トランスペアレントな社会

 トランスペアレントという言葉がよく使われるが、トランスペアレントな社会、つまり透明性が高く隠し事のない社会は、道徳か倫理社会の教科書のなかにしか存在しない。隠し事のない人がいないように、隠し事のない社会もありはしない。隠し事をしてはいけないという建前が先に立てば、人間の本音は居場所をなくしてしまう。はたしてそれは、いいことなのだろうか。
 トランスペアレントな社会からは、暴露も消える。隠し事がなくなれば、暴露することもなくなってしまう。隠し事のない息の詰まるような社会では、どんな事情も考慮されない。AI がすべてを明らかにし、説明できないことをなくしてゆく。
トランスペアレントな社会を作りだすテクノロジーには心がない。だから、真理や道徳を考えたり思ったりはしない。利益をもたらすことや、注目されることで、より多くの収益をあげる。テクノロジーによって現れたトランスペアレントな社会では「良い悪い」よりも「儲かる儲からない」が重要なのだ。
 トランスペアレントな社会からは、プライバシーも消えてしまう。隠し事のない社会では、プライバシーを保とうとすれば隠し事をしていると言われ、まるで悪いことをしているかのように扱われてしまう。より多くのビッグデータを得るために、そしてまたシステムをより効率的に運用するために、プライバシーの放棄が勧められる。
 人間という元来透明性の似合わない生き物に透明性を求めた結果、人間という不可解で非論理的・非合理的な存在は、行き場を失っている。監視され、自由を完全に失ってしまったのだ。トランスペアレントな社会は決していい社会ではない。
 トランスペアレントな社会は、モラルやエシックスから生まれたものではない。世界中に人の数を越えて存在している IoT端末と、Google に代表されるインターネット検索と、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)と、ブロックチェーンと、ビッグデータと、ブロックチェーンと、AI とかが、束になってトランスペアレントな社会を作り出している。
 人は相変わらず隠し事をする。それが習性だと言わんばかりに隠し事をしたがる。ところが世界中の IoT端末とそれを繋ぐネットワークによって「いつ」「どこ」にいて「なに」をしたかが分かってしまう。インターネット上の情報は、高度に発達した検索で簡単に見つかる。自己顕示欲が強い人や承認欲求が強い人は、自分をアピールするため、人から認めてもらうため、そして人と繋がるために SNS に自分についての過剰な情報を載せるが、それもトランスペアレントな社会の広がりを助長している。関連した事実が時系列に並んでいるブロックチェーンを前にして「それは違う」と言える人はひとりもいないし、個人情報は守られているというビッグデータのなかにも関連情報は潜んでいる。そして AI が、バラバラの情報をあっという間にまとめ、どんなに隠したいことも白日の下にさらしてしまう。テクノロジーが隠し事を不可能にし、社会はどんどんトランスペアレントになってゆく。
 誰もテクノロジーの進歩を止められないなかで、社会はますますトランスペアレントになり、隠し事をひとつも持てない恐ろしい世の中がやってくる。その先に待っているのは、何もしていないのに、そして何も言っていないのに、考えただけで、思っただけで、それが知られてしまう社会。なんと恐ろしいことだろう。

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