柴山哲也

安倍政権下では政権に批判的だった岸井成格、国谷裕子、古舘伊知郎氏といった有名キャスターが次々と番組を降板させられた事件があった。極めつけはNHK会長や経営委員の人事である。会長にはメディアとは何の関係もない経済界の籾井勝人氏が選ばれ、経営委員の中には百田尚樹、長谷川三千子といった人も知る右翼人士がそろって名を連ねていた。概ね安倍首相に近いといわれた人物が目立つ人選だった。NHK内部で何らかの忖度が働いたと思われる。
しかも籾井氏は就任の記者会見で「政府が右というものを左とはいえない」と露骨に公共放送の中立性を否定する政府寄り発言をして、NHKの路線変更を示唆した。そうか、NHKはこれからさらに右傾化するのか、と思ったものだ。案の定、原発報道を熱心にやっていた夜9時のニュース担当の大越健介キャスターが急に降板した。
最近ではテレビ朝日の報道ステーションで古舘氏とコンビを組んでいた小川彩佳キャスターの降板が伝えられている。小川キャスターは日本に珍しいクールなアメリカ型のテレビキャスターを思わせ、自分の意見をズバリといい、冷静に事実を伝える人だが、ネットメディアによれば、安倍政権に批判的であったため更迭されるというのだ。テレビ朝日の放送番組審議会委員長には、安倍首相のシンパといわれる幻冬舎の見城徹氏が就任している。

1 thought on “柴山哲也

  1. shinichi Post author

    日本のメディアは大丈夫か
    政府から独立した日本版FCCの創出を急げ

    柴山哲也

    (2018年8月26日)

    https://webronza.asahi.com/national/articles/2018082300001.html

    報道の自由度国際ランク11位から72位へ急落の意味

     長らくメディアにかかわってきた者として、日本のメディアは大丈夫か、という思いを今日ほど強くした日々はない。

     日本の報道の自由度の国際ランクはここ数年、後進国並みの70位前後をウロウロしている(昨年72位、今年67位)。アジアでも台湾(42位)、韓国(43位)よりはるか下で、昨年はモンゴルの下になった。日本の言論機関とジャーナリズムは大丈夫なのか。われわれはいつの間に、民主主義先進国の自負をなくしてしまったのだろうか?

     もともとランクが低かったわけではない。9年前の政権交代時の民主党・鳩山政権時代の国際ランクは11位と、北欧諸国に肩を並べたことがあった。記者クラブ制度の自由化と改革、記者会見へのフリーランスの参加、官庁の情報公開進行のほか、原口総務大臣(当時)の下で電波規制当局を総務省からはずす日本版FCC(米国の連邦通信委員会がモデル)の創設、メディアの集中を規制するクロスオーナーシップ廃止など、先進国として遅れていた電波監理と放送制度の諸改革を戦後初めて実行する法案の国会提出が行われた時代でもある。

     言論の障壁をなくすのだから、新聞記者やメディアにとっては希望の時代だった。しかし鳩山政権が試みたメディア改革の試みは、その後の相次ぐ政権交代の連鎖の中で挫折した。この夏に経験した命の危険のある猛暑と大災害と共に、メディア自身も崖から転がり落ちる危機の時代に至っていることを実感したのだ。

     72位に急落した昨年以来、安倍政権は国民世論の現実から目を背け、モリカケとか一部の政財界、人事権を握った高級官僚らの限られた仲間の人々の得になるような政治を推進していることが誰の目にも明らかになっているのに、国会で多数派を占めている自民党は自分たちの間違いを糺(ただ)せないでいる。役所の文書改竄は当たり前、国会でも平然と嘘をつく、国民に奉仕すべき政治家、公務員という人々が、私利私欲で動いているように見える。文科事務次官だった前川喜平氏のような立派な人もいるが、それは例外だ。

    注:報道の自由度ランキング パリに本拠を置く国際的ジャーナリストの団体「国境なき記者団」が世界180国の報道の自由度を、国家権力による記者の抑圧、暴力の有無、人権の棄損などをはじめ、メディアの独立性 、多様性 メディアの環境、 自己規制の有無、 メディア会社の経営基盤、 透明性の確保 などを項目別に調査して点数を出し、その合計点で国別ランキングを出している。報道の自由度のランキングを数字で表している。

    大阪北部地震、西日本豪雨災害の情報飢餓とテレビ

     行政の機能不全の実害も起こった。大阪北部地震の政府対応が鈍かったので、私の住む関西近郊の被害はなかなか全国に伝わらなかった。その後の中国、四国や近畿圏を襲った大水害もそうだ。比較的災害が起こらない京都でも、先例がないほどの集中豪雨に見舞われ、鴨川が氾濫するとか、嵐山の渡月橋が危ないという情報が携帯電話の警告でもたらされ、自衛隊の出動が要請されていたが、肝心な自衛隊がどのような動きをしたのかという具体的なニュースや情報はなかった。

     あの時、安倍首相や与党幹部が赤坂自民亭に集合して宴会をやっていたことがわかり、気象庁の大規模豪雨の警告は出ていたのに、豪雨下の災害に対して政府は呑気だった。しかもその翌日にはオウムの大量処刑が実施され、テレビワイドショーは豪雨報道どころか、死刑の公開処刑を思わせる実況中継もどきをやっていた。赤坂自民亭宴席には執行書にサインした上川法務大臣もいた。しかもその時に撮影した宴会写真を得意げにツイッターにアップしたのが危機管理担当の西村官房副大臣だったというから驚きである。

     国民の負託に応えるべき立法府の自民党議員たちの政治感覚は麻痺し、与党多数派だから何をしようと民主主義だととんでもない誤解をしていて、ヒトラーが独裁に至った道の真似をしているのではないかと思った。

     現代では情報伝達のスピードを競うならツイッターとかフェイスブックがまさり、テレビや新聞はSNSに比べて時間差がある。しかし自衛隊出動レベルの大災害時にあっては、SNSの個別情報では信頼度の上でも歯が立たない。個別的なものでなく、国民全体を巻き込むニュース報道となると、組織された巨大なテレビ、新聞の出番だが、影響力の大きさ、強さから見れば、圧倒的にテレビだろう。

     テレビはスイッチを入れれば映像が瞬間的に映り手軽に使える。活字の新聞は新聞社で発行され、各地域に発送され、販売店から読者が受け取って広げて読むまでには相当の時間と労力が必要だ。

     アメリカで9.11同時テロが起こったとき、それまでテレビに飽きていたアメリカの人々はこぞってテレビのスイッチを入れた。ネットは渋滞して役に立たなくなることがあるが、テレビは電源さえあれば有効なメディアになる。アメリカでテレビが主要メディアとして復活したのは9.11以降といわれる。

    テレビに忖度を持ち込んだ安倍政権

     日本では小泉政権誕生の時、テレビが大活躍した。「自民党をぶっ壊す」といって、ワンイッシューの「郵政民営化」を挑戦的に掲げて登場した小泉政権は「ワイドショー内閣」と呼ばれ、一躍、小泉首相はテレビの寵児となった。見た目やパフォーマンスがテレビ時代にマッチしたのだ。
     当時、テレポリティクス(テレビ政治)という造語が生まれ、政治学者までこの言葉を使っていた。テレビが政治を動かすという意味だ。田原総一郎氏が司会する「サンデープロジェクト」という政治討論番組は、硬派の政治ネタを討論する番組なのに、二ケタの視聴率をとる看板番組になった。日曜日の朝の番組が翌、月曜日以降の政局にまで影響し、田原氏は「自民党の影の幹事長」といわれるほどだった。

     小泉内閣のテレビ政治を支えた背後には田中真紀子、塩川正十郎といったタレント議員の功績もあり、同じ自民党でも他人が真似できるものではなかった。黙っていてもテレビが寄ってくるのが小泉政権だった。

     また小泉氏の秘書官だった飯島勲氏は、小泉氏のメディアへの露出戦略をテレビやスポーツ紙、週刊誌などの大衆受けする路線に変更し、ぶら下がり会見のやり方もテレビ的な演出に改める戦略を採用していた。アメリカでスピンドクターといわれる高度なメディア戦略を積極的に取り入れたのである。

     小泉政権時代と同じようにテレビを使おうと考えたのが、後継指名された安倍首相ではないだろうか。

     しかし安倍政権は黙っていてもテレビが寄ってくる大衆受けする人気政権ではなかったし、飯島氏のように広報戦にたけたスピンドクターがいたわけでもない。

     さらに小泉氏と安倍氏の性格や大衆受けの度合い、政治思想の違いによるものだろう。安倍氏は逆にあれこれと気にいらないテレビ番組に文句をつけ、放送法4条の「政治的に公平であること」の条文を盾にとり、偏向報道を行ったとして政治介入することで、テレビを傘下に収める手法をとっているように見えた。要するにテレビ界に安倍政権への「忖度(そんたく)」を持ち込んだといえる。

     しかも国民に人気のない特定秘密保護法、共謀罪、同盟国との集団的自衛権を認める安保法などを、反対する野党を押し切って強行採決したので、国連人権委員会は、これらの法案は「日本国民の自由と人権を損なう恐れが存在している」と警告するに至った。

     小泉政権はテレビの寵児ではあったが、政権が直接、テレビ局に圧力をかけたという話はほとんど聞かない。

     しかし安倍政権下では政権に批判的だった岸井成格、国谷裕子、古舘伊知郎氏といった有名キャスターが次々と番組を降板させられた事件があった。極めつけはNHK会長や経営委員の人事である。会長にはメディアとは何の関係もない経済界の籾井勝人氏が選ばれ、経営委員の中には百田尚樹、長谷川三千子といった人も知る右翼人士がそろって名を連ねていた。概ね安倍首相に近いといわれた人物が目立つ人選だった。NHK内部で何らかの忖度が働いたと思われる。

     しかも籾井氏は就任の記者会見で「政府が右というものを左とはいえない」と露骨に公共放送の中立性を否定する政府寄り発言をして、NHKの路線変更を示唆した。そうか、NHKはこれからさらに右傾化するのか、と思ったものだ。案の定、原発報道を熱心にやっていた夜9時のニュース担当の大越健介キャスターが急に降板した。

     最近ではテレビ朝日の報道ステーションで古舘氏とコンビを組んでいた小川彩佳キャスターの降板が伝えられている。小川キャスターは日本に珍しいクールなアメリカ型のテレビキャスターを思わせ、自分の意見をズバリといい、冷静に事実を伝える人だが、ネットメディアによれば、安倍政権に批判的であったため更迭されるというのだ。テレビ朝日の放送番組審議会委員長には、安倍首相のシンパといわれる幻冬舎の見城徹氏が就任している。

    報道の自由を守るには権力側こそ忖度する必要がある

     政権に批判的で都合の悪いテレビキャスターを降ろすのは実は、簡単なことなのだ。

     政権側は総務省を通じて電波の免許更新時の許認可権を手にしている。さらに放送法4条の「偏向しないこと」という条文を盾にして放送法違反による電波取り消しを匂わせれば、放送局幹部をひれ伏させることができる。高市総務大臣(当時)が国会でしきりに放送法の「偏向」条文に関するコメントをし、「停波」発言をしていたことを思い出す。偏向報道疑惑で民放が政府から睨まれると電波の免許更新ができなくなるので、テレビ局の死活問題になる。

     また公共放送NHKともなれば年度予算の国会承認が必要なので、多数派与党の顔色を常時気にせざるを得ない。

     実際に電波免許取り消しの先例はないものの、総務省から「偏向報道」の指摘を受けるのは避けたいのが、放送局幹部の本音だろう。そこに政権に対する忖度の余地が働いて、放送内容の自粛や自己規制が起こる。

     実をいえば、今のような政府に都合の良い放送システムの下では、放送の自由を守るには政府権力側の配慮こそ不可欠なのだ。権力側は免許を取り消すという“剣”を隠し持っている。だからこそ権力者は鎧の下に隠した剣をひけらかすことなく、言論の自由を守る配慮と逆の忖度を働かさなければならない。

     日本の報道システムには「報道の自由」を守るうえで、大きな法的欠陥があるのだ。そこを自覚することで、権力を握る側は、言論の自由を守るための十分な教養と配慮、理性が求められている。忖度が必要なのは言論機関の側ではなく、政権与党の側なのだ。権力者が近代国家の憲法に無知で、言論の自由の歴史的意味を理解できなければ、言論の自由を守ることはできない。欧米では言論の自由がどのような苦節をへて近代憲法に書きこまれたかを、日本の為政者はもっと学ばなければならない。

     これは官僚の人事権と似た問題でもある。内閣府に人事権を奪われた財務省幹部が国会で安倍政権への忖度発言を繰り返したのと同じように、政権の側が憲法の言論の自由を守る気がなければ、堂々と圧力をかける土壌が日常化する。圧力をかけられたテレビ局では忖度番組がはびこることになる。

    メディアのクロスオーナーシップを規制する必要

     活字メディアの新聞は理性的に事実を伝え、分析するジャーナリズム能力はテレビより優れている。また放送局のように総務省などの監督官庁もない。戦前の日本が無謀な戦争に走ったのは新聞に自由がなかったからだとGHQは考えて、新聞の政府からの自由を保障した。その意味で、現在の日本の新聞は政府からの100%の自由を享受できる立場にある。
     しかし日本のマスメディア界には独特のクロスオーナーシップというシステムがある。新聞社が民放各社のオーナーとなり系列化している。朝日→テレビ朝日、毎日→TBS、読売→日本テレビ、産経→フジテレビなどだ。この系列化は地方の民放テレビ各局にまで及んで行く。テレビ局の所有や経営権だけでなく、人事とニュースの系列化、一元化に及ぶところが、クロスオーナーシップの特徴だ。

     欧米ではメディアのM&Aは盛んだが、経営者が編集権にはタッチできない仕組みになっている。英国最古の新聞『タイムズ』がメディア王マードックの会社に買収されたとき、知人の記者に聞くと「オーナーが変わっても我々の仕事に変化はない。いつもどおりの仕事を続けるだけ」と話していた。マードックの保守的な考えが『タイムズ』に反映されることはないと彼は言った。

     ところがNHKの経営委員会を見ても放送局の経営陣は経営に専念するだけではなく、変わったばかりの籾井会長がのっけの記者会見で報道内容に口を出している。欧米では考えられないことなのだ。

     東京のキー局の放送局を子会社に持つ新聞社は地方テレビ局が新設される時には、新聞各社が経営権獲得に乗り出して系列化を狙うので、かつての新聞社には電波獲得のための「波取り記者」がいたといわれる。「波取り記者」は記事を書くことはなく、ひたすらテレビ電波獲得のための政治工作をする役割だった。

     ちなみにメディアを系列化して所有するクロスオーナーシップは、言論の独占と一元化をもたらすので、欧米では規制ないし禁止されている。

    ・・・

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