安田峰俊

中華人民共和国の首都は北京だが、例えば香港や台湾や、南方の広東省の住人たちは、北京を「北韃子」どもが住む単なる田舎街だとみなす価値感が根強い。香港人や広東人に言わせれば、北京は決して中国の中心ではないのだ。現在の北京を支配する共産党政権についても、過去のモンゴル人の元朝や満州人の清朝や、袁世凱の北洋軍閥や華北戦線の日本陸軍と同じように、所詮は夷狄か寇盗のなかまである「共匪」どもが、遠く貧しい北方の町で勝手に威張っているに過ぎないと考える冷めた視点が存在している。
現在の中国共産党は、「ひとつの中国」や「統一戦線工作」といった政治用語が大好きだ。2008年の北京オリンピックで採用された「同一世界、同一個夢想」というスローガンも、こうした言葉と共通する意図を持つ。だが、為政者たちによってこの手の言葉が盛んに使われるのは、現実の中国が本当はちっとも統一されておらず、中央政権のコントロールできる空間がごく限られたものでしかないことの裏返しにほかならない。
北京で天下をとったつもりでいる中国共産党が作った国家「中華人民共和国」とは、無限に近い広がりと多様性を持つ「支那」の内部で、ごくわずかな一部分を占めるささやかな存在にすぎない。

1 thought on “安田峰俊

  1. shinichi Post author

    和僑
    農民、やくざ、風俗嬢。中国の夕闇に住む日本人

    by 安田峰俊

    (2012)

    「日本より中国の方が自由で暮らしやすいんですよ」一党独裁体制下の農村生活を、日本社会よりも選んだ2ちゃんねらー。「組を作ってくれと頼まれたんや」と嘯く中国警察公認の“日本人組長”。中国で喰い、中国を喰らう日本人を追った前代未聞のルポルタージュ!!「和僑」は今世紀に日本人の間で生まれた造語、海を渡る日本人を指す概念である。嫌われている国をわざわざ選んだ者達に映った、変わる中国と変わらぬ日本の姿。

    **

    なぜ日本人の2ちゃんねらーは、日本より雲南省の山奥の農村に住むことを選んだのか?
    なぜ日本共産党から日中友好協会と、友好に身を捧げた女性はネット保守へ転向したのか?
    なぜ日本のやくざに、日系企業が「組の設立」を依頼し、日系暴力団が誕生したのか?
    なぜマカオに、日本人風俗嬢はわざわざ出稼ぎに行くのか?

    中国で喰い、中国を喰らう日本人。
    「和僑」の姿が明らかになる。

    和僑とは?
    「和僑」とは、今世紀になってから日本人の間で作られた造語である。もともとは、中国人の奥さんを貰ったミュージシャンのファンキー末吉が、在外華人を意味する「華僑」をもじって発明した言葉らしい。現在、「和僑」をネットで検索すると、和僑会や「和僑ネットワーク」などのビジネス系のサイトが上位に並ぶが、漢字の字義を考えるなら、海外移住をした人から出稼ぎや旅行・留学などを目的に短期滞在をする人まで、「和僑」とは海の向こうに渡る様々な日本人たちすべてを含む概念なのである。

    本書に登場する和僑たち
    ・雲南省の山村に住む農民の青年。重度の2ちゃんねらー
    ・マカオで「カジノを買い取りたい」と豪語する富豪
    ・海外で出稼ぎをし、『ニッポン定食』として働いていた風俗嬢
    ・海外赴任をしても日本人村に引きこもる、上場企業の駐在員たち
    ・金嬉老と同じ刑務所にいたという、在上海、日系暴力団組長
    ・日中友好協会に入り、友好に身を捧げたのち、反中となり、ネット保守になった活動家

    ―――――――――――――――――――――――――――――
    マカオの欲望の海を漂う弓長さんやヒカルさん、上海に二十一世紀の日本人町を作り上げている駐在員とその関係者たち、魔都の夜に君臨する義龍老人、北京で日中友好の幻想に翻弄された心正しき人たち、そして、雲南省の農村に住むヒロアキさん――。
    海を渡って中国に住んだ和僑たちから感じられる母国の影は、本国の社会が必死で払拭しようと努力していたはずの、非常にウェットで泥臭くて洗練されていない「日本」の姿ばかりなのだった。
    もはや現実の日本国内にも存在していないほど、過剰に日本らしい日本なのである。
     それは、中国という外国が、良くも悪くも日本人の自己認識を刺激する国だからなのだろう。

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