寺山修司

海を知らぬ少女の前に麦藁帽子のわれは両手をひろげていたり

ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし

マッチ擦る束の間の海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

One thought on “寺山修司

  1. shinichi Post author

    海を知らぬ少女の前に麦藁帽子のわれは両手をひろげていたり

    ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし

    マッチ擦る束の間の海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

    列車にて遠く見ている向日葵は少年のふる帽子のごとし

    森駆けてきてほてりたるわが頬をうずめんとするに紫陽花くらし

    売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きして枯野ゆくとき

    とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ虐げられし少年の詩を

    あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな

    燭の火に葉書かく手をみられつつさみしからずや父の「近代」

    夏蝶の屍ひそかにかくし来し本屋地獄の中の一冊

    理科室に蝶をとじこめてきて眠る空を世界の恋人として

    黒土を蹴って駈けりしラクビー部のひとりのためにシャツを編む母

    兎追うこともなかり古里の銭湯地獄の壁の絵の山

    赤き肉吊るせし冬のガラス戸に葬列の一人としてわれうつる

    黒人に生まれざるゆえあこがれき野生の汽罐車、オリーブ、河など

    わが捨てし言葉はだれか見出さむ浮巣の日ざし流さるる川

    ピーナッツをさみしき馬に食わせつついかなる明日も貯えはせず

    麻薬中毒重婚浮浪不法所持サイコロ賭博われのブルース

    向日葵の下に饒舌高きかな人を訪わずば自己なき男

    わが天使なるやも知れぬ小雀を撃ちて硝煙嗅ぎつつ帰る

    わかきたる桶に肥料を満たすとき黒人悲歌は大地に沈む

    莨火を床に踏み消して立ちあがるチェホフ祭の若き俳優

    莨火を樹にすり消して立ちあがる孤児にさむき追憶はあり

    空は本それをめくらんためにのみ雲雀もにがき心を通る

    大いなる夏のバケツにうかべくるわがアメリカと蝶ほどの夢

    いつも背中に 紋のある 四人の長子あつまりて 姥捨遊びはじめたり

    とんびとやまの鉦たたき 手相人相家の相 みな大正の翳ふかき

    義肢県灰郡入れ歯村 七草咲けば年長けて 七草枯れれば年老くる

    子守の霊を捨てざれば とはに家出る こともなし

    大工町寺町米町仏町老母買ふ町あらずやつばめよ

    新しき仏壇買ひに行きしまま行方不明のおとうとと鳥

    桃の木は桃の言葉で羨むやわれら母子の声の休暇

    村境の春や錆びたる捨て車輪ふるさとまとめて花いちもんめ

    わが母音むらさき色に濁る日を断崖にゆく涜るるために

    君の歌うクロッカスの歌も新しき家具のひとつに数えんとする

    わがカヌーさみしからずや幾たびも他人の夢を川ぎしとして

    夏蝶の屍をひきてゆく蟻一匹どこまでゆけどわが影を出ず

    わがシャツを干さん高さの向日葵は明日開くべし明日を信ぜん

    一本の樫の木やさしその中に血は立ったまま眠れるものを

    かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰を探しに来る村祭り

    ころがりしカンカン帽を追うごとくふるさとの道駆けて帰らん

    一つかみほど苜蓿うつる水青年の胸は縦に拭くべし

    友のせて東京へゆく汽笛ならむ夕餉のさんま買いに出づれば

    一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき

    草の笛吹くを切なく聞きており告白以前の愛とは何ぞ

    舐めて癒すボクサーの傷わかき傷羨みゆけば深夜の市電

    夏川に木皿沈めて洗いいし少女はすでにわが内に棲む

    生命線ひそかにかへむためにわが抽出しにある一本の釘

    地球儀の陽のあたらざる裏がはにわれ在り一人青ざめながら

    飛べぬゆえいつも両手をひろげ眠る自動車修理工の少年

    青空より破片あつめてきしごとき愛語を言えりわれに抱かれて

    われ在りとおもふはさむき橋桁に濁流の音うちあたるたび

    知恵のみがもたらせる詩を書きためて暖かきかな林檎の空箱

    ダリアの蟻灰皿にたどりつくまでをうつくしき嘘まとめつついき

    うしろ手に春の嵐のドアとざし青年は已にけだものくさき

    高度4メートルの空にぶらさがり背広着しゆゑ星ともなれず

    わが通る果樹園の小屋いつも暗く父と呼びたき番人が棲む

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