野上ふさ子

日本では、人間の圧倒的な支配から動物を守ろうという考えや立場は、すべて「動物愛護」という言葉で表現されてしまいがちです。法律まで、「動物の保護及び管理 に関する法律」(1973年制定)が、「動物愛護及び管理に関する法律」という名称に変更されてしまいました(1999年)。その結果、多様な動物保護の考えや行動が、一くくりにされることの弊害も生じています。動物保護の活動は、その動機、背景、思想など、他の社会問題に同様に多種多様です。
それを認めないと、自分のやっていることだけが正しく異なった考えや活動は間違 っているといった排他的な傾向や、一部を見て全体をこうだと思いこむような排他的偏見が生じます。
動物保護の分野でも、建設的に批評しあいながらも、互いの立場を尊重しあって、より豊かで実りのある多様な活動を起こしていく一助とすべく、とりあえず用語の整理をしてみたいと思います。

One thought on “野上ふさ子

  1. shinichi Post author

    動物保護活動における用語の定義

    野上ふさ子

    http://www.alive-net.net/law/gainen/yougo.html

    ●動物愛護

     「愛護」には、愛し守るという意味があります。自分が愛するものを守ろうとする こと、また虐げられている動物を「かわいそう」に思うことは、人としての自然な心情です。特に、家族の一員として扱われている犬や猫などのペットが愛護の主要な対象となるのも当然のなりゆきです。また、人の家族の中ではペット動物は「子供」と見なされていることが多く、不当な虐待や遺棄から守られなければならない弱者としても認識されています。

     とはいえ、愛護の情はあまり客観的なものとは言えません。人によって千差万別と 言ってもいいかもしれません。ペットを人間同様に扱うことが愛だと思いこむと、かえって動物の本来の習性や生態を損なわせるようなことにもなりかねません。

     また、愛護の対象が犬や猫などのペット中心になる結果、畜産動物や実験動物は棚上げにされたり、有害動物(農林業宝飯害を起こす動物など)や移入動物(在来種を 捕食するなどして生態系をかく乱する動物など)は除外されてしまいがちです。

     こうしてみると、人によって捉え方に落差がある愛護は、法律や基準など国民が遵 守すべき規範の用語としては適していないと思われます。動物保護の基準は、愛する・愛さない、好き・嫌いに関係なく、客観的で公正なものでなければならないからで す。

    ●人道主義

     「愛護」を英語に訳すときには、該当する用語がないことに苦労します。英国では 19世紀に、家畜や実験動物の虐待に心を痛めた人々による「動物虐待防止協会(S PCA)」が結成され、最初の動物保護法は動物虐待防止法と名付けられました。また当時、産業革命によって多数の社会的弱者が生み出されたとき、「人道主義」の理念にもとづいて、虐待から動物や児童を救済する運動が展開されるようになりまし た。アメリカでは19世紀に結成された最初の動物保護団体は、人道協会(Humane Society)と名乗っています。ヒューメインには、「思いやりのある・人情味のある ・人道的な」といった意味があります。日本でも戦前には、欧米の人道主義運動の影響を受けた知識人、宗教家、ジャーナリストなどが中心となって日本人道協会が結成され、活発な動物救護活動が行われていました。

    ●動物福祉

     動物福祉(Animal Welfare)は、一般的に人間が動物を所有・使用することを認めた上で、単に虐待を防ぐ、苦痛を与えないというレベルからさらに進んで、よりよい 飼育環境の向上を図るといった意味があります。何が動物にとってよりよい飼育環境 かを知るためには、動物の本来の生理や習性、生態への理解が必要となり、野生状態の観察調査や動物行動学、獣医学に基づく応用科学的な研究も行われるようになりま した。また、福祉の対象もペットに限らず、畜産動物や実験動物、動物園動物などと 幅広いもので、飼育におけるストレスの軽減や除去、飼育環境の快適さの促進は、実験動物や畜産動物の分野では重要なテーマとなっています。動物を殺す場合は、可能な限り心身の苦痛のない方法を取ることとされています。

     しかし、日本ではこれもまた「動物愛護」の名前で翻訳されることが多く、たんに「動物をかわいがること」というフイルターにかけられてしまうため、殺処分の現実から目をそらすことになったり、動物行動学、獣医学的な知見への理解が進まないこ とになってしまいます。

    ●動物保護

     動物保護(Animal Protection)という用語は、飼育動物に限らず、野生動物に対 しても使用されます。これは人間活動によって圧迫されて弱い立場に追いこまれてい る動物(あるいは弱者)を、迫害・絶滅から救い守るといった意味合いがあります。 人身保護、自然保護、河川保護という用語もあります。一時保護、緊急保護というよ うに、保護の必要のないところまで危機を回復させようとする方向性も含んでいま す。

     「保護」は同時に管理ともオーバーラップします。人は動物を保護するために、人の管理下におき、動物に侵害を加える人間の行為を規制します。保護と管理が表裏の 関係にあることから、よりいっそうその基準は公正で客観的なものでなければなりま せん。一方、動物愛護には一時愛護、緊急愛護といった概念がないように、愛護の基準を設けることに困難さがあります。動物の愛護及び管理に関する法律という名称に違和感を感じるのはこのためです。

     ちなみに、現行の各国の法律の名称を見ると、英国は動物保護法(1911)、ドイツ も動物保護法(1936)、アメリカは動物福祉法(1964)です。

    ●動物愛護法は名称変更を

     1999年に動物保護法は動物愛護法と名称変更されました。これは当時の行政官、議員たちが、この法律をペット法としてしか認識していなかったことの現れで す。しかし、法の定義を見ればわかるように、「愛護動物」はペットに限らず、人が占有しているすべてのほ乳類、鳥類、は虫類を対象としています。たとえその動物の飼育目的が肉用であれ実験用であれ、人が動物を飼育する限りにおいて、人として取 るべき保護と管理の責任を負わせています。

     法律がすべての国民に強制力をもつものである以上、保護とは何か、管理とは何かに定義がなされ、それにもとづいて公正に運用されなければなりません。この観点か らみると、特に「愛」という感情を法律で定義することの困難さが浮き彫りになりま す。もう一度動物保護法へと名称を変更し、動物福祉の原則に基づいた適切な飼育方法と飼育責任を人に課すことを定めるべきと思います。

    ●動物の権利、動物の解放

     欧米諸国では、動物の権利(Animal Rights)、動物の解放(Animal Liberation) という哲学とそれに基づく運動が相当の支持を得ています。これもまた日本のメディアを通すと「動物愛護」運動と翻訳され、いっそう誤解を増幅させる一因となっています。

     1978年にパリのユネスコ本部で各国の動物保護団体の尽力により「世界動物の 権利宣言」が発表されました。この宣言では動物の個体の保護が基本概念となっていますが、1989年の宣言では生態系の基礎の上に動物の権利を位置づけています。 (ALIVEのHP、「法律」のページを参照)

     動物の権利、解放のいずれの運動においても、社会的公正、生命倫理に関わる哲学が根拠となっています。

    ●自然保護、生態系保全

     動物園の野生動物は生まれ故郷からも群れ社会からも引き離された孤立した存在です。一方、自然界の野生動物は、その生息地において複雑で多様な生物種で構成される生態系の一員です。野生動物の保護とは、単に個体を守るだけではなく、その生息 地を保護することを意味します。生息地を守ることによって自然界を構成する多種多様な生物を絶滅させることなく維持させていこうとする行為を、保全 (Conservation)と言います。

     この考えでは、保護の対象は、動物の個々の個体ではなく、個体群や種あるいは種によって構成される生態系となります。そのために時として、増えすぎた個体や外来種の取り扱いについて、個体の保護と種の保全との利害が対立することがあります。

    ●社会的合意形成

     現在、社会の多数の人々は野生動物保護の重要性を理解していますが、たとえば外来・移入種動物問題のように、その保護のあり方について意見が対立するときには、 議論を尽くし、両者が歩み寄って大筋で合意できる方向性を作り出していく必要があ ります。特に捕獲後の取り扱いについては、終生飼育の原則での施設飼育や一般譲渡、あるいは不妊化放獣などを選択肢に入れるとともに、どうしても止むを得ない場合の安楽死の措置などをガイドラインに盛り込むべきです。このような合意形成がなされなければ、対策に実効性は期待できず、啓発普及活動にも阻害をきたします。

     また、一段上の大きな視野に立って、野生動物の捕獲や輸出入や販売、飼育行為を禁止したり、生態系自体が人間の産業活動によって破壊されないように保全されなければならないという観点で合意をはかっていくことが大切と思われます。

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