料でお話するのです、その材料も專門の側から見ると又胡散臭い材料があるかも知れませぬが、併しそれも構はぬと思ひます。事實が確かであつても無くても大體其時代においてさういふ風な考、さういふ風な氣分があつたといふ事が判れば澤山でありますから、強ひて事實を穿鑿する必要もありませぬ、唯だ其時分の氣分の判る材料でお話して見ようと思ひます。併し私の材料といふのは要するに是だけ(本を指示して)ですから、是を見ても如何に材料が貧弱であり、極めて平凡なものであるかといふ事が分ります。

2 thoughts on “内藤湖南

  1. shinichi Post author

    東北大学文学部創立八十周年記念シンポジウム(2002年10月26日)
    パネルディスカッション
    文学部教授  野家啓一
    http://www.sal.tohoku.ac.jp/80thanniv/noe.html

    今回のシンポジウムでは、キーン先生は足利義政の文化的業績を中心に「東山文化と現代の日本」について、源先生は世阿弥の芸道論を軸に「『型』と日本文化」についてそれぞれ力のこもったお話をしてくださいました。ご講演の内容については、本報告書に概要が掲載されておりますので、ご覧いただきたいと思います(なお、キーン先生のお話は、後に『足利義政:日本美の発見』(中央公論新社)としてまとめられ、刊行されました)。お話を伺ってとりわけ印象に残ったことは、日本文化を論じられるのに両先生がともに室町時代に焦点を合わせられたことです。応仁の乱をはさんで、源先生は室町時代の前半を、キーン先生が後半を取り上げられ、この時代を日本文化の原点と見定められたことは、大変興味深いことでした。それと言うのも、内藤湖南は『日本文化史研究』に収められた講演「応仁の乱に就て」のなかで、応仁の乱を日本の歴史を画する一大エポックと見なし、次のように述べているからです(ちなみに、この講演は法文学部創設の一年前、1921年に行われました)。

    「斯ういふことから考へると応仁の乱といふものは全く日本を新しくしてしまったのであります。(中略)大体今日の日本を知る為に日本の歴史を研究するには、古代の歴史を研究する必要は殆どありませぬ、応仁の乱以後の歴史を知つて居つたらそれで沢山です。それ以前の事は外国の歴史と同じ位にしか感ぜられませぬが、応仁の乱以後は我々の真の身体骨肉に直接触れた歴史であつて、これを本当に知つて居れば、それで日本の歴史は十分だと言つていいのであります。」

    この内藤説に従えば、キーン先生のお話は、応仁の乱以後に定着して現在まで続く日本文化の新しい形を将軍義政がいかにして創造したのかをめぐる洞察に満ちた考察でした。また源先生は、応仁の乱という断絶を超えてなお続けられ「型」の継承のあり方をめぐって、今日の学問論にも通ずる啓発的なお話をされました。その意味で、両先生のご講演は、今回の記念事業が掲げた「文化の創造と継承」というテーマをまさに体現したものであったと言うことができます。

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