Category Archives: poem

Wendell Berry

Expect the end of the world. Laugh.
Laughter is immeasurable. Be joyful
though you have considered all the facts.
So long as women do not go cheap
for power, please women more than men.
Ask yourself: Will this satisfy
a woman satisfied to bear a child?
Will this disturb the sleep
of a woman near to giving birth?
Go with your love to the fields.
Lie easy in the shade. Rest your head
in her lap. Swear allegiance
to what is nighest your thoughts.
As soon as the generals and the politicos
can predict the motions of your mind,
lose it. Leave it as a sign
to mark the false trail, the way
you didn’t go. Be like the fox
who makes more tracks than necessary,
some in the wrong direction.
Practice resurrection.

Bonnie Parker

You’ve read the story of Jesse James
Of how he lived and died
If you’re still in need of something to read
Here’s the story of Bonnie and Clyde.

Now Bonnie and Clyde are the Barrow Gang,
I’m sure you all have read
how they rob and steal and those who squeal
are usually found dying or dead.

・・・

They don’t think they’re too smart or desperate
they know that the law always wins.
They’ve been shot at before;
but they do not ignore,
that death is the wages of sin.

Some day they’ll go down together
And they’ll bury them side by side
To few it’ll be grief, to the law a relief
But it’s death for Bonnie and Clyde.

Dana Levin

Say Stop.

Keep your lips pressed together
after you say the p:

(soon they’ll try
to pry

your breath out—)

Whisper it
three times in a row:

Stop Stop Stop

In a hospital bed
like a curled-up fish, someone’s

gulping at air—

How should you apply
your breath?

List all of the people
you would like
to stop.

Who offers love,
who terror—

Write Stop.
Put a period at the end.

Decide if it’s a kiss
or a bullet.

錦見映理子

いま死んでもいいと思える夜ありて
        異常に白き終電に乗る

蜜満ちてゆくガーデニア・ガーデンを
        等圧線は取り囲み 雨

言葉が見つからないときには 詩を読む
詩はいつでもそこにいて 静かに微笑んでいる

忘れているけれど 私たちは
誰もが音楽を奏で
誰もが音楽を聴き
誰もが教え
誰もが教わり
誰もが人を救い
誰もが人に救われ
誰もが詩を書き
誰もが詩を楽しむ

頬に当たった陽のひかり
こころに触れた草花の匂い
海の底に堆積した悲しみ
ひとりひとりが かくす想い
記憶を踏みしめて出来た道

言葉が見つからないときには 君を思う
君はいつでもそばにいて 静かに微笑んでいる

Joy Harjo

For me, poetry is a way to speak when you have no words.

There’s always a poem out there that can change your life.

We’re here. We’re poets, we’re jazz musicians, we’re teachers. We’re human beings.

Those moments that are the most terrifying, empowering, grief-filled, joy-filled, they are always accompanied by poetry.

りりィ

めずらしく街は 星でうずもれた
透みきるはずの 体のなかは
氷のように 冷たい言葉で
結ばれた糸が ちぎれてしまう
心が痛い 心がはりさけそうだ
なにもいわないで
さよならは ほしくないよ

ふたりの間に ひびわれたガラス
小さくふるえる うしろ姿も
終りがきたのを 知らせるように
だんだん涙に 消えていった
心が痛い 心がはりさけそうだ
なにもいわないで
さよならは ほしくないよ

心が痛い 心がはりさけそうだ
心が痛い 心がはりさけそうだ

茨木のり子

真実を見きわめるのに
二十五年という歳月は短かったでしょうか
九十歳のあなたを想定してみる
八十歳のわたしを想定してみる
どちらかがぼけて
どちらかが疲れはて
あるいは二人ともそうなって
わけもわからず憎みあっている姿が
ちらっとよぎる
あるいはまた
ふんわりとした翁と媼になって
もう行きましょう と
互いに首を締めようとして
その力さえなく尻餅なんかついている姿
けれど
歳月だけではないでしょう
たった一日っきりの
稲妻のような真実を
抱きしめて生き抜いている人もいますもの

Alex Dimitrov

When I was younger
all I wanted was to be taken seriously.
A serious poet! Why not.
Now I realize being taken seriously
is as arbitrary as how long you live.
I would gladly trade wisdom for youth.
Or beauty. Or the way I stood
in the corner at parties,
always complaining how boring
they were, how we should have gone
somewhere else or maybe
shouldn’t have gone out at all.

梨木香歩

私のアイデンティティは、口幅ったいが、今でも内奥深く降りると「詩人」であるはずだ。そんな人間ですら、近年、以前と較べると日常的に「詩」を読む、ということからずいぶん離れていたように思う。

Robert Frost

Some say the world will end in fire,
Some say in ice.
From what I’ve tasted of desire
I hold with those who favor fire.
But if it had to perish twice,
I think I know enough of hate
To say that for destruction ice
Is also great
And would suffice.

俵万智

『源氏物語』には、七九五首の和歌が登場する。ストーリーの中心をなす恋愛の場面ではもちろんのこと、晴れの席で詠みあうこともあれば、独り言をつぶやくように歌が詠まれることもある。
 ここぞ、というときの和歌には、登場人物の思いが凝縮しているわけで、それが恋のゆくえを、大きく左右したりもする。心の通いあいから、すれ違い、かけひきにいたるまで、たった三十一文字の言葉にこめられたものは、かぎりなく豊潤で奥深い。

ポエマー

ポエマーという言葉をはじめて目にしたので少し調べてみたら
ニコニコ大百科に

「およそ人には見せられないようなこっ恥ずかしい厨二病的『詩』と称するものを自己サイトにアップロードする者。こうした人物は対外的行動を行わない傾向にあるため、一般に叩かれる要因は少ない」

と書いてあった

ポエマーは和製英語で
英語の poet とは違う

「いわゆる『二次創作』とは違い、完全に自分の主観やら希望やらがない交ぜになっており、非常に痛い」

とも書いてあり

「ある状況や話題に即し、詩の形態で心情を現そうと試みる者」

という説明もあった

「厨二病同様『はしか』のようなもので、かかると深みにはまる一方年をとると完治してしまうことが多い。しかし厨二病同様に免疫ができずに大人になる者も少なくない」

なんだか嫌だ

で 言えるのは

ポエマーって言われるのは嫌だ

ということ
 
今まで自分は 何者でもない 詩人ではない と言ってきたけれど
急に 自分のことが

詩人

に思えてきた

僕は詩人だ
ポエマーではない

好きになれない詩

詩があった
 黄金の太刀が太陽を直視する ああ 恒星面を通過する梨の花!
という書き出しで
好きになれない と感じ
僕には関係のない詩だ と思った
そうしたら
その詩を書いた人は高見順賞を受賞していて
藤村記念歴程賞も現代詩花椿賞も詩歌文学館賞も
芸術選奨文部大臣賞も毎日芸術賞も市民栄誉賞も
日本芸術院賞恩賜賞も受賞していて
紫綬褒章も旭日小綬章も受賞していて
文化功労者で日本藝術院会員で文学会の理事長で
要するに大御所で
現代日本を代表する先鋭的な詩人なのだそうで
高い評価を受けていると書いてあって
正直理解できないけれどなんか凄い なんていう感想が載っていて
疾走感あふれる詩といわれてるみたいだけれど 疾走感なんか感じられず
ふーんと思ってもう一度 詩を感じようとしたけれど
やっぱり 好きになれない詩だと思った

僕はやっぱり
 海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手を広げ
のほうが好きだ
うん? それは詩ではないって? 歌だって?

では やり直して
僕はやっぱり
 空の雲が厚くたれ下ってきて、雨粒が一滴二滴と頬や頭に落ち始めるときの、
 一種恍惚とでもいってよい安堵感を、何にたとえようか。
 まさしく天の慈雨である。
のほうが好きだ

あっ ちょっと待てよ
海を知らぬ少女の前に の詩人も
空の雲が厚くたれ下ってきて の詩人も
勲章なんか貰っていなかったじゃないか
文化功労者なんかじゃなかったじゃないか
だから好きなんだ

官製の権威に認められるような詩人が作った詩を
好きになれないと思った自分のことが
少しだけ好きになった

最果タヒ

想像の範囲内で生きていくのはつまらないですよね。みんな、本質的には色々な感情を持っている。それなのに、相手にわかるように言葉で説明するときに、とにかく単純化してしまいがちです。その都度、自分の感情を削ぎ落として、よくある話として、ポンって出してしまう。わかる話ばかり受け取っていると、概念しか残らないんですよ。例えば「愛」って言葉を表面的に使い続けると、その「愛」が人それぞれ違うってことを忘れてしまう。自分の知っている概念を話すだけなら、いっそ話す意味なんてないじゃないですか。

谷川俊太郎

万有引力とは
ひき合う孤独の力である
 
宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う
 
宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である
 
二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした

井上靖

むかし写真画報と言う雑誌で、比良のしゃくなげの写真を見たことがある。そこははるか眼下に鏡のような湖面の一部が望まれる北比良山系の頂で、あの香り高く白い高山植物の群落が、その急峻な斜面を美しくおおっていた。その写真を見たとき、私はいつか自分が、人の世の生活の疲労と悲しみをリュックいっぱいに詰め、まなかいに立つ比良の稜線を仰ぎながら、湖畔の小さな軽便鉄道にゆられ、この美しい山嶺の一角に辿りつく日があるであろう事を、ひそかに心に期して疑わなかった。絶望と孤独の日、必ずや自分はこの山に登るであろうと。
それから恐らく10年になるだろうが、私はいまだに比良のしゃくなげを知らない。忘れていたわけではない。年々歳々、その高い峯の白い花を瞼に描く機会は私に多くなっている。ただあの比良の峯の頂き、香り高い花の群落のもとで、星に顔を向けて眠る己が眠りを想うと、その時の自分の姿の持つ、幸とか不幸とかに無縁な、ひたすらなる悲しみのようなものに触れると、なぜか、下界のいかなる絶望も、いかなる孤独も、なお猥雑なくだらなぬものに思えてくるのであった。

石牟礼道子

わが洞のくらき虚空をかそかなるひかりとなりて舞ふ雪の花

狂へばかの祖母の如くに縁先よりけり落さるるならむかわれも

雪の辻ふけてぼうぼうともりくる老婆とわれといれかはるなり

ひとりごと数なき紙にいひあまりまたとぢるらむ白き手帖を

この秋にいよよ死ぬべしと思ふとき十九の命いとしくてならぬ

おどおどと物いはぬ人達が目を離さぬ自殺未遂のわたしを囲んで

ばばさまと呼べばけげんの面ざしを寄せ来たまへり雪の中より

最果タヒ

 千年前に共感する、そう書いてきたけれど、これは本当は「共感」ではないだろう。わからないものばかりだ。千年前の人々の思いは、目の前にいるだれかの言葉が、伝わってきても、胸を打っても、その人の考えていることすべてを知り尽くすことはできないのと同じように。「ああ、この人は生きている」と震えるように思えたって、それでも、「わかる」とは少し違っていた。そのことを、ここに、最後に書いておきたい。

最果タヒ

 今の日本語は、できるかぎりはっきりと、わかりやすく、誰にでも伝わるように整理して表現することが求められる。けれど、私にとって詩はその真逆にある言葉だった。わかりあうことなんてできないような、もやもやした曖昧な部分を、わからないままで、言葉にする。「わからないけれど、でも、なんかいいなって思った」と言ってもらえるとき、私はその詩がかけてよかったな、と思う。すべてを明確に記すことはないけれど、そのかわりに、グラデーションのような感覚を言葉にすることができるはずで、少なくとも私はそう信じてきたのだ。最初に訳そうとしたこの歌で、私は詩の言葉で訳す意味みたいなものを見つけた気がした。途方も無いことだな、とも思った。思ったけれど、でも私は、逃げないだろうな。一つ目の訳。そのとき、そんなことを考えていた。

最果タヒ

インターネットと宇宙が膨張を続けている。でも、インターネットは爆発して、残るのが水野しずみたいなものと少しのスイッチだけ。宇宙は膨張を続けて、人類は太っていくね。潔癖なひとたちが作った街は、えぐいカラフルとファンタジーがまざりあって、朝でも昼でも夜みたいだ。きのう、きみがやってきて、どこかに帰っていった。いま、ここで息をしていること、立っていることに、価値を見いだされる人間なんてどれぐらいいるんだろうか。テレビが垂れ流すゆめや愛だけが、正しい概念。光の粒に変換された顔が、町中にちらばって会いに来るんだ。死んだ人も保存ができる。絵や言葉は保存が出来る。いま、生きている人がきみにできるのは、裏切りだけかもしれないね。

石牟礼道子

瞬時もやすまず
こわれつづけているのに
よくも
きょうまで
もてていたものだ。

こころの原型のようなものは
もうわからない
わかるのは
こころのあったあたりに
疼痛が残っているだけである
なんとかやわらげたいものだが
ともかく
夜が明けるから
もう
ねむってみようではないか

星野光世

もしも 魔法が使えたら
四畳半ひと間の家でいい
どんな貧しい家でもいい
父さん 母さんがそばにいる
ふつうの家庭に行ってみたい

e.e.cummings

maggie and milly and molly and may
went down to the beach (to play one day)

and maggie discovered a shell that sang
so sweetly she couldn’t remember her troubles,and

milly befriended a stranded star
whose rays five languid fingers were;

and molly was chased by a horrible thing
which raced sideways while blowing bubbles: and

may came home with a smooth round stone
as small as a world and as large as alone.

For whatever we lose(like a you or a me)
it’s always ourselves we find in the sea

石牟礼道子

 この前、明け方の夢を書き留めるようにしるした「虹」という短い詩にも、やっぱり猫が貌をのぞかせた。どうやら、黒白ぶちの面影があるようにも思える。

不知火海の海の上が
むらさき色の夕焼け空になったのは
一色足りない虹の橋がかかったせいではなかろうか
この海をどうにか渡らねばならないが
漕ぎ渡る舟は持たないし
なんとしよう

媛よ
そういうときのためお前には
神猫の仔をつけておいたのではなかったか

その猫の仔はねずみの仔らと
天空をあそびほうけるばかり
いまは媛の袖の中で
むらさき色の魚の仔と戯れる
夢を見ている真っ最中

 かつては不知火海の沖に浮かべた舟同士で、魚や猫のやり取りをする付き合いがあった。ねずみがかじらぬよう漁網の番をする猫は、漁村の欠かせぬ一員。釣りが好きだった祖父の松太郎も仔猫を舟に乗せ、水俣の漁村からやって来る漁師さんたちに、舟縁越しに手渡していたのだった。

W. H. Auden

Leap Before You Look

The sense of danger must not disappear:
The way is certainly both short and steep,
However gradual it looks from here;
Look if you like, but you will have to leap.

Although I love you, you will have to leap;
Our dream of safety has to disappear.

小野小町, 渡部泰明

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを
小野小町 古今集・恋二・五五二
あの人のことを思いながら寝たから夢に見えたのかしら
夢だとわかっていたら目覚めなかったのに

和泉式部, 藤原定家, 渡部泰明

黒髪のみだれもしらずうち臥ふせば まづかきやりし人ぞ恋しき
和泉式部 後拾遺集・恋三・七五五
黒髪の乱れるのもかまわず倒れ臥すと
こんな時髪をかき上げてくれたあの人がまずなにより恋しい

かきやりしその黒髪のすぢごとに うち臥ふすほどは面影ぞ立つ
藤原定家 新古今集・恋五・一三九〇
かき上げてやった彼女の黒髪の美しい髪筋までも
独り臥していると鮮明に面影が浮かぶ

渡部泰明

恋と恋愛は、同じではありません。恋愛は、男女二人がいれば、それで完結します。一人ではできないものですし、また二人以外の邪魔者は、いないほうがいい。けれども恋は、もっと大きな世界をもっています。逆に一人でも恋せるのです。今でいう「片思い」ですね。それは、歌の恋の重要なテーマです。というより、和歌の中の恋は、いつでも片思いです。「恋ふ」は「乞ふ」ものです。全身で求め、願うものです。仮に両思いであったとしても、自分の恋しさのほうがずっと深い。それゆえ必ず片思いなのです。

社会はいつでも恋に対立します。恋する人間にとって、障害であり、敵です。社会というと堅苦しいですが、歌の言葉でいえば、「世」であり「世の中」です。恋の歌には「世」「世の中」が繰り返し詠まれます。恋しい相手だって、現実に囚われていて、恋に逃げ腰であれば、もう社会の一部でさえあるのです。障害としての社会にぶつかりながら、「恋ふ」気持ちを抱きしめている。それが「恋」の核心です。社会という制約の中で、自分の真情を大事にすること。そう考えれば、これは人が生きるあらゆる局面にかかわってくることがわかるでしょう。だからこそ恋は、公的な一大テーマとなったのです。

黒髪の乱れも知らずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき  和泉式部
かきやりしその黒髪の筋ごとにうち臥すほどは面影ぞ立つ  藤原定家

佐佐木信綱

白蓮は藤原氏の女なり。「王政ふたたびかへりて十八」の秋ひむがしの都に生れ、今は遠く筑紫の果にあり。「緋房の籠の美しき鳥」に似たる宿世にとらはれつつ、「朝化粧五月となれば」京紅の青き光をなつかしむ身の、思ひ余りては、「あやまちになりし躯」の呼吸する日日のろはしく、わが魂をかへさむかたやいづこと、「星のまたたき寂しき夜」に神をもしのびつ。或は、観世音寺の暗きみあかしのもとに「普門品よむ声」にぬかずき、或は、「四国めぐりの船」のもてくる言伝に悲しぶ。半生漸く過ぎてかへりみる一生の「白き道」に咲き出でし心の花、花としいはばなほあだにぞすぎむ。げにやこの踏絵一巻は、作者が「魂の緒の精をうけ」てなれりしものなり。而して、「試めさるる日の来しごと」くに火の前にたてりとは、この一巻をいだける作者のこころなり。――さはれ、その夢と悩みと憂愁と沈思とのこもりてなりしこの三百余首を貫ける、深刻にかつ沈痛なる歌風の個性にいたりては、まさしく作者の独創といふべく、この点において、作者はまたく明治大正の女歌人にして、またあくまでも白蓮その人なり。ここにおいてか、紫のゆかりふかき身をもて西の国にあなる藤原氏の一女を、わが『踏絵』の作者白蓮として見ることは、われらの喜びとするところなり。

千原こはぎ

真っ白なショートケーキのどのへんを崩せば好きになってくれますか

ともだちであると確認した夜にうっかりキスを一度だけした

横井也有

  • しわがよるほくろができる背がかがむあたまがはげる毛が白くなる
  • 手はふるう足はよろつく歯はぬける耳は聞こえず目はうとくなる
  • またしても同じ話に孫自慢達者自慢に古きしゃれいう
  • くどくなる気短かになるぐちになる思いつくことみな古くなる
  • 身にそうは頭巾えり巻きつえめがね湯婆温石にしびんまごの手
  • 聞きたがる死にともながるさびしがるでしゃばりたがる世話やきたがる

Edna St. Vincent Millay

I, being born a woman and distressed
By all the needs and notions of my kind,
Am urged by your propinquity to find
Your person fair, and feel a certain zest
To bear your body’s weight upon my breast:
So subtly is the fume of life designed,
To clarify the pulse and cloud the mind,
And leave me once again undone, possessed.
Think not for this, however, the poor treason
Of my stout blood against my staggering brain,
I shall remember you with love, or season
My scorn with pity, —let me make it plain:
I find this frenzy insufficient reason
For conversation when we meet again.

寺山修司

ぼくは不完全な死体として生まれ
何十年かかって
完全な死体となるのである
そのときには
できるだけ新しい靴下をはいていることにしよう
零を発見した
古代インドのことでも思いうかべて

「完全な」ものなど存在しないのさ

寺山修司

昭和十年十二月十日に
ぼくは不完全な死体として生まれ
何十年かかゝって
完全な死体となるのである
そのときが来たら
ぼくは思いあたるだろう
青森市浦町字橋本の
小さな陽あたりのいゝ家の庭で
外に向って育ちすぎた桜の木が
内部から成長をはじめるときが来たことを

子供の頃、ぼくは
汽車の口真似が上手かった
ぼくは
世界の涯てが
自分自身のなかにしかないことを
知っていたのだ

三角みづ紀

とりいそぎの水と
ジュースと野菜を
赤いかごにいれて
レジに並んでいたら
彼はあわてて その場をはなれて
一束のチューリップを持ってくる
わかりやすいピンクの
まだつぼみのそれらは
計量カップに飾られて
咲くのを 待っている

與謝野晶子, 平野萬里

十二年の春四月の末つ方大磯でかりそめの病に伏した時の作の一つ。病まぬ日は昔を偲ぶをこととしたが、今病んでは事毎にまだ痛まなかつた昨日の事が思はれて心が動揺する。ましてそれは心の動き易い行く春のこととてなほさらである。この時の歌はさすがに少し味が違つて心細さもにじんでゐるが同時に親しみ懐しみも常より多く感ぜられる。二三を拾ふと いづくへか帰る日近き心地してこの世のものの懐しき頃 大磯の高麗桜皆散りはてし四月の末に来て籠るかな 小ゆるぎの磯平らかに波白く広がるをなほ我生きて見る もろともに四日ほどありし我が友の帰る夕の水薬の味 等があげられる。

北川悦吏子

僕は遅いかもしれない。だけど走ろうと思う。
僕は寂しがりやかもしれない。だけど隠そうと思う。
僕は負けるかもしれない。だけど闘おうと思う。
僕は愛されないかもしれない。だけど愛そうと思う。
僕は弱虫かもしれない。だけど強くなろうと思う。
僕は君が望むような僕じゃないかもしれない。
でも、だけど…君の心の灯が消えそうなときは、そっと手をかざそう。
いつまでもかざそう。

吉野弘

正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

田口久人

女性にとって会話は心のやりとりだが
男性にとって会話は情報のやりとり
女性は考えがまとまらないから話し
男性は考えがまとまったら話す
女性はすべて聞きたいと思うが
男性はすべて話す必要はないと思う
女性は悩みを聞いて欲しいだけなのに
男性は悩みを解決しようとする
女性は言わなくてもわかって欲しいのに
男性は何も言われなければ大丈夫だと思う
だからいつまでも男女はすれ違う

吉野弘

母は
舟の一族だろうか。
こころもち傾いているのは
どんな荷物を
積みすぎているせいか。

幸いの中の人知れぬ辛さ
そして時に
辛さを忘れている幸い。
何が満たされて幸いになり
何が足らなくて辛いのか。

舞という字は
無に似ている。
舞の織りなすくさぐさの仮象
刻々 無のなかに流れ去り
しかし 幻を置いてゆく。

――かさねて
舞という字は
無に似ている。
舞の姿の多様な変幻
その内側に保たれる軽やかな無心
舞と同じ動きの。

器の中の
哭。
割れる器の嘆声か
人という字の器のもろさを
哭く声か。

Francis Jammes

Lorsque je serai mort, toi qui as des yeux bleus
couleur de ces petits coléoptères bleu de feu
des eaux, petite jeune fille que j’ai bien aimée
et qui as l’air d’un iris dans les fleurs animées,
tu viendras me prendre doucement par la main.
Tu me mèneras sur ce petit chemin.
Tu ne seras pas nue, mais, ô ma rose,
ton col chaste fleurira dans ton corsage mauve.
Nous ne nous baiserons même pas au front.
Mais, la main dans la main, le long des fraîches ronces
où la grise araignée file des arcs-en-ciel,
nous ferons un silence aussi doux que du miel ;
et, par moment, quand tu me sentiras plus triste,
tu presseras plus fort sur ma main ta main fine
– et, tous les deux, émus comme des lilas sous l’orage,
nous ne comprendrons pas… nous ne comprendrons pas…

寺山修司

かなしくなったときは
海を見にゆく

古本屋のかえりも
海を見にゆく

あなたが病気なら
海を見にゆく

こころ貧しい朝も
海を見にゆく

ああ 海よ
大きな肩とひろい胸よ

どんなつらい朝も
どんなむごい夜も
いつかは終る

人生はいつか終るが
海だけは終らないのだ

かなしくなったときは
海を見にゆく

一人ぼっちの夜も
海を見にゆく

Alberto Caeiro (Fernando Pessoa)

I don’t bother with rhyme. Rarely
Are two trees the same, one beside the other.
I think and write like flowers have color
But with less perfection in my way of expressing myself
Because I lack the divine simplicity
Of wholly being only my exterior.

I see and I’m moved,
Moved the way water runs when the ground is sloping
And what I write is as natural as the rising wind…

Alberto Caeiro (Fernando Pessoa)

I saw that there is no Nature,
That Nature doesn’t exist,
That there are hills, valleys, plains,
That there are trees, flowers, weeds,
That there are rivers and stones,
But there is not a whole these belong to,
That a real and true wholeness
Is a sickness of our ideas.

Nature is parts without a whole.

Alberto Caeiro (Fernando Pessoa)

What we see of things is things.
Why would we see one thing as being another?
Why is it that seeing and hearing would deceive us
If seeing and hearing are seeing and hearing?

The main thing is knowing how to see,
To know how to see without thinking,
To know how to see when you see,
And not think when you see
Or see when you think.

But this (poor us carrying a clothed soul!),
This takes deep study,
A learning to unlearn
And sequestration in freedom from that convent
Where the poets say the stars are the eternal brothers,
And flowers are penitent nuns who only live a day,
But where stars really aren’t anything but stars,
And flowers aren’t anything but flowers,
That being why I call them stars and flowers.

Fernando Pessoa

My gaze is clear as a sunflower.
It is my habit to walk along the roads
Looking right and left,
And from time to time looking back…
And what I see at any moment
Is something that I have never seen before,
And I can notice very well…
I can know the essential wonder
A child knows if at birth
It noticed it was actually being born…
I feel myself born at any moment
To the eternal newness of the World…
I believe in the world like a marigold,
Because I see it. But I don’t think about it
Because to think is to not understand…
The world was not made for us to think about it
(To think is to have pain in the eyes)
But for us to look at it and agree…
I have no philosophy: I have feelings…
If I speak of Nature it is not because I know what it is,
But because I love it, and this why:
Whoever loves knows what he loves
Nor why he loves, or what it is to love…
To love is eternal innocence,
And the only innocence is not to think…

Fernando Pessoa

Come sit by my side Lydia, on the bank of the river.
Calmly let us watch it flowing and learn
That life is passing, and we are not holding hands.
          (Let us hold hands.)

Let us stop holding hands, for it is not worth tiring ourselves.
Whether we enjoy or not, we pass with the river.
Better to know how to pass silently
          And without great disquiet.

Let us love calmly, thinking that we could,
If we would, exchange kisses and embraces and caresses,
But that it is better to sit beside each other
          Hearing the river flow and seeing it.

忌野清志郎

今までして来た悪い事だけで
僕が明日有名になっても
どうって事ないぜ まるで気にしない
君が僕を知ってる

宇治拾遺物語

今は昔、大隈守なる人、国の政をしたため行ひ給ふ間、郡司のしどけなかりければ、
「召しにやりて戒めむ。」
と言ひて、さきざきのやうに、しどけなきことありけるには、罪に任せて、重く軽く戒むることありければ、一度にあらず、たびたびしどけなきことあれば、重く戒めむとて、召すなりけり。
「ここに召して、率て参りたり。」
と、人の申しければ、さきざきするやうにし伏せて、尻、頭にのぼりゐたる人、しもとをまうけて、打つべき人まうけて、さきに人二人引き張りて、出で来たるを見れば、頭は黒髪も交じらず、いと白く、年老いたり。
見るに、打ぜむこといとほしくおぼえければ、何事につけてかこれを許さむと思ふに、事つくべきことなし。過ちどもを片端より問ふに、ただ老ひを高家にていらへをる。いかにしてこれを許さむと思ひて、
「おのれはいみじき盗人かな。歌は詠みてむや。」
と言へば、
「はかばかしからずさぶらへども、詠みさぶらひなむ。」
と申しければ、
「さらばつかまつれ。」
と言はれて、ほどもなく、わななき声にてうち出だす。

年を経て頭の雪は積もれどもしもと見るにぞ身は冷えにける

と言ひければ、いみじうあはれがりて、感じて許しけり。人はいかにも情けはあるべし。

金子みすゞ

このうらまちの
ぬかるみに、
青いお空が
ありました。

とおく、とおく、
うつくしく、
すんだお空が
ありました。

このうらまちの
ぬかるみは、
深いお空で
ありました。

若松英輔

詩はこの世界に深みのあることを教えてくれます。彼方の世界に触れたとき、それはこころの奥に眠る古い記憶を呼び覚まし、懐かしさと深い哀愁を感じさせます。詩とは、過ぎ去るものを言葉という舟で永遠の世界へ運ぼうとすることだ、といえるかもしれません。

Emily Dickinson

There is a solitude of space
A solitude of sea
A solitude of death, but these
Society shall be
Compared with that profounder site
That polar privacy
A soul admitted to itself —
Finite Infinity.

足利義政

くやしくぞ過ぎしうき世を今日ぞ思ふ心くまなき月をながめて

板間もる月こそ夜の主なれ荒れにしままの露のふるさと

柿本人麻呂

雷神 小動 刺雲 雨零耶 君将留
(鳴る神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ)
     

雷神 小動 雖不零 吾将留 妹留者
(鳴る神の 少し響みて 降らずとも 吾は留まらむ 妹し留めば)

Hornet La Frappe

Tu veux mon bien ? Y’a pas de souçay, j’veux pas mon bien, trop souvent sous sky
J’ai fait du mal à petit cœur fragile, je suis très calme mais quand j’parle j’agis
Enfermé tu penses à ta sortie, fuck la gamelle, cuisine des tajines
Toute la cité, derrière ma carrière, faut pas que je me loupe, pas de marche arrière
Pas besoin de marabout pour voir les bâtards qui veulent me mettre que des barrières
On s’sert les coudes, personne inquiété, je vais niquer un rappeur pour finir en TT
Gramme de peu-fra dans ton néné, comme Ninho je vais te faire danser nae nae
J’veux être légendaire, pas finir au ballon

秋田ひろむ

どっかで諦めていて 無表情に生きている
あまりに空っぽすぎて 途方に暮れちまうな
彼女が帰って来るまでに 言い訳を急いで思案する
何やってんだってしらけて どうでもいいやって居直る
そうだこの感じ 今まで何度もあった
大事なところで僕は 何度も逃げ出したんだ

秋田ひろむ

僕が死のうと思ったのは 心が空っぽになったから
満たされないと泣いているのは きっと満たされたいと願うから
僕が死のうと思ったのは 冷たい人と言われたから
愛されたいと泣いているのは 人の温もりを知ってしまったから
僕が死のうと思ったのは あなたが綺麗に笑うから
死ぬことばかり考えてしまうのは きっと生きる事に真面目すぎるから
僕が死のうと思ったのは まだあなたに出会ってなかったから
あなたのような人が生まれた 世界を少し好きになったよ
あなたのような人が生きてる 世界に少し期待するよ

奄美民謡

他の島の人と縁 結んじゃいけないよ
他の島の人と縁 結んでしまえば
落とすはずのない涙 落とすことになるよ

和泉式部

つれづれと空ぞ見らるる思ふ人あまくだりこむものならなくに

あらざらむこの世のほかの思ひいでに今ひとたびの逢ふこともがな

小野小町

恋ひわびぬしばしも寝ばや夢のうちに見ゆれば逢ひぬ見ねば忘れぬ

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを

Satomi

ひさしぶりに生まれた
心の奥の方で
静かにそっと燃える
この気持ちはきっと
片想い

Satomi

言ノ葉は月のしずくの恋文 哀しみは泡沫の夢幻
匂艶は愛をささやく吐息 戦災う声は蝉時雨の風
時間の果てで冷めゆく愛の温度 過ぎし儚き思い出を照らしてゆく
「逢いたい…」と思う気持ちは そっと今、願いになる 
哀しみを月のしずくが今日もまた濡らしてゆく
下弦の月が浮かぶ 鏡のような水面
世に咲き誇った万葉の花は移りにけりな 哀しみで人の心を染めゆく
「恋しい…」と詠む言ノ葉は そっと 今、天つ彼方
哀しみを月のしずくが今日もまた濡らしてゆく
「逢いたい…」と思う気持ちは そっと今、願いになる
哀しみを月のしずくが今日もまた濡らしてゆく
下弦の月が謡う 永遠に続く愛を…

萩原朔太郎

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背廣をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。

足利義政

憂き世ぞとなべて云へども治めえぬ我が身ひとつに猶嘆くかな

置きまよふ野原の露にみだれあひて尾花が袖も萩が花摺り

わが庵は月待山のふもとにてかたむく月のかげをしぞ思ふ

見し花の色を残して白妙の衣うつなり夕がほのやど

さやかなる影はそのよの形見かはよしただくもれ袖の上の月

今日はまた咲き残りけり古里のあすか盛りの秋萩の花

わが思ひ神さぶるまでつつみこしそのかひなくて老いにけるかな

今日はまづ思ふばかりの色みせて心の奧をいひはつくさじ

春来ぬとふりさけみれば天の原あかねさし出づる光かすめり

こぎわかれゆけばかなしき志賀の浦やわが古郷にあらぬ都も

つらきかな曽我の河原にかるかやの束の間もなく思ひみだれて

藤原実方, 足利義政

かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな もゆるおもひを 
(藤原実方)

かくとだに まづゐゝよらん 傳もがな こゝろの底に むせぶおもひを 
(足利義政)

おもひのみ ますだの池の つゝみかね こゝろの水ぞ 袖にながるゝ
(足利義政)

石牟礼道子

 
   花を奉る

石牟礼道子         

春風萌すといえども われら人類の劫塵いまや累なりて
三界いわん方なく昏し
まなこを沈めてわずかに日々を忍ぶに なにに誘わるるにや 虚空はるかに 一連の花 まさに咲かんとするを聴く ひとひらの花弁 彼方に身じろぐを まぼろしの如くに視れば 常世なる仄明かりを 花その懐に抱けり
常世の仄明かりとは あかつきの蓮沼にゆるる蕾のごとくして 世々の悲願をあらわせり かの一輪を拝受して 寄る辺なき今日の魂に奉らんとす
花や何 ひとそれぞれの 涙のしずくに洗われて咲きいずるなり
花やまた何 亡き人を偲ぶよすがを探さんとするに 声に出せぬ胸底の想いあり そをとりて花となし み灯りにせんとや願う
灯らんとして消ゆる言の葉といえども いずれ冥途の風の中にて おのおのひとりゆくときの 花あかりなるを この世のえにしといい 無縁ともいう
その境界にありて ただ夢のごとくなるも 花
かえりみれば まなうらにあるものたちの御形 かりそめの姿なれども おろそかならず
ゆえにわれら この空しきを礼拝す
然して空しとは云わず 現世はいよいよ地獄とやいわん
虚無とやいわん
ただ滅亡の世せまるを待つのみか ここにおいて われらなお 地上にひらく 一輪の花の力を念じて合掌す

大高ひさお

涙じゃないのよ 浮気な雨に
ちょっぴりこの頬 濡らしただけさ
ここは地の果て アルジェリア
どうせカスバの 夜に咲く
酒場の女の うす情け
あなたも私も 買われた命
恋してみたとて 一夜の火花
明日はチュニスか モロッコか
泣いて手をふる うしろ影
外人部隊の 白い服

中島みゆき

何かの足しにもなれずに生きて
何にもなれずに消えて行く
僕がいることを喜ぶ人が
どこかにいてほしい
石よ樹よ水よ ささやかな者たちよ
僕と生きてくれ

たやすく涙を流せるならば
たやすく痛みもわかるだろう
けれども人には
笑顔のままで泣いてる時もある
石よ樹よ水よ 僕よりも
誰も傷つけぬ者たちよ