共感には、さまざまな定義があるが、同情とは違うものだとされている。同情も共感も、相手の感情状態を自分も同様に体験するのであるが、同情の場合は、原則的に相手が悲しんでいるとか、苦しんでいるとかのネガティブな感情をもっている場合のものである。
共感はもう少し、広い意味に用いる。たとえば、相手が悲しんでいる時に自分も悲しい場合は同情でも共感でもあるが、相手が喜んでいる時に自分も嬉しくなるとすれば、これは共感と言っても、同情とは言わない。
アメリカでもっとも人気のある精神分析理論である自己心理学の祖、ハインツ・コフート(1913-81)がこの共感に目をつけたのは、観察手段としてである。相手の心理状態や主観的世界は、この共感によってしか観察できないのだ。
どのように観察するかというと、相手の立場に身をおいてみて、自分がどのような心の体験をするかを想像するのである。
。。。 想像は、相手が同じ人間である以上、多少なりとも当たっているはずだというのがコフートの基本理念である。少なくとも、相手の背景情報を知る、あるいは相手の立場にたつまでは、相手の心の中がほとんど想像できなかったところが、多少は気持ちがわかるようになる。
和田秀樹 サバイバルのための思考法
「共感能力」を高め、対人関係をよくする
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20121115/330782/?rt=nocnt
前回、「こころの知能指数」ともいわれるEQ能力の話をしたが、おそらく多くの人にとって、対人関係能力を高めるというのは、自分でも必要な能力と思っておられることだろう。
対人関係能力の中で、EQ理論でもっとも重要視されているのが共感能力である。
これは、実は、現代精神分析でも重視されている考え方でもある。
そこで、今回は、現代精神分析理論に基づいた共感能力、対人関係能力の高め方について論じてみたい。
相手の心理状態は共感によってしか観察できない
共感には、さまざまな定義があるが、同情とは違うものだとされている。同情も共感も、相手の感情状態を自分も同様に体験するのであるが、同情の場合は、原則的に相手が悲しんでいるとか、苦しんでいるとかのネガティブな感情をもっている場合のものである。
共感はもう少し、広い意味に用いる。たとえば、相手が悲しんでいる時に自分も悲しい場合は同情でも共感でもあるが、相手が喜んでいる時に自分も嬉しくなるとすれば、これは共感と言っても、同情とは言わない。
アメリカでもっとも人気のある精神分析理論である自己心理学の祖、ハインツ・コフート(1913-81)がこの共感に目をつけたのは、観察手段としてである。相手の心理状態や主観的世界は、この共感によってしか観察できないのだ。
どのように観察するかというと、相手の立場に身をおいてみて、自分がどのような心の体験をするかを想像するのである。
相手の立場を想像すれば多少は気持ちがわかる
たとえば、がみがみと口うるさくて、人のあらばかり探す年配の女性社員がいたとしよう。普通に接している限り、あつかいにくい社員である。しかし、その人の背景情報を知った上で、その立場に自分の身をおいてみるとちょっと違った見方ができる。
夫がぜんぜん家に帰らない人で、息子や娘も年頃になってその人を煙たがっている。会社ではうるさいおばさん扱いされていて、男性が話し掛けることはなくなってきたし、ほかの女性社員からもあんな風にはなりたくないと馬鹿にされている。そういう背景情報をつかんだとして、さらに自分がそんな状況だったら、どんな心の世界になるのかを想像するのだ。
たとえば、そんな境遇の人が、部下のちょっとしたミスを見つけたらどんな気分になるかを想像する。いつも馬鹿にされている自分が多少なりとも偉そうにできる場をみつけたと嬉しく感じるかもしれないし、ふだん鬱屈している怒りの感情がわき出すかもしれない、あるいはやっと若い人と話すきっかけができたが、他に話し掛ける方法がないのかもしれない。
こういう想像は、相手が同じ人間である以上、多少なりとも当たっているはずだというのがコフートの基本理念である。少なくとも、相手の背景情報を知る、あるいは相手の立場にたつまでは、相手の心の中がほとんど想像できなかったところが、多少は気持ちがわかるようになる。
共感も日ごろのトレーニングで身につく
実際の治療の場面であれば、治療者がその想像を伝えることで当たっているかの確認ができる。そして当たっていた場合に、患者はわかってもらえたと感じて少しずつ精神の安定や成長を勝ち得ていくのだ。
オフィスでこのような空想をする場合も、それによって、その女性が口うるさいのにも腹が立たなくなってくるだろうし、もう少しこちら側が自然に接してあげることを通じて、相手の態度やぎすぎすした感情も和らいでくるかもしれない。
はっきりと「お寂しいんでしょうね」と口に出すことは難しいだろうが、社員食堂で独りで食事をしているところに、隣に座ってあげるだけで、やたらに人懐っこくなったり、社内の情報をぺらぺらと教えてくれるかもしれないのだ。
いずれにせよ、共感も日ごろのトレーニングや習慣づけ次第で身につけることが可能な能力である。まず、時々は、特に対人関係がからむシチュエーションでは、自分の立場や主観だけでものを感じたり、考えたりするのでなく、相手の立場に身をおいてみて、考えたり、感情を想像したりする習慣を身につけたい。そういう体験を積み重ねていくだけで、人の気持ちがわかる人に徐々になっていくものだ。
ついでに、自分の思考パターンのバリエーションも増えていくので一挙両得のトレーニングとも言える。
別の共感の利用法としては、商談の際などに相手の立場でものを考えることによって、相手の弱点や落しどころが見えてくることもあるだろう。それによって、交渉能力や説得能力もハイレベルなものになってくるのだ。
ただし、残念ながら、相手の立場にたって相手の心を想像したとしても、それが当たっているとは限らない。自分なら、恋人に逃げられたら落ち込むだろうなと想像しても、それで怒り狂っている人もいるだろう。もちろん、共感しないよりは、相手の気持ちにアクセスしやすいかもしれないが。
部下や同僚の成功を素直にほめてあげる
コフートに言わせると、患者が治療者に求める心理ニーズは三つしかないそうだ。これをヒントにすると、部下とか相手の心理ニーズが読みやすくなるかもしれない。そして、この心理ニーズが満たされた時に、患者は満足したり、治療者のことを慕ったり、精神的に安定するとされている。
一つ目の心理ニーズは、「鏡」と呼ばれるものである。これは、患者や子供が何かをやってきた時に、治療者や親がほめてあげる、注目してあげることで自己愛が満たされるという、治療者や母親の機能である。
部下や同僚などの成功を素直にほめたり、あるいは一緒になって喜んであげれば、相手の自己愛は満たされ、あなたのことを好きになるのは当然過ぎることかもしれないが、これは対人関係の重要なテクニックだ。
あるいは、恋人が髪型や化粧を変えてきた時に、それをほめたり、気づいてあげたりすることで、相手を満足させるというのも、この「鏡機能」が働くからである。最近の研究では、ほめるしつけのほうが叱るしつけより、子どもの知的機能の発達を促進させることもわかっている。
たえず、相手に注目してやり、相手のほめるべき点をほめるテクニックを身につければ、相手に好かれるだけでなく、相手のことも発達させることができるのである。
安心感や生きる方向性を与えてあげる
二つ目の心理ニーズは、「理想化」と呼ばれるものである。人間というものは常にほめてもらうため、注目してもらうために張りきって行動できるものではない。あるいは、ほめてもらおう、注目してもらおうと行動したのに、思ったような反応が得られずに、不安になったり落ち込んだりすることもあるだろう。
たとえば、よちよち歩きができるようになった子どもに、母親が「すごい、すごい」と言ってあげなければ、その子どもは落ち込むだろうし、不安になるだろうし、これからの生き方の方向性を見失うかもしれない。あるいは、いじめられて落ち込んで、もう学校に行きたくないと思っていることもあるだろう。
こんな際に、父親が自分から見て神様のように見えれば、大丈夫の一言をかけてあげたり、ひざの上にのせてあげるだけで、子どもは安心感も得られるし、自分が強くなったような気になれる。また、父親のようになりたいと思い、再び生きる方向性が与えられる。
人間というのは、不安な時や落ち込んでいる時に、こんな風に神様を持ちたがるものなのだ。コフートはこのような形で、親や治療者が相手の神様役を引き受けてあげて、相手に安心感や生きる方向性を与えてあげる機能を「理想化機能」と呼んだ。
一般の人間関係にも、これは応用できるだろう。特に相手が不安な時や落ち込んでいる時に、恋人や部下の神様役を積極的に引き受けてあげることができれば、相手に安心感を与え、そのことが相手の尊敬をよけいに引き出すことができるものなのだ。
同じ人間だという感覚をもたせてあげる
最後は「双子自己対象機能」である。
対人関係のテクニックとして、相手をほめてやろうとしても、相手は「どうせお世辞を言っているだけなんでしょ」と反応したり、または神様を引き受けてやろうとしても、かえって相手に対して羨望やひがみを感じさせるだけの場合がある。
これがなぜ起こるかというと、患者が治療者のことを同じ人間と体験できていないのだとコフートは考えた。ここで治療者が、「私も若い時には、そういうことがあったよ」とか、「患者を治せない治療者もみじめなものです」などと言って、患者と同じ人間なのだとわからせることで治療を進める方法がある。
これも人間関係でも、使えるテクニックである。たとえば、前述の口うるさい年配の女性社員の場合も、「どうせ自分なんか」という形で、自分が同じ人間なのだという感覚を失いかけているから、非適応的な言動をとって、問題の人となっているのかもしれない。
時々、こちらから話かけてあげて、同じ人間だという感覚をもたせてあげるだけで、相手の態度もかわり、職場の人間関係が円滑にいくことだって十分考えられる。
なるべく相手の立場にたち、心理ニーズを満たしてやる
コフートに言わせると、これら三つは、人間が人に求める基本的ニーズである。
人間は、この三つのニーズが満たされないと不愉快になるし、攻撃的にもなる。逆に、三つのニーズを満たしてくれる人のことは好きになるし、相手を手放したくない気持ちが強くなるものだ。
将来的に、上手に相互依存していくためには、この人間の三つのニーズを知って、まず自分のほうから相手に心理的に依存させてあげることが賢明な生き方と言えるだろう。
なるべく相手の立場にたち、相手の心理ニーズに当たりをつけて、それを満たしてやる。
これだけでも対人関係能力や社交能力ははるかに上がっていくはずだ。