神津朝夫

茶の湯の歴史では、すでに利休生前の『山上宗二記』が「茶の湯は禅宗より出たるによって僧の行いをもっぱらにす。珠光・紹鷗ことごとく禅宗なり」とし、珠光以来とされる臨済宗大徳寺派の禅とのかかわりが強調されていた。茶の湯の正統を自認する千家としては、法華宗の玄哉は利休の師としてふさわしくない人物であり、逆に禅宗であった紹鷗こそがそれにふさわしいと意識されたのではなかろうか。『山上宗二記』が玄哉を利休の師とはっきり明記することを避けたのも同じ理由からだったに違いない。紹鷗から印可を受けた唯一の弟子が熱心な法華宗徒だったのでは、茶の湯は「ことごとく禅宗」とするその論理に大きな矛盾を生じることになるからだ。
つまり、玄哉の名は自然に忘れられたのではなく、『山上宗二記』においては意識的にぼかされ、『千利休由緒書』において完全に千家の歴史から抹殺されたのであった。宗旦が知っていたほんとうの師は隠され、新たな家伝が創作されたのである。

4 thoughts on “神津朝夫

  1. shinichi Post author

    臨済宗(臨濟宗)は、中国禅宗五家(臨済、潙仰、曹洞、雲門、法眼)のひとつで、唐の臨済義玄( – 867年)を宗祖とする。彼は『喝の臨済』『臨済将軍』の異名で知られ、豪放な家風を特徴として中国禅興隆の頂点を極めた。

    現在の日本の臨済宗は江戸時代に白隠が再興したもので、唐代とは大きく異なり、公案に参究することにより見性しようとする看話禅に変貌を遂げている。この家風は、坐禅に徹する曹洞宗の黙照禅と比較されることがある。

    禅宗は悟りを開く事が目的とされており、知識ではなく、悟りを重んじる。 禅宗における悟りとは「生きるもの全てが本来持っている本性である仏性に気付く」ことをいう。 仏性というのは「言葉による理解を超えた範囲のことを認知する能力」のことである。 悟りは師から弟子へと伝わるが、それは言葉による伝達ではなく、坐禅、公案などの感覚的、身体的体験で伝承されていく。 いろいろな方法で悟りの境地を表現できるとされており、特に日本では、詩、絵画、建築などを始めとした分野で悟りが表現されている。

    建仁寺派
    1202年(建仁2年)、宋に渡って帰国した栄西により始まる。
    栄西は最初に禅の伝統を日本に伝えた。

    東福寺派
    1236年、宋に渡り帰国した円爾(弁円)により京都で始まる。

    建長寺派
    1253年、鎌倉幕府五代執権・北条時頼が宋から招いた蘭渓道隆により始まる。

    円覚寺派
    1282年 中国から招かれた無学祖元により鎌倉で始まる。

    南禅寺派
    1291年、無関普門により始まる。

    国泰寺派
    1300年頃、慈雲妙意により始まる。

    大徳寺派
    1315年、宗峰妙超により始まる。

    向嶽寺派
    1378年、抜隊得勝により始まる。

    妙心寺派
    1337年、関山慧玄により始まる。

    天龍寺派
    1339年、夢窓疎石により始まる。

    永源寺派
    1361年 寂室元光により始まる。

    方広寺派
    1384年、無文元選により始まる。

    相国寺派
    1392年、夢窓疎石により始まる。

    佛通寺派
    1397年、愚中周及により始まる。

    興聖寺派
    1603年、虚応円耳により始まる。

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  2. shinichi Post author

    法華宗は、妙法蓮華経を依拠教典とする仏教の宗派。

    天台法華宗 – 天台宗の正式名称。隋代の智顗を開祖とし、平安時代に最澄が日本に伝来した宗派。最澄は自身の諸著作で「天台法華宗」または「天台法華円宗」と記し、「天台宗」という略称は用いなかった。下記の分派との差別化のため山門派、円仁派とも。
    天台寺門宗 – 長等山園城寺を総本山とする上記の一派。寺門派、円珍派。
    天台真盛宗 – 戒光山西教寺を総本山とする上記の一派。真盛派。

    日蓮を開祖とする宗派の別名、または総称
    日蓮宗 – 身延山久遠寺を総本山とする宗派。
    日蓮正宗 – 多宝富士大日蓮華山大石寺を総本山とする宗派。
    日蓮本宗 – 多宝富士山要法寺を総本山とする宗派。
    日蓮法華宗 – 1952年に渡邊日正が開いた宗派。
    顕本法華宗 – 妙塔山妙満寺を総本山とする宗派。
    法華宗本門流 – 本能寺など四山を大本山とする宗派。
    法華宗陣門流 – 長久山本成寺を総本山とする宗派。
    法華宗真門流 – 慧光山本隆寺を総本山とする宗派。
    本門法華宗 – 卯木山妙蓮寺を総本山とする宗派。
    日蓮宗不受不施派 – 龍華山妙覚寺を総本山とする宗派。
    不受不施日蓮講門宗 – 久遠山本覚寺を総本山とする宗派。

    日蓮を開祖とする宗派のうち、勝劣派の諸門流が形成した宗教法人
    法華宗真門流 – 一致派の日像門流(四条門流)から独立した門流。日真門流。
    本門法華宗 – 一致派の日像門流(四条門流)から独立した門流。日隆門流。
    法華宗本門流 – 一致派の日像門流(四条門流)から独立した門流。日隆門流。
    法華宗陣門流 – 一致派の日静門流(六条門流)から独立した門流。日陣門流。
    顕本法華宗 – 一致派の日常門流(中山門流)から独立した門流。日什門流。
    法華宗興門流 – 勝劣派の門流。日興門流(富士門流)。
    富士門流 – 日興門流
    日什門流

    伝統仏教十三宗旨の一つ。

    日蓮門下の全門流の総称。1334年に後醍醐天皇より日像が宗派の名として法華宗の宗号を賜ったという。

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  3. shinichi Post author

    (sk)

    千利休の師であった辻玄哉の名前を消すだけでなく、玄哉の存在すらも歴史から抹殺してしまう。伝統の作成過程にはよくあることだが、自分たちを正統とすることは、都合がいいとか悪いとか以上のに重要なのかもしれない。

    自分たちは正統である。自分たちは正義である。そういう考え方は、内向きには自分たちの優越性の確認作業であり、外向きにはすべてを敵に回す危険性をはらんだチャレンジである。

    日本で伝統と呼ばれるものには、自分たちがいかに正統かということを掲げるものが不思議なくらいに多い。そして、そのほとんどが作り話だという、なんともいえない状況がある。

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