福永文夫

Fukunaga社会党は、占領下に行われた「民主化」を評価・受容し、その頂点とも言うべき日本国憲法を擁護する立場をとった。他方で自由民主党は、占領後期の「安保」を梃子として、それを発展させ現在にいたっている。1950年代、鳩山一郎・岸信介らは、行き過ぎた占領政策の是正、第九条をはじめとする憲法改正、そして再軍備を主張し、吉田に挑戦した。60年安保騒動は、保守と革新が先鋭的に衝突した場だった。
それは同時に、保守のあり方にも変容を迫った。明治憲法下の保守政治から日本国憲法下の保守政治を生むことになる。それは保守本流と呼ばれ、護憲と日米安保を共存させることで、改憲・再軍備を唱える自民党内のもう一つの流れと、他方で護憲・日米安保反対を唱える野党それぞれと対峙する政治だった。
戦後日本の政治は、「憲法」と「安保」という二つが引き寄せあって一つにならない楕円のなかに展開し、いまあらためて国際社会との関わりを問われている。

2 thoughts on “福永文夫

  1. shinichi Post author

    日本占領史1945-1952
    東京・ワシントン・沖縄

    by 福永文夫

    1945年の敗戦後、マッカーサーを頂点にGHQの支配下に置かれた日本。当初占領政策は非軍事化・民主化を推進、平和主義を追求した日本国憲法が花開く。だが冷戦が深まる中、日本を「反共親米」にすべく、政策は経済復興に転換される。51年、朝鮮戦争の最中に結ばれたサンフランシスコ講和条約は日米安保条約とセットの締結となった。本書は、21世紀まで続く「戦後体制」が創られた日本占領7年間の全貌を描く。

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  2. shinichi Post author

    (sk)

    整理すると、

    保守1 護憲 安保堅持 占領政策の継続
    保守2 改憲 再軍備 戦前への回帰
    野党 護憲 安保反対 軍備の放棄

    ということになる。どれも嫌だと思うのはなぜだろう。

    野党2 憲法放棄 安保放棄 国家の解体

    なんていうのも困るけど。。。

    Reply

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