デービッド・アトキンソン

強い相関関係を発見した場合、まずデータ自体を疑います。データ量は十分かどうか、恣意的なデータ選別になっていないかを確認します。
次に、因果関係を追求します。相関関係は偶然なのか。反証はできるか。
さらに因果の方向性を確認します。例えば、雨が降っているから傘をさす人が多いのか、多くの人が傘をさしているから雨が降っているのか。この例の場合、言うまでもなく前者が正しいです。当然、仮に一部の人が傘をさしていないからといって、雨が降っていないという結論にはなりません。
これらの作業の過程で、世界中で発表されている論文を検証し、学者のコンセンサスも探ります。

One thought on “デービッド・アトキンソン

  1. shinichi Post author

    日本を惑わす「そう見えるでしょう経済学」の盲点
    「財政出動で経済は必ず成長する」には根拠なし

    by デービッド・アトキンソン

    https://toyokeizai.net/articles/-/508019

    「財政出動すれば経済は復活する」という俗説

    最近、政府支出の増加率と経済成長率の相関を表したグラフをよく見るようになりました。

    このグラフを見ると、政府支出の伸び率が大きくなるほど、GDPが伸びるような印象を抱きます。実際、この少なすぎるデータを充実させて回帰分析をやり直しても、政府支出の伸び率とGDP成長率の相関係数は0.91と、非常に高い数値であることが確認できます。これだけを見ると、両者が密接に連動していることがわかります。

    一部の日本の経済評論家はこのデータを根拠に、「財政出動するほど経済が成長する。これは世界的にも共通の傾向だ」と主張しています。自民党の中でも、この相関に注目している議員が少なくありません。

    日本は、OECD33カ国中で政府支出が最も増えておらず、経済も成長していないことがデータで確認できます。これらの事実をとらまえて、一部の評論家は「政府支出を増やせば自動的に日本経済が成長する」と主張しているのです。

    逆に、日本経済が成長しないのは政府支出が少ないからだと決めつけ、財政の健全化を訴え続けている財務省が元凶だとする話もよく耳にします。

    「バラ色の未来」を語る経済政策のロジック

    彼らが主張する経済成長のメカニズムは、以下のようなものです。政府支出が増えれば、市場に需要が増え、企業がその需要増に対応して設備投資を増やす。そうすると生産性も上がる。生産性が上がれば、賃金も上がる。つまり、政府支出を増やせば、賃金が「自動的」に上がるという理屈です。

    さらに、GDPが増えることによって、GDPに対する政府の借金の比率が下がり、財政も改善するとも言っています。

    彼らはこのバラ色のシナリオを、MMTの理論を使って強化しようともしています。おそらくそれは「日本はすでに多額の借金をしており、政府支出を増やして借金をさらに大きく積み増すのは危険だ」という反論に対抗する意図があってのことでしょう。

    MMTとは、「自国通貨を発行できる国の場合、政府がどんなに支出を増やしても国家が破綻することはない」という理論なので、この理論にのっとれば政府支出を大幅に増やすことが可能です。

    確かに先ほどの図表を表面的に見ると、政府支出を増やすほど、経済は自動的に成長するような印象を受けます。なので、仮に政府支出を今の約2倍の200兆円に増やしたり、消費税を廃止したとしても、経済は成長するので、気にする必要はないというのが積極財政派の主張です。

    彼らの説が正しいとすると、政府支出の増加によって需要も増えるので、デフレ脱却も可能だということになります。

    しかし、最も大事な生産性の低迷の原因についての議論は、「生産性の低下はデフレの結果である」と片づけられてしまっています。

    政府支出を絞っているマクロ政策の結果として需要が足りず、その結果、物が売れない。個別の企業が頑張って生産性を上げても、経済のパイは広がらないので、別の企業の生産性はその分だけ悪くなって、全体の生産性を上げることができないというのが彼らの主張です。つまり、生産性を上げていないから経済が成長しないのではなく、政府支出が増えないから需要が不足し、そのために生産性が上がらないという理屈です。

    おそらく、この主張の背景には、政府支出が経済成長を決めるという、ケインズ経済学の「総需要至上主義」があるのでしょう。

    この一連の理論は、素晴らしく整理されていると思います(もちろん皮肉です)。彼らが言わんとしていることは、個人の努力などは一切不要で、責任の所在は政府だけにあり、政府が支出を増やしさえすれば経済成長は保証されるので、構造改革も不必要ということです。彼らは、おまけに「人口減少・高齢化問題」も存在しないと主張しています。

    「そう見えるでしょう経済学」の大きすぎる盲点

    もし仮にこの説が事実ならば、どこの国の政府も経済政策には一切苦労しませんし、不況になることもないでしょう。バラ色の世界が訪れるはずで、この説を考えた人は「人類を救った偉人」として、永久に歴史にその名を刻むことになるでしょう。

    しかし、こんな都合のいいシナリオは、現実にありうるでしょうか。

    私は、このような「分析」を、「そう見えるでしょう経済学」と呼んでいます。1つの相関関係を見つけて恣意的に図表を作り、「ね、そう見えるでしょう!」と人を説得するやり方です。

    確かに、何も考えずに先のグラフだけを見れば、多くの人はその主張を信じるかもしれません。また、可処分所得が減っている人にとっては、理解もしやすいうえ、希望の光のように映るかもしれません。

    しかし、この主張には大きな問題があります。それは、この図表が表しているのが、ただの相関関係だけだということです。

    我々アナリストは、このように複数の異なる指標の間にここまで強い相関関係を発見したとしても、そこで安易に結論を下して仕事を終えることはありません。なぜならば、このような発見は、分析作業の始まりでしかないからです。

    アナリストの場合、このような強い相関関係を発見した場合、まずデータ自体を疑います。データ量は十分かどうか、恣意的なデータ選別になっていないかを確認します。

    次に、因果関係を追求します。相関関係は偶然なのか。反証はできるか。

    さらに因果の方向性を確認します。例えば、雨が降っているから傘をさす人が多いのか、多くの人が傘をさしているから雨が降っているのか。この例の場合、言うまでもなく前者が正しいです。当然、仮に一部の人が傘をさしていないからといって、雨が降っていないという結論にはなりません。

    これらの作業の過程で、世界中で発表されている論文を検証し、学者のコンセンサスも探ります。

    先に紹介した図表の理屈に関しては、論文を検証する以前に、多くの人がすぐに気づく問題点が浮かびます。それは税収と政府支出とGDPの関係です。

    1972年から2019年までの期間の先進国の政府支出とGDP成長率の相関係数は確かに0.91です。しかし実は、税収とGDP成長率の相関係数も0.87で、ほとんど変わりません。

    世界銀行のデータによると、先進国の2019年のGDPに対する政府支出の割合は平均19.1%でした。一方、税収は15.3%でした。財政の健全化はまだ多くの国の重大関心事なので、大きな財政赤字は注目されます。ですから当然、税収と政府支出の相関関係は強いはずです。事実、税収の総額と政府支出の総額の相関係数は0.98です。

    「そう見えるでしょう経済学」的に相関関係だけを見れば、「税収を増やすことでGDPが成長する」という理屈も成立します。しかし、さすがにこの話は誰も信じないでしょう。

    ここで確認しなくてはいけないのが、因果の方向性です。つまり、「GDPが成長したから政府支出が増えた」のか、それとも「政府支出が増えたからGDPが成長した」のか、ということです。

    世界の経済学者はどのように論じてきたのか

    では、政府支出とGDPの因果関係について検証してみましょう。

    経済学を勉強した人なら、ワグナーの法則を思い出すのではないでしょうか。ワグナーの法則では、近代国家の性質上、経済が成長すればするほど、政府支出が増えるとされています。この法則に関してはその真偽について否定的な意見もありますが、19世紀から基本的な法則としていまだに使われています。

    ワグナーの法則も含めて、経済学の論文を確認しておきましょう。

    2019年の「Government Size and Economic Growth: A Review of International Literature」では、近年発表されている論文をもとにして、政府支出とGDPの因果関係について検証しています。

    実は、政府支出がGDPの成長を促進するか、その逆かに関しては、主に4つの仮説が存在します。

     (1)Keynesian view:政府支出は経済成長を促進する
     この説では需要を重視して、政府支出が大きくなればなるほど、供給がリードされ、経済が成長するとしています。

     (2)Wagner’s Law:経済成長に伴って、政府支出が増える
     この仮説はワグナーの法則を基準にしています。政府支出は非効率なので、経済成長を促進しないとされています。主に新古典派の経済学者が支持する仮説です。

     (3)Bidirectional causality view:双方的な因果関係
     仮説1と2の中道として、経済が成長すれば政府支出が増えるので、それに伴いGDPがさらに増えて、政府支出が増える、つまりは好循環が生じるという説です。

     (4)Neutrality view:政府支出とGDP成長は関係していない
     この説は最も少数派です。政府支出と経済成長は別物で、互いに影響しあっていないとされます。この説では経済成長を政府部門と非政府部門に分けて、政府部門が伸びて経済が成長しても、非政府部門は恩恵を受けないと分析しています。

    先の論文では、(1)に関して6本、(2)は22本、(3)は10本、(4)は12本の論文が確認されています。

    この4つの仮説の中で、どの説も、データ、期間、国や地域、検証方法などによって、一定の因果関係が確認されています。

    この論文の結論として、データの多さ、国の多さなどを基準に、総じて(2)、その次に(3)の仮説が最も有力としています。また、(1)と(4)の説を主張する論文も増えていることが指摘されています。

    結論として、「政府支出を増やせば経済は成長する」と断言する根拠はない、と言えるのです。

    「魔法にすがる」のをやめて、当たり前の政策を着実に

    これまで投稿してきた記事でも指摘してきたとおり、政府支出の総額だけではなく、どのような内容の政府支出を行うかが重要だというのが、私の主張です。

    政府支出には、成長を促す生産的支出もあれば、促さない移転的支出もあります。国によって、時期によって、その中身の割合が変わります。そのため、4つの仮説それぞれに一定の示唆があるものの、政府支出と経済成長の因果関係が不安定で決定的ではないのは、政府支出の中身次第で経済成長に与える影響が変わるから、というのが私の解釈です。

    つまり、単純に政府支出を増やせばいいということではなく、「どういう支出を増やせば経済が成長するか」を真剣に検証するべきなのです。

    日本のMMT論者には、「政府支出を増やせば経済は成長する」と言っている人がいますが、論理が単純すぎます。率直に言うと、この主張は間違いです。

    さらに、日本のMMT支持者の中には、「日本は政府がどんなに支出を増やしても、財政破綻しない」と主張している人もいます。しかし、もし仮に「大幅に政府支出を増やせる」という主張が正しかったとしても、それは「無規律・無条件に政府支出を増やすべきだ」という主張を肯定する理由にはなりません。ただの飛躍です。

    MMT論者は、ことあるごとに「今は需要が足りないから、日本経済が成長しない。だから政府が需要を増やすべきだ! 消費税廃止だ!」と主張していますが、「需要が足りないというのなら、そのエビデンスを示してください」と何度聞いても、まともな回答が返ってきたためしがありません。

    また、財政出動を肯定したとしたら、「何に、いくらを投入すると、GDPはどれだけ成長する(乗数効果)のか」と問いかけても、no ideaなようで、まともに答える人はいません。ただただ、「増やせばいい、増やせば経済が成長する」とお経のように唱えるだけです。

    日本経済低迷の原因は人口減少対策を打っていないから

    私は、日本経済が低迷している主な原因は、生産年齢人口減少の悪影響を減じるための方策を政府が講じていないからだと分析しています。

    安倍政権以降、日本は、不況でもなければデフレでもないので、量的景気刺激策は効果がないと分析しています。特に、日本の労働参加率は史上最高となっていますので、失業率が高いと効果が大きくなるケインズ経済学的な財政出動は乗数効果が低く、経済成長に貢献しないと考えています。

    加えて言えば、1990年代に入ってから、日本政府は1000兆円以上の負債を増やしてきたにもかかわらず、GDPが横ばいで成長していない事実を深く考えるべきです。今まで政府支出を大きく増やしてきたのにGDPが成長していない中で、なぜ今「財政出動をすればGDPが成長する」と言えるのか、大変疑問に思います。

    よって、「インフレ率2%目標を達成するまで財政出動するべき」といった抽象的なバラマキ政策には賛同できません。

    しかし一方で、生産的政府支出が十分ではないのも、また事実です。

    高齢者はあまり減らないので、今後も年金・医療などの社会保障費の負担は減りません。一方で、それらを負担する現役世代の納税者は減る一方です。そのため政府がその負担を捻出しなくてはいけなくなり、経済を成長させるための支出を犠牲にせざるを得なくなっているのが日本の現状です。

    この問題を解決するには、生産性の向上しかありません。生産性の向上を実現するには、政府が生産性向上政策を実施する必要があります。当然、政府支出も必要です。この場合の政府支出は「生産的政府支出(Productive Government Spending:PGS)」と呼ばれるものです。

    この点に関しては、以前の記事でも説明しましたが、どんなに検証を繰り返しても、必ずこの原点の結論に戻ります。

    GDPの成長は、人口増加と生産性向上で成り立っています。日本の場合、これから何十年も、人口が増えないどころか減り続けるので、技術革新とその普及にしか、経済成長の拠り所は存在しません。

    技術革新と普及には投資が最も大事です。(1)研究開発、(2)設備投資、(3)人材投資の三大基礎投資が、今後の日本がとるべき選択肢です。

    「日本経済が成長しないのは、政府支出が足りていないからだ」という見方は単純すぎて、明らかに間違っていますし、物事の一部しか説明できていません。消費税を悪者にする説も同様です。

    さきほども説明したとおり、日本経済が低迷している理由は、人口減少と高齢化社会による悪影響に、政府が真剣に対応していないからです。

    人口減少問題に対応するために、政府支出は必要です。しかし、人口減少に対応する経済政策がないまま、それを誤魔化すために財政出動を増やすのは危険極まりないうえ、絶対に効果は出ません。

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